セクハラチートな仕立て屋さん - 如何わしい服を着せないで -
07 ダンジョンの法則性 前編
「この道を……左ですね」
「はいはい、左ね」
【地図化】スキルによって羊皮紙に描かれる地図を見ながら、ナフィリアが道案内をしていく。
リリカに指示されたのは、『北東へ進むこと』――それだけだ。
「あのう……リリカさん」
「ん? なにかしら?」
「北東に、その……何かあるんですか?」
おずおずと質問するナフィリアに、リリカはふぅーっと長い息を吐いた。
「『ダンジョンの法則性』については聞いたことある?」
「ええと、学者がダンジョンの変化について調べたって話……でしょうか?」
「そう。ロクティス・ヴァロンが【地図化】で調べた論文よ」
「それって確か、『現時点では不規則に変化しているとしか言い様がない』という結論だったはず……」
「それは違うわね。正確には『現時点では一部を除いて不規則に変化しているとしか言い様がない』よ」
「一部を……除いて?」
引っかかる言い方にナフィリアは首を捻る。
「不規則と言われているダンジョンでも、規則性がある場所が一部だけあるということ。例えばこのマイラダンジョンでは、一日毎に木が移動して道が変わるんだけど……一部の場所は絶対に木が移動してこないのよ」
「そ、そうなんですかっ?」
「そうなんですかも何も、貴女たちが寝泊まりしている場所がそうじゃない」
「……あっ」
リリカに指摘されて、ナフィリアもようやく気がついた。
ルーヤの屋台が停めてある湖。
絶対に木が生えることない場所。
「あの湖周辺は絶対に変化しない――そのことを見越して、リュウヤくんはあそこに自分の屋台を停めたのよ」
「そうだったんですか……」
何も考えず、適当に停めていたのかと思った――とナフィリアが失礼なことを考える。
「ナフィ。何故、あの湖に木が生えないと思う?」
「何故って……湖に木なんて生えるわけないじゃないですか」
「そう、湖に生えるわけがない」
当たり前のことだと思って答えるナフィリアに、リリカが大きく頷いた。
「つまり、木が生えるわけがない場所には――木は移動しないのよ」
「……ええと、すみません。つまり、どういうことですか?」
「一見すればただの地面にしか見えないのに、木が絶対移動してない場所があるとする。何故だと思う?」
「何故って……」
リリカの問いかけに視線を下に向け、指を口に当てながら思案する。
ただの地面に木が生えない理由? そんなのわかるわけないじゃないか――そう言いかけ、ふと何か気がついたように再び視線をリリカに向けた。
「――木が生えるわけないから?」
「そう。そこには何かがあるのよ」
「……何があるのか、知ってるんですか?」
ナフィリアの質問に、リリカは薄ら笑いをする。
「財宝よ」
「えっ――」
「この世に一つしかない財宝が、このダンジョンに眠っているの」
冗談にしか聞こえないような言葉だ。
そんなこと聞いたことがないし、聞いたとしてもなんの根拠もない。
しかし……自信満々に言う彼女を見ると、妙に納得してしまうのは何故だろうか。
「あの、リリカさん。もう一つ質問いいですか?」
「ん?」
「最初からちょっと気になってたんですけど……その、ルーヤさんのことを『リュウヤ』って……」
最初は発音の違いだと思っていた。
ナフィリアたちヒト族が使うヒト語は、妖精族や獣人族、更には魔族でも大体わかる共通語であるのだが、種族によってヒト語の発音が違っていたりする。
その為、ヒト族以外の種族は日常会話発音が違うことが時々あるのだ。
