勇者な俺は魔族な件

風見鳩

第十四話 アズマの『選択肢』

 魔族との戦闘を終えて一時間後。

 俺は兵士たちに連れられて、宮殿内にいる国王──シルエの父親と対面していた。
 その隣には、水色のドレスに着替えたシルエが少し不安そうな表情をして立っている。

 そして俺と国王との距離五メートルくらいの間にズラリと並ぶ兵士たち。
 その中にガリウムとレオナードも混じっていた。

「この国を救ってくれて、誠に感謝する」

 そう言うと、国王は玉座に座したままペコリと頭を下げてきた。

「いや、別に救おうとしてやったことじゃないんですが……」
「しかし、君は結果としてこの国を救ってくれたことに変わりはないだろう」
「まあ、そうですが」

 しかし、国王の声一つでこんなにも周りの態度が変わるもんだな……当たり前か。

「それにしても、まさかあの黒竜をたった一人で倒すとは……俄かに信じがたい話だ」
「え? あいつってそんなに強いんですか?」

 確かにSS級冒険者十人分だとは聞いたが、そもそもSS級冒険者がどれだけすごいのかわからないから、強さが曖昧なのだ。

 あの程度、誰でもできそうなのになあ。

「気になっていたのだが、君は何も知らないようだね? 君は一体、何者なんだ?」
「話してもいいですが、国王様は……えーっと」
「ああ、名乗るのが遅れたな。私はソルガム・シディ・シオヘイム・シャーナルクだ。君の名は?」
「……俺はアズマです」
「ふむ、妙な名前だな」

 お前もシルエと同じ事を言うか。

「で、アズマ殿。君について、何か教えてはくれまいか?」
「……信じてくれるっていうんなら、話しますが」
「ふっ、あの黒竜をたった一人で倒したなんて話以上に驚く話なんてないから、安心してくれ」
「…………」

 そうかなあ?
 多分、こっちの方が驚くと思うぜ?

 シルエに教えてもらった通りのことを話してみると、ソルガムは予想通り大きく目を見開く。

「なんと……本当だったのか、転移魔法というのは」
「だから何度も言ったでしょ、お父さん」

 そんな国王の横で不機嫌そうな顔をする王女。

「シルエからは、聞いてたんですか?」
「まあ、転移魔法というのはこの世界の誰もが聞いたことのある魔法だが……実際に出来た者は誰一人としていない」

 そういえば、シルエの友人は特別な力を持ってるって言ってたな。
 普通の人には出来ない魔法、か。

「シルエからは、その転移魔法が扱える友人がいるとだけ聞いていたのだが……まさか、異世界から来るとは」
「案外、簡単に信じるんですね。信じないのが普通だと思うんですが」
「異世界から来たという説明の方が、君の状況にも納得がいくからな」
「……なるほど」

 確かに見た目が十八歳だというのに、この世界のことを知らないのはおかしいだろう。
 記憶消失という可能性もあるだろうが、それではここへ忍び込めた理由には薄すぎる。

 ならば、転移魔法によって異世界から転移してきたと考える方が妥当か。

「しかし、君の使う魔法は全部この世界でもある魔法だね。君が元にいた世界も、私たちと似ている世界なのかい?」
「……いえ、全く違います。えーっと、なんていうか……この世界にはない凄い技術が発展していて、この世界でいう魔族とかと仮想戦闘が出来るというかなんというか」

 ゲームを説明しろだなんてことは難しいので、出来るだけわかりやすいように掻い摘んで説明する。

「ほう。自ら戦闘を望むのか、君たちは」
「そういうわけじゃないんです。あくまで仮想の……現実じゃない戦闘ですから、自分たちが傷つくことも死ぬこともないんです……でも」

 と、いたずらっ子のような笑顔を浮かべながら、ソルガムの方を見る。

「男の子ってのはそういうのに憧れるもんじゃないですか」
「ふふっ、どの世界でも男というものは浪漫を求めるということだな……女でも求める人も、いるそうだが」

 そう言ってソルガムはチラリとシルエに目線を移した。
 ああ、そういえばこいつも冒険者に憧れてたんだっけか。

「それと、本当に申し訳なかった。君がシルエを誘拐したという思い込みのせいで……そればかりか、誘拐されたところを助けてもらうなど」
「い、いえ、もう済んだことだし、別にいいですよ」

 再び頭を下げてくる国王に、手を横に振る。

 ところで……。

「少し気になっていたんですが……何であんなにガードが緩いんですか? シルエと俺と偽物二人を簡単に外に出すなんて、セキュリティーが薄すぎますよ?」

 こんなんじゃ、またシルエこいつは外にフラッと出かけかねないぞ?

