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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

幕間: ゼンリル子爵家の捕縛

「っ!?」

屋敷を囲う障壁を構成する魔法陣の最後の一つ━━━隣の屋敷の庭にあったものを破壊した瞬間、爆発的に風の魔力が大きくなったのを感じて、リコは思わず後ずさった。
魔力に敏感な者だったら息苦しく感じらるほどの強さ。それがふくらんだと思うと、直後に屋敷が全壊・・する。

「……これ、アイカではないの」

崩れながらも破片は一切飛び散らない。そしてその跡地を見ようとしても、粉塵のせいで見通しが悪い。
そんな高度で巨大な魔法を操る能力こそあれ、そもそもの魔力が足りないアイカにはできない芸当だ。

「この魔力の主として考え得るのは風の精霊王……でも、そんな大物が人間界に来るなんて考えにくいの」

眉を顰めながらアイカの記憶を遡るリコは、その独特な波長の魔力の持ち主を特定し、目を見開いた。

「本物の風の王……」

とすれば、絶対にアイカに敵対することがなく、かつ彼女を守ってくれるだろう。
半身の安全への不安が解消されたリコは、軽く頷くと地面に置いておいたバスケットを手に取る。

中に入ったビスケットやクッキー、果物、花。
少し前までは、それらを自分の目で見ることはおろか、存在さえも知らなかった。その原因となった己の片割れのことを、恨まないのかと自問したことがある。アマリリスにも一度だけ、遠回しにだが聞かれた。

しかし、リコは絶対に恨まないと言い切れる。
理由は至極簡単で、自分が彼女の立場だったら同じことをしていたからだ。

同じ記憶を持つため同じ思考回路を持つリコは、アイカだったらこれからどこへ向かうか考える。その間もとりあえず動かしていた足が、小さくカシャンと音を立てた。見ると、不自然に膝の関節が内側に曲がっている。
いくら質の良い材料を使って魔力で強化しているとはいえ、そもそも完全な命でさえない彼女がそれを人間の身体と全く同じように扱うのは難しい。

そもそもリコの魔力量は、ラインハルトよりも少なく、ユークライと同等程度だ。回復も常人より遅い。
魔力の強さもそれほど強くはなく、大量の知識と記憶を活用した技術によってそれらの弱さをどうにか補完している。
よって実戦に参加するのは向いていないし、それを自覚している彼女は裏方に徹することを決めていた。アイカと別れたのも自分の役割を果たそうとしたからで、今領都を出ようと歩いているのも疲れていたり場合によっては傷を負っていたりする仲間達を労る準備をしておこうとしているからである。

ちょうど昼食の時間だからだろうか。閑散とした住宅街に、人影はない。
が、突然曲がり角から老夫婦が現れた。

「あら」

一人きりで屋敷街を歩く幼い少女の姿をしたリコを訝しげに見つめた。
彼女は、少し慌てたような表情を浮かべてキョロキョロと周りを見渡す。そしてタタタッと二人に駆け寄ると、手を口に添えて言った。

「……お母さまにプレゼント買うから、ないしょにしてくれますか?」

この屋敷街に住むのは、割と裕福な層で子供がいる家庭も多いはずだとあたりをつけて、リコは無邪気な少女を演じる。
そうすると老夫婦は頬を緩めた。

「まぁまぁ。偉いわねぇ、小さいのに」

へへへ、と照れながら笑う。
心の中では、わたしの方が年上だけど、と付け加えながら。

「何を買うんだい」

「かみかざり!」

「そうかいそうかい。きっとお母さんも喜ぶぞ」

二人は破顔するが、すぐに顔を暗くする。

「こんな小さい子が一人で……。大丈夫かしら」

「心配だなぁ。お嬢ちゃん、気をつけるんだよ」

「最近、他所からの傭兵さん……兵士さんが多いからねぇ。偉い人が呼んだらしいけれど、やっぱりよそ者は信用できないから。ねぇおじいさん」

「そうだなぁ。マナーもなっとらんしここの勝手もわからない連中で、衛兵も取り締まってくれんが……まぁ昼間だし大丈夫だろう。あまり酒場の方に近付かないようにな、お嬢ちゃん」

