ゲーマー社畜が異世界に転生、するまでの話。
ありふれて、異世界へ。
元々、ただのオタクだった。
仕事の給料は大半が、アニメの円盤代に取って変わり、残りがゲームに消えた。
モットーは、自分の欲望に忠実を尽くすこと。その代わり、自分の能力の範疇は全力を尽くす。
まず、今週はアプリゲーの期間限定イベントを走りつつ、今期アニメを網羅して、有名実況者の動画配信をつまみにしつつ、推しの声優のラジオを視聴しながら、今月末に発売される3本のゲームを完走する。
オタクは自分の家にいる時が、人生の中でもっとも忙しい。
別の言い方をすれば、輝いている。
ゲーセンの新規プライズもチェック済みだったし、協力対人ゲーのランクも上げておかねばならない。対戦ゲームは定期的にプレイしていなければ、廃人ランカー共の相手をする度、SNSで煽られてしまう。
そのため、しっかりとスケジュールを調整し、有給も取った。後は食料と栄養ドリンクをたっぷり備蓄する。明日の午前中にやってくる密林からの届け物を受け取ったあと、全力でひきこもるのだ。
無論、一人暮らしをしている俺の家は、その間、全力で汚れる。
故にこの日のため、日頃から細目に掃除と洗濯をしている。
休暇中は電話の類も一切オフだ。限られた休暇を全力でまっとうする。俺の期間限定フィーバータイムをジャマする者は許さない。しかし、念には念をと、帰りにユ〇クロへ立ち寄ろうとしたのがいけなかった。
(真夜中のシコりタイム向けに、新しいブリーフを買っておくか…)
購入予定の1本は、18禁ゲームだったのだ。しかも俺の好みにドストライクな、バブ味成分を大量にはらんだ、甘やかし系のお姉ちゃん同棲ものだ。
考えるだけで下半身が滾ってくるぜ。まったく、お姉ちゃんメイド(黒髪ロングでも金髪ツインテでも可)がお世話してくれるなんて、考えるだけで最高だよな。
ただしメイドは二次元に限る。ナースや教師ものなら三次もアリなんだがな。とにかくはやく次元を超えてバブりたい。
――逸る気持ちを抑え、横断歩道を渡ったら、即死イベントが待っていた。
なにを言っているか(昨今のラノベを読んでいるなら)だいたいわかると思うが、俺は異世界に転生したのである。
以下、ダイジェストで説明するが、まず『次元の狭間』というところに出向いたら、青い髪の女神がビジネススーツを着て座っていた。おっぱいが大きかった。
「中川タツミさん、あなたは死にました。ちょうど良いので、うちの世界を救うのを手伝ってくれません? 今人手が足りてないんです」
白くて狭い個室。角には観葉植物がある。
俺にとってはなじみ深い、地方企業の「面接会場」といった場所で、すでに直感が「ブラックやなこの異世界」と告げていた。
「今異世界に冒険者として転生したら、地元勇者としてのボーナスポイントとスキルがもらえますよ~。あなたの努力次第では、そこそこ最強になれるかも~?」
妙に親近感を感じる女神はおっぱいが大きかった。大事な事なので二度言ったが、顔の方もけっこうイケる。だが、口調からしてやる気なさそうというか、駄目そうな匂いが漂っている。
さっきから、若干居心地悪そうに、身体をムズムズさせているし、髪の一部がはねている。
コミュ障か。とはいえ彼女のような女性が一部に需要があるとわかってもいる。しかし率直に言って、俺のストライクゾーンからは外れていた。
デキるお姉さん。下半身込みで生活の面倒の一切を見て、男をたぶらかし、骨抜きにしてしまうような、そんな女性が俺のエデンなんだ。具体的に言えば、それ以外は下半身が反応しない。
だから、俺は尋ねなくてはいけなかった。
二連続のブラック企業への就職は、ごめん被る。
「質問ですが。その異世界にアニメはあるのでしょうか。ゲームは?」
「……は?」
「転生時に、現実世界の所持品の持ち込みは可能ですか? たとえばスマホはどうですか? 持ち込めた場合、現代からの電波は届きますか? 充電および、ネット関連のインフラ更新を代用可能にできる魔法の類、あるいはそれに該当しそうなチートスキルはありますか?」
