セクハラチートな仕立て屋さん - 如何わしい服を着せないで -

風見鳩

06 剣士リリカとダンジョンの地図


「ど、どうぞ……残り物ですが……」


 声を震わせながらナフィリアは昨日残っていて、温め直したシチウを女性の前に置く。

 お茶の代わりにシチューが出るなんて初めて――と女性は心の中で呟きつつ、真っ正面に座る男を見つめる。


「いやあ、思ってたより多めに山菜が手に入ったよ。これで食糧問題は当分大丈夫だね」


 大きなカゴに入れた山菜を取りだし、楽しそうにテーブルへ並べる男……ルーヤだ。


「ナフィちゃん、今日もご馳走だよ。楽しみにしててね」

「は、はあ……」

「あっ、そうだ。リリカもどうだい? 山菜料理、食べてく?」

「――生憎、楽しく食事してる暇なんてないのよ」


 リリカと呼ばれた女性はルーヤを睨み付けながら、シチウをスプーンで掬う。


「大体、貴方と食事なんかしたくないわ」

「じゃあ、うちのナフィちゃんとなら食べてく?」

「……斬るわよ?」

「おお、怖い怖い。冗談だってば」


 スプーンを置き剣の鞘を握ったリリカに、両手をあげるルーヤ。


「まあ、異常事態ってことはわかってるよ。リリカが理由もなしに、こんなところへ来るはずないもんね」

「その言葉、まんま返すわよリュウヤくん」


 と返されるが、ルーヤは曖昧な笑みを浮かべたまま何も答えなかった。


 ――二人はどんな関係なんだろうか。


 ふとそんなことを思うナフィリアだが、決して口に出させない。というか、緊張のあまりに口が動かない。


 リリカが怖い――と言えば失礼に値するが、見た目や雰囲気からして明らかに強そうな人である。

 初対面ということもあり、ナフィリアはリリカを若干警戒しているのだ。


「で、何の用かな? 僕が仕立てた女性服でも買いに来たの?」

「あなたの趣味でしかない、あんな変な服を誰が買うと思ってるのかしら」


 ばっさりと切り捨てられ若干涙目になるルーヤだが、そりゃ当然だろうとナフィリアも冷ややかな視線を送る。


「私が欲しいのはとあるスキル……【地図化】よ」

「【地図化】?」


 リリカの意外な要求にナフィリアは思わず口を挟んでしまった。

 【地図化】とはそのままの意味のスキル。そのスキル持ちの人が羊皮紙を広げたまま歩くと、地図になるのだ。

 ただ、このスキルの需要は極めて低い。普通の場所なら大変便利なスキルだが、ダンジョンだとほぼ使えないと言っても過言ではないからである。


 その原因がダンジョンの特徴。ダンジョンは24時間かけてゆっくりと変化している。その為、翌日のダンジョンは道が変わっているのだ。


 冒険者にとってダンジョンへと潜り込むのが頻繁なので、まったく使えない地図など必要ないくらいである。


 ――そんなスキルが欲しいの?