だが、リリカの使うヒト語に発音の違いは感じない。
薄い羽もなければ獣のような耳、額に魔石など見当たらないことからヒト族だと推測出来る。
第一、ルーヤの名を呼ぶときだけ発音が違うというのはおかしく、最早わざと『リュウヤ』と呼んでいるとしか考えられなかった。
「……ああ。そうだった、そうだった。こっちではルーヤだったわね、彼」
ナフィリアに指摘され、リリカも思い出したかのような声をあげる。
「気にしなくてもいいわ。ついつい昔の名前で呼んじゃうだけよ」
「昔の名前……?」
――名前が変わることなんて、あるのだろうか。
「そんな心配しなくても、私はリュウヤくんに気なんてないわ」
「ちょっ……その言い方だと、私がルーヤさんに、き、気があるみたいじゃないですかっ」
「あら、違った?」
「違いますっ!」
「でも、彼のお嫁さんなのよね?」
「そ、それはそうですけど! 大体、あんな変態――んぐっ」
「しっ」
反論しようとムキになるナフィリアだが、リリカが咄嗟に彼女の口元に手を当てた。
「……どうやら、おしゃべりもここまでのようね」
声を潜めるリリカに、ナフィリアも【夜目】スキルでその姿に気がつく。
モンスターだ。
ナフィリアの二倍以上の背丈にでっぷりと太った影が3つ、前から近づいてきているのだ。
「あの体格からしてオークね。夜も近いから、餌を求めて出てきたんだわ」
気がつけば辺りはすっかり暗くなっていて、夜空には満天の星が浮かんでいる。
「ねぇ、知ってるかしら? オークは性欲が強いって噂」
「……そんな話、聞いたことないですね」
ナフィリアは顔をしかめる。聞いたことのない噂でも、女性として不快な内容だと予想できたからだ。
「まあ顔つきや体格からして、太った中年男性に見える容姿が主な原因なんだけどね。日没に現れるのも、女冒険者を攫っていくためなんじゃないかなんて噂されているわ」
「ただの推測じゃないですか、それ」
「そうね。でも、噂って信憑性よりも受けが良いことの方が重要なのよ」
「……受け、良いんですか?」
「主に男性からよ。同人誌でもオーク系は多いとリュウヤくんから聞いたわ」
「どうじ……なんですか、それ?」
「あっ、何でもないわ。ごめんなさい」
聞き慣れない単語に首を捻るナフィリアに手をひらひらさせると、リリカは「ところでナフィ」と切り出す。
「今のオークの噂なんだけど」
「はい」
「リュウヤくんみたいな人種からすると、私たちみたいな女冒険者はオークに連れ攫われるものなんて勝手な妄想されているけれど」
「……はい」
「――正直、ムカつかない?」
ナフィリアは想像する。
オークに連れ攫われるのを妄想して喜ぶルーヤの姿を。
……答えはすぐに出た。
「――すっっっごく、ムカつきますっ!」
「そうよね、貴女もそう思うわよね」
「まったくですよっ! 私たちをなんだと思ってるんですかっ!」
「私たちってオークごときに負けるくらいまで弱いかしら?」
「んなわけないですかっ! あの程度、ぶっ飛ばしてやりますよっ!」
怒りを露わにするナフィリアを見て、リリカは満足げに笑みを浮かべる。
「ふふっ、思っていたとおりだわ。私たち、気が合いそうね」
気がつけば、オークはかなり近くまで近づいてきていた。
向こうからいつ気がつかれてもおかしくない状況だが――二人に逃げる意思などない。
「行くわよナフィ。男どもの勝手な妄想なんて、ぶっ壊してやりましょう」
「――はいっ! ぶっ壊します!」
リリカの掛け声と共に走り出す。
ようやく二人に気がついたオークだが……もう遅い。
