セクハラチートな仕立て屋さん - 如何わしい服を着せないで -
04 撒き餌作戦 前編
「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああああっ!!」
マイラダンジョン入り口付近、少女の悲鳴が響き渡る。
必死に逃げる少女の背後には空を覆い尽くすような山吹色の集団。
『リトルバード』と呼ばれる鳥型モンスターが、少女に攻撃を加えようと襲いかかっているのだ。
何故少女は襲われているのかというと、それは彼女がリトルバードの天敵である『パルブスネーク』と同じ水色の格好をしているからである。
黄色い帽子に水色の服、紺のスカート。紺色のポシェットを背負い、水色の服の胸部分には何やら奇妙な形をした赤い紋章のようなものをつけている。
この世界の人々にとって少女の格好は見たこともない奇妙な服装だが、とある別世界の人ならば少女の服装を見て、こう答えるだろう。
――『園児服』と。
「ルーヤさんの、馬鹿ぁぁぁ! ……殺す! 殺す殺す殺す殺す殺す! 帰ったら、殺してやるぅぅぅ!!」
可愛らしい見た目に反して物騒な発言をする幼稚園児――もといナフィリアは、リトルバードの猛攻から必死に逃げ回っていた。
* * *
事の始まりは昨晩の会話だった。
「ああ、ナフィリアちゃん。しばらくはこのダンジョンで自給自足生活をするよ」
「……はい?」
水面に月を映し出す湖の近くで焚き火をする為、薪を集めていたナフィリアは耳を疑った。
「自給自足って、その……?」
「まあ、ちょっとしたキャンプだよ。ちょっとの間、ここで暮らすから」
「ちょっとの間、って……街に戻ればいいんじゃないんですか?」
ナフィリアの疑問に、ルーヤはいやいやと首を横に振りながら落ち葉を一カ所に集めていく。
「まず一つ、僕たちはあの街に戻れない。今、ナフィリアちゃんは行方不明扱いだから」
「あっ……」
そう、ナフィリアは行方不明扱いでなければならない。
彼女のことを追い求めるパーティーが、あの街にいるからだ。
「そして二つ、あの街以外にマイラダンジョンから近い街も村もない。いちいちこのダンジョンに潜り込むために、一日も移動するなんて億劫だからね」
ルーヤは手のひらに小さな火を魔法で作り出すと、落ち葉の山に向かって放つ。
落ち葉に火が灯り、その大きさがどんどんと増していった。
ナフィリアが持ってきた薪を受け取ったルーヤは細い枝から火にくべていく。
「よって、ここで自給自足生活をするのが一番手っ取り早いということにした、というわけさ」
「何か質問は?」という顔をするルーヤに、ナフィリアがおずおずと手を挙げる。
「あの……スキルを集めるのなら、別の街に行って別のダンジョンでやってもいいんじゃないでしょうか? そっちの方が見つかりにくいんじゃ……」
「うーんと……ちょっと調べたいことがあってね。元々、僕がここに来た目的はマイラダンジョンにあるんだ」
ナフィリアの問いにルーヤが曖昧な笑みを浮かべた。
「僕のわがままで申し訳ないんだけど、もうちょっとここにいてもいいかな?」
「……まあ、そういうことであれば構いません」
ナフィリアもあのパーティーに見つからなければいいのだ。
それにナフィリアを助けてくれたルーヤのわがままの一つくらい、聞いてもいいのではないか。
……と思ったナフィリアだが、よくよく考えれば彼のわがままばっか聞いてるような気がしてきて、頷いてしまったことに少し後悔する。
「それでなんだけど……まず、明日は食糧調達をしなくちゃいけないんだ」
「食料調達ですか……」
チラリと持ってきたゴブリンの死体を見る。
「あれを食べればいいんじゃないんですか?」
「……度々思うんだけど、ナフィリアちゃんって大胆なところあるよね。あのクソ不味い肉を食おうとか、常人の考えじゃないよ」
ゴブリンの肉はゴムのような食感と独特な匂いで不味いとの定評があり、並の冒険者なら食べようという発想はしないだろう。
「そりゃ腹を満たせればいいっていうんなら、ゴブリンでもいいんだけどさ。どうせならもっと美味しいものを食べようよ」
「もっと美味しいもの……」