 ナフィリアと同じ疑問を抱いたのか、ルーヤも腕を組みつつリリカに質問した。


「目的は?」

「――調査よ。調べたいことがあるの」

「ふぅん、そうなんだ」

「ええ、そういうことなの」


 二人とも笑みを浮かべつつも……目が笑ってない。


 まるでお互いの腹を探りあうかのような無言。


 それはナフィリアが知っている普段のルーヤではなく、雰囲気の違いに思わず彼を凝視してしまう。


 ルーヤもナフィリアの視線に気がつく。


「ナフィリアちゃん、どうしたの? 僕に惚れちゃった?」

「なっ、違いますからっ! 自意識過剰もほどほどにしてくださいっ!」


 やっぱりいつものルーヤだった。


「それで、くれるかしら?」

「ダメ」

「……貸すだけでもいいのよ?」

「うん、無理」



 リリカがやや食い下がるが、ルーヤはこれをきっぱりと断った。


「リリカも知ってるよね? 僕はスキルのみを売ったりしない。スキルがついた服を売るのが、僕の商売なんだ」



 胸を張って断るルーヤの姿は立派なものだが、彼が売るのはセクハラまがいの女性服のみである。


 立派さのかけらもない――とナフィリアから深いため息が洩れる。



「貸す気はない……ということは、持ってはいるのね?」


 しかし、リリカもあっさりと帰るつもりはないようだ。

 試すかのような口調でルーヤに問いかける。


「さあね。たくさんありすぎてそんなスキル持ってるかどうかも忘れちゃったよ」

「とぼけなくてもいいわよ。貴方の山菜採りというのは建前で、本当の目的は【地図化】を持ってこのダンジョンの地図を作っていたことぐらい、私知ってるのよ」

「…………」


 得意げな顔で反論するリリカに、ルーヤは黙ってしまう。


 だから怪我をしているのに山菜採りに行ったのか――と納得するナフィリア。


 しかし、納得できない部分もある。


 どうして二人はそんなにダンジョンの地図を集めようとしているのだろうか。


 ダンジョンは変化する。マイラダンジョンも例外ではない。

 以前、とある学者がダンジョンの変化について調べようとしたことがあったそうなのだが……結果、『現時点では不規則に変化しているとしか言い様がない』という結論が出ていて、このことは誰もが知っているはずのことなのだ。



「【地図化】を持っているのなら話が早いわ。少しの間、私に貸して欲しいのよ」

「だからね、スキルを貸すなんてことを僕はしてないって――」

「いいえ、貸して欲しいのはスキルじゃないわ」


 そう言ってリリカが指さしたのは……ナフィリア。


「……へ?」

「貴女、少しの間借りられてくれないかしら?」

「…………そういうことか」


 まさか自分が指摘されるとは思わず、ぽかんと口を開けてしまうナフィリアと何かを察しるルーヤ。


「この子に【地図化】を持たせて、共に行動するだけ。私と共にしていればモンスターにも遭遇するだろうから、スキル集めでも出来るし経験値稼ぎも出来る……どう? なかなか魅力的な提案じゃない?」

「まあ、確かにそうだけど……」


 確かにリリカが言ったとおり、魅力的な提案だ。


 この提案ならば、リリカは実質【地図化】を借りることが出来、ルーヤはスキル集めをすることが出来、ナフィリアは経験値を稼げる。


 ここにいる三人が全員、得することが出来るのだ。



「いや、やっぱりダメ」



 ならば何故、ルーヤは頭を縦に振らないのか。


「……どうして?」

「心配だからだよ」

「心配? 怪我してロクな戦力にならない貴方より、私の方が安全よ?」

「いやいや、リリカの腕を疑っているわけじゃないよ? でもね、そういう問題じゃなくてナフィちゃんが心配なんだ」

「……どういうことかしら?」

「ナフィちゃんが僕の指示で動いている間は、ほぼ確実に安全だと言い切れる。いつでも必ずこの子を守れるっていう、自信があるから」

「…………」

「でも、リリカにその保証はない。いくら他と比べてまだ安全なマイラダンジョンでも危険なんだ。そんな危険のダンジョンにナフィちゃんを放るなんてこと、僕には出来ないね」

「……リュウヤくん、将来は過保護な親になるわよ」

「こんな世界に放任主義な考えの親は、親じゃないよ」


 リリカの嫌みをさらりと返すルーヤに……ナフィリアは感謝と謝罪の想いで胸がいっぱいだった。

 今まで彼は、ずっとナフィリアの安全を第一に考えてきていたのだ。

 ルーヤに助けてきてもらったことは何度だってある。ゴブリン戦やブレイズドラゴン戦、そして『ラッキーアイテム』として使われていた日々に手を差し伸べられ……。


 今ナフィリアがいるのも、ルーヤがいてこそなのだから。


 ――ただの変態だなんて、自分はなんて失礼なことを考えていたのだろう。


 もはや感動しつつあるナフィリア。



「でもまあ、それもそうね」



 リリカもルーヤの言いたいことがわかったらしく、小さくため息をついた。



 そうして彼女は椅子から立ち上がり、帰る支度を始める……かと思いきや。



「――でも、本当にそれでいいの?」

「……えっ?」

「ねえ、貴女」


 リリカはナフィリアを見下ろす。


「リュウヤくんはこうして貴女のことを考えてくれているようだけど、貴女はこのままでいいの?」

「えっ……」

「ちょっと、リリカ――」

「リュウヤくんは黙ってなさい……ねえ、ナフィリア? 貴女は本当に、弱いままでいいの?」


 まるで試すかのようなリリカの問いかけが、ナフィリアにガツンと響く。


 思い返されるのは、ブレイズドラゴン戦でルーヤが負った怪我。

 ナフィリア自身がもっと強ければ、あんなことにはならなかった。


 例え今後もルーヤが守ってくれるにしろ……はたしてそれでいいのだろうか?

