恋愛サバイバル〜卒業率3%の名門校〜

うみたけ

男の強さ~戦闘力VS知力9

「…どういうこと…?」

 予想外の敗北宣告に動揺を隠せない船橋。
 その表情からは血の気が引き、心なしか青白くなっている。
 そんな彼女に、俺は同情など一切せず…

「単純な話だよ。ただ、パートナーがギブアップしたから行徳が負けた。それだけだ。」

 二人を見下す。

「何言ってんのよ!ギブアップしたのは習志野さんよ!!彼女はあなたの――!!」

 言いかけたところで船橋がはっと何かに気付くと、悔しそうな表情で俯く。

「おい!こんなの機械の故障に決まってんだろ!!習志野さんがギブアップしたら俺達が負けるとか意味分かんねぇよ!!」

 一方行徳の方は全く気付きそうもなく、一人喚き散らしている。

「おいおい、わざわざ俺が勝負始める前に確認してやっただろ?『ギブアップはパートナーが代わりに宣言してもいい』って。それからもう一回しっかりと思い出してみろよ。――習志野がギブアップ宣言した時、誰が習志野のパートナーだったかを。」
「!?」

 ようやく行徳も状況が理解できたのか、ハッと目を見開く。

「そ、そんなの無効に決まってんだろ!!都合の良いようにルール解釈してんじゃねぇぞ!!」
「おいおい。都合の良いようにルール解釈してんのはどっちだよ。ゲーム中ペアが変わるのはOKで、そのペアが自分に不利益な行動を取ったら無効だと喚く。――どっちが勝手なこと言ってるのかなんてそこら辺のガキでも分かりそうだけどな。」
「そ、それは…」

 痛いところを突かれた行徳は目を反らしながら言い淀む。
 しかし、俺は攻撃の手を緩めず、更なる追い打ちをかける。
 あれだけ殴られたんだ、これくらいの反撃は構わんだろう。

「そもそも、あんだけお前を敵対視してた習志野が急にお前に告白なんておかしいとは思わなかったのか?まぁ、こっちはお前が簡単に騙されてくれて助かったけどな。」
「……なんだと?」

 挑発的な口調を向けられ、行徳は俺の方をギロリと睨みつける。

「なんだよ、まだ気付いてねぇのか?――お前は習志野に騙されたせいで、この勝負に負けたんだよ。」
「てめぇ!!」

 俺の挑発を遮り、行徳が掴みかかってきた。

「なんだよ。しょうがねぇだろ?本当のことなんだから。あんだけ『男は強さ』とか言っておいて精神は脆弱なんだな。慰めてやろうか?」
「ブッコロス!」

 そして、行徳は鬼の形相で拳を振り上げる。
 しかし…

「やめてください!!」

 一人の少女の声に反応し、行徳の拳が俺の顔面寸前のところで止められた。

「…習志野さん……。」

 行徳が振り返り、その声の主の名前を呟く。

「やめてください……。これ以上、私の愛する人を傷つけないでください。」
「……」
「行徳くん、あなたの好意を利用して、本当にすみませんでした!それから私のことを好きになってくれてありがとうございます!!でも――やっぱり私はたっくんが好きなんです!!」
「!!」

 習志野の叫びに、行徳は目を見開き、悔しそうに俯く。

「私はたっくんのことが大好きです!正直、例え嘘でも、たっくん以外の人に告白なんてしたくありませんでしたし、現に、最初たっくんからこの作戦を提案された時は断りました。」

 ……さすがに人前で『好きだ』と言われるのは恥ずかしいんだが……。

「大好きな人の前で、他の人に告白するなんてあり得ないですし、嘘でもやるつもりはありませんでした。――例えそれが好きな人からの真剣なお願いだったとしても……このルールだけは破るつもりはありませんでした。」

「それでも、私の『覚悟』なんてたっくんの『あんな覚悟』の前ではちっぽけな物に感じてしまい、結果的にあなたを傷つけることになってしまいました。――だから、仕返しに殴るなら私を殴ってください!!」