ナフィリアの言葉にルーヤはうんうんと笑みを浮かべる。
「この辺で美味しくて沢山取れるのっていえば、『リトルバード』だよね。でもリトルバードって集団で行動するんだけどさ、臆病な性格だから一気に仕留めないと大半は逃げちゃうんだよ」
「……まさか」
ナフィリアの嫌な予感は、果たして当たった。
「うん、ナフィリアちゃんにはスキル付きの衣装で誘導役になってほしいんだ。大丈夫大丈夫、逃げ回るだけの簡単な仕事だよ」
「絶対、嫌です! どうせセクハラまがいの服を着せてくるつもりですよね!?」
頑固として拒否するナフィリアだが、ルーヤは心外だとばかりに首を振る。
「いやいや、そんなことない。現に今日のメイド服だって立派な戦闘服だっただろう?」
「あれは仕事着です! しかも、あのスカート丈のどこらへんが立派な仕事着ですか!」
「まあ、確かにメイド服のスカート丈を調整をしたのは認めるよ、セクハラまがいかどうかはともかくとして」
「どうしてもセクハラに関しては認めないつもりなんですね! この変態!」
「でも、今度の衣装は本当に何も調整してない。強いて言うのなら、ナフィリアちゃんの背丈に合わせたぐらいだよ」
「……本当ですか?」
いまいち信用できずナフィリアはジト目でルーヤを見る。
「本当、本当。子供でも着るような、いかがわしい要素が全くない、健全な衣装だよ」
「絶対ですね? 嘘ついてたら絶対許しませんからね?」
「ああ、約束しよう。僕は嘘をついてない、と」
* * *
そして、翌日の昼に至る。
「騙されたっ!」
ルーヤが用意したのは確かにいかがわしい要素のない、子供でも着るような服だった。
ただし……それをナフィリアが着ても、全くいかがわしくないかは除いて。
「子供でも着るような服、というか……明らかに子供用の服じゃないっ! それを私の背丈に合わせただけだったら、そりゃこんな短いスカート丈になるわよねっ!」
ナフィリアの着ている園児服のスカート丈は昨日のメイド服より短いもので、ぶっちゃけ昨日のメイド服の方がマシだと思うレベルである。
「さては、私を子供扱いして馬鹿にしてるのね!? そうなのね!?」
他の人から見ればナフィリアも十分子供な年頃なのだが……彼女自身は馬鹿にされた気分で、一人げに地団駄を踏む。
ちなみにルーヤは「罠を仕掛けなくちゃいけないから」とかなんとかで、別行動中だ。もしナフィリアと行動を共にしていたら、きっと彼は怒り狂ったナフィリアの刃の餌食になっていただろう。
「はあ……さっさと済ませよう……」
やがて怒り疲れたのか、ナフィリアは深いため息をついてルーヤに渡された地図を確認する。
彼の作戦はこうだ。
「ナフィリアちゃんが周辺のリトルバードたちを引き連れて、それを一気に仕留める。どうだい、簡単な作戦だろう?」
昨日のゴブリンの死体からナイフ一本で器用に皮を剥ぐ作業をしながら、ルーヤが作戦内容を伝える。
「仕留め方は任せて。これで一気に捕まえるから」
一閃。
ゴブリンの皮から【衣装変身】で作り出したのは……大きなネットだった。
「あの……それなら私が囮にならなくても、罠を複数仕掛けて捕まえた方がいいのでは?」
ナフィリアの質問に、ルーヤはチッチッと指を横に振る。
「リトルバードも立派なモンスター。スキル付きの素材が手に入ることも稀にある」
「あっ」
「僕の考えがわかったようだね」
ナフィリアが何かに気がついたように声をあげて、彼は大きく満足げに笑みを浮かべた。
「ナフィリアちゃんには囮になってもらうと同時に……スキルを集めてもらいたいんだ」
「……とか、今朝はそう言ってたけど。本当の理由はそうじゃないわね」
回想終わり。
歩くこと数分。ナフィリアは地図上に示された赤い×印の位置にたどり着いていた。
そうではないのだ。
ルーヤと知り合ってまだ3日目だが……あの男の思考はもっと単純なものだとナフィリアは断言できる。
こんな作戦を考えついたのは、食料調達の為でも、スキル集めの為でもない。
「ナフィリアちゃんの可愛い格好が見たいから」
――ルーヤさんは、そういう人だ。
今一度深いため息をつくと、ポシェットから真っ赤に染まる小さな木の実を取り出した。
