幻談の魔導士 〜アヤカシ喰らうは、畏怖負うものなり〜  

老獪なプリン

2話 赤、紅、それはまるで太陽


「やっぱりアンデットかぁ。骸の状態から見るに下級アンデットか?なら人目に付く前にできるだけ手早く片づけますかな。なんたって仕事だからなあ。こんな仕事やだなあ。けど、めんどくさいからと言って放置もできないんだわなぁ、これが。」

声に反応した異形はその声の主である俺に向かって強く駆け出した。
しかし、腐敗しきったその体は走るたびにずるずると崩れていき、肉体の欠損がより醜いものとなる。
足首はもげ、内臓も零れ落ちた。それでも異形は止まらない。彼らアンデットは生前の怒り、苦しみ、憎しみなどの強い感情を抱えたまま死んだ際の果たせなかったその思いを遂行するため、死にきれなかった魂が腐敗した肉体に定着する。それ故か異形となりはて闊歩する。
しかし残念なことに彼らの思考を支配するのは強い飢え。つまり飢餓感だ。
かすかに残された生前の記憶はうわ言のように口にするだけで、まともな思考を保つこともできない。それはまさに本能だけで動く獣。
彼らは生前感じていたはずの強い思いを何もかも忘れ、残された飢餓感を埋めるためただ生き物を喰らおうと襲う。
そのため人が襲われるケースも少なくない。
皆さんは年間の行方不明者の数を知っているだろうか。
細かい変動はあるがその数なんと8万人。平均して毎日約273人が行方不明になっている。
約12%の発見されないおよそ1万人の人間が行方不明のままなのだ。現実、この世界は人知れず人間が消えていくのだ。
アンデットは四肢の欠損などでは死にはしない。
原型をとどめなくとも生きながらえるその生命力はゴキブリをも優に超える。
刃物でいくら細切れにしようと意識を刈り取るまでには至らない。と言っても、そうなってしまえば身動き一つとれない肉塊にすぎないがな。
それらを死に至らせる唯一の手段が魔術だ。我々魔術師はその魔術を有する唯一の存在だ。
魔術は非科学的な存在すらも顕現させる。それ故の肉体すらも一瞬で灰塵に返す高温すらも瞬間的に放出できるのだ。故にアンデットの肉体の瞬間的な消失。いわば「浄化」を可能とする。
だからこそこの手の仕事は魔術師が担当する。俺は、、、まぁいい。
今回で言えば「腐敗、欠損の見られる人型の異形の目撃情報の真偽の確認」だ。
それは幸か不幸か真だったようだ。

「さあ、かかってこいや!」

異形を迎え撃つ体制を整える。

「ぐおお、、、、、おか、、、あ、、、gっがあ」

突進したその体は鈍く重い。

「おらっ」

異形の腹にこぶしをたたきつける。
もちろんそれでひるんだ様子もなく、バカの一つ覚えのように異形は突進を繰り返す。
それが意味をなさないことにやっと気づいたのか異形は行動を移した、と言っても力任せにこぶしを振り回すようになっただけだが。
避けることはたやすい。が、正直なとこ時間はかけたくない。
異形の存在が知られるのはこちらとしてもよろしくない。
雄たけびを上げた異形は死肉を飛び散らせながら腐りかけの右腕を振りかぶる。
またか、俺は身体を右にひるがえし振り上げた腕を軽く避ける。しかし、よけきれていなかったのか鼻をかすめた腐肉。その臭いは突き刺すようなきつい刺激臭だった。うっ、その怯みが次の反応を遅らせた。
目前に迫った攻撃。気づいたときには白骨化した左腕が俺の溝をとらえていた。異形はそれを期に限界が来たのかその場に倒れこみ動かなくなった。

「がはっ。ちょっくら時間かけすぎたな。ギリギリ間に合ったみたいだな。うし、あとは任せたぞ。」

青白い光を放つ立方体の術式が異形を囲むように顕現する。
静かな冷たい合成音声のような声が頭を反響する。
マスターとのパスを接続。立体術式展開、感度良好、法陣強度クリア、必要魔力濃度クリア、、術式リンク表層クリア、深層、、、、、接続不可、、、、、、再リンクを試行、、、リンクしました。
空間立体魔法「昇華」展開準備完了しましたマスター。

「ご苦労様。聞こえるはずもないがお前という存在を消す準備は整った。が、これでも一応、俺には良心がある。
死んじまう前まではおめぇを人間として話すからな!だからしっかり聞けよ、、、ふぅ。
お前はもう死んだんだよ、いい加減にしろ。生き物は死んだらどれだけ悔しかろう、悲しかろうとそこで終わりだ。生き物としての理から外れんな。あと俺の仕事を増やすな。そして、生きてる間はできるだけ悔いを残すな。次に生を受ける気があんならな。」

「ぐヴぁあ」

異形の目は俺を見据えていたがその目に知性の色はなく、濁ったその瞳は
意志のない飢餓感だけがうかがわれた。

「まあ聞いてるわけないわな。まあ今のお話は形式美?ってことで。誰に言い分けしてんだろう、、、、。さあ、気を取り直して今度こそお前とはお別れの時だ、じゃあな安らかに眠れよ。」

空間立体術式「昇華」実行します。

頭に再度声が響く。
異形をとり囲む術式が強く光を放った。

それは太陽だった。

赤。それは私たちが知っているそれよりもずっとずっと赤い。
うごめく、うねる、炎は生き物のように魔法陣の中を駆けた。
燃えるという表現はあっていないかもしれない。
炎は魔法陣内の異形を瞬時に消し飛ばした。
それは昇華の特性上からか塵すら残らないほどに。

「はぁ、報われねぇな。」

ため息ともに吐き出すようにして言った。

マスターが手をかけなければあのヒトは一生あのままだったかも知れません。
醜悪な姿に畏怖も感じますがやはりかわいそうでもありましたね。
本人が望んだものでもありませんから。
開放という意味でマスターは確かに彼を助けたのですから。
彼の来世は今世よりもより楽しく美しいものであるといいですね。
私は心より冥福を祈ります。

頭に響くその声は、どこか寂しげな表情を感じさせていた。

「そんなこたあ俺も分かっているさ。けど、奴はことわりを外れた。それは許されない。
 殺すってのは聞き覚えは悪いが、とうの昔にあいつは死んでんだよ
 文字どうりの死に物狂いでつかんだ藁は望まぬ死に体の肉体だ。
 それだってのに何のいたずらか、ああやって微かな希望つかまされてなけなしの理性が行うのは野性的で単純な食欲に支配されている。
確かにかわいそうなもんだ。だからこそ俺たちがいるんだ。あいつらをこれ以上苦しめないためにもいち早くあいつらを本来の場所に還すんだろ。」

イエス、マスター

路地にはもう異形の姿はなく。ただ一人の男が立ち尽くしているだけだ。
もう路地に音はない。ただただ静かだった。

男は再び歩き始めた。




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