 そう言って、習志野は俺と行徳の間に割り込み、両手を広げる。
 行徳は何も言わずに習志野を見つめる。
 習志野の方も、強い意思のこもった目で行徳の前に立ちはだかる。
 そして、数秒の静寂の後……

「……殴れるわけないだろ…自分が好きになった相手を……。」

 行徳は静寂を破ると、静かに拳を下げる。

「…すみません…。でも――」
「分かってるよ。」

 習志野が申し訳なさそうに頭を下げようとするが、それは行徳によって遮られる。

「習志野さんは悪くない。自分の気持ちに正直に行動しただけだ。だから…謝らないでくれ!」

 そして、行徳は少し離れた場所で一人黙ったまま俯いているパートナーの下へ行くと、

「すまん!今回は俺が習志野さんの本心に気付かず、まんまと騙されたせいで負けてお前にも迷惑かけちまった……。謝っても許してもらえないのは分かってるが……本当にすまん!!」

 そう言って、船橋に頭を下げた。
 しかし、謝罪を受けた船橋は……

「そうよ!私の作戦はいつも通り完璧だったし、現に途中まで相手を追い詰めてた!!あんたが変な下心見せて、あんな女に騙されなければ!!」

 目に涙を浮かべながら、頭を下げ続ける行徳に怒りをぶつける。
 近くに落ちている石やら、砂やらを次々に行徳に投げつけ、やり場のない怒りをぶつけている。
 しかし、そんな罰を受けても行徳は何も言い返さず、ただただ彼女の怒りを受けとめようとしている。

「おい、船橋。言っておくが今回の敗因は行徳だけのせいじゃねぇぞ。」

 なんとなく、黙って責められ続ける行徳が放っておけなくなり、助け舟を出してやる。

「……何よ!いきなり余所の問題に割り込んでこないでくれる!?大体こいつが騙されなければ――」

 どうやら、船橋は負けた事実が受け入れられず少々ヒステリックになっているらしい…。
 ――やれやれ……本当に面倒くせぇな……。

「だから、そいつばっかり責めてんじゃねぇって言ってんだよ。――今回の敗因はお前にも十分あるんだからさ。」

 俺がため息交じりにそう言い返すと、船橋はピクリと反応して、目を見開く。

「私にも敗因があるですって…!?一体どこが!?私はいつも通り完璧だった!!なのにこいつが!!」
「完璧?行徳が習志野とペアを組んだ後の対応もか?」
「は?完璧に決まってるでしょ!?私はあの後すぐにこのバカを説得しに向かった!!勿論、あなたが付いてくることも計算して!!あれ以外に私に何が出来たって――」
「例えば――」

 ヒステリックに叫ぶ船橋の言葉を遮り、

「例えば…俺に引き分けの交渉を持ちかける、とか」
「!?」
「お前は行徳と習志野がペアを組んだと知った後の状況を逆に利用して俺達を追い込もうと考えた。――正直間違った判断じゃない」
「だったら――」
「ただ、『完璧』でもなかった」
「!?」
「もし、あそこで、お前が俺の考えた本当の作戦に気付いていたら、少なくとも俺を引きつれて行徳と合流しようとは考えなかったはずだ。そして、あの場合、交渉して俺から引き分けを勝ち取る、それがあの時のお前にとっての『完璧な行動』だ」
「そ、そんなの結果論じゃない!!あの場面でそこまで――」
「ああ、そうだ。これは結果論だ。だけど、お前のペアでの役割は自分達が勝てるように指揮を振るうことだろ?」
「結果的にお前は俺の作戦を暴けず、負けた。――お前は『頑張った』とは言えるが、『完璧』とは言えねぇよ」
「そ、そんなこと…」

『そんなこと分かってる…』そう言いかけたが、彼女のプライドが途中でやめさせたように見えた。
彼女自身、俺に頭脳戦で負けたことは自覚しているらしい。(まぁ、かなりギリギリではあったが…)