ククの実と呼ばれる、リトルバードが好物とする食べ物である。
ナフィリアはククの実をそこら中に撒き、次のポイントへと向かう。
ポイントは全部で3つ。
2つ目、3つ目でも同じように木の実を撒いて、リトルバードを誘い出すのだ。
「これで良し、と……」
3つ目のポイントに撒き終えたナフィリアは、そのまま草むらへと身を隠す。
後はリトルバードが食いつくのを待つのみ。
そして待つこと数時間。
「……来た」
日も落ちてきた夕方、山吹色の小さな鳥がナフィリアの撒いたククの実に群がってきた。
リトルバードの主な活動時間は夕方だ。
昼型のモンスターが自分の住処へ戻る頃で、夜型のモンスターが動き出すにはまだ早い。比較的安全な時間にこの小鳥たちは餌を求めて、集団で森の中を彷徨い出す。
――さて。
ナフィリアは大きく息を吸い……草むらから勢いよく飛び出した。
ナフィリアが着ている服は水色を基調としている。リトルバードが天敵とする『パルブスネーク』と同じ色だ。
突如飛び出してきたナフィリアにリトルバード達はびくつかせながらも、ナフィリアを見て目の色を変えた。
「っ!」
瞬間――リトルバードたちが一斉に羽ばたくと、一直線にナフィリアへ狙いを定めて飛んできた。
ククの実を食べることから草食だと思われがちのリトルバードだが、その実態は肉食である。集団で襲いかかり、動かなくなったところを食い散らかすのだ。
が、もちろんナフィリアも餌になるつもりはない。
リトルバードの突撃を躱すと、作戦通りに逃げ出す。
=====
名前:ナフィリア
性別:女
年齢:9
階級:第10級
レベル:15
体力:175
筋力:25
敏捷:610
魔力:110
運:1500
スキル
【回避Lv.10】【速度上昇Lv.10】【体力上昇Lv.4】【逃避行Lv.2】【敵対心Lv.1】
ユニークスキル
【ラッキー確率】
エクストラスキル
―
=====
今回は攻撃系スキルを外した代わりに速度系と体力系スキルをつけ、更に相手からのヘイト値を溜めるレアスキル【敵対心Lv.1】もつけている。
よって、今のナフィリアはモンスターから狙われやすいという非常に危険な状態だ。
背後から迫り来る攻撃にヒヤリとしながらも、彼女はルーヤに指定された道を辿って逃げていく。
このままさっき撒いた餌ポイントを通過し、リトルバードを誘導していく――今考えてみれば、非常に稚拙で単純な作戦であり、「あまり真剣に考えてないんだな、あの人」とナフィリアは内心毒突いた。
第2ポイント通過。
同じく餌に食いついていたリトルバードたちがナフィリアに気がつき、一斉に突進してくる。
身を屈めなんとか躱したナフィリアは、最後の第1ポイントへと向かい出す。
しかし、予想外のことが起こっていた。
「……なんか数、多くない?」
ルーヤが予想したリトルバードの数は全部で20体前後。
しかし、まだ第1ポイントを通過してないこの時点で、既に30を超えようとしているのだ。
「っ! あぶなっ!」
背後から迫り来た攻撃にいち早く気がつき、ギリギリのところで回避する。
今回の作戦で下手に攻撃できないし、そもそも今の状態だと攻撃力が低い。つまり、今はルーヤが罠を仕掛けた位置まで逃げ切るのが最善策なのだ。
しかし、誤算はこれだけではなかった。
「ちょっ……嘘、でしょっ!?」
逃げている途中の道中からもリトルバードが飛び出してきたことに、ナフィリアは驚愕した声を上げるしかなかった。
視認できるだけで40……いや50体以上。もはや一人でなんとかなる数ではない。
必死の思いで逃げ切り、第1ポイントに到達。
……なのだが。
「――っ!!」
目の前に現れた光景に、ナフィリアは青ざめた。
見る限り、木々に止まっている鳥、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥……。
第1ポイントを囲うようにして、多くのリトルバードが一斉にナフィリアへ眼をぎらつかせた。
数秒もしないうちに、全てのリトルバードたちが羽ばたき出す。