「――ッ!」
ナフィリアの構えた短剣がオークの腹に突き刺さる。
「オ゛オ゛オ゛ォォッ!?」
突然走る激痛に苦しむオークに、休む暇など与えない。
短剣を引き抜くと、今度は脇腹に斬撃を与えた。
掠るような傷を与えてすり抜けると、ステップを踏んで身体を180度回転させる。
そして再び後ろから斬りかかり、再びステップを踏んで斬撃を与え。
【連撃】。連続で攻撃する度に威力が増していくスキル。
それが【攻撃速度上昇】と掛け合わさり、ナフィリアの攻撃は止まらない。
実というと彼女が与えているダメージは大してなく、【連撃】の威力がどれ程なのかを調べるためにナフィリアは試しているのだ。
……というのは建前で、ぶっちゃけ言うとキレてる。
なんかもう、モンスターに負けて男たち(主にルーヤ)が喜んでいる光景を想像すると、腹の底からどうしようもない怒りがふつふつと湧いてきていて、半ば八つ当たりのような感じでオークをいたぶっていた。
もう何度目の攻撃だろうか。
「はッ――!」
ナフィリアの力強い突きに、オークが吹っ飛ぶ。
全身に傷が出来たオークは、地面に血で線を引きながら転がっていき……そのまま動かなくなった。
自分よりも大きいくせに弱い――とナフィリアは残酷な笑みを浮かべるが、すぐに我に返る。
なんの罪もないモンスターでつい八つ当たりしてしまい、少し反省するナフィリア。
「終わったかしら?」
「あっ、はい……ぃ!?」
リリカの声で振り返ると、ナフィリアは思わずビクリと身体を震わせる。
そこにはリリカと両手、両足、胴体、頭をバラバラにされた2体のオークの光景が広がっていたのだから。
「やっぱりオークじゃやり甲斐がないわ、すぐ斬れちゃうんだもの……まったく誰かしら、こんな雑魚に負けるだなんて妄想してる奴らは」
涼しげにそう言うと、彼女は冷たい笑みを浮かべながらオークの頭を蹴りつける。
自分よりもっと八つ当たりしている人がいたことにより、先程のナフィリアの反省はどこかへ消え失せてしまった。
「さっ、ストレス発散もしたことだし、もうちょっと進みましょうか」
「は、はい……――ッ!」
何がともあれ、全てのオークを倒しきった――と油断したその時。
【夜目】スキルがついたナフィリアはリリカの背後から忍び寄るもう1体のオークの姿を、しかと捉えた。
「リリカさんっ! 後ろっ!」
そう警告しながらも、オークは既に振り上げた棍棒をリリカに振り下ろそうとしている。
――助けなきゃ!
反射的にナフィリアは動く。
大きく足を広げ、短剣を勢いよく振りかぶって投げつける。
だが、ナフィリアの渾身の一撃も間に合うことなく――。
一閃が走った。
「…………えっ……?」
一体何が起きたのか、彼女自身わからない。
夜だからよく見えなかったとか、そういうことではない。
【夜目】スキルではっきりと視認できていても、目の前の出来事を理解できなかった。
彼女が見たのはいきなりオークの身体に斜線が入り、突如として真っ赤な血を噴き出したという、信じられないような光景だったのだ。
変わらない表情でナフィリアの方を向いているリリカの手には――いつの間にか、剣が抜かれていた。
振り向いてもないのに、剣は真っ赤な血で濡れている。
それに遅れて、ナフィリアの短剣が額に突き刺さった。
「あら……」
と、ようやくリリカが後ろを振り返る。
「助けてくれたのねナフィ。ありがとう」
「い、いえ……」
お礼を言ってくるリリカに、ナフィリアは微妙な返事しか出来なかった。
――助けた? 私が?
