幻談の魔導士 〜アヤカシ喰らうは、畏怖負うものなり〜  

老獪なプリン

1話 死迷骸(アンデット)


7月下旬の夜。街灯のない暗がりの一本道は薄気味悪いほど静かだった。
やはり盛夏に近づくにつれ空気は湿気を含みべたべたと蒸し暑い。
暑さに汗ばんだ下着が、肌にへばりつく感覚に思わず俺は顔をしかめた。

「あちぃ、、、、。」

声は自然と漏れだした。
昼真の街は夜中に対し、多くのものが騒がしく一挙にうごめく。
たとえば、スマホを片手に街を駆けるスーツ姿のサラリーマン。
真新しい学生服に身を包み笑いあう少年少女。
誰に頼まれなくとも、いつまでもわめき続けるカラスの群れ。
道路を縦横無尽行きかう車。
昼の町はいつもどこか急いでいる。
まるで誰かに急げとせかされているかのようにも思える。
人間も急ぐ、生き急ぐ。同時に、死に急いでいることに気づかないままひたすらに急ぎ続ける。
時間はお金で買えないからだそうだ。しかし、時間はお金で買えないからこそ、ただ使いつぶすのではなく自分の望む形でゆっくりと消費するのが望ましいというのに、、、、。
人間はそれに気づいていないのか、それとも、気づいていながらくだらない「もったいない精神」で本人達の言う効率的な使い方とやらで使いつぶし続ける。
それ以前に「せい」とは根本からが矛盾でできている。
生きようとすればするほど、人生のゴールである死に近づいていくのだから。
最終的に死に至るということは生物としての避けようのない摂理だ。
ひとたびその摂理から外れてしまえば、それは生物では無く、、、、、、、。

「ぐヴぁああ」

「、、、、、来たか。」

上がったうめき声を確認し、俺は全身に力を込めた。緊張からか冷たいものが背中を伝う。
暗くてそのうめき声の正体はまだ見えない。だが、道の奥にはおぼろげだが確かに気配があるのは分かる。
しかし、その気配は生者の息遣いの感じられない無機質な、、、、、、、、あきらかに死者・・のものだった。

ぺた、、、、、ぺた、、

聞こえるのは確かな足音だ。が、それにはコンクリートを打つ硬質的な音ではない。
音から想像するに、ソレは何か柔らかなものが地面を繰り返し触れているのだろう。
足音がこちらへ確かに近づいて来る。
静かなこの路地に存在するのはその足音だけだ。場をソレが支配するように。
それ故に小さなはずのソレの足音がはっきりくっきりと聞こえる。
音は壁に反響するかのように何度も何度もひびく。
迫りくる異形への緊張からか俺の身体は強く脈打った。

ぺた、、、、ぺた、、

「ぐヴぁあ」

鼻を突きさすような刺激臭が周囲に立ち込める。
腐敗臭といったほうがいいだろうか。いわゆる死人の匂いだ。
音がさらに近づくそれに伴ってだんだんと暗闇に紛れていた鈍い輪郭が視界に映り始める。

「あヴぁあ、、、、かあ、、、さあ、、、、、ん、、、」

現れたのは人の形を成した。人ならざるもの。人だったもの。人間の搾りかす。人間の死にぞこない。
いや、死んではいるのだ。死してなお、生きようとしている。
しかし、それは摂理から外れる、したがって生き物ではない。生きてはいないが生きている。
形は一応の人の姿をしているが所々の部位がひどく欠損、腐敗している。
脇腹は深く抉れあばら骨が顔を見せている。それ以外にも大腸、小腸といった臓器をはみ出させている。
左肩から先の肉はもう見当たらず、白骨化した腕が力なくだらりと下がっている。右手は繋がってはいるものの、腐食が進みすぎているのか箇所によっては溶けただれている。
人ならばこの状態で生きていることはまずありえない。が、こうして歩みを続ける彼らのような人ならざる者のことを俺たちはこう呼ぶ。


















                     死迷骸アンデットと。
       


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