「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああああっ!!」
ナフィリアの悲鳴がダンジョン内に木霊した。
* * *
「ルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウヤさぁぁぁぁぁぁぁあああんっ!!」
「おっ、来た来た……あれ、随分と多くない? いや、多過ぎじゃない?」
ナフィリアの帰りをのんびりと待っていたルーヤも、予想外過ぎる数に思わず身を引く。
その数、100以上。
まさかこんなに集まるとは予想していなく、念のため大きめに作っておいたネットに入りきるかどうかすら怪しいレベルである。
「いいから、はやくぅぅぅぅぅぅぅうううううっ!! 死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううううっ!!」
全身全霊、全速力で逃げるナフィリアの声からは、少し離れているところにいるルーヤでもその必死さがひしひしと伝わってきた。
考えている暇はないと、彼も山吹色の大群に狙いを定める。
風魔法を使い、大群を一点に集めていき……
「そぉ――れっ!」
手元にある一本の紐を思いっきり引く。
すると、背後から大きなネットが勢いよく飛び出し、リトルバードたちを一気に捉えた。
「リトルバードの嘴は脅威だけど、勢いがないとそこまで攻撃力は高くないんだよね。だから、このネットを使った狩猟法は有効的なんだ」
「ぜぇっ……ぜぇっ……!」
ルーヤのいらない豆知識などナフィリアの耳には入ってなく、ただその場で膝に手をついて息を整えようとする。
「でも……こんなに集まるだなんて予想外だよ。これもナフィリアちゃんの力だったりするのかな?」
「そんなん、どうでもいいですから……早く仕留めてくださいっ……!」
「あー……ナフィリアちゃんも頑張ってくれたし、そうしようか」
ゴブリンは火魔法に弱い。ゴブリンの皮でネットを作ったのは、その弱点を利用するためなのだ。
そして、罠を仕掛けたのは木々が一切ない湖付近。山火事が起きないようにと配慮して、この場所に罠を張っていた。
何はともあれ、助かった――と、ナフィリアが安堵しかけたその時。
「――っ!!?」
凄まじい爆発音と強烈な熱量に身体をビクリとさせる。
思わず振り返ってみると、山火事でも起きるのではないかというような勢いでリトルバードがかかったネットが燃え盛っていた。
「ル、ルーヤさん! 威力強すぎですよ! びっくりしたじゃないですかっ!」
あまりの威力の強さに思わず文句を言ってしまう。
それともなんだろうか、あのくらいの強さではないとリトルバードは完全に死滅しないとでも言うのか――いや、そんなことない。
いくら非戦闘員だったナフィリアでも、リトルバードがそこまで耐久力を持ってないことくらいは知っている。
そして当のルーヤはというと……。
不思議なことに、彼も呆気にとられたかのように口をポカンと開けていた。
そして、とんでもない発言をする。
「あの……僕、まだ魔法撃ってないんだけど……」
「…………へ?」
投下される爆弾発言。
そしてタイミングを計ったのように……黒い影が現れた。
黄金に光る瞳。
空を覆い尽くすような翼。
鋭く凶暴な牙が、リトルバードの群れを丸呑みする。
初めて見るその姿に……ナフィリアは戦慄した。
爬虫類のような身体にコウモリのような翼。
時に神として崇められ、厄災として祟られる存在。
辺りがすっかり暗くなり、月夜の光がそれを映し出す。
――ドラゴン。
赤茶色の身体をした巨躯の生物が、ギロリと二人を見下ろしていた。
ポトリと、ナフィリアの足下に何かが落ちる。
ドラゴンによって捕食されたリトルバードの半身だった。
「……えーっと」
ルーヤも頬に冷や汗をかきながら、やがて無理に笑みを浮かべる。
「逃げよっか、ナフィリアちゃん」
「…………う、嘘でしょぉぉぉぉぉおおお!?」
「グォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」
ナフィリアの悲痛の声と共鳴したかのように、轟くような咆哮が樹海に響いた。
