勇者な俺は魔族な件
第七話 『攫われた』王女
「んっ……ここは……?」
シルエは未だ重い瞼を開けると──薄暗い部屋の中だった。
部屋の広さは成人している庶民が一人暮らし出来る程度で、家具は一切ない状態だった。
ドアの隙間から見える赤い光から、どうやら夕暮れのようだ。
木製のドアで閉まっている窓に近づこうとするシルエだが、手首が縄で縛られて天井から吊るされている今の状態に気がつく。
炎魔法で焼けきろうと試してみるが……どうにも魔力が分散されているような感覚に陥り、魔法を出すことが出来なかった。
「お目覚めですか、お姫様?」
と。
木製ドアが開き、二人の男が入ってくる。
「すみませんね姫様、手荒な真似をしてしまって」
茶髪の七三分けと小さめの目。
ガイコツのようなやせ細った顔をしていて茶色のマントを羽織った三十代くらいの人族の男性はニヤニヤと笑いながらシルエを見る。
「あ、あなたたちは……?」
「おや、この状況において叫ばないんですねえ。ま、叫ぶだけ無駄ですけど」
角刈りの金髪で同じく小さめの目。
ブタのようなそばカスのついた丸顔と太めの体を同じく茶色いマントで羽織った人族の男性はニタニタと笑いながらドアを閉める。
全く見覚えのない二人にシルエが首を捻っていると、ガイコツ男が口を開く。
「ああ、まだ現状が飲み込めていないって感じですか? なら……」
そう言い、何やら複雑な魔法陣が描かれているだけ白い仮面を顔につける。
そして、
「シルエ・シムルク・シオヘイム・シャーナルク」
「……っ!?」
次の瞬間、目の前のガイコツ男の容姿が突然シルエに変わり、シルエは目を剥く。
「これでわかりましたか? 顔や声だけじゃなく、容姿も変えられるんですよ……まあ、服装は変えられないんですがね」
シルエの声と顔で、目の前のシルエは得意げな表情を見せる。
続いて「変身よ、解除せよ」という台詞の途端、再び魔法陣が描かれている仮面を被った男に姿を変えた。
「とまあ、こんな感じで姫様の側近たちに成りすまして──」
「すごいですっ!」
「…………は?」
シルエの予想外な反応に、ガイコツ男は思わずポカンとしてしまう。
「魔法でそんなこともできるんですね!」
「ま、まあ、正しくは魔術ですが……」
「私、初めて知りました! すごいです!」
「は、はあ……」
てっきり怖がると思っていたのに、むしろ目をキラキラさせて喜ぶシルエを見て、「こいつ、自分が誘拐されていることに気がついてないのか……?」とガイコツ男が疑問を抱く。
「おい、デルドニ。街からはいつ出るんだ?」
と、もう一人の男が歩み寄ってくる。
デルドニと呼ばれたガイコツ男はブタ男の方を振り返った。
「まだ待ってろ。予想外にこの国の警備が強くなっているが、あの黒鎧の男が見つかれば必ずあいつに注目が集まって外への警備が手薄になる。そのタイミングで俺たちも動き出すぞ」
「すぐに捕まって、混乱は収まっちまうんじゃねえか?」
「いや、城内を一人で逃げ切った男だ。最低でも三十分は稼ぐだろう」
「あーあ。あいつさえ居なきゃ、今頃この国とはおさらば出来てたのになあ」
「まあな……よりにもよって、計画を実行するタイミングで姫様絡みの騒ぎを起こす人物が突然現れるなんて、想定外だったな」
ブタ男の言葉に、デルドニは苦虫を噛み潰したような表情をする。
いきなり黒鎧の男が異世界から飛んでくるなんて、確かに予想も出来ないことだろう。
「まあ、そいつが誘拐する姫様との面識があったのが救いだな。姫様に警戒されずに外へとおびき寄せることが出来たんだし」
「いえ、私なら街に出るなんて提案されたら、どこまでもついて行っちゃう自信がありますよ?」
「…………」
被害者のあっけらかんとした台詞に、「こいつ、本当に大丈夫なのだろうか……?」とむしろ心配になってきた加害者。
「確かにそうだなぁ、あいつのおかげでこうして暇な時間も出来たわけだし」
ブタ男はニンマリと気持ち悪い笑い方をし、縛られているシルエに近づく。
「このお姫様、相当な馬鹿だがなかなかの上玉だからなぁ」
しなやかな両腕、ほっそりとした首元、ドレスを押し返すかのようなふくよかな胸、チラチラとスカートから覗かせる太もも。