「うん!ありがとうございます!」

ぴょこんと頭を下げて、少し走って振り返り手を振る。
振り返してくれる老夫婦に満面の笑顔を浮かべながら、リコの頭の中ではさっきの二人の発言が反芻されていた。

他所からの傭兵が多い。
偉い人が呼んだ。
衛兵が取り締まってくれない。

それらの事実が示す答えが、ある意味予想通りで安心する一方、何か不安を煽ってくる。
リコは領都を出るためのルートを辿っていた進路を変え、町の中心部へと歩いて行った。





「……ん」

ふと、何かの魔法が発動したのを感じて、リコは足を止める。
彼女から見て南西、ここの領主であるゼンリル子爵の屋敷がある場所からの反応だった。

「アイカの……防御用の青いガラス玉が、割られた」

つまり、ヴィンセントとアレックスが何かしらの危機に瀕している可能性が高いということ。
アイカと呪公が戦っていた方向を見ると、未だに巨大な魔力━━━風の精霊王が移動した様子はない。ということは、アイカもそこから動いていないということだ。

遠くだから定かではないが、激しい魔力の膨らみなどはなかった。おそらく何かについて話し込んでいるのだろう。
あの二名が話す内容とすれば、対悪魔戦に関する戦術などか。それを中断するのは得策ではない。
ゼンリル子爵の側に悪魔がいるはずがないから、あまり魔力のないリコでも十分対処できるはずだ。

(アイカ、わたしが向かうの)

念話で手早くそれだけ伝えて、リコは地面を蹴った。





領都オルパで最も大きく豪華な屋敷についたリコは、違和感に首を傾げる。
何かが引っかかる。変な魔法が仕掛けられているとか、悪魔の気配を感じるとか、そういった類のものではない。けれど、嫌な感じというか、何かがおかしいという思いを拭えなかった。

一瞬立ち止まった彼女だったが、今この瞬間もヴィンセントとアレックスが危ない目にあっているだろうと、そのまま屋敷の門を走ってくぐった。

重々しい正面の扉を開けると、くぐもった怒号が聞こえてくる。

「……二階?」

浴衣のようになっているワンピースの袖からナイフを取り出したリコは、油断なくそれを構えながら階段へと近寄っていく。
ガランとしているその屋敷の調度品は、どれも絢爛なものばかりで、それらの主の裕福さが伺える。ただ、どうもチグハグな印象を与えた。

階下のホールはガランとしていて、待ち伏せされている様子もない。
というか、おそらく待ち伏せしようとしても、身を隠せる場所がないので無理だ。やたらと壁にかけられている絵が多いからか、あまり物を置いていないらしい。
使われているスペース自体は小さいはずなのにどこか乱雑な感じがするのは、無計画に買われた絵画のせいだろうか。

一段目に足をかけて、周りを見渡して誰もいないことを確認すると、一気に駆け上がる。

「右、なの」

階段を上がりきってもう一度耳を澄ませ、誰にともなく呟いた。

絨毯が敷き詰めらた廊下は、身長が低く体重も軽いリコが走っても音を立てない。
元から隠密する気はなかったが、ここまで簡単に入れてしまったことに拍子抜けする彼女は、やっとそこで気付いた。

「……人が、いなさすぎるの」

門の前にも、扉の前にも、この階段にも廊下にも、誰一人いなかった。
仮にも子爵の家なのだ。門番はいるだろうし、屋敷の中を掃除したり歩き回ったりしている使用人が一人や二人いてもおかしくない。
だというのに、今のところリコは誰にも会っていなかった。

「こちらの動向を知られていた…?そして皆逃げた?」

考えをまとめるために口に出す彼女は、段々と言い争う声が近くなってくるのに気付いて足を止める。
唯一この屋敷で人の気配が感じられるその部屋は、どうやら執務室か何かのようだ。
比較的大きめの扉は分厚い木材で出来ているらしく、男の声がくぐもって伝わってくる。

リコは扉の方に手を向け目を閉じた。
魔力の網を広げていくと、ヴィンセントとアレックスの気配を感じる。それと、それに対峙する八人の気配。
それだけではなかった。隣の部屋に通じる隠し通路があるらしく、そこで三人が待機。奥には六人。

