海蛇座の二等星
story.8 涙の決断
時間は少し遡る。
彼女とは違い、凡才な彼はこの緊急事態にただただ混乱していた。
「なんだよこれっ!!」
目が眩み、何も見えていない状態での大きな揺れ、酷い頭痛。
あまりの恐怖にいっそ意識が飛んでくれたら、と彼は願った。
はたして望み通り、数秒後には意識が飛んだわけだが。
気がつくと、俺は真っ白な砂浜のようなところで倒れていた。
暑くもなく、寒くもない、不思議な場所だがなんだか知っているような気がして不用意に起き上がった。
「うわっ!まぶしっ!」
突然目に飛び込んできた赤い光に慌てて目を瞑る。
だけどそれは特別明るいものではない、ただ自分の目が慣れていないだけということに気がついて、ゆっくりと目を開けていった。
「!?ひっ!!!」
突然目の前に変なやつが出現したものだから喉から情けない声を出してしまった。
こ、こんなの、驚くに決まってんだろ!
急に現れたそいつは金髪、獣耳に九つの尻尾、翠の瞳に縦長の瞳孔、俺が嫌いな言葉をあまり使いたくないがあえて言うなら、こいつは化け物の類だ。
『お、驚かせてすまぬ…。俺は狐時と云う。お主はルイであっているか』
「あ、あぁ」
『ではルイ、お主と世界に何が起きているかをちゃんと説明しなくてはな』
「えーっとつまり。お前は狐と鬼のハーフで、お前の住んでたとこの王が鬼を人に無理矢理押し込んだ。他にも得体の知れない化け物もばらまいている。お前を受け入れなきゃ死ぬぞ、と。それは脅しか?」
あまりにも荒唐無稽な話に苛立ちを覚えた俺は狐時を睨みつける。
『すまぬ…謝って済むことではないとは思うが…。だがお主が拒めば力の譲渡が出来ない。勝手なことは重々承知だ。だから、頼む。お主を殺してしまいたくない』
狐時がいい奴だということは話していればわかった。
本気で俺を助けるつもりなのもわかった。
「…一つだけ聞かせてくれ。鬼を入れられた対象者の基準はなんだ?」
次に聞いた答えは俺を焦らせるには十分すぎた。
「ここから出せ!今すぐに!受け入れてやるから早く!!」
思わず狐時の胸ぐらを掴んで揺する。
『お、落ち着け…どうしたというのだ。生誕の日に問題でもあるのか?』
「大ありだ!俺の大事な友達がっ!!」
それだけ聞いて察したのだろう。
狐時はわかったと短く答え、俺の肩に触れる。
何をしているのか終始わからなかったが急激に眠気に襲われ、狐時に支えられながら体が崩れ落ちるのを感じた。
「なんだよこれ…」
俺は目が覚めてすぐに二階の自室から外の様子を確認した。
それは絶望そのものだった。
狐時の言っていた化け物が、怪我をして動けない子どもを捕食していたのだ。
もう間に合わない。
吐き気がこみ上げ、その場にうずくまった。
鬼を宿さない人間は化け物に殺される。
狐時が必死に受け入れさせようとした理由がようやくわかった。
「ひっ」
突然聞こえた声に我に返る。
「あ…母さん…」
すがる思いで母に手を伸ばす。
母さんなら手を取ってくれる、と信じていた。
「嫌!来ないで!!」
その言葉はあまりに残酷で。
俺の心を折るには十分すぎた。
どうしてだ…母さん…。
まるで化け物を見るような目で後ずさる母に、それでも助けて欲しくて近づく。
「嫌ァ!!化け物!!」
母はそう叫んで手近な写真立てを俺に投げつけた。
額に当たったそれは俺の足下へと落ち、鋭い音と共に割れた硝子を飛び散らせた。
生温かい液体が頬を伝った。
視界が歪み、よく見えない。
目に血が入っちゃったのかな…。
『母さん…』
俺はぐちゃぐちゃに混ざって暗くなった感情を全て呑み込んである決意を固めた。
『今まで、ありがとう…。元気で』
たまたま目に入った律がくれた十字架のネックレスを手にとり、窓を蹴破って外に飛び出した。
視界の悪さは直らない。
裸足のままであることを気にする余裕もなく、ある場所に向かってひたすらに走った。
痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い…。
心臓の辺りががギリギリと締め付けられるように痛い。
化け物ってこんなキツい言葉だったんだな。
今は早く、三人に会いたい。
もうすぐ夜になることも、俺の周りを敵が囲んでいることも、額に傷などとっくにないことも、俺は気がつかないまま律の家へ全力で走った。
彼女とは違い、凡才な彼はこの緊急事態にただただ混乱していた。
「なんだよこれっ!!」
目が眩み、何も見えていない状態での大きな揺れ、酷い頭痛。
あまりの恐怖にいっそ意識が飛んでくれたら、と彼は願った。
はたして望み通り、数秒後には意識が飛んだわけだが。
気がつくと、俺は真っ白な砂浜のようなところで倒れていた。
暑くもなく、寒くもない、不思議な場所だがなんだか知っているような気がして不用意に起き上がった。
「うわっ!まぶしっ!」
突然目に飛び込んできた赤い光に慌てて目を瞑る。
だけどそれは特別明るいものではない、ただ自分の目が慣れていないだけということに気がついて、ゆっくりと目を開けていった。
「!?ひっ!!!」
突然目の前に変なやつが出現したものだから喉から情けない声を出してしまった。
こ、こんなの、驚くに決まってんだろ!
