恋愛サバイバル〜卒業率3%の名門校〜
排除しようとする者、あやかろうとする者
「たっくん、帰りましょう!」
本日の全ての授業と帰りのホームルームが終了し、いつも通り帰り支度を終えた習志野が笑顔で俺を迎えに来る。
「んあ?なんか今日はやけに早いじゃねぇかよ?」
いつもならもっとだらける時間があったはずだが…。
「当たり前じゃないですか!東海君達との勝負に勝つためには私が頑張らないといけないんですから…。少しでも早く帰って勉強しないと!」
習志野はつつましやかな胸の前で手を握り、意気込んでいる。
「いや、別にほんの数分早く勉強開始したからって大して意味ないだろ…。」
「もう!せっかくヤル気になってるのに…!」
俺の冷静な指摘に習志野は頬を膨らませて不満気な顔を向ける。
――まぁ、ヤル気になってるのはいいことだ。特に今回はこいつの出来次第って見方もできるしな。
「仕方ねぇ…。帰ったら俺が勉強教えてやるよ。」
「ホントですか!?ありがとうございます!!」
俺の申し出に習志野はさっきまでのムスッとした表情から一転、目を輝かせてこちらを見上げてくる。
――今日も相変わらず表情を変えるのに忙しい奴だな…。まぁ、見てる分には飽きないから良いんだが…。
そんなことを考えながら習志野の横顔を眺めていると、
「氷室君、私達も協力するわ!」
「俺達にも何か手伝わせてくれよ!!」
振り返ると数人の男女がいた。
「は?協力するったって…。」
いきなりの申し出に、俺がどう断ろうかと逡巡していると…
「さっき、習志野さんに勉強教えるって言ってたよね!?それ、私達が代わりにやるってのはどう?」
「いいじゃん!それなら氷室君も自分の勉強に専念できるし!」
「確かに。俺達氷室に比べたら大したことないけど、それぞれ得意科目専門にやればできなくはないだろ!?」
彼ら、彼女らはこちらの言葉等全く待たず、好き放題アイディアを出している。
「…いや、お前ら、何のつもりだよ…?」
いつまでもしゃべり続けるクラスメート達にしびれを切らした俺が問いかける。
「どういうって…私達はただ、氷室君と習志野さん達をバックアップしようと思って…。」
「いや、それは良いんだが、何でそんなことしようとしてんだよ?もうすぐ中間テストで、お前らも自分の勉強するべきなんじゃねぇの?」
「まぁ、自分で勉強するより誰かに教えながらやった方が身につきやすいって言うし。」
「それに俺達、氷室達についていくって決めたんだよ!ぶっちゃけお前らと行動した方が卒業に近づけそうだしな。」
――なるほど。俺達を排除しようとする奴らもいれば、俺達にあやかろうとする奴らもいるってことか…。
よく見ると、この前俺と習志野に弁当やらお菓子をくれた人がほとんどだ。
恐らく習志野の勉強を見る代わりに俺達を風除けに使おうって魂胆だろう。
まぁ、俺達もある程度のポイントは持ってるし、少しは効果あるのかもな。
「お願い!氷室君に習志野さん!!今回の勝負、私達にも何か手伝わせて!!」
「頼むよ~。何でもするからさ~。」
「一緒に卒業しようぜ!」
10人くらいはいるだろうか。どいつもこいつも俺達の意見を言う暇もない程の勢いで頼みこんでくる。――正直、鬱陶しい…。
「ああ!もういい!!勝手にしろ!!!」
あまりにも一度にいろいろなことを言われて、俺のイライラが臨界点を突破してしまった。
「もう、面倒くせぇし、やりたきゃ勝手にやってろ…。」
俺は言い寄ってくる彼らに投げやりに言い放った。
――最早、こいつら一人一人と会話することすら面倒くせぇしな…。
それに……
「た、たっくん!?本気ですか!?」
俺の発言のせいで、今にもクラスメート達に拉致られそうになっている習志野が驚愕し、助けを求めるような声音で叫ぶ。
「まぁ、いいじゃねぇか。たまにはクラスメートとの交流っていうのも。――しっかり勉強して来いよ。」
「そ、そんな~…」
そんな感じで適当に見送る俺に、少し涙目になって助けを乞う習志野。
――それに、これがどういう効果をもたらそうとも結果に影響はないだろうしな。
彼らに連れられ、教室に逆戻りしていく習志野に対して、心の中で『ご愁傷様』と呟きながら見送った。
「ちょっと、氷室君!!どういうつもりなの!?」