違う。
ナフィリアの攻撃が当たる前に――オークは既に死んでいたのだ。
誰がやったなど……他の誰でもない。
「ああ、そういえば自己紹介まだだったわね。すっかり忘れてたわ」
突然リリカはそう言うと、懐からステータスカードを取り出す。
=====
名前:リリカ・アスマ
性別:女
年齢:19
階級:第1級
レベル:216
体力:1200
筋力:3750
敏捷:3550
魔力:230
運:220
スキル
【鬼神化Lv.3】【気配察知Lv.1】
ユニークスキル
【レベル倍加】
エクストラスキル
【真剣切断】
=====
「リリカ・アスマ。一応、第1級冒険者よ」
リリカの予想以上のステータスに、ナフィリアは目を見開かざるを得なかった。
「はいはい、左ね」
【地図化】スキルによって羊皮紙に描かれる地図を見ながら、ナフィリアが道案内をしていく。
リリカに指示されたのは、『北東へ進むこと』――それだけだ。
「あのう……リリカさん」
「ん? なにかしら?」
「北東に、その……何かあるんですか?」
おずおずと質問するナフィリアに、リリカはふぅーっと長い息を吐いた。
「『ダンジョンの法則性』については聞いたことある?」
「ええと、学者がダンジョンの変化について調べたって話……でしょうか?」
「そう。ロクティス・ヴァロンが【地図化】で調べた論文よ」
「それって確か、『現時点では不規則に変化しているとしか言い様がない』という結論だったはず……」
「それは違うわね。正確には『現時点では一部を除いて不規則に変化しているとしか言い様がない』よ」
「一部を……除いて?」
引っかかる言い方にナフィリアは首を捻る。
「不規則と言われているダンジョンでも、規則性がある場所が一部だけあるということ。例えばこのマイラダンジョンでは、一日毎に木が移動して道が変わるんだけど……一部の場所は絶対に木が移動してこないのよ」
「そ、そうなんですかっ?」
「そうなんですかも何も、貴女たちが寝泊まりしている場所がそうじゃない」
「……あっ」
リリカに指摘されて、ナフィリアもようやく気がついた。
ルーヤの屋台が停めてある湖。
絶対に木が生えることない場所。
「あの湖周辺は絶対に変化しない――そのことを見越して、リュウヤくんはあそこに自分の屋台を停めたのよ」
「そうだったんですか……」
何も考えず、適当に停めていたのかと思った――とナフィリアが失礼なことを考える。
「ナフィ。何故、あの湖に木が生えないと思う?」
「何故って……湖に木なんて生えるわけないじゃないですか」
「そう、湖に生えるわけがない」
当たり前のことだと思って答えるナフィリアに、リリカが大きく頷いた。
「つまり、木が生えるわけがない場所には――木は移動しないのよ」
「……ええと、すみません。つまり、どういうことですか?」
「一見すればただの地面にしか見えないのに、木が絶対移動してない場所があるとする。何故だと思う?」
「何故って……」
リリカの問いかけに視線を下に向け、指を口に当てながら思案する。
ただの地面に木が生えない理由? そんなのわかるわけないじゃないか――そう言いかけ、ふと何か気がついたように再び視線をリリカに向けた。
「――木が生えるわけないから?」
「そう。そこには何かがあるのよ」
「……何があるのか、知ってるんですか?」
ナフィリアの質問に、リリカは薄ら笑いをする。
「財宝よ」
「えっ――」
「この世に一つしかない財宝が、このダンジョンに眠っているの」
冗談にしか聞こえないような言葉だ。
そんなこと聞いたことがないし、聞いたとしてもなんの根拠もない。
しかし……自信満々に言う彼女を見ると、妙に納得してしまうのは何故だろうか。
「あの、リリカさん。もう一つ質問いいですか?」
「ん?」
「最初からちょっと気になってたんですけど……その、ルーヤさんのことを『リュウヤ』って……」
最初は発音の違いだと思っていた。
ナフィリアたちヒト族が使うヒト語は、妖精族や獣人族、更には魔族でも大体わかる共通語であるのだが、種族によってヒト語の発音が違っていたりする。