「悪かったな…。役に立てなくて」

 もう一度、行徳が謝罪し、手を差し出す。

「フン!嫌味のつもり!?――私こそ悪かったわね…役に立てなくて」
「あ?なんだって?」
「何でもないわよ!!」

 そう言って、船橋はこの場を早足で後にする。
 そして、行徳も「は?何キレてんだよ!」と言いながら後を追う。
 ――なんだかんだいいペアだったんじゃないだろうか……。

「終わったな…」

 彼らが去っていったのを見送ると、何気なく呟く。
 あいつらと争ってたのは2、3日のはずなのに、1カ月くらい争ってたようなくらい疲れがどっと溢れてきた。
 もうバトル展開なんて二度とゴメンだ!!暴力は良くない!!

「さっさと帰ろうぜ、習志野」

 とっとと帰ってゆっくり休みたい、と思い、今回はなかなかいい仕事をしてくれたパートナーに声をかける。しかし…

「たっくん…なんか忘れてませんか…?」

 その俺のペアは若干頬を膨らませてジト目を向けていた。

「は?何かって何だよ」
「本当に分からないんですか!?」

 そう言って、顔を思いっきり近づけてくる。

「いや…ちょっと顔が近いんだが…」

 俺と習志野の顔の距離…およそ5センチ。さすがに気恥ずかしすぎる……。

「これを見てもそんなことが言えますか!?」

 そんなことを考えていると、習志野が一枚の紙切れを俺の目の前に突き出してきた。…とても見覚えのある紙切れを…。

「おい…お前、これって……」
「はい、さっきたっくんに貰った婚約届です」

 習志野は先程、彼女の説得に使用した婚約届(俺の署名と捺印つき)を見せびらかし、ニヤッとしていた。
 あくまで交渉の最終手段として勢いで渡してしまったが……嫌な予感がしてならない…。

「な、習志野さん…?それをどうするつもりですか…?」

 引きつった笑顔で習志野の問いかける。
 そして、習志野は予想通りの答えを口にした……。勿論悪い意味で……。

「これから二人で市役所に提出しに行きましょう!」
「な!?」

 習志野の純粋な笑顔が悪魔のように見えた……。
た、確かにそう言う覚悟はしたが、今すぐなんて……。完全に習志野のことを甘く見ていた!!

「いやいや!そもそも俺はまだ15歳だし!!まだ結婚なんてできる歳じゃねぇだろ!?それに――」
「ふふっ」

 必死になって習志野の説得を試みていると、不意に習志野が小さく噴き出した。

「な、なんだ…?」

 意味が分からず、きょとんとして習志野の問い返す。
 すると、習志野は満面の笑みを浮かべて…

「冗談です」

 元気よく、はっきりと、そう答えた。
…………。

「は!?お前、どういう――」
「私もたまにはたっくんに意地悪してみたくなっただけです。――でも、さすがにあれだけ嫌がられると私も傷つきますよ?」
「いや…べ、別に嫌がってたわけじゃなくてだな…」
「ふふっ、冗談です」
「お前な…」

 俺がジト目を向けると、習志野は再び笑う。
 そして、背を向けると、次は真剣な声色で、

「大丈夫。『今は、まだ』ですけどね」
「は?どういう――」
「たっくんがまだ私のことを好きになりきっていないことは分かってます。だから、たっくんを私にメロメロにさせた時、その時、改めて言います――『結婚しましょう』って」

 そして、習志野は笑顔で振り返る。
 その幼いながらも優しげな笑顔に思わずドキリとしてしまった…。

「勿論、その時は『本気』ですからね。――これはその時まで大切に保管しておきますから」

 そう、悪戯っぽく笑いながら、俺達の寮の方へと走って行った。

「ったく…ちょっと本気にして焦っちまったじゃねぇかよ…」

 彼女の後姿を目で追いながら、一人呟く。
 ――何気に自分の胸の鼓動がいつもより数段早く高鳴っていることを感じながら…。

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