 俺の問いに、ソルガムも首を捻った。

「ふむ、それは私も疑問に思っていた。あの時、何故か私含めた全員が君に注目をしていたのだ。シルエのことなどどうでもよかったとまではいかないが……確かにシルエに対する意識は薄かった気がする」
「ふうん……」

 要するに、あっちも何でシルエに意識が向かなかったのか不思議だったということか。

「さて……本題に入るとしようか」
「本題?」

 首を捻ると、ソルガムは頷いて静かに口を開く。

「端的に言おう──アズマ殿。この国の兵士として、雇われないか?」
「………………へ?」

 思いがけない誘いにポカンとしてしまう。

「どういうこと……ですか?」
「いや、そんな難しい話ではない。ただ君の力を見込んで、この国を護衛してほしいと頼んでいるだけだ」

 いや……そうか。
 そりゃ、あんな力があれば誰だって自分の手元に置きたがるよな。

「聞いている限り、君から望んでこの世界に転移してきたわけではないのだろう?」
「そりゃ、まあ」
「ならば、しばらく此処にいるといい。食べ物も寝床もお金も保証されるんだ」
「でも、どうやら俺はこの世界を救う勇者らしく」
「何を以て、世界を救うのだ?」
「……それは」
「ここにいれば、それがわかるかもしれないぞ? 何より……」

 ソルガムは苦笑しながら、俺を指差す。

「その色は他の者に警戒されがちだ」
「…………」
「君を知らない者からしたら──魔族と同じ色をつけている君は『異常』でしかないのだ」

 確かにそうだ。だから、俺はあんなにもシルエに執着していたのだ。

 俺の、唯一の味方だったのだから。

「まあ、君の意見を尊重するよ。冒険者となって世界を旅をすると言っても、引き止めはしない」

 その言葉を待ってました、とばかりにはいはいと手をあげるシルエ。

「じゃ、じゃあじゃあ! 私も冒険者となって、旅に──」
「シルエは駄目だ」

 そんなシルエにピシャリとソルガムは拒否する。

「お前は外に出てはならん」
「な、なんでですか! だって──」
「では、彼のような実力を持っているのかね?」
「そ、それは」
「シルエに冒険者として生きる覚悟があるとは思えん」
「…………」

 ソルガムの断固とした口調にシルエは黙り込んでしまう。

 まあ、あんな簡単に誘拐されるようなヤツだ。下手したら死ぬかもしれない。
 それほど、シルエが心配なのだろう。

「……えーっと、少し考えさせてくれませんか? 今日はもう夜遅いし、ゆっくり寝たいので」
「む、そうか? ならゆっくり休むといい」

 俺は何か不満げな表情をするシルエに背を向けて部屋を出ていこうとする。

 と、壁際に直立して俺を恐ろしいものでも見ているかのようなメイドたちの姿が目に入り、再びソルガムの方に振り返る。

「あっ、そうだ。この宮殿内のメイドは、これで全員ですか?」
「? ああ、全員だが、それがどうした?」
「……いえ。変な事を聞いて、すみませんでした」

 そう言うと、扉を開けて部屋を出て行く。

 最後に俺が訊いたことは、ふと気がついたことがあったからだ。

 俺がまだこっちの世界に来たばかりの時に、一人のメイドとすれ違ったのを思い返す。

 あのメイド、まだ見ず知らずの侵入者……いや、こんな黒ばかりの格好だったのにちっとも怖がっていなかったな。

 髪色などの特徴は忘れてしまったが、あの中に俺がすれ違ったメイドはいなかった。

 ソルガムもあれで全員だって言ってたし、嘘ではないだろう。


 じゃあ……あのメイドは一体なんだったのだろうか。

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