全身を舐めるような視線に、シルエに悪寒が走る。
「ベレドニ、お前なあ……」
「なあ、一発くらい、いいだろ?」
「……あまり体を傷つけるようなことはするなよ?」
少し怪訝そうな表情を見せるデルドニの返事に、ベレドニと呼ばれたブタ男は更に気持ち悪い笑みを見せる。
「そんなの、わかってらあ。なんなら、お前も一緒にどうだ?」
「馬鹿なことを言うな。俺は周囲を見張ってる」
「あ、あのー……一体、何のお話でしょうか?」
「教えてやるよ……身体に、直接な!」
ベレドニは懐から手のひらサイズの短剣を取り出すと、シルエのドレスに切り傷を入れる。
肌に触れるギリギリを引っ掛けられ、シルエはビクリと怯える。
だが、本当の恐怖はここからだった。
ベレドニは切り口に手をかけると、乱暴に引っ張る。
結果、ビリビリと音を立てながら桃色のドレスが引き裂かれた。
「ひっ──!?」
ここまでくれば流石のシルエもわかってしまったのか、思わずそんな悲鳴が出てしまう。
衣服の前半分が無くなったことによってあらわになる白い肌、キュッと引き締まった腰のくびれ。
そして可愛らしい桃色の下着と、ドレスの上からは想像もつかないような豊満な胸、肉付きの良い足の付け根、可愛らしいお尻までもがさらけ出されていた。
自分がこれから何をされるのかを理解したシルエは、顔を真っ青にさせる。
なんとか逃げ出そうと必死にもがくが、腕を縛っている縄はビクともしない。
「んっ、んっ!」
それでも縄を外そうと暴れるシルエから漏れてしまう艶かしい声、必死に体をよじらせるような姿が実に扇情的な光景だった。
その為にベレドニを更に熱くさせる。
息を荒くして興奮するベレドニに、シルエは拒絶を口にし始めた。
「や、だ……やだ!」
「いいねぇ……何もかもをめちゃくちゃにされることに怯える、その表情が。あっ、一応言っときやすが……この部屋には音が一切洩れない魔法を施してあるんで、いくら声を出しても大丈夫ですぜ」
ベレドニはニチャリと口を開いて、下卑た言葉を吐き出していく。
そして再び短剣をひと振り。
「あっ……」
真ん中が刃物によって切られたことによって、下着がパサリと音を立てて床に落ちる。
そして、体の一部を支えていた下着が無くなったことによって更に強調される、白と淡い桃色で彩られる柔らかな胸。
シルエはガチガチと歯を鳴らしながら、体を震わせていた。
怖い──その感情だけが、彼女の頭にしかなかった。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い!
だが抵抗しても、得意の魔法は使えず拘束を解くことが出来ない。そして回避が不可能な状況にシルエの恐怖は更に増す。
そして、男の手がシルエの胸に触れる直前。
「…………?」
何やら焦げたような臭いが部屋全体に充満し、デルドニが眉をピクリと動かす。
どうやらベレドニも気がついたようで、ピタリと手を止めて立ち込める異臭に首を捻る。
その臭いはだんだんと強くなっていき、何やら熱気が篭っていく。
そしてドアの隙間から黒い煙が入り込み始める。
「──まさか!?」
デルドニは何か気がついたように声を上げるが、ベレドニは未だ混乱していた。
「か、火事か!? よりによって、こんな時に!?」
「いや、違う! 偶然にしては出来すぎてる!」
「じゃあ、なんだって言うんだよ!」
混乱のあまり声を荒げるベレドニに、デルドニが焦るように早口で答える。
このタイミングでの火事は──。
「バレたってことだよ!」
「まさか……あいつか!?」
ベレドニもようやく事態を察したようであり、二人の脳裏には先ほどまでに一緒だった黒鎧の少年の顔が浮かび上がっていた。
「ど、どうしてここが……いや、それより早く逃げるぞ!」
こうなったらシルエのことなど後回しである。
いち早く窓を開けて逃亡をしようとするベレドニの太ましい体を、デルドニが細っこい体で必死に抑えた。
「待て、逃げたらヤツの思うツボだ! 俺たちの計画は失敗に終わるぞ!」
「じゃあ、出来るのかよ!? この状況で、こいつを攫う方法が!」
「……ヤツを向かい撃つ」
「っ!」
デルドニの重々しい言葉に、ベレドニは息を呑む。
「不意打ちなら、あいつにだって効くはずだ」