いくら優秀な魔法師、騎士見習いとはいえ、さすがに面倒な人数だ。
リコは扉に手をつけると、軽くそれを押した。

「……ふっ」

その瞬間、パラパラと軽い音と共に木片が崩れ落ちる。
内側から風の刃でズタズタにされた扉は、原型を留めずにヒラヒラと舞った。

「なっ…!?」

こちらを驚いた様子で見る、豪華な仕立ての背広を着た男。
顕示するようにジャラジャラとつけられた宝石や徽章の数からおそらく子爵であろう。
その隣にいる初老の男女は使用人だろうか。二人して手に盾を持っている。
そしてその周りにいてヴィンセントとアレックスを壁に追いやっていたのは、少々異国風の服を着た屈強な男達だった。

「助力は必要?」

傷はないもののどこか疲れた顔の二人にリコは声を掛ける。

「……ん、あ、あぁ。できれば、手伝って欲しい」

これまた驚いて動きが止まっていたヴィンセントが頷いたのを皮切りに、再び部屋中の人間が動き出す。

「さっさと諦めやがれ!!」

「この障壁解除したら絶対にオレ達死ぬんで無理ですね!!」

どうやら下手に手を出すと大怪我を負わせてしまう可能性が高いので、二人はずっと防戦に徹していたようだ。
剣を打ちつけられながら叫ぶアレックスをぼーっと見やっていたリコに、一人の男が躍りかかった。

「ガキだからって容赦はしねぇ!恨むんじゃねぇぞ!」

「恨むも何も……」

ぎしゃりと変な音を立てて、男が持っていた大剣がねじ曲がる。
リコは一歩も動いていない。魔法で金属の塊を変形させたのだ。

どこからか、ヒッ、と引きつった声が漏れた。

「そもそもお前に私は触れられないから、心配する必要はないの」

たった一つの動作で圧倒的な力量差を見せつけた少女に、部屋中の全員が後ずさる。
その隙を見て、三人が動きを見せた。

さっきまで自分へ剣を振り下ろしてきた大男を投げ飛ばすアレックス。
隣の部屋への隠し通路へ走り出すゼンリル子爵。
そしてそのゼンリル子爵の腕を掴んだヴィンセント。

「この逃亡は、国家への反逆の意思とみなしますよ、子爵。規定された以上の兵を集めている時点で、もうあなたは犯罪者ですがね」

かなり強い力で掴んでいるのだろう。
痛みに顔をしかめる子爵が吐き捨てるように言う。

「ぐっ……王家の犬が……」

「はいはい、言っとけ言っとけ」

正直言われ慣れてるんだよな、と小さくヴィンセントが呟く。その声を拾ったのはリコだけだったが、彼女も特につっこまなかった。

「ねえヴィンセント……さん。隣の部屋で逃げようとしている人達、捕まえた方がいいの?」

「あー、頼んだ。こっちは俺とアレックスでどうにかする」

名前を呼ばれて、取っ組み合いを少々乱暴に、相手を投げ飛ばして終わらせたアレックスが、ヴィンセントの方を振り返る。

「え、この人数正直面倒なんすけど」

「これ終わったら、魔法実技の単位貰えるように交渉してやるよ」

「おっしゃ任せてください!!」

見事な手のひら返しを見せたアレックスが、回し蹴りを横にいる男に叩き込んだ。
かなりの手練れで体格も良い彼らを前にしても全く動じないその姿に、アイカの記憶の中ではどちらかというと情けない彼の評価を上方修正する。
どうせなら後でアイカに言ってあげよう、と思いながら、リコは隠し通路を通った。
といっても壁一枚を抜けるだけで、すぐに薄暗い部屋に出る。

「止まりなさい」

とりあえず形式上それだけ言うが、今にもさらに奥の通路へ抜けようとする着飾った女は止まろうとしない。
リコがそれを予想してあらかじめ障壁を張っておいたため、彼女はグッと痛そうな声を出して尻餅をついた。

その方へと歩みを進めながら、魔力の残量を確認する。
このいくつかの魔法で、もう既に二割ほど減ってしまっていた。身体を動かすのにも魔力を使うリコとしては、できれば魔法を使わずに収められるならそれに越したことはない状況だ。

「奥様、お進み下さい!ここは我々が!」

五人の男女がリコの前に立ちはだかる。
手にそれぞれの武器を持った彼らが背に庇う奥様と呼ばれた女性は、どこか幸薄そうな美人だった。ふらふらと立ち上がりながら青白い顔をして頷く彼女は、十中八九ゼンリル子爵夫人だろう。