「ふぇ? ふぁ? ふゅふ?」
「仮に異世界で、スローライフならぬ〝オタクライフ〟が満喫できる道があるというのであれば、転生しましょう」
正直、最近リアルの仕事がツラくなっていた。
20人弱はいた同僚が、3年後には俺一人になっていたからだ。
俺はそこまで耐えたんだぞ。えらいんだぞ。という自負も、酒の席で女上司がこぼした「タツミ君は自惚れ型の勘違いで、たいした能力はないんだけど、馬車馬の如く働いてくれるからホンマ助かるわ~」という本音に、なにかが折れる音がした。
「……あの、タツミさん? なにか目付きがヤバくなってますよ?」
「ニートを続けるには、金が必要なのです」
「は、はい?」
「仕事を辞めたい。そう思うことは多々ありました。しかし自分が思うオタクを満喫するには相応の金が必要だったのです。そのために、俺は毎日を生きていた……時にタバコ税と戦いながら、ゲームを買う金をねん出すべく、食費を節約して、霞を食べる様に、生きていた……ついさっきまでは」
「……えーと」
「思えば現実世界には、あまりにも〝尊きもの〟があふれかえっていました。子供のころ、俺たちはそのことに気づかずに、あまりにもたくさんの時間を無邪気に、消費だけを繰り返していたのです。だが俺たちはそれで繋がり、通じ合っていた。やっと大人になってから、大勢のものと折り合いをつけながらも、〝尊きもの〟に対価を払えるようになった。その喜びを示すように、時には誇示するようにボックスを買い占め、ガチャを回して(大人買いして)いた……天井まで…」
「……」
「そして少々冷静になった頃、俺たちはもう若くはないことに気がついた。同時に数多の〝尊きもの〟を生み出す苦労を知り、如何ようにすれば、双方の未来に続くことができるのか。具体的にはガチャを抑制する心を得るには、財布を握る三次元の彼女が必須ではないということです。それはともかく、時にはそんなことをウダウダと考え続け、やがて一つの結論に至ったのです」
「そ、その結論とは……?」
「はい。俺は、俺たちは――オタクなんだ。どこまでいっても、30を超えても、ゲームが、アニメが、漫画が、ラノベが、それにまつわるあらゆるオタクグッズが、大好きなんだって……」
面接会場の小部屋に、さわやかな風が吹いた。気がした。
ちなみに窓はない。『次元の狭間』とやらの外がどうなっているかは、皆目見当がつかないが、壁の向こうが青空だと思えば青空で、デスマ上等の軟禁部屋があると思えば、そうなのだ。
上司がカラスは白いと言えば、白いのだという例えはあるが、ブラック企業で働くにおいて、その精神論はとても有効だった。健康面度外視の超過残業という意味で、な。
「……えぇと、えぇと、言ってる意味がよくわかりませんが、とりまそちらのアイテムの持ち込みはできませんが、女神スキルに【複製】というものがありまして、その、スマホ? もたぶん大丈夫かと……」
「たぶん、では困るので。すみませんが実践してみてくれませんか」
「わ、わかりました。――そい」
パシューン。
スマホの【複製品】が完成した。
「ためしてみてください」
「お借りします。…おお?」
タップしてみたら、普通にネットに繋がった。本来の物は、すでにネットに繋がらなくなっていたが、【複製】されたスマホは、普通にネットに繋がった。
ためしに今俺が遊んでいる『スカイブルー・ファンタジー』を起動してみると、普通にトップ画面がでてきた。
現在のギルドイベントも継続中だ。これが結構ハードで、ユーザーからは「止まるんじゃねぇぞ……」だとか「イベントから逃げるな」だとか言われている。
一応、その他諸々の機能も一通り使ってみたが、普通に動く。
「…どういう原理かはさっぱりわからんが…こいつ、動くぞ…」
「ふふふ。どうです? すごいでしょう?」
半ば感動、同時にこれまで培ってきた知識が「チートスキルだから」の一言で根底から覆される現実。国家試験に費やしてきた時間と金額を思い返し、脱力している俺の気も知らず、青髪の女神はだいぶ得意げになっていた。