その為、ヒト族以外の種族は日常会話発音が違うことが時々あるのだ。
だが、リリカの使うヒト語に発音の違いは感じない。
薄い羽もなければ獣のような耳、額に魔石など見当たらないことからヒト族だと推測出来る。
第一、ルーヤの名を呼ぶときだけ発音が違うというのはおかしく、最早わざと『リュウヤ』と呼んでいるとしか考えられなかった。
「……ああ。そうだった、そうだった。こっちではルーヤだったわね、彼」
ナフィリアに指摘され、リリカも思い出したかのような声をあげる。
「気にしなくてもいいわ。ついつい昔の名前で呼んじゃうだけよ」
「昔の名前……?」
――名前が変わることなんて、あるのだろうか。
「そんな心配しなくても、私はリュウヤくんに気なんてないわ」
「ちょっ……その言い方だと、私がルーヤさんに、き、気があるみたいじゃないですかっ」
「あら、違った?」
「違いますっ!」
「でも、彼のお嫁さんなのよね?」
「そ、それはそうですけど! 大体、あんな変態――んぐっ」
「しっ」
反論しようとムキになるナフィリアだが、リリカが咄嗟に彼女の口元に手を当てた。
「……どうやら、おしゃべりもここまでのようね」
声を潜めるリリカに、ナフィリアも【夜目】スキルでその姿に気がつく。
モンスターだ。
ナフィリアの二倍以上の背丈にでっぷりと太った影が3つ、前から近づいてきているのだ。
「あの体格からしてオークね。夜も近いから、餌を求めて出てきたんだわ」
気がつけば辺りはすっかり暗くなっていて、夜空には満天の星が浮かんでいる。
「ねぇ、知ってるかしら? オークは性欲が強いって噂」
「……そんな話、聞いたことないですね」
ナフィリアは顔をしかめる。聞いたことのない噂でも、女性として不快な内容だと予想できたからだ。
「まあ顔つきや体格からして、太った中年男性に見える容姿が主な原因なんだけどね。日没に現れるのも、女冒険者を攫っていくためなんじゃないかなんて噂されているわ」
「ただの推測じゃないですか、それ」
「そうね。でも、噂って信憑性よりも受けが良いことの方が重要なのよ」
「……受け、良いんですか?」
「主に男性からよ。同人誌でもオーク系は多いとリュウヤくんから聞いたわ」
「どうじ……なんですか、それ?」
「あっ、何でもないわ。ごめんなさい」
聞き慣れない単語に首を捻るナフィリアに手をひらひらさせると、リリカは「ところでナフィ」と切り出す。
「今のオークの噂なんだけど」
「はい」
「リュウヤくんみたいな人種からすると、私たちみたいな女冒険者はオークに連れ攫われるものなんて勝手な妄想されているけれど」
「……はい」
「――正直、ムカつかない?」
ナフィリアは想像する。
オークに連れ攫われるのを妄想して喜ぶルーヤの姿を。
……答えはすぐに出た。
「――すっっっごく、ムカつきますっ!」
「そうよね、貴女もそう思うわよね」
「まったくですよっ! 私たちをなんだと思ってるんですかっ!」
「私たちってオークごときに負けるくらいまで弱いかしら?」
「んなわけないですかっ! あの程度、ぶっ飛ばしてやりますよっ!」
怒りを露わにするナフィリアを見て、リリカは満足げに笑みを浮かべる。
「ふふっ、思っていたとおりだわ。私たち、気が合いそうね」
気がつけば、オークはかなり近くまで近づいてきていた。
向こうからいつ気がつかれてもおかしくない状況だが――二人に逃げる意思などない。
「行くわよナフィ。男どもの勝手な妄想なんて、ぶっ壊してやりましょう」
「――はいっ! ぶっ壊します!」
リリカの掛け声と共に走り出す。
ようやく二人に気がついたオークだが……もう遅い。
「――ッ!」
ナフィリアの構えた短剣がオークの腹に突き刺さる。
「オ゛オ゛オ゛ォォッ!?」
突然走る激痛に苦しむオークに、休む暇など与えない。
短剣を引き抜くと、今度は脇腹に斬撃を与えた。
掠るような傷を与えてすり抜けると、ステップを踏んで身体を180度回転させる。
そして再び後ろから斬りかかり、再びステップを踏んで斬撃を与え。
【連撃】。連続で攻撃する度に威力が増していくスキル。