 弱いままで、いいのだろうか?


「ル、ルーヤさんっ。あ、あの……」

「…………はあ」


 おずおずと口を開いたナフィリアだが、ルーヤは何が言いたいのかわかったようで、やれやれと肩を竦める。

「ナフィちゃんからお願いされちゃ、僕も無下に断るわけにはいかないなぁ……。いいよ、リリカと言っておいでナフィちゃん。ただし、怪我だけはしないようにね」

「……はい!」


 ルーヤの言葉に、力強く頷くナフィリア。


 ――ルーヤさんに守れてばかりじゃ駄目なんだ。私も、ルーヤさんを守れるように強くなりたい。


 彼女の瞳には、そんな大きな目標が秘められていた。


 * * *



 ――前言撤回!



「ルーヤさんのばかぁぁぁぁぁあああっ!!」



 彼への感謝とか尊敬とか、そういうのを丸めて投げ捨ててナフィリアは叫んだ。



 彼女が今着ている服は胸元が大きく開いた赤いミニドレス。ただし、ないに等しいナフィリアにはあまり似合わないが。


 可愛らしい見た目で高級そうな雰囲気のドレスだが、ナフィリアは自信を持って断言できる。




 ――これは戦闘服じゃない!





 ……いやまあ、今に始まったことではないが。



「何が『強い女性剣士の大半が着ている服』よっ! こんな服の冒険者、見たことないわよっ! くきぃっ!」

「彼に騙される貴女も大概だけどね」


 怒りのボルテージが上がりすぎてわけのわからない奇声をあげるナフィリアに、リリカが冷静な返しを入れる。


「まあ【夜目】、【攻撃速度上昇】、【回避】、【連撃】って、割とまともなスキル構成よ?」

「スキルの問題じゃないんですよ!」

「でもそのスキルに頼らないと、まともに戦えないんじゃないの?」

「そ、それはそうですけど……」


 その指摘は正しく、今の彼女はルーヤの力に頼らなければいけないのだ。


「それにしても【連撃】って、滅多に出ないスキルを持ってるのね」


 とリリカがものの珍しそうにナフィリアのステータスカードを眺める。


 この【連撃】というスキルは、先日のブレイズドラゴンから手に入れたレアスキルだ。

 連続で攻撃する度に攻撃力が上がるという非常に強力な効果で、このスキルを持っている冒険者は滅多にいない。


「さすが、『ラッキーアイテム』と呼ばれてるだけあるわね」

「知ってるんですか?」

「そりゃもちろん。貴女、あの街じゃ有名人だもの」


 リリカの言葉に、ナフィリアはますます顔をしかめる。


「私にとっては不幸でしかありませんけどね。……利用されるだけのスキル、ですから」


 彼女にとって【ラッキー確率こんなもの】は呪いだ。このユニークスキルのおかげで役立つ人がいようと、所持している本人が不幸なのだから。


「……でもルーヤさんは違いました。私のこともしっかり考えてくれて――」

「その割には、私利私欲に趣味全開の服ばかり着せてるけど」

「――それはそうなんですけどっ! すっごく深刻な問題ですけどっ! とにかく、考えてくれてるんですっ!」

「……貴女、余程リュウヤくんが好きなのね」

「すっ……!? ち、違います! これは、そういうのじゃないですからっ!」

「ふぅん」


 顔を真っ赤にするナフィリアにリリカは素っ気なく返事をし、ボソリと呟く。


「……ツンデレ乙、ね」

「えっ、ツンデレオツ? なんですか、それ」

「貴女のようなことを差す、魔法の呪文よ」

「…………?」


 そんな魔法、あったっけ?――と、ナフィリアはリリカの言ったことが理解できず、首を捻る。


「そろそろ行きましょうかナフィ」

「あっ、は、はい! 私も足を引っ張らないよう……が、頑張ります!」

「ふふっ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ? リュウヤくんはああ言ってたけど、ぶっちゃけ貴女は何もしなくてもいいくらいなのよ」

「へっ?」


 リリカは小さく笑みを浮かべると、腰に提げている柄にそっと手を添える。




「――だって貴女が気がついた時には、既に剣は抜かれているんだもの」



 そう予言する彼女の瞳は、自信と確信に満ちあふれていた。

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