マイラダンジョン入り口付近、少女の悲鳴が響き渡る。
必死に逃げる少女の背後には空を覆い尽くすような山吹色の集団。
『リトルバード』と呼ばれる鳥型モンスターが、少女に攻撃を加えようと襲いかかっているのだ。
何故少女は襲われているのかというと、それは彼女がリトルバードの天敵である『パルブスネーク』と同じ水色の格好をしているからである。
黄色い帽子に水色の服、紺のスカート。紺色のポシェットを背負い、水色の服の胸部分には何やら奇妙な形をした赤い紋章のようなものをつけている。
この世界の人々にとって少女の格好は見たこともない奇妙な服装だが、とある別世界の人ならば少女の服装を見て、こう答えるだろう。
――『園児服』と。
「ルーヤさんの、馬鹿ぁぁぁ! ……殺す! 殺す殺す殺す殺す殺す! 帰ったら、殺してやるぅぅぅ!!」
可愛らしい見た目に反して物騒な発言をする幼稚園児――もといナフィリアは、リトルバードの猛攻から必死に逃げ回っていた。
* * *
事の始まりは昨晩の会話だった。
「ああ、ナフィリアちゃん。しばらくはこのダンジョンで自給自足生活をするよ」
「……はい?」
水面に月を映し出す湖の近くで焚き火をする為、薪を集めていたナフィリアは耳を疑った。
「自給自足って、その……?」
「まあ、ちょっとしたキャンプだよ。ちょっとの間、ここで暮らすから」
「ちょっとの間、って……街に戻ればいいんじゃないんですか?」
ナフィリアの疑問に、ルーヤはいやいやと首を横に振りながら落ち葉を一カ所に集めていく。
「まず一つ、僕たちはあの街に戻れない。今、ナフィリアちゃんは行方不明扱いだから」
「あっ……」
そう、ナフィリアは行方不明扱いでなければならない。
彼女のことを追い求めるパーティーが、あの街にいるからだ。
「そして二つ、あの街以外にマイラダンジョンから近い街も村もない。いちいちこのダンジョンに潜り込むために、一日も移動するなんて億劫だからね」
ルーヤは手のひらに小さな火を魔法で作り出すと、落ち葉の山に向かって放つ。
落ち葉に火が灯り、その大きさがどんどんと増していった。
ナフィリアが持ってきた薪を受け取ったルーヤは細い枝から火にくべていく。
「よって、ここで自給自足生活をするのが一番手っ取り早いということにした、というわけさ」
「何か質問は?」という顔をするルーヤに、ナフィリアがおずおずと手を挙げる。
「あの……スキルを集めるのなら、別の街に行って別のダンジョンでやってもいいんじゃないでしょうか? そっちの方が見つかりにくいんじゃ……」
「うーんと……ちょっと調べたいことがあってね。元々、僕がここに来た目的はマイラダンジョンにあるんだ」
ナフィリアの問いにルーヤが曖昧な笑みを浮かべた。
「僕のわがままで申し訳ないんだけど、もうちょっとここにいてもいいかな?」
「……まあ、そういうことであれば構いません」
ナフィリアもあのパーティーに見つからなければいいのだ。
それにナフィリアを助けてくれたルーヤのわがままの一つくらい、聞いてもいいのではないか。
……と思ったナフィリアだが、よくよく考えれば彼のわがままばっか聞いてるような気がしてきて、頷いてしまったことに少し後悔する。
「それでなんだけど……まず、明日は食糧調達をしなくちゃいけないんだ」
「食料調達ですか……」
チラリと持ってきたゴブリンの死体を見る。
「あれを食べればいいんじゃないんですか?」
「……度々思うんだけど、ナフィリアちゃんって大胆なところあるよね。あのクソ不味い肉を食おうとか、常人の考えじゃないよ」
ゴブリンの肉はゴムのような食感と独特な匂いで不味いとの定評があり、並の冒険者なら食べようという発想はしないだろう。
「そりゃ腹を満たせればいいっていうんなら、ゴブリンでもいいんだけどさ。どうせならもっと美味しいものを食べようよ」
「もっと美味しいもの……」
ナフィリアの言葉にルーヤはうんうんと笑みを浮かべる。
「この辺で美味しくて沢山取れるのっていえば、『リトルバード』だよね。でもリトルバードって集団で行動するんだけどさ、臆病な性格だから一気に仕留めないと大半は逃げちゃうんだよ」