「で、出来るのか……? あいつは、兵士数十人を一人で相手出来るほどの腕だぞ……?」
「ただ時間を稼ぐだけでいいんだ。命まで奪う必要はない」
ガクガクと足を震わせるベレドニだが、デルドニは既に決心したようで小さな杖を構えている。
「いいか、俺が氷魔法で脚を止める。どこでもいい、ヤツのどこかに傷を負わせろ」
「……ええい、やればいいんだろやれば!」
もうどうにでもなれとばかりにベレドニも短剣を取り出す。
息を飲んで、体を強ばらせる二人は慎重な足取りでドアへと向かう。
「氷よ、地を這って凍らせろ……」
詠唱を綴り、魔力を込めるデルドニ。
「駄目、来ないでぇ! 逃げてえ!」
シルエは必死に大声をあげる。
だが、残念なことにこの部屋はデルドニが仕掛けた防音魔法により、外にこの悲痛の声が漏れることはなかった。
そしてシルエの警告が無視されるように、キイと音を立ててドアが開かれる。
今だ!──デルドニが侵入者に向けて魔法を放つ。
「『氷結する大地』!」
瞬間、氷が蛇のように床を這っていき、部屋に入ろうとした人物の足を固める。
「らあああああああああああああっ!」
それに続いてベレドニが短剣を手に飛びかかる。
狙いは──甲冑で隠されていない首元!
刃が一閃し、真っ赤な血が部屋の壁を染めることを想像したシルエは思わずギュッと目を瞑る。
だが。
「迎撃するとは想定外だな」
聞こえてきたのは痛みを訴えるような悲鳴ではなく、落ち着いた声だった。
シルエは恐る恐る目を開くと。
「まあ、時間を稼ぐだけの目的ならなかなかいい判断だが……相手が悪かったなぁ、お前ら?」
ベレドニの手首を掴んで壁に向かって放り投げる、不敵に笑う黒鎧の『勇者』の姿だった。
シルエは未だ重い瞼を開けると──薄暗い部屋の中だった。
部屋の広さは成人している庶民が一人暮らし出来る程度で、家具は一切ない状態だった。
ドアの隙間から見える赤い光から、どうやら夕暮れのようだ。
木製のドアで閉まっている窓に近づこうとするシルエだが、手首が縄で縛られて天井から吊るされている今の状態に気がつく。
炎魔法で焼けきろうと試してみるが……どうにも魔力が分散されているような感覚に陥り、魔法を出すことが出来なかった。
「お目覚めですか、お姫様?」
と。
木製ドアが開き、二人の男が入ってくる。
「すみませんね姫様、手荒な真似をしてしまって」
茶髪の七三分けと小さめの目。
ガイコツのようなやせ細った顔をしていて茶色のマントを羽織った三十代くらいの人族の男性はニヤニヤと笑いながらシルエを見る。
「あ、あなたたちは……?」
「おや、この状況において叫ばないんですねえ。ま、叫ぶだけ無駄ですけど」
角刈りの金髪で同じく小さめの目。
ブタのようなそばカスのついた丸顔と太めの体を同じく茶色いマントで羽織った人族の男性はニタニタと笑いながらドアを閉める。
全く見覚えのない二人にシルエが首を捻っていると、ガイコツ男が口を開く。
「ああ、まだ現状が飲み込めていないって感じですか? なら……」
そう言い、何やら複雑な魔法陣が描かれているだけ白い仮面を顔につける。
そして、
「シルエ・シムルク・シオヘイム・シャーナルク」
「……っ!?」
次の瞬間、目の前のガイコツ男の容姿が突然シルエに変わり、シルエは目を剥く。
「これでわかりましたか? 顔や声だけじゃなく、容姿も変えられるんですよ……まあ、服装は変えられないんですがね」
シルエの声と顔で、目の前のシルエは得意げな表情を見せる。
続いて「変身よ、解除せよ」という台詞の途端、再び魔法陣が描かれている仮面を被った男に姿を変えた。
「とまあ、こんな感じで姫様の側近たちに成りすまして──」
「すごいですっ!」
「…………は?」
シルエの予想外な反応に、ガイコツ男は思わずポカンとしてしまう。
「魔法でそんなこともできるんですね!」
「ま、まあ、正しくは魔術ですが……」
「私、初めて知りました! すごいです!」
「は、はあ……」
てっきり怖がると思っていたのに、むしろ目をキラキラさせて喜ぶシルエを見て、「こいつ、自分が誘拐されていることに気がついてないのか……?」とガイコツ男が疑問を抱く。
「おい、デルドニ。街からはいつ出るんだ?」
