適性ゼロの魔法勇者

風見鳩

第7話 その木を越えてしまえば

「教えてあげよう……魔法とはこう使うんだよ!」
「っ!!」

 次の攻撃が来る──!
 木から離れ、更に後ろに下がる。

「『フランシュペア』!」

 火の中級魔法『フランシュペア』。
 炎の槍が襲い掛かり、ギリギリの位置で躱す。

「まだまだ! 『ヴァッサーシュペア』!!」

 次に迫り来るのは、水の中級魔法 『ヴァッサーシュペア』。
 これも身体を捻って避け、バッグステップしていく。

「これならどうだい? 『フランバル・トラッキング』!」
「! 求めるは風なり。我が手に集い、一点を吹き飛ばせ」

 火球が迫り来る前に、素早く詠唱を言い終えて横に躱す。

 すると、グンと火球が躱した方向に曲がってきたのだ。

 『追尾型』の火球──火の中級魔法『フランバル・トラッキング』。

 だから、俺は事前に詠唱しておいた。

「『ヴィンド』!」

 集まった風を右拳にこめて、火球に向かって撃ち放つ。
 すると、風によって火球は消え入った。

「ほう、なかなかやるね。でも、もうその距離は君にとって攻撃範囲内ではない」

 俺とユアンの距離は約十五メートル。
 さっきから躱しては後方へ下がっている俺に対し、ユアンは一歩も動いていない。

 ユアンの言う通り、遠距離が出来ない俺にとっては近距離でなければ攻撃ができないのだ。

「まさに初心者がしてしまう、自分の攻撃を考えていないことだ!」

「──ハッ! 果たしてそうかな?」

 ……だがな、ユアン。
 俺だって何も考えなしに逃げていたわけじゃないんだ。

「なんだと?」
「この距離じゃ、俺は何も出来ないだなんて? 馬鹿言うんじゃねえ、俺の攻撃はここからでも届くんだよ!」
「……面白い、やれるものならやってみたまえ!」

 ユアンはニヤリと笑うと、唐突として駆け出してきた。


 おそらくあいつは、俺があいつの足元付近に罠を仕掛けたと考えたのだろう。

 それなら俺だってこの距離で攻撃が届くし、あいつはそこから離れれば俺の攻撃を無力化できると考えて、突撃してきた。


 しかし、俺の仕掛けた罠はそこじゃない。

「求めるは風なり。我が手に集い、一点を吹き飛ばせ……」

 あと三歩。
 あと二歩。

 あと一歩。


 お前の目の前にある、その木を越えてしまえば。

 俺の攻撃範囲内に入るんだよ!

「『フランシュペア』!」

 ユアンは火の槍を生み出すと、それを構えて一直線に駆けていく。

 ──今だ!

「『ヴィンド』っ!」

 出現した小さな風を自分の左手の甲付近に、小さな竜巻を生み出す。

 それと同時に、思いっきり地面を蹴った。

「なっ──!?」

 ユアンにとっては瞬間移動したかのように思えただろう。

 一瞬のうちに、俺はユアンの目の前まで来ていたのだから。

「っ!!」

 勢いを殺さずに、右腕を伸ばしてユアンの身体を巻き込む。

 フランシュペアが腕を焼くが……まとめて吹き飛ばす!

 普通ではありえない速度の突進により生み出した風で火の槍を打ち消し、そしてその勢いを乗せたままユアンを木に叩きつけた。

「がっ!?」

 衝撃が俺まで来るかのような勢いでユアンを叩きつけると、ガクリと彼は動かなくなる。
 まあ気絶しただけだろう……多分。

 こうして俺とユアンの勝負がついたのだが……ちょっとやりすぎてしまったかもしれない。

「勝負あり……だけど、今のは一体……」

 手首に手を当てて、ユアンが無事だという事を確認して少しほっとしていると、後ろから少し困惑した表情のルノア先輩と青髪の少女が立っていた。

「ああ、これですよ」

 と俺は左手のグローブに隠していたものを摘む。

「これは……針?」
「ええ、ガウルスパイダという魔物が武器としているものです」

 ガウルスパイダとは足が六本ある魔物だ。

「口が針のようになっており、口から透明な糸を吐き出して獲物の動きを封じてから、針を刺して仕留める。俺はその逆をやっただけですよ」
「逆……?」

 まあ見た方が早いだろう。

 落ちている適当な木の枝に針を刺す。

「これ、持っててください」
「え、ええ……」

 ルノア先輩に木の枝を持たせ、その場から少しずつ離れてみると。

「これは──!」

 うっすらとでしか見えないが、透明な糸が俺の左手と木の枝を繋いでいた。

「ガウルスパイダの糸は、少し加工するだけでちょっとやそっとで切れにくくなるんです」

 俺は繋がっている糸を軽く引っ張ってみるが、全く切れそうにない。

「そしてこれは巻き取り式になっているんです……先輩、その木の枝、離してください」

 先輩が離したことを確認すると、俺は詠唱する。

「求めるは風なり。我が手に集い、一点を吹き飛ばせ『ヴィンド』」

そうして出来た風で、糸で繋がっている付近に小さな竜巻を作る。

 すると、木の枝がもの凄い速度で俺の手元まで飛んできた。

「……なるほど、糸を巻き取って瞬間移動するように見せかけたのね。あなたは今と逆のことをしたと」
「そういうこと」

 と、青髪少女の言葉に俺は頷く。

 ユアンの最初の攻撃時に俺は木の方へ避けた。
 あの時に針を仕掛けたのだ。

「まあ、種明かしはこんな感じです。こいつが起きた時に、説明でもしてやってください」

 チラリと地面で横たわっているユアンを見るが、どうやら起きる様子がないようだ。

「じゃあ、俺たちはこれで」

 もうここにいる必要はないので、そう言って校舎裏を抜けようとする。

「──待って」

 その前に、ルノア先輩が後ろから声をかけてきた。

「なんですか?」
「一つだけ聞かせて……あなたがこの学科に入ってきた理由は何?」

 ……なるほど。
 確かに魔法が苦手な人ならば、魔法学科ではなく、別の学科に入ると考えるだろう。
 しかも俺は、全読詠唱しなくてはいけない、範囲は通常の十分の一という今まで聞いたことのないくらいの最悪な相性だ。

 でも。

「……俺、勇者に憧れているんですよ」

 そう言って、ルノア先輩達の方を振り返る。

「なんだって出来る勇者が、英雄とされている勇者が、世界を救ったと言われる勇者が」
「…………」
「だから、なってみたいんです、勇者に」
「それと魔法学科へ入るのに、どう関係性があるの?」
「だって」

 俺は僅かに微笑み、ぐっと拳を握る。

「勇者は強くなくてはいけない。だったら、この苦手な魔法を上手く使えるようになったら強くなるんじゃないかなって」
「……そう」

 ルノア先輩はすっと目を細めて、「じゃあ」と告げる。

「こういう理由じゃないのね? 行方不明になった実の姉のことを知りたくて、っていう」
「──!」

 体に衝撃が走る。

「……姉貴のこと、何か知ってるんですか?」

 動揺していることがバレないように、必死に落ち着かせた態度でルノア先輩に問いかける。

「さあね。あなたが知っていることは、知らないかもしれないわ」
「……すみません、今日はこれで。その話はまた今度にしましょう」

 駄目だ。

 姉貴のことは、他の人にあまり知られたくない。
 別に恥だから、というわけではないのだが……。

「……行くぞ、リリヤ」

 リリヤはルノア先輩を睨むように数秒見たが、何も言わずに俺の後をついてきてくれた。

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