「全員武器を下ろすの。これ以上逆らうようだったら、国家への反逆とみなすの」

ついさっきのヴィンセントのセリフを真似してそう言うが、まだ幼い少女の見た目をするリコではあまり威厳がない。
案の定、自分を追ってきたのが小さな子供だとわかった彼らは、露骨に安心そうな様子を見せる。
それにムッときたリコは、指をパチンと鳴らして子爵夫人以外の全員の意識を奪う。

「なっ……!?」

思ったよりも魔力が減ったことに溜め息をつきながら、リコは静かに歩み寄った。
立ち止まった瞬間、ゆらりと肌が揺らめいて布の質感があらわになる。
それを見た子爵夫人は、目を大きく見開いた。

「……人間じゃ、ない?」

「二つ手短に聞くの。一つ目、お前の娘はどこにいるの?」

呆然と呟かれた言葉を無視して、淡々とリコは尋ねる。

「答えるはずが……」

「だったら先に二つ目」

どうせララティーナ・ゼンリルはリリエルとラインハルトが追っているから大丈夫だろうと、食い下がらずにリコは語気強く次の問いを発した。

「お前達が契約を結んでいる相手は一体誰なの?」

子爵夫人は弱々しく首を横に振った。

「……旦那様のやってらっしゃることをわたくしは知らないわ」

「言われてないだけで、想像はついているはずなの。……ここで大人しく言った方が、お前の身のためなの」

「彼女の言う通りだ」

よっ、と言いながら壁を通ってきたのはヴィンセントだった。
見ると、隣の部屋で立っているのはアレックスだけ。全部峰打ちにしたのか、綺麗なままの剣を鞘にしまっていた。

「今、ゼンリル子爵には国家への反逆の疑いがかかっている。夫人であるあんたには、その幇助の疑いがな」

「そんな……」

「ただ、もしあんたが自分の知っている限りのことを供述したら、罪は軽減される。無罪放免になる可能性まであるんだ」

言葉を切って後ろを見たヴィンセントは、優しく微笑む。

「あそこで捕らえらて転がってる子爵を庇って自分も牢屋に入るか、それとも素直に自分の知っていることを告白して自由になるか。━━━あんたが選んでいいんだ」

夫人がうろたえたようにたじろぐ。不安そうにキョロキョロ目を泳がせて、スカートの裾をきつく握った。
それはまるで世界を知らない小さな子供のようで、ヴィンセントはわずかに眉を顰める。

「わ、わたくし、は……」

「奥様、なりませぬぞ!!」

隣の部屋から、腕を縛られたままの老年の男が叫ぶ。

「旦那様を遠ざけ、疎み、ララティーナ様にも寂しい思いをさせた挙句、この子爵家を売ろうというのですか!!」

さっと彼女の顔が青ざめた。何かに怯えるような影がさし、指が真っ白になるほど力が込められる。
リコはその元凶となった男に指をさし、小さな雷撃で意識を奪った。
白目を剥いて崩れ落ちる姿に、子爵夫人はへなりと座り込む。

「ひっ……」

少々普通の貴族の女性にはきついであろう光景で、プツンと何かの糸が切れたのだろう。
目に涙を浮かべて、見ていて気の毒になるくらい震える彼女に対し、ヴィンセントが優しい笑顔を浮かべながら膝を曲げて視線を合わせる。

「大丈夫。ちゃんと言えたらあんたは国に保護されて、安全に自由な毎日を送ることができる。俺が保証するよ」

「あ……でも、わたくし、は……」

「俺が、信用できない?」

やけに甘く響いたその声。
それと同時に、ふと何かを感じた。

「……香り」

清涼感がありながらも穏やかな香りが部屋を満たしていた。そこにかすかに混じる、甘めの草木の香り。
風魔法でそれを調節しているのを視て、リコは思わず感嘆の溜め息をついた。
かなりの精度で繊細な魔力操作だ。