後ろから声を掛けられ、振り向くと、そこには腰に手を当てて不満げな顔をしている市川凛がいた。
腰に手を当てて胸を張った姿勢になっているからか、普段から大きな胸のふくらみが寄り一層強調されている。
自然と目線が下にいってしまうのを何とか踏みとどまる…。
「あなた今どういう状況かわかってるの!?勝負に勝つためには習志野さんの学力を上げなきゃいけないのに、その本人がたいして役に立ちそうもない連中に連れ去られてるのよ!?」
「お前、さり気なく、結構毒舌だよな…。」
「そんな状況であなたは何を呑気にしてるのよ!早く習志野さんを連れ戻さないと――」
不意に、俺を必死に思い直させようと熱弁を振るう市川の口が封鎖された。
「凛ちゃん、気持ちは分かるけど一旦落ち着こうか。」
苦笑を浮かべながら市川の口を押さえていたのは、彼女のペア、葛西寛人だった。
市川は葛西に口を押さえられてもごもご言っている。
「大丈夫だよ。きっと辰巳君なら既に策は考えてるよ――そうだろう?辰巳君?」
葛西は急に俺に問いかけてくる。
「まぁな。」
「ならいいさ。――君がどんな方法で今回の勝負を乗り切るのか楽しみにしてるよ。」
それだけ言ってフッと笑うと市川を促して踵を返した。
「ぷはっ!いい?こんなところで退学にでもなったら許さないからね!!」
なんとか葛西の手を引きはがし、市川が叫ぶ。
「心配ねぇよ。――そう言うお前らだって今クラス最下位だろ?こんなところで油売ってていいのか?」
俺はそんな二人に対して少し冗談めかして言い返す。
「誰のせいで最下位にいると思ってるのよ…」
少し頬を膨らませてジト目で睨んでくる市川。
「ははっ。悪いな。――まぁ、お互い頑張ろうぜ。」
俺は軽く手を振ると、踵を返して再び帰路につく。
そして、少し歩いたところで…
「…なによ…せっかく心配してあげたのに…。」
「あ?なんか言ったか?」
市川が小声で何か呟いたようだったが、小さ過ぎて聞き取れなかった。
「な、なんでもないわよ!!」
少し顔を赤らめて叫ぶ市川の後で、ニヤニヤしている葛西の顔が妙にイラついた。
※※※※
それからはあっという間に時間が流れて行った。
基本は今まで通りの生活だが、放課後の過ごし方がいつもと違う。
習志野は夜までクラスメート達に勉強を教えてもらい、俺は帰って一人で勉強する。
そして、習志野が帰ってきてからは再び二人で適当に過ごす。
そんな日々が数日続き……
「いよいよ今日からテストか…。」
「そ、そそ、そうですね…。が、がんばりましょう!」
あっという間にテスト初日の朝を迎えた。家で学校へ行く準備をしながら呟くと、習志野のどもりまくった声が帰ってきた。
……習志野の緊張は最高潮に達しているようだ…。
「…おい、お前、本当に大丈夫か…?」
習志野を見ると、目は充血し、瞬きは尋常じゃない程多い。そして、さらには歩くときに同じ側の手と足が一緒に出るという漫画のような症状まで出ている……。
――中間テストでこんな調子じゃあ、入試の時なんて想像もできねぇよな……。
仕方ない…。
「おい、習志野。」
「ひゃ、ひゃい!?」
「今回お前がやることは一つだけだ。とにかく自分のベストを尽くせ!――後のことは俺がなんとかする。だからお前は何も考えずに適当に頑張れ。」
「た、たっくん……。」
真剣な目で話す俺の方をじっと見つめる習志野。
そして、しばらく黙って俯いた後、顔を上げると
「あ、ありがとうございます!やっぱり、たっくんはやさしいですね。」
習志野は頬を赤らめ、少し恥じらい、はにかむ。
「…別にやさしくなんてねぇよ。」
そんな習志野の顔をまっすぐ見ていられず、思わず目をそらしながら悪態をつく俺……。なんとなく自分の顔も熱くなっているような気がする……。
「??――おかげで私、なんだかやれるような気がしてきました。」
そんな俺の態度に小首を傾げつつも、なんとか気持ちを落ち着けるのには精工したらしい。
――まだ少し表情は固く感じたが、まぁ、逆にそれくらいの方が集中できていいのかもしれないな。
俺も習志野の様子を見て安堵する。
「それじゃあ、そろそろ行くか!」
「はい!」
家の扉を開き、俺達は二人で向かう。――本日の決戦の地へ……。
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