適性ゼロの魔法勇者

風見鳩

第23話 最後まで諦めなかった奴が

 スズの特訓が始まって十日目。

「ふっ──!」
「っ!?」

 身を縮め横腹めがけて拳を放つと、いち早く危険を察したスズが慌てて後ろへ下がる。

「こ、のっ!」

 後退したスズは短剣を構えなおすと、素早く肉薄してくる。

 だが……。

「わかりやす過ぎだ」
「なっ!?」

 突き出された短剣の腹をつまみ、勢いよく地面に叩きつける。
 スズが怯んだ隙をつき、拳を顔面目掛けて振りかざした。

「……っ!」
「……勝負あり、だな」

 顔に当たるギリギリのところでピタリと拳を止めると、スズは身体を硬直させる。

 が、諦めたかのように目を閉じると、大きなため息をついた。

「はあ……また負けました……」
「そんなに落ち込むなって。前よりは良くなってきてるんだから」

 しょんぼりと落ち込むスズを励ますように、ポンポンと背中を軽く叩く。

「でも、動きはまだまだ。ハルや私以外の人でも、スズの攻撃はわかりやす過ぎる」
「う、うぅ……」

 リリヤの言葉にスズは更にガックシと肩を落とした。

 そう、今リリヤが言ったように、スズの攻撃はわかりやすい。

 短剣はリーチが短い代わりに小回りが効くので、その辺をもっと生かせればいいのだが……どうしたものか。

「……やっぱり、私には戦闘の才能がないのでしょうか」

 と、スズが暗い表情で地面を見つめていることに気が付く。

「私、勇者に憧れて剣技学科に入ったんです……」

 勇者に憧れて。

 理由は俺と一緒だが、考えは違っているようだ。

 まあ確かに勇者は剣を扱っていたらしいからな、わからなくもない。

「どんな敵にも立ち向かって、どんな状況でも打破できる勇者が格好良くて、私も勇者になれたらなと思っていたんです」

 「でも」とスズは続ける。

「現実はそんなに甘くありませんでした……ロクに経験の少ない私は、みんなについていけなかったんです……」
「…………」
「こうして、先輩の助力も頂いてハルさんとリリヤちゃんに手伝ってもらっているのに……やっぱり……」

 スズの声はだんだんと小さくなっていき、ポタリと床に雫が落ちた。

「そんなことはないぞ、スズ」
「えっ?」

 俺の言葉にスズは涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげる。

「どんな敵にも立ち向かって、どんな状況も打破できる……そんな勇者になりたいんだろ、お前」
「……はい」
「だったら、諦めるな。最後まで諦めなかった奴が勇者になれるんだ」
「…………!」

 目標が俺と同じであるならば、スズにもこの言葉の意味がわかるはずだ。

 ぶっちゃけ、他の人の言葉をそのまま使っただけだが……これは俺の支えでもあるからな。


 ──諦めるんじゃないよ、ハル。最後まで諦めなかった人が勇者になれるんだから。


「……はい!」

 果たしてスズは、涙を拭って力強く頷いてみせた。

「でも、攻撃パターンの読みやすさの問題はなんとかしないと……ハルさん」
「ん?」
「ハルさんだったら、どういう動きをしますか?」

 とスズに問いかけられる。

 どういう動きをするか、か……ちょっと大雑把だな……。

「うーん、スズでも出来る動きか……あ」

 ふと、おばあちゃんに教えてもらった戦術を思い出す。

「スズ。ちょっと右手に短剣を構えてみろ」
「は、はい。こうですか?」

 スズは中腰になり、短剣を構えた。

 ……よし。

「よく見てろよ」
「へ?」

 何を言ってるのかわからないという風なスズを無視し、短剣の構えている右手首を右手で掴む。
 そしてそのまま背後に回り込むと、掴んだ右手首を後ろへ持ってこさせて軽く捻った。

「い、痛い痛い痛い!?」
「で、こうする」

 掴む力が弱くなった短剣を空いている左手で奪い、そのまま喉に突きつける。

「これなら大した力も使わず、相手の動きを封じられる。相手が抵抗するなら、この右腕を更に上に持ってこさせればいいだけ」

 これ以上やる必要はないので、右手を下げて楽にしてやる。

「まあ、ざっとこんなもんだ」
「…………あの」
「ん? どうした?」
「ハルさん、その……近いです」
「近い?」

 どういう意味だろうかと一瞬首を捻るが、すぐに理解する。

 ああ、なるほど。
 今の俺たちの状況、見方によっては俺が後ろからハグしているように見えるな。

「安心しろ、俺なら大丈夫だ」
「私が大丈夫じゃないんですけど!?」

 別に下心がないから「安心しろ」と言ったつもりなのだが、どうやら上手く伝わっていないようだ。

 耳まで真っ赤にしているスズになんと説明すれば伝わるかと考えていると……。

「──!」

 瞬間、凄まじい殺気を感じ、その場から離れる。

「ぃいっ!?」

 だが反応が遅かったらしく、何かが素早く肉薄してくると、簡単に足元を払われてしまった。

 鈍い音を立てて地面に倒れる俺の上にマウントを取るのは……

「リ、リリヤ?」
「……恋人の前で浮気とは、いい度胸」

 氷のように冷たい表情をするリリヤが、杖を俺の鼻先に向けていた。

「いや、浮気とかそういうのじゃなくてな」
「言い訳は聞かない。次同じことやったらこの距離で攻撃する。わかった?」
「『わかった?』じゃねえよ! 殺す気か!」

 こんな近距離で撃たれたら、死ぬに決まってんだろ!

「スズもわかった? スズより大きな体格の人でも、こうすれば動きを封じることが出来る」
「は、はあ……」

 なるほど、どうやらスズに戦術を教えるために、俺はこんなことをされているのようだ。

 ……その割には、さっきの言葉は本気だったような気もするが。

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