「どうです? 異世界転生する気になっちゃいました?」
「正直かなり迷っています。めが……すみません、名前なんでしたっけ」
「アイリスと呼んでくださって結構ですよ。人々は敬意を超えて、フィノ・フォン・アイリスフェイトと呼びますが」
なんか、どっかで聞いたことあるな。それはともかく、
「わかりました。アイフォン様」
「え? なんでその略し方?」
「俺たちの世界で〝リンゴ〟を意味する言葉です。神なるものの象徴として、リンゴは特別な意味を持ちます」
「そうですか。そういうことなら、まぁよろしい。その呼び名を認めてやります」
「ありがとうございます。アイフォン様。しかしできれば、他にも質問したいことがあるのですが」
「ま、まだあるの? あといっこ?」
「かなり」
「かなり!?」
「我が身は70時間ほども連続稼働すると、疲弊する脆弱なるヒトの身でありますが故に。女神アイフォン様の尊き御身にご足労を及ばせぬ為に、その【神力】の詳細および仕様を、できる限り仔細に至るまで把握しておきたい所存でございまする」
「タツミ、なんか、わたしが女神スキルを見せてから、ずいぶん態度変わったね?」
「あっはっは。そのようなことは。いやいや……ところで俗人たるわたくしめの世界には、カガクと呼ばれる力で稼働するアーティファクトがあるのですが、該当する現物がなくても再現って可能なんですかね? さすがに無理ゲー?」
「よくわからないけど。女神スキルに、対象者の記憶から【再現】する能力はあるわよ」
「アイフォン様、パねー……おっと、サーセン、すごいですね。えーとそれじゃ、俺のデスクトップPCをおねげーしますだ」
「無理すんなし。それはともかく【再現】!」
――パアアァッ!
次の瞬間、目前に、俺の自作ハイスペック・デスクトップPCが出現していた。有線ルーターモデムを含めたその他周辺機器付き。コードの先は見えない空中に刺さっているが、なにか発光している。
さっぱりよくわからんが、機能しているようだ。外出先でも、基本的には24時間フル稼働中の俺のゲーミングマシン(相棒)は、赤外線マウスをわずかに動かすだけで、見慣れたデスクトップ画面が表示された。
「なんだこれ……っべーわ、なんでもアリすぎて、いっそ引くわ……ていうか、これもしかしたら、ゲーセンの音ゲー専用筐体とかもいけちゃうのか……? あ、アイフォン様っ!」
「ごめん、無理。今日はもうまぢ無理」
「あ、回数制限とかあるんです? ですよね」
「回数制限というか、お腹すく」
「はい?」
ここまで散々首をかしげてきたが、今度はこっちが首を傾げる番だった。
「女神スキルを使うと、お腹がすくのです。特に【再現】は消費量が大きいので、お腹減りすぎてる時に使うとヤバみ過ぎて死ぬ。即死る」
「……女神って餓死するんですか?」
「します。わたしの世界では、神々の死因第一位が、餓死です。2億8000万年前のラグナロクでは、数多の神々が能力を使い餓死し、餓死しなかった者たちも、おにぎりとパンの誘惑に屈し、堕天しました。これにより、第二次ラグナログが引き起こされたって習いました」
「……ちょろすぎかよ……」
無類のチート能力を持っているというのに、おにぎり一つで犬のようにしっぽ振って陥落とか、凌辱系のエロゲーを馬鹿にしてるのか。
「タツミ、女神を見下すその視線は気に食いませんが、そろそろ返事を聞かせてもらえませんか? お腹がすきました」
「いえ……まだ聞きたいことは山ほどある――」
「わたしは、おなかが、すきました。へんとうを」
「わかりました。転生します。その代わり、アイフォン様は、俺のサポートをお願いします」
「いえ、女神は滅多なことでは手を貸さない――」
「食事作りますから。そこまでたいした腕前じゃないですけど」
「まぁいいでしょう。特例です」
「さっすがー、アイフォン様は話がわかるっ!」
さて――かくして、俺は異世界に転生することとなった。
長くなったな。ダイジェスト。
おわり。