それが【攻撃速度上昇】と掛け合わさり、ナフィリアの攻撃は止まらない。
実というと彼女が与えているダメージは大してなく、【連撃】の威力がどれ程なのかを調べるためにナフィリアは試しているのだ。
……というのは建前で、ぶっちゃけ言うとキレてる。
なんかもう、モンスターに負けて男たち(主にルーヤ)が喜んでいる光景を想像すると、腹の底からどうしようもない怒りがふつふつと湧いてきていて、半ば八つ当たりのような感じでオークをいたぶっていた。
もう何度目の攻撃だろうか。
「はッ――!」
ナフィリアの力強い突きに、オークが吹っ飛ぶ。
全身に傷が出来たオークは、地面に血で線を引きながら転がっていき……そのまま動かなくなった。
自分よりも大きいくせに弱い――とナフィリアは残酷な笑みを浮かべるが、すぐに我に返る。
なんの罪もないモンスターでつい八つ当たりしてしまい、少し反省するナフィリア。
「終わったかしら?」
「あっ、はい……ぃ!?」
リリカの声で振り返ると、ナフィリアは思わずビクリと身体を震わせる。
そこにはリリカと両手、両足、胴体、頭をバラバラにされた2体のオークの光景が広がっていたのだから。
「やっぱりオークじゃやり甲斐がないわ、すぐ斬れちゃうんだもの……まったく誰かしら、こんな雑魚に負けるだなんて妄想してる奴らは」
涼しげにそう言うと、彼女は冷たい笑みを浮かべながらオークの頭を蹴りつける。
自分よりもっと八つ当たりしている人がいたことにより、先程のナフィリアの反省はどこかへ消え失せてしまった。
「さっ、ストレス発散もしたことだし、もうちょっと進みましょうか」
「は、はい……――ッ!」
何がともあれ、全てのオークを倒しきった――と油断したその時。
【夜目】スキルがついたナフィリアはリリカの背後から忍び寄るもう1体のオークの姿を、しかと捉えた。
「リリカさんっ! 後ろっ!」
そう警告しながらも、オークは既に振り上げた棍棒をリリカに振り下ろそうとしている。
――助けなきゃ!
反射的にナフィリアは動く。
大きく足を広げ、短剣を勢いよく振りかぶって投げつける。
だが、ナフィリアの渾身の一撃も間に合うことなく――。
一閃が走った。
「…………えっ……?」
一体何が起きたのか、彼女自身わからない。
夜だからよく見えなかったとか、そういうことではない。
【夜目】スキルではっきりと視認できていても、目の前の出来事を理解できなかった。
彼女が見たのはいきなりオークの身体に斜線が入り、突如として真っ赤な血を噴き出したという、信じられないような光景だったのだ。
変わらない表情でナフィリアの方を向いているリリカの手には――いつの間にか、剣が抜かれていた。
振り向いてもないのに、剣は真っ赤な血で濡れている。
それに遅れて、ナフィリアの短剣が額に突き刺さった。
「あら……」
と、ようやくリリカが後ろを振り返る。
「助けてくれたのねナフィ。ありがとう」
「い、いえ……」
お礼を言ってくるリリカに、ナフィリアは微妙な返事しか出来なかった。
――助けた? 私が?
違う。
ナフィリアの攻撃が当たる前に――オークは既に死んでいたのだ。
誰がやったなど……他の誰でもない。
「ああ、そういえば自己紹介まだだったわね。すっかり忘れてたわ」
突然リリカはそう言うと、懐からステータスカードを取り出す。
=====
名前:リリカ・アスマ
性別:女
年齢:19
階級:第1級
レベル:216
体力:1200
筋力:3750
敏捷:3550
魔力:230
運:220
スキル
【鬼神化Lv.3】【気配察知Lv.1】
ユニークスキル
【レベル倍加】
エクストラスキル
【真剣切断】
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「リリカ・アスマ。一応、第1級冒険者よ」
リリカの予想以上のステータスに、ナフィリアは目を見開かざるを得なかった。
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