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海蛇座の二等星

ぽん

story.10 涙の覚悟

『涙!聞こえておらぬのか!?』

狐時が怒鳴る声が聞こえる。

それに返事をする余裕もなく迫る攻撃を必死に防いでいた。

『何故あやめないのだ!?このままではお主が死ぬだけだぞ!!』

驚愕と疑問に喘ぐ狐時に、それでもまだ覚悟できないでいた。

即ち、生命いのちを斬り捨てる覚悟が。

当たり前だ。

彼はほんの少し前まで普通の人間であったのだから。

「く、そぉ…っ!」

体が悲鳴をあげる。

剣を持つ手は擦れて血塗れになっている。

そんな状況になってまで殺すか死ぬかをいつまでもグズグズ悩む自分に嫌気がさす。

と、視界の端から避けることも防ぐことも出来ない攻撃が繰り出された。

死ぬ…っ!

頭が真っ白になる。

こんなとこで、こんなことで死ぬのか!?

だが俺に向けられた攻撃はすんでのところで防御、破壊される。

依が、すでに血塗れ・・・・・・の武器で防いでくれた。

「涙!仕方ないだろ!美都芭と律に会わなきゃなんだ!いつまでも悩んでんな!この愚図が!」

俺なんかよりもずっと強い心で覚悟を固めていた依は俺に一番近い化け物の腕を落とした。

血が降りかかる。

着たままだった制服に、真っ白なYシャツに赤黒いしみが出来る。

依はわざとそうしたのだ。

最初の汚れを請け負ってくれた。

同じことばっか繰り返す退屈で、楽しかった日常はもうないんだ、と。

依は顔を絶対にこっちに向けない。

その意味には気づかないふりをして、俺は人生で初めて、自分で汚れを作った。

「会わないと、死ねねぇよなぁ…」

依に背中を預ける。

お互い、顔は見せられなかった。

「涙、また泣いてるでしょ」

そう言った依だって子どもみたいに震えている。

「……泣いてねぇよ」

覚悟は決まった。

泣くのは、これで最後にしよう。

俺たちを囲んでいる敵をもう一度見据える。

今度こそ、明確に殺す意志を持って。

そこからはあまり覚えていない。

ただただ何か訳のわからない感情の波に叫び声をあげていた気がする。

噎せかえる血の臭いに吐きそうになりながら。

涙を堪えて化け物の生命いのちが途絶えるのを横目に。

斬って斬って斬って斬って斬って。

限界だった。

俺も依も。

殺しても殺しても増え続ける敵。

疲弊し鬼との同期もままならなくなった俺たちを助けた閃光は、一体なんだったのか。

敵の全滅を見届けた俺は過度の緊張と疲労により意識を手放した。



「……いっ……るい…っ……涙!」

誰かの声で意識が急浮上する。

「…み…つ…は…」

輪郭がぼやけてよく見えないが、聞き覚えのある声でそれと断定して目の前の人物の名前を呼ぶ。

「涙!よかったぁ…無事…では無さそうだけど!」

こんなときでもとにかく明るい美都芭は起き上がろうとする俺を手伝う。

周りを見渡すと半壊した建物の中にいた。

どうやって運んだかは…聞かない方が自分のためだろう…。

「依は…」

俺が問うと美都芭はあっち、と指差した。

窓枠に座って何かをじっと見つめていた。

「ずっとあの調子でね。方角からしても律の家だろうけど」

心配でたまらないんだ。

人一倍優しい依が考えるのはいつだって俺たちや家族のこと。

自分のことなんて二の次三の次。

だからこそ、律のことも俺のことも心配で仕方ないのだろう。

「行こう」

まだ疲れの残る体を無理矢理にでも立たせる。
これ以上依に心配ばかりかけていられない。

「涙、まだ休まないと…」

「いらねぇ。早く律の安否確認しねぇと」

美都芭の心配そうな顔を見て見ぬふりをする。

大丈夫だ。走れる。

「本当に行けるの?俺なんかに助けられて、大丈夫だと思えないんだけど」

不意に顔をこっちに向けた依と目が合う。

冷たい言葉と厳しい眼差しが俺を突き抜ける。

空気の重さに美都芭がおろおろするなか、俺は口角を僅かに上げてみせた。

不器用すぎる、優しすぎる、ちょっとだけ厳しい依なりの気づかいだってとっくに知ってる。

「もう二度と迷わない。そう決めたから、大丈夫だ」

依は強張った顔を一転、気が抜けるほど優しく笑って。

「ま、涙が迷ったらまた助けてあげる。そんじゃ、行かないとね」

依が窓枠に足をかける。

朽ちかけた木が軋んで依は外に体を放りだした。

続いて美都芭も飛ぶ。

踏み出せば死の世界。

怖い?──怖い。

止めたら?──止められない。

もう戻る場所はないんだ。

逃げられる場所もないんだ。

唯一残った居場所まで捨てたら、俺はきっと生きていけない。

「「涙ー、はーやーくー」」

急かすような二人の声にうるせぇと悪態をつきながら、隣の建物へ飛び移っていた二人のもとへ思いきり飛び出した。

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