仕事の給料は大半が、アニメの円盤代に取って変わり、残りがゲームに消えた。
モットーは、自分の欲望に忠実を尽くすこと。その代わり、自分の能力の範疇は全力を尽くす。
まず、今週はアプリゲーの期間限定イベントを走りつつ、今期アニメを網羅して、有名実況者の動画配信をつまみにしつつ、推しの声優のラジオを視聴しながら、今月末に発売される3本のゲームを完走する。
オタクは自分の家にいる時が、人生の中でもっとも忙しい。
別の言い方をすれば、輝いている。
ゲーセンの新規プライズもチェック済みだったし、協力対人ゲーのランクも上げておかねばならない。対戦ゲームは定期的にプレイしていなければ、廃人ランカー共の相手をする度、SNSで煽られてしまう。
そのため、しっかりとスケジュールを調整し、有給も取った。後は食料と栄養ドリンクをたっぷり備蓄する。明日の午前中にやってくる密林からの届け物を受け取ったあと、全力でひきこもるのだ。
無論、一人暮らしをしている俺の家は、その間、全力で汚れる。
故にこの日のため、日頃から細目に掃除と洗濯をしている。
休暇中は電話の類も一切オフだ。限られた休暇を全力でまっとうする。俺の期間限定フィーバータイムをジャマする者は許さない。しかし、念には念をと、帰りにユ〇クロへ立ち寄ろうとしたのがいけなかった。
(真夜中のシコりタイム向けに、新しいブリーフを買っておくか…)
購入予定の1本は、18禁ゲームだったのだ。しかも俺の好みにドストライクな、バブ味成分を大量にはらんだ、甘やかし系のお姉ちゃん同棲ものだ。
考えるだけで下半身が滾ってくるぜ。まったく、お姉ちゃんメイド(黒髪ロングでも金髪ツインテでも可)がお世話してくれるなんて、考えるだけで最高だよな。
ただしメイドは二次元に限る。ナースや教師ものなら三次もアリなんだがな。とにかくはやく次元を超えてバブりたい。
――逸る気持ちを抑え、横断歩道を渡ったら、即死イベントが待っていた。
なにを言っているか(昨今のラノベを読んでいるなら)だいたいわかると思うが、俺は異世界に転生したのである。
以下、ダイジェストで説明するが、まず『次元の狭間』というところに出向いたら、青い髪の女神がビジネススーツを着て座っていた。おっぱいが大きかった。
「中川タツミさん、あなたは死にました。ちょうど良いので、うちの世界を救うのを手伝ってくれません? 今人手が足りてないんです」
白くて狭い個室。角には観葉植物がある。
俺にとってはなじみ深い、地方企業の「面接会場」といった場所で、すでに直感が「ブラックやなこの異世界」と告げていた。
「今異世界に冒険者として転生したら、地元勇者としてのボーナスポイントとスキルがもらえますよ~。あなたの努力次第では、そこそこ最強になれるかも~?」
妙に親近感を感じる女神はおっぱいが大きかった。大事な事なので二度言ったが、顔の方もけっこうイケる。だが、口調からしてやる気なさそうというか、駄目そうな匂いが漂っている。
さっきから、若干居心地悪そうに、身体をムズムズさせているし、髪の一部がはねている。
コミュ障か。とはいえ彼女のような女性が一部に需要があるとわかってもいる。しかし率直に言って、俺のストライクゾーンからは外れていた。
デキるお姉さん。下半身込みで生活の面倒の一切を見て、男をたぶらかし、骨抜きにしてしまうような、そんな女性が俺のエデンなんだ。具体的に言えば、それ以外は下半身が反応しない。
だから、俺は尋ねなくてはいけなかった。
二連続のブラック企業への就職は、ごめん被る。
「質問ですが。その異世界にアニメはあるのでしょうか。ゲームは?」
「……は?」
「転生時に、現実世界の所持品の持ち込みは可能ですか? たとえばスマホはどうですか? 持ち込めた場合、現代からの電波は届きますか? 充電および、ネット関連のインフラ更新を代用可能にできる魔法の類、あるいはそれに該当しそうなチートスキルはありますか?」
「ふぇ? ふぁ? ふゅふ?」
