僕の大嫌いな後輩について語ろう

風見鳩

僕の大嫌いな後輩について語ろう

 僕の大嫌いな後輩について語ろう。



 ラーメン屋のアルバイトをして3年目の時、僕に初めての後輩が出来た。

 まず、第一印象からして良くなかった。

 パッチリとした二重。
 僕よりも小柄な体型。
 青いバンダナから隠しきれない、派手な金髪。

「これからよろしくお願いします、先パイっ」

 そして作ったような笑顔と、可愛い声。

 典型的なイマドキの女子高生で、僕の一番苦手とするタイプだった。



「先パイって、どこの大学なんですか?」

 後輩と出会って数日後、後輩からそんなことを問われた。
 正直に言うとあまり有名ではないFラン大学だったのだが、別に隠す気もないので大学名を教える。

 すると、大学名を聞いた後輩は吹き出したのだ。

「すみません、その大学、聞いたことありまして……いわゆるFラン大学ですよね?」

 明らかに馬鹿にした態度の後輩にムッとした。
 まだ会って数回の先輩に対し、あまりにも失礼ではないだろうか。

「馬鹿なんですね、先パイって」

 僕はこの子が大嫌いだ。



 また、後輩の要領の良さも気に食わない点だった。
 元々違うアルバイトをしていたこともあるのか接客は完璧で、なんでもスラスラとこなせた。

 要領が良いだけだったら、僕も文句は言わない。

「先パイって要領悪いんですね。早く料理出してくださいよー」

 自分が早いからと言って、厨房担当の僕を煽ってくるのだ。
 確かに僕は要領悪い方だけど、それでも頑張っている方である。口出ししないでほしい。

「先パイ、よく周りから『どんくさい』って言われませんか?」

 余計なお世話だ。



「先パイって彼女いないんですか? あっ、いないですよね、その見た目だし」

 と、自分で質問しつつ自己完結し、おまけに皮肉をつけてくる後輩にもイラっとくる。

 確かにあまり外見には自信ないけど、だからと言って決めつけるのは良くないのではないだろうか。

「じゃあ、いるんですか?」

 彼女なんていたことがないので何も言えず、そんな僕を見て後輩がクスクスと小馬鹿にする。

 そういうお前はどうなのかと言い返すと、途端に後輩はキッと睨んできた。

「セクハラ行為ですよ、先パイ。訴えますよ?」

 ……正直、怖い。



「先パイみたいな人、『オタク』って言うんですよね? イラストの女の子に欲情するとか、キモいですね」

 当然のことだけど、僕と後輩は趣味が合わない。

 確かにアニメが好きで世間一般で『オタク』と呼ばれる分類で気持ち悪がられるのもわかる気がするが、いざ面と言われるとムッとしてしまう。

 何も知らないくせにキモいとか言うな、と反論した。

「先パイの好きなアニメ観てみたんですけど……かなりあり得ませんよ、アレ。女の子があんな純情だと思ってるんですか……?」

 翌週、律儀にも視聴してきた後輩にドン引きされた。

 この時ばかりは、何も言い返せなかった。



 パシャリという軽快な音をたてられ、僕は飛び起きた。

 今日は閉店まで後輩とバイトで、閉店作業を終えた時間は電車など通ってない時間だった。
 なので、始発までのんびりと店内で待っていたのだが……どうやら寝てしまっていたようだ。