と、もう一人の男が歩み寄ってくる。
デルドニと呼ばれたガイコツ男はブタ男の方を振り返った。
「まだ待ってろ。予想外にこの国の警備が強くなっているが、あの黒鎧の男が見つかれば必ずあいつに注目が集まって外への警備が手薄になる。そのタイミングで俺たちも動き出すぞ」
「すぐに捕まって、混乱は収まっちまうんじゃねえか?」
「いや、城内を一人で逃げ切った男だ。最低でも三十分は稼ぐだろう」
「あーあ。あいつさえ居なきゃ、今頃この国とはおさらば出来てたのになあ」
「まあな……よりにもよって、計画を実行するタイミングで姫様絡みの騒ぎを起こす人物が突然現れるなんて、想定外だったな」
ブタ男の言葉に、デルドニは苦虫を噛み潰したような表情をする。
いきなり黒鎧の男が異世界から飛んでくるなんて、確かに予想も出来ないことだろう。
「まあ、そいつが誘拐する姫様との面識があったのが救いだな。姫様に警戒されずに外へとおびき寄せることが出来たんだし」
「いえ、私なら街に出るなんて提案されたら、どこまでもついて行っちゃう自信がありますよ?」
「…………」
被害者のあっけらかんとした台詞に、「こいつ、本当に大丈夫なのだろうか……?」とむしろ心配になってきた加害者。
「確かにそうだなぁ、あいつのおかげでこうして暇な時間も出来たわけだし」
ブタ男はニンマリと気持ち悪い笑い方をし、縛られているシルエに近づく。
「このお姫様、相当な馬鹿だがなかなかの上玉だからなぁ」
しなやかな両腕、ほっそりとした首元、ドレスを押し返すかのようなふくよかな胸、チラチラとスカートから覗かせる太もも。
全身を舐めるような視線に、シルエに悪寒が走る。
「ベレドニ、お前なあ……」
「なあ、一発くらい、いいだろ?」
「……あまり体を傷つけるようなことはするなよ?」
少し怪訝そうな表情を見せるデルドニの返事に、ベレドニと呼ばれたブタ男は更に気持ち悪い笑みを見せる。
「そんなの、わかってらあ。なんなら、お前も一緒にどうだ?」
「馬鹿なことを言うな。俺は周囲を見張ってる」
「あ、あのー……一体、何のお話でしょうか?」
「教えてやるよ……身体に、直接な!」
ベレドニは懐から手のひらサイズの短剣を取り出すと、シルエのドレスに切り傷を入れる。
肌に触れるギリギリを引っ掛けられ、シルエはビクリと怯える。
だが、本当の恐怖はここからだった。
ベレドニは切り口に手をかけると、乱暴に引っ張る。
結果、ビリビリと音を立てながら桃色のドレスが引き裂かれた。
「ひっ──!?」
ここまでくれば流石のシルエもわかってしまったのか、思わずそんな悲鳴が出てしまう。
衣服の前半分が無くなったことによってあらわになる白い肌、キュッと引き締まった腰のくびれ。
そして可愛らしい桃色の下着と、ドレスの上からは想像もつかないような豊満な胸、肉付きの良い足の付け根、可愛らしいお尻までもがさらけ出されていた。
自分がこれから何をされるのかを理解したシルエは、顔を真っ青にさせる。
なんとか逃げ出そうと必死にもがくが、腕を縛っている縄はビクともしない。
「んっ、んっ!」
それでも縄を外そうと暴れるシルエから漏れてしまう艶かしい声、必死に体をよじらせるような姿が実に扇情的な光景だった。
その為にベレドニを更に熱くさせる。
息を荒くして興奮するベレドニに、シルエは拒絶を口にし始めた。
「や、だ……やだ!」
「いいねぇ……何もかもをめちゃくちゃにされることに怯える、その表情が。あっ、一応言っときやすが……この部屋には音が一切洩れない魔法を施してあるんで、いくら声を出しても大丈夫ですぜ」
ベレドニはニチャリと口を開いて、下卑た言葉を吐き出していく。
そして再び短剣をひと振り。
「あっ……」
真ん中が刃物によって切られたことによって、下着がパサリと音を立てて床に落ちる。
そして、体の一部を支えていた下着が無くなったことによって更に強調される、白と淡い桃色で彩られる柔らかな胸。
シルエはガチガチと歯を鳴らしながら、体を震わせていた。
怖い──その感情だけが、彼女の頭にしかなかった。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い!