急に現れたそいつは金髪、獣耳に九つの尻尾、翠の瞳に縦長の瞳孔、俺が嫌いな言葉をあまり使いたくないがあえて言うなら、こいつは化け物の類だ。
『お、驚かせてすまぬ…。俺は狐時と云う。お主はルイであっているか』
「あ、あぁ」
『ではルイ、お主と世界に何が起きているかをちゃんと説明しなくてはな』
「えーっとつまり。お前は狐と鬼のハーフで、お前の住んでたとこの王が鬼を人に無理矢理押し込んだ。他にも得体の知れない化け物もばらまいている。お前を受け入れなきゃ死ぬぞ、と。それは脅しか?」
あまりにも荒唐無稽な話に苛立ちを覚えた俺は狐時を睨みつける。
『すまぬ…謝って済むことではないとは思うが…。だがお主が拒めば力の譲渡が出来ない。勝手なことは重々承知だ。だから、頼む。お主を殺してしまいたくない』
狐時がいい奴だということは話していればわかった。
本気で俺を助けるつもりなのもわかった。
「…一つだけ聞かせてくれ。鬼を入れられた対象者の基準はなんだ?」
次に聞いた答えは俺を焦らせるには十分すぎた。
「ここから出せ!今すぐに!受け入れてやるから早く!!」
思わず狐時の胸ぐらを掴んで揺する。
『お、落ち着け…どうしたというのだ。生誕の日に問題でもあるのか?』
「大ありだ!俺の大事な友達がっ!!」
それだけ聞いて察したのだろう。
狐時はわかったと短く答え、俺の肩に触れる。
何をしているのか終始わからなかったが急激に眠気に襲われ、狐時に支えられながら体が崩れ落ちるのを感じた。
「なんだよこれ…」
俺は目が覚めてすぐに二階の自室から外の様子を確認した。
それは絶望そのものだった。
狐時の言っていた化け物が、怪我をして動けない子どもを捕食していたのだ。
もう間に合わない。
吐き気がこみ上げ、その場にうずくまった。
鬼を宿さない人間は化け物に殺される。
狐時が必死に受け入れさせようとした理由がようやくわかった。
「ひっ」
突然聞こえた声に我に返る。
「あ…母さん…」
すがる思いで母に手を伸ばす。
母さんなら手を取ってくれる、と信じていた。
「嫌!来ないで!!」
その言葉はあまりに残酷で。
俺の心を折るには十分すぎた。
どうしてだ…母さん…。
まるで化け物を見るような目で後ずさる母に、それでも助けて欲しくて近づく。
「嫌ァ!!化け物!!」
母はそう叫んで手近な写真立てを俺に投げつけた。
額に当たったそれは俺の足下へと落ち、鋭い音と共に割れた硝子を飛び散らせた。
生温かい液体が頬を伝った。
視界が歪み、よく見えない。
目に血が入っちゃったのかな…。
『母さん…』
俺はぐちゃぐちゃに混ざって暗くなった感情を全て呑み込んである決意を固めた。
『今まで、ありがとう…。元気で』
たまたま目に入った律がくれた十字架のネックレスを手にとり、窓を蹴破って外に飛び出した。
視界の悪さは直らない。
裸足のままであることを気にする余裕もなく、ある場所に向かってひたすらに走った。
痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い…。
心臓の辺りががギリギリと締め付けられるように痛い。
化け物ってこんなキツい言葉だったんだな。
今は早く、三人に会いたい。
もうすぐ夜になることも、俺の周りを敵が囲んでいることも、額に傷などとっくにないことも、俺は気がつかないまま律の家へ全力で走った。
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