「仮に異世界で、スローライフならぬ〝オタクライフ〟が満喫できる道があるというのであれば、転生しましょう」
正直、最近リアルの仕事がツラくなっていた。
20人弱はいた同僚が、3年後には俺一人になっていたからだ。
俺はそこまで耐えたんだぞ。えらいんだぞ。という自負も、酒の席で女上司がこぼした「タツミ君は自惚れ型の勘違いで、たいした能力はないんだけど、馬車馬の如く働いてくれるからホンマ助かるわ~」という本音に、なにかが折れる音がした。
「……あの、タツミさん? なにか目付きがヤバくなってますよ?」
「ニートを続けるには、金が必要なのです」
「は、はい?」
「仕事を辞めたい。そう思うことは多々ありました。しかし自分が思うオタクを満喫するには相応の金が必要だったのです。そのために、俺は毎日を生きていた……時にタバコ税と戦いながら、ゲームを買う金をねん出すべく、食費を節約して、霞を食べる様に、生きていた……ついさっきまでは」
「……えーと」
「思えば現実世界には、あまりにも〝尊きもの〟があふれかえっていました。子供のころ、俺たちはそのことに気づかずに、あまりにもたくさんの時間を無邪気に、消費だけを繰り返していたのです。だが俺たちはそれで繋がり、通じ合っていた。やっと大人になってから、大勢のものと折り合いをつけながらも、〝尊きもの〟に対価を払えるようになった。その喜びを示すように、時には誇示するようにボックスを買い占め、ガチャを回して(大人買いして)いた……天井まで…」
「……」
「そして少々冷静になった頃、俺たちはもう若くはないことに気がついた。同時に数多の〝尊きもの〟を生み出す苦労を知り、如何ようにすれば、双方の未来に続くことができるのか。具体的にはガチャを抑制する心を得るには、財布を握る三次元の彼女が必須ではないということです。それはともかく、時にはそんなことをウダウダと考え続け、やがて一つの結論に至ったのです」
「そ、その結論とは……?」
「はい。俺は、俺たちは――オタクなんだ。どこまでいっても、30を超えても、ゲームが、アニメが、漫画が、ラノベが、それにまつわるあらゆるオタクグッズが、大好きなんだって……」
面接会場の小部屋に、さわやかな風が吹いた。気がした。
ちなみに窓はない。『次元の狭間』とやらの外がどうなっているかは、皆目見当がつかないが、壁の向こうが青空だと思えば青空で、デスマ上等の軟禁部屋があると思えば、そうなのだ。
上司がカラスは白いと言えば、白いのだという例えはあるが、ブラック企業で働くにおいて、その精神論はとても有効だった。健康面度外視の超過残業という意味で、な。
「……えぇと、えぇと、言ってる意味がよくわかりませんが、とりまそちらのアイテムの持ち込みはできませんが、女神スキルに【複製】というものがありまして、その、スマホ? もたぶん大丈夫かと……」
「たぶん、では困るので。すみませんが実践してみてくれませんか」
「わ、わかりました。――そい」
パシューン。
スマホの【複製品】が完成した。
「ためしてみてください」
「お借りします。…おお?」
タップしてみたら、普通にネットに繋がった。本来の物は、すでにネットに繋がらなくなっていたが、【複製】されたスマホは、普通にネットに繋がった。
ためしに今俺が遊んでいる『スカイブルー・ファンタジー』を起動してみると、普通にトップ画面がでてきた。
現在のギルドイベントも継続中だ。これが結構ハードで、ユーザーからは「止まるんじゃねぇぞ……」だとか「イベントから逃げるな」だとか言われている。
一応、その他諸々の機能も一通り使ってみたが、普通に動く。
「…どういう原理かはさっぱりわからんが…こいつ、動くぞ…」
「ふふふ。どうです? すごいでしょう?」
半ば感動、同時にこれまで培ってきた知識が「チートスキルだから」の一言で根底から覆される現実。国家試験に費やしてきた時間と金額を思い返し、脱力している俺の気も知らず、青髪の女神はだいぶ得意げになっていた。
「どうです? 異世界転生する気になっちゃいました?」