「……まさか」
ナフィリアの嫌な予感は、果たして当たった。
「うん、ナフィリアちゃんにはスキル付きの衣装で誘導役になってほしいんだ。大丈夫大丈夫、逃げ回るだけの簡単な仕事だよ」
「絶対、嫌です! どうせセクハラまがいの服を着せてくるつもりですよね!?」
頑固として拒否するナフィリアだが、ルーヤは心外だとばかりに首を振る。
「いやいや、そんなことない。現に今日のメイド服だって立派な戦闘服だっただろう?」
「あれは仕事着です! しかも、あのスカート丈のどこらへんが立派な仕事着ですか!」
「まあ、確かにメイド服のスカート丈を調整をしたのは認めるよ、セクハラまがいかどうかはともかくとして」
「どうしてもセクハラに関しては認めないつもりなんですね! この変態!」
「でも、今度の衣装は本当に何も調整してない。強いて言うのなら、ナフィリアちゃんの背丈に合わせたぐらいだよ」
「……本当ですか?」
いまいち信用できずナフィリアはジト目でルーヤを見る。
「本当、本当。子供でも着るような、いかがわしい要素が全くない、健全な衣装だよ」
「絶対ですね? 嘘ついてたら絶対許しませんからね?」
「ああ、約束しよう。僕は嘘をついてない、と」
* * *
そして、翌日の昼に至る。
「騙されたっ!」
ルーヤが用意したのは確かにいかがわしい要素のない、子供でも着るような服だった。
ただし……それをナフィリアが着ても、全くいかがわしくないかは除いて。
「子供でも着るような服、というか……明らかに子供用の服じゃないっ! それを私の背丈に合わせただけだったら、そりゃこんな短いスカート丈になるわよねっ!」
ナフィリアの着ている園児服のスカート丈は昨日のメイド服より短いもので、ぶっちゃけ昨日のメイド服の方がマシだと思うレベルである。
「さては、私を子供扱いして馬鹿にしてるのね!? そうなのね!?」
他の人から見ればナフィリアも十分子供な年頃なのだが……彼女自身は馬鹿にされた気分で、一人げに地団駄を踏む。
ちなみにルーヤは「罠を仕掛けなくちゃいけないから」とかなんとかで、別行動中だ。もしナフィリアと行動を共にしていたら、きっと彼は怒り狂ったナフィリアの刃の餌食になっていただろう。
「はあ……さっさと済ませよう……」
やがて怒り疲れたのか、ナフィリアは深いため息をついてルーヤに渡された地図を確認する。
彼の作戦はこうだ。
「ナフィリアちゃんが周辺のリトルバードたちを引き連れて、それを一気に仕留める。どうだい、簡単な作戦だろう?」
昨日のゴブリンの死体からナイフ一本で器用に皮を剥ぐ作業をしながら、ルーヤが作戦内容を伝える。
「仕留め方は任せて。これで一気に捕まえるから」
一閃。
ゴブリンの皮から【衣装変身】で作り出したのは……大きなネットだった。
「あの……それなら私が囮にならなくても、罠を複数仕掛けて捕まえた方がいいのでは?」
ナフィリアの質問に、ルーヤはチッチッと指を横に振る。
「リトルバードも立派なモンスター。スキル付きの素材が手に入ることも稀にある」
「あっ」
「僕の考えがわかったようだね」
ナフィリアが何かに気がついたように声をあげて、彼は大きく満足げに笑みを浮かべた。
「ナフィリアちゃんには囮になってもらうと同時に……スキルを集めてもらいたいんだ」
「……とか、今朝はそう言ってたけど。本当の理由はそうじゃないわね」
回想終わり。
歩くこと数分。ナフィリアは地図上に示された赤い×印の位置にたどり着いていた。
そうではないのだ。
ルーヤと知り合ってまだ3日目だが……あの男の思考はもっと単純なものだとナフィリアは断言できる。
こんな作戦を考えついたのは、食料調達の為でも、スキル集めの為でもない。
「ナフィリアちゃんの可愛い格好が見たいから」
――ルーヤさんは、そういう人だ。
今一度深いため息をつくと、ポシェットから真っ赤に染まる小さな木の実を取り出した。
ククの実と呼ばれる、リトルバードが好物とする食べ物である。
ナフィリアはククの実をそこら中に撒き、次のポイントへと向かう。
ポイントは全部で3つ。