だが抵抗しても、得意の魔法は使えず拘束を解くことが出来ない。そして回避が不可能な状況にシルエの恐怖は更に増す。
そして、男の手がシルエの胸に触れる直前。
「…………?」
何やら焦げたような臭いが部屋全体に充満し、デルドニが眉をピクリと動かす。
どうやらベレドニも気がついたようで、ピタリと手を止めて立ち込める異臭に首を捻る。
その臭いはだんだんと強くなっていき、何やら熱気が篭っていく。
そしてドアの隙間から黒い煙が入り込み始める。
「──まさか!?」
デルドニは何か気がついたように声を上げるが、ベレドニは未だ混乱していた。
「か、火事か!? よりによって、こんな時に!?」
「いや、違う! 偶然にしては出来すぎてる!」
「じゃあ、なんだって言うんだよ!」
混乱のあまり声を荒げるベレドニに、デルドニが焦るように早口で答える。
このタイミングでの火事は──。
「バレたってことだよ!」
「まさか……あいつか!?」
ベレドニもようやく事態を察したようであり、二人の脳裏には先ほどまでに一緒だった黒鎧の少年の顔が浮かび上がっていた。
「ど、どうしてここが……いや、それより早く逃げるぞ!」
こうなったらシルエのことなど後回しである。
いち早く窓を開けて逃亡をしようとするベレドニの太ましい体を、デルドニが細っこい体で必死に抑えた。
「待て、逃げたらヤツの思うツボだ! 俺たちの計画は失敗に終わるぞ!」
「じゃあ、出来るのかよ!? この状況で、こいつを攫う方法が!」
「……ヤツを向かい撃つ」
「っ!」
デルドニの重々しい言葉に、ベレドニは息を呑む。
「不意打ちなら、あいつにだって効くはずだ」
「で、出来るのか……? あいつは、兵士数十人を一人で相手出来るほどの腕だぞ……?」
「ただ時間を稼ぐだけでいいんだ。命まで奪う必要はない」
ガクガクと足を震わせるベレドニだが、デルドニは既に決心したようで小さな杖を構えている。
「いいか、俺が氷魔法で脚を止める。どこでもいい、ヤツのどこかに傷を負わせろ」
「……ええい、やればいいんだろやれば!」
もうどうにでもなれとばかりにベレドニも短剣を取り出す。
息を飲んで、体を強ばらせる二人は慎重な足取りでドアへと向かう。
「氷よ、地を這って凍らせろ……」
詠唱を綴り、魔力を込めるデルドニ。
「駄目、来ないでぇ! 逃げてえ!」
シルエは必死に大声をあげる。
だが、残念なことにこの部屋はデルドニが仕掛けた防音魔法により、外にこの悲痛の声が漏れることはなかった。
そしてシルエの警告が無視されるように、キイと音を立ててドアが開かれる。
今だ!──デルドニが侵入者に向けて魔法を放つ。
「『氷結する大地』!」
瞬間、氷が蛇のように床を這っていき、部屋に入ろうとした人物の足を固める。
「らあああああああああああああっ!」
それに続いてベレドニが短剣を手に飛びかかる。
狙いは──甲冑で隠されていない首元!
刃が一閃し、真っ赤な血が部屋の壁を染めることを想像したシルエは思わずギュッと目を瞑る。
だが。
「迎撃するとは想定外だな」
聞こえてきたのは痛みを訴えるような悲鳴ではなく、落ち着いた声だった。
シルエは恐る恐る目を開くと。
「まあ、時間を稼ぐだけの目的ならなかなかいい判断だが……相手が悪かったなぁ、お前ら?」
ベレドニの手首を掴んで壁に向かって放り投げる、不敵に笑う黒鎧の『勇者』の姿だった。
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