 僕が起きると、目の前にはスマホを片手に持った後輩が。

「先パイの寝顔、撮っちゃいました」

 大嫌いな後輩でもそんな笑みをしないでほしい。流石に恥ずかしくなってしまう。

 自分でもわかるくらい顔が赤くなっていく僕に、後輩は微笑む。

「寝顔、キモいですね」

 今すぐ消してほしい。



 最近、後輩の髪色が変わった。

 あれだけ派手だった金髪が、やや明るいブラウン色になったのだ。

「ああ、これですか? いや、ただ金髪に飽きちゃったなーと思いまして」

 後輩は大したことのないようにもみあげをいじる。

「で、茶髪はどうでしょうか? どこか変だったりします?」

 すごく可愛いのだが、そんなことを正直に言ってしまうと気持ち悪がられるのは目に見えていた。

 なので、金髪の時より変な髪色してないよと言うと、ムッとした表情で脛を蹴ってきた。暴力反対。

 あまりの痛みにうずくまる僕は、後輩がボソリと呟く言葉を聞き取れなかった。



 後輩が初めて仕事で失敗した。

 片づけていた食器を割ってしまうという、誰でもあるような失敗だ。

 どこか怪我はないかと訊くと、後輩はただただ顔を俯かせていた。

「……すみません」

 いつもの饒舌はどこへ行ったのやら、か細い声で謝るのみだった。

 やめてくれ。
 そんな泣きそうな顔をしないでくれ。

 からかうにも、からかえないじゃないか。

 怒ることもからかうことも出来ない僕は、ただ後輩の頭を軽く撫でることしかできなかった。



「先パイって、今年卒業ですよね? バイトいつ辞めるんですか?」

 年が明けた頃、ふとした時後輩にそう訊かれた。

 三月の始めまでと話すと、後輩は興味なさそうに「ふぅん」と相槌を打つ。

「ま、どうでもいいですけど。私としてはどんくさい先輩がいなくなってハッピーですけど」

 相変わらずつれない奴だ。

「で、何で三月なんですか? 留年するかもしれないからですか? それとも、私に会えなくなると寂しいからですか?」

 途端にいつもの意地の悪い笑みを浮かべた後輩に、前者はともかく後者はあり得ないと断言しておく。

 若干、後輩の口の端がヒクついた。

「まあ、私も先パイなんかと一秒もいたくありませんけどねっ!」

 何故か語尾を強くして、後輩は仕事に戻る。

 その日、後輩はいつに増して機嫌が悪かった。



 二月のことだった。

「はい、先パイ」

 後輩から白い箱を渡される。

 なんだろうと思い開けてみると、そこには八等分された三角形のチョコレートケーキがあった。

「なんですか、その不思議な顔……もしかして、モテなさ過ぎてバレンタインのことも忘れてしまったんですか?」

 そうではない。まさか貰えるとは思ってなかったんだ。

「言っときますけど、義理ですよ? えーっと……名前忘れちゃいましたけど、駅前のケーキ屋で適当に買ったやつです」

 そんなこと、言われなくてもわかっている。

「ホワイトデーのお返し、期待してますねっ! 私、甘いものが好きなんで。あっ、出来れば和菓子とかがいいなあっ!」

 そっちが目的か。


 後日、チョコレートケーキがあまりにも美味しかったので駅前のケーキ屋で同じのを買おうとしたのだが、不思議なことにいくら探しても後輩のくれたチョコレートケーキは見つからなかった。



 後輩と出会って一年が経過した。

 卒業する僕の最後のバイトで、後輩とも最後のバイトだった……のだが。

 どうやら後輩は体調不良で他のバイトと代わったらしい。

 後輩と代わったのは、最近入った新人の子だった。

 仕事はまだまだだけど、素直でいい子だ。

 不器用だけど常に一生懸命、なんの嫌味も言わず僕のことを『先輩』として敬ってくれる。

 僕が絵に描いたような、理想の『後輩』だった。

 ……でも、どうしてだろう。

 いつも小馬鹿にしてくるあの態度が聞こえてこないことに、物寂しさを感じてしまうのは。

 大嫌いな後輩のはずなのに。

 どうしてこんなに後輩の姿を追ってしまうのだろうか。

 仕事の終わりにバッグから四角い箱を取り出すと、新人に差し出す。

「えっ、貰っちゃっていいんですか? でも、そんな……」

 と遠慮がちな新人に、生ものでもったいないからと無理矢理持たせた。

 中身は……和菓子だ。

「じゃ、じゃあ……ありがとうございますっ」

 輝くような新人の笑顔に、チクリと胸が痛む。

 僕が本当に見たかったのは、違う人の笑顔だったのに。

 お節介で、時々怖くて、変なところに律儀で、悪戯で、すぐ暴力を振るってきて、なのに落ち込む時はとことん落ち込んで、突拍子もないときに機嫌が悪くなって、平気で見返りを求めてきて。

 大嫌いで、大嫌いで、大嫌いなはずなのに……こんなにも胸が痛いのは何故だろうか。

 美味しそうに食べる新人を温かく見守りながら、後輩のいない空間に虚しさを覚えた。



 そして卒業式の日。

 色々と思い出の残る大学を見て回り、ふと敷地内で満開に咲く桜の木で足を止める。

 しばらく眺めていると、桜の花びらが自分の目の前に落ちてきた。

 それを掴もうと手を伸ばして──空を切ってしまう。

 掴み損ねて地面に落ちていく花びらを見つめながら、ふとあの子の顔が浮かんだ。

 ──先パイ。

 口を開く度に小馬鹿にしてきて。

 ──先パイ。

 作ったような可愛い声を出して。

 ──先パイ。

 すごく喜怒哀楽が激しく、機嫌を損ねやすくて。

 ──先パイ。

 でも、いないといないで寂しい……僕の『後輩』。



「先パイっ!」

 耳を疑った。

 だって、聞こえるはずのない声が聞こえてきたのだから。

 振り返ってみると……ここにいるはずのない子が、僕の後ろにいた。

「あ、あの、ご卒業おめでとうございますっ!」

 いつもの小馬鹿にしたような態度はなく、その子はガチガチに緊張しながら僕の方を見ていた。

 こんな緊張してる姿、接客時でも見たことがない。

「そ、それで、ですね!」

 頬を染めながら、僕の方にずんずんと歩み寄ってくる。

 そして、振り絞るようにしてその子は口を開いた。

「わ、私! 先パイのことが!」


 * * *


「……遅いですよ、先パイ」

 指定された場所の集合時間五分前に着くと、後輩は既に到着していた。

「五分前行動なんて温いですよ。男なら一時間前行動しないと」

 その待ってる時間、僕は何をしていればいいんだ。退屈で仕方ないと思うぞ。

「何言ってるんですか。この私を待っているというだけで、それはもうありがたい行為そのものですよ。むしろ喜ぶべきでしょう」

 なんだろう、自分を神様かなにかと勘違いしてないだろうか。

「さて……こうやって弄り続けるのも楽しいですけど、時間がなくなっちゃいますね」

 そう言って後輩は、僕に向かって手を伸ばしてきた。

 僕の大嫌いな後輩が笑みを浮かべる。

「行きましょうか、先パイっ」

 僕はその手を取った。

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