2つ目、3つ目でも同じように木の実を撒いて、リトルバードを誘い出すのだ。
「これで良し、と……」
3つ目のポイントに撒き終えたナフィリアは、そのまま草むらへと身を隠す。
後はリトルバードが食いつくのを待つのみ。
そして待つこと数時間。
「……来た」
日も落ちてきた夕方、山吹色の小さな鳥がナフィリアの撒いたククの実に群がってきた。
リトルバードの主な活動時間は夕方だ。
昼型のモンスターが自分の住処へ戻る頃で、夜型のモンスターが動き出すにはまだ早い。比較的安全な時間にこの小鳥たちは餌を求めて、集団で森の中を彷徨い出す。
――さて。
ナフィリアは大きく息を吸い……草むらから勢いよく飛び出した。
ナフィリアが着ている服は水色を基調としている。リトルバードが天敵とする『パルブスネーク』と同じ色だ。
突如飛び出してきたナフィリアにリトルバード達はびくつかせながらも、ナフィリアを見て目の色を変えた。
「っ!」
瞬間――リトルバードたちが一斉に羽ばたくと、一直線にナフィリアへ狙いを定めて飛んできた。
ククの実を食べることから草食だと思われがちのリトルバードだが、その実態は肉食である。集団で襲いかかり、動かなくなったところを食い散らかすのだ。
が、もちろんナフィリアも餌になるつもりはない。
リトルバードの突撃を躱すと、作戦通りに逃げ出す。
=====
名前:ナフィリア
性別:女
年齢:9
階級:第10級
レベル:15
体力:175
筋力:25
敏捷:610
魔力:110
運:1500
スキル
【回避Lv.10】【速度上昇Lv.10】【体力上昇Lv.4】【逃避行Lv.2】【敵対心Lv.1】
ユニークスキル
【ラッキー確率】
エクストラスキル
―
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今回は攻撃系スキルを外した代わりに速度系と体力系スキルをつけ、更に相手からのヘイト値を溜めるレアスキル【敵対心Lv.1】もつけている。
よって、今のナフィリアはモンスターから狙われやすいという非常に危険な状態だ。
背後から迫り来る攻撃にヒヤリとしながらも、彼女はルーヤに指定された道を辿って逃げていく。
このままさっき撒いた餌ポイントを通過し、リトルバードを誘導していく――今考えてみれば、非常に稚拙で単純な作戦であり、「あまり真剣に考えてないんだな、あの人」とナフィリアは内心毒突いた。
第2ポイント通過。
同じく餌に食いついていたリトルバードたちがナフィリアに気がつき、一斉に突進してくる。
身を屈めなんとか躱したナフィリアは、最後の第1ポイントへと向かい出す。
しかし、予想外のことが起こっていた。
「……なんか数、多くない?」
ルーヤが予想したリトルバードの数は全部で20体前後。
しかし、まだ第1ポイントを通過してないこの時点で、既に30を超えようとしているのだ。
「っ! あぶなっ!」
背後から迫り来た攻撃にいち早く気がつき、ギリギリのところで回避する。
今回の作戦で下手に攻撃できないし、そもそも今の状態だと攻撃力が低い。つまり、今はルーヤが罠を仕掛けた位置まで逃げ切るのが最善策なのだ。
しかし、誤算はこれだけではなかった。
「ちょっ……嘘、でしょっ!?」
逃げている途中の道中からもリトルバードが飛び出してきたことに、ナフィリアは驚愕した声を上げるしかなかった。
視認できるだけで40……いや50体以上。もはや一人でなんとかなる数ではない。
必死の思いで逃げ切り、第1ポイントに到達。
……なのだが。
「――っ!!」
目の前に現れた光景に、ナフィリアは青ざめた。
見る限り、木々に止まっている鳥、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥……。
第1ポイントを囲うようにして、多くのリトルバードが一斉にナフィリアへ眼をぎらつかせた。
数秒もしないうちに、全てのリトルバードたちが羽ばたき出す。
「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああああっ!!」
ナフィリアの悲鳴がダンジョン内に木霊した。