「正直かなり迷っています。めが……すみません、名前なんでしたっけ」
「アイリスと呼んでくださって結構ですよ。人々は敬意を超えて、フィノ・フォン・アイリスフェイトと呼びますが」
なんか、どっかで聞いたことあるな。それはともかく、
「わかりました。アイフォン様」
「え? なんでその略し方?」
「俺たちの世界で〝リンゴ〟を意味する言葉です。神なるものの象徴として、リンゴは特別な意味を持ちます」
「そうですか。そういうことなら、まぁよろしい。その呼び名を認めてやります」
「ありがとうございます。アイフォン様。しかしできれば、他にも質問したいことがあるのですが」
「ま、まだあるの? あといっこ?」
「かなり」
「かなり!?」
「我が身は70時間ほども連続稼働すると、疲弊する脆弱なるヒトの身でありますが故に。女神アイフォン様の尊き御身にご足労を及ばせぬ為に、その【神力】の詳細および仕様を、できる限り仔細に至るまで把握しておきたい所存でございまする」
「タツミ、なんか、わたしが女神スキルを見せてから、ずいぶん態度変わったね?」
「あっはっは。そのようなことは。いやいや……ところで俗人たるわたくしめの世界には、カガクと呼ばれる力で稼働するアーティファクトがあるのですが、該当する現物がなくても再現って可能なんですかね? さすがに無理ゲー?」
「よくわからないけど。女神スキルに、対象者の記憶から【再現】する能力はあるわよ」
「アイフォン様、パねー……おっと、サーセン、すごいですね。えーとそれじゃ、俺のデスクトップPCをおねげーしますだ」
「無理すんなし。それはともかく【再現】!」
――パアアァッ!
次の瞬間、目前に、俺の自作ハイスペック・デスクトップPCが出現していた。有線ルーターモデムを含めたその他周辺機器付き。コードの先は見えない空中に刺さっているが、なにか発光している。
さっぱりよくわからんが、機能しているようだ。外出先でも、基本的には24時間フル稼働中の俺のゲーミングマシン(相棒)は、赤外線マウスをわずかに動かすだけで、見慣れたデスクトップ画面が表示された。
「なんだこれ……っべーわ、なんでもアリすぎて、いっそ引くわ……ていうか、これもしかしたら、ゲーセンの音ゲー専用筐体とかもいけちゃうのか……? あ、アイフォン様っ!」
「ごめん、無理。今日はもうまぢ無理」
「あ、回数制限とかあるんです? ですよね」
「回数制限というか、お腹すく」
「はい?」
ここまで散々首をかしげてきたが、今度はこっちが首を傾げる番だった。
「女神スキルを使うと、お腹がすくのです。特に【再現】は消費量が大きいので、お腹減りすぎてる時に使うとヤバみ過ぎて死ぬ。即死る」
「……女神って餓死するんですか?」
「します。わたしの世界では、神々の死因第一位が、餓死です。2億8000万年前のラグナロクでは、数多の神々が能力を使い餓死し、餓死しなかった者たちも、おにぎりとパンの誘惑に屈し、堕天しました。これにより、第二次ラグナログが引き起こされたって習いました」
「……ちょろすぎかよ……」
無類のチート能力を持っているというのに、おにぎり一つで犬のようにしっぽ振って陥落とか、凌辱系のエロゲーを馬鹿にしてるのか。
「タツミ、女神を見下すその視線は気に食いませんが、そろそろ返事を聞かせてもらえませんか? お腹がすきました」
「いえ……まだ聞きたいことは山ほどある――」
「わたしは、おなかが、すきました。へんとうを」
「わかりました。転生します。その代わり、アイフォン様は、俺のサポートをお願いします」
「いえ、女神は滅多なことでは手を貸さない――」
「食事作りますから。そこまでたいした腕前じゃないですけど」
「まぁいいでしょう。特例です」
「さっすがー、アイフォン様は話がわかるっ!」
さて――かくして、俺は異世界に転生することとなった。
長くなったな。ダイジェスト。
おわり。
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