「わ、たくし、は……旦那様を、裏切る、わけ、には……」

「裏切りじゃない。正しく罪が告発され、それが裁かれることは良いことだ」

「……良い、こと」

か細い声で子爵夫人は繰り返した。

「あぁ。きっとあんたの旦那さんも、喜んでくれる」

「旦那様が、喜んで、くださる」

「そうだ。……話してくれるな?」

「…………えぇ、えぇ。話しますわ。旦那様のために、わたくしの知っていること、全て」

嬉しそうにヴィンセントは頷くと、丁寧に手を差し出した。
壊れ物を扱うように夫人を立たせた彼は、しっかり彼女を支えると近くの椅子に座らせる。

「今、話せば、良いのですか?」

「俺と一緒についてきて、俺の信頼する人に話を聞いて貰うんだ。少し待っててくれるか?」

「待ちますわ。待ちますとも」

コクコクと頷く夫人に、ヴィンセントはふんわりと笑った。

「ありがとう。……アレックス、ここに残って見てあげてくれ。俺とリコで捕まってる兵を助けに行ってくる」

「了解っす!」

大声で言いながら敬礼し、さっきまのしっとりした空気をぶち壊したアレックスは、気を失っている使用人達を順番に縄で縛っていたがそれが終わったらしく、夫人の側に腰を下ろした。

それを見て、ヴィンセントはリコを促す。

「行くぞ」

「うん」

端から見ると兄妹にも見える身長差の二人は、勝手知ったる風に迷いなく地下室へ向かう。
途中でヴィンセントが何度か立ち止まって、間取りなどをメモしていた。リコはそれを黙って見ていたので、会話はない。

ふと、ヴィンセントが呟いた。

「自分の屋敷の地下に罪人をいれるところを造る神経がわかんねぇな……」

「あの香りは何なの?」

「え、俺の言葉は無視!?」

実はリコが誰かとの会話の仕方をいまいち掴めていないゆえの噛み合わなさなのだが、誰もそれを指摘してくれない。

「早く答えるの」

「え、あ、うん。人の精神に働きかける香りの調合があって、精霊師団に伝わってんだよ。……あ、ていうか敬語の方がいいか?」

「別に気にしないの。むしろ敬語じゃない方が有り難いの。楽だから」

「わかった。……で、香りの調合なんだが、代々精霊師団に伝わっててな。精霊魔法って対策がし辛いから、割と尋問とかを俺らが担当することが多いんだけど、その技術の一つとして教わったんだ」

「へぇ……」

「聞いといてあんま興味なさそうだな」

「興味はある。……アロマと似た感じかな、なの」

「あろま?」

「気にしなくていいの」

自分に蓄積された記憶の中にある日本での知識と一番近いアロマ。
セラピーに使われるものはずだったけれど、と心の中で疑問を呟く。

「ちなみに、どんな効果があるの?」

「直接的に自白させられるほどではないけど、こっちの話を聞いてもらいやすくしたり、気分を落ち着けたりとかだな。ま、俺はちょっとズルしてるんだけど」

「ズル?」

「魔力を混ぜてるんだ。俺の魔力は癖があんまないらしくて。ほら、魔力濃度が高いところにいると落ち着くって言うだろ」

「……あ、鍵」

「いやまた無視!?」

少し楽しそうなその叫びをスルーし、地下室へと繋がる階段が隠されている書斎の壁にかけられている鍵をとって、リコはヴィンセントに渡す。

「はい」

「え、なんで?」

「下に見張りがいるの」

「いやそれはそうだろうけど……」

「あそこに捕まってる人数は少ないの。多分指揮官階級だけここにいるの」

「そうだな?」

「わたしは他のところに捕まってるのを助けに行くから、ここは任せるの」

「……」

リコと自分の手の中にある鍵を見比べて、ヴィンセントは不器用な笑みを浮かべる。

「リコさ、ただ単に強そうな見張りがいるから押し付けたいだけじゃね?」

「非常に残念なことに、わたしの身体は人形と変わらない脆い作りなの」

「……はぁ。わかったよ」

溜め息をついて頷いたヴィンセントは、自分のポケットから銀色の時計を取り出し、リコに渡した。
その時計には、彼の名前が刻まれている。

「あっちにいる兵士に身分証明するものがないと不便だろ。それ見せたら多分大丈夫だから」

「了解。ありがとう」

「おう。気を付けてな」

ニカっと笑った後に溜め息をついて地下室を見据えるヴィンセントに、リコは背を向けた。



つい最近まで空っぽだった彼女。
隔絶された場所で独り時間を無為に過ごしていた彼女を解放したのは、多くの人に囲まれながらもずっと寂しさを感じていた人間の少女で。
誰からの愛も知らずに他人の記憶からしか温もりを知らなかった彼女に初めて愛情を与えたのは、その兄だった。

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