* * *
「ルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウヤさぁぁぁぁぁぁぁあああんっ!!」
「おっ、来た来た……あれ、随分と多くない? いや、多過ぎじゃない?」
ナフィリアの帰りをのんびりと待っていたルーヤも、予想外過ぎる数に思わず身を引く。
その数、100以上。
まさかこんなに集まるとは予想していなく、念のため大きめに作っておいたネットに入りきるかどうかすら怪しいレベルである。
「いいから、はやくぅぅぅぅぅぅぅうううううっ!! 死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううううっ!!」
全身全霊、全速力で逃げるナフィリアの声からは、少し離れているところにいるルーヤでもその必死さがひしひしと伝わってきた。
考えている暇はないと、彼も山吹色の大群に狙いを定める。
風魔法を使い、大群を一点に集めていき……
「そぉ――れっ!」
手元にある一本の紐を思いっきり引く。
すると、背後から大きなネットが勢いよく飛び出し、リトルバードたちを一気に捉えた。
「リトルバードの嘴は脅威だけど、勢いがないとそこまで攻撃力は高くないんだよね。だから、このネットを使った狩猟法は有効的なんだ」
「ぜぇっ……ぜぇっ……!」
ルーヤのいらない豆知識などナフィリアの耳には入ってなく、ただその場で膝に手をついて息を整えようとする。
「でも……こんなに集まるだなんて予想外だよ。これもナフィリアちゃんの力だったりするのかな?」
「そんなん、どうでもいいですから……早く仕留めてくださいっ……!」
「あー……ナフィリアちゃんも頑張ってくれたし、そうしようか」
ゴブリンは火魔法に弱い。ゴブリンの皮でネットを作ったのは、その弱点を利用するためなのだ。
そして、罠を仕掛けたのは木々が一切ない湖付近。山火事が起きないようにと配慮して、この場所に罠を張っていた。
何はともあれ、助かった――と、ナフィリアが安堵しかけたその時。
「――っ!!?」
凄まじい爆発音と強烈な熱量に身体をビクリとさせる。
思わず振り返ってみると、山火事でも起きるのではないかというような勢いでリトルバードがかかったネットが燃え盛っていた。
「ル、ルーヤさん! 威力強すぎですよ! びっくりしたじゃないですかっ!」
あまりの威力の強さに思わず文句を言ってしまう。
それともなんだろうか、あのくらいの強さではないとリトルバードは完全に死滅しないとでも言うのか――いや、そんなことない。
いくら非戦闘員だったナフィリアでも、リトルバードがそこまで耐久力を持ってないことくらいは知っている。
そして当のルーヤはというと……。
不思議なことに、彼も呆気にとられたかのように口をポカンと開けていた。
そして、とんでもない発言をする。
「あの……僕、まだ魔法撃ってないんだけど……」
「…………へ?」
投下される爆弾発言。
そしてタイミングを計ったのように……黒い影が現れた。
黄金に光る瞳。
空を覆い尽くすような翼。
鋭く凶暴な牙が、リトルバードの群れを丸呑みする。
初めて見るその姿に……ナフィリアは戦慄した。
爬虫類のような身体にコウモリのような翼。
時に神として崇められ、厄災として祟られる存在。
辺りがすっかり暗くなり、月夜の光がそれを映し出す。
――ドラゴン。
赤茶色の身体をした巨躯の生物が、ギロリと二人を見下ろしていた。
ポトリと、ナフィリアの足下に何かが落ちる。
ドラゴンによって捕食されたリトルバードの半身だった。
「……えーっと」
ルーヤも頬に冷や汗をかきながら、やがて無理に笑みを浮かべる。
「逃げよっか、ナフィリアちゃん」
「…………う、嘘でしょぉぉぉぉぉおおお!?」
「グォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」
ナフィリアの悲痛の声と共鳴したかのように、轟くような咆哮が樹海に響いた。
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