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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

幕間: 第一王子、霊宮へ

『……アイカ様、申し訳ありませんでした』

 屋敷の私の部屋に着いた瞬間、アスクが頭を下げた。

『お疲れのところでしたでしょうに、あのような騒動に巻き込ませてしまい』

『いや、大丈夫。責任は私にもあるから』

 あの時アスクは否定してくれたけど、ユークライの怪我に対しての責は私にも及ぶ。

 隠密のために二人だけで、とは言われていたけれど、誰かに遠くに居てもらったり、人員を待機させたりはできた。それをしなかったのは、私の落ち度だ。

『ユークライ様も、申し訳ございませんでした』

 彼は"気にしてない"というふうに首を振る。そしてアスクの頭を上げさせると、近くの椅子に腰を下ろした。

『じゃあどうしようか。一回ユークライを王城に送りたいところだけど、治癒も早めにしときたいし』

『あぁ、知り合いに頼むんでしたっけ。……知り合いってまさか』

『そのまさかだよ。ちょうどいいし、アスクがユークライを連れてってくれない? 私は人間界に行って、事情を説明してくるから』

『それはこの老骨めにお任せ下さい。霊宮へ向かうのでしたら、アイカ様もいらっしゃた方が良いでしょう』

『そう、だね。だったらユークライ、伝言を書いてもらっていい? それをターフに届けてもらうから』

 ユークライが頷く横で、ナツミが呆然と呟く。

『わたくし、未だにアイカ様が霊宮に容易に行かれることを受け止めきれていませんわ……』

『ナツミ、一応アスクも自力で行けるからね? 今はやめておいた方がいいけど』

『……わたくし、少し歩いて参りますわ』

 そう言ってナツミが出て行くのを見送ると、部屋にはユークライの持つペンが紙に触れるサラサラとした音しかなくなった。

 私はソファに身体を預ける。
 一度休んでしまうと不思議なもので、全身から疲れが吹き出した。そうしていつの間にか、私は眠りについていた。








 状況の説明とちょっとしたお願いをしたため終わって、ペンを置く。
 身体が若干だるい。転移魔法で何度も運ばれたからだろうか。

 ふと顔を上げると、さっきから静かだなと思っていたアイカが、寝息を立てていた。
 前に精霊に休息は必要ないと教えてもらったことがあるが、さすがに今日の強襲は堪えたんだろう。

「……」

 近くにいた精霊に、寝ていますね、と声をかけようとして止める。今の俺は声が出せない。

『寝ていますな』

 俺の視線に気付いていたように、初老の精霊が笑う。
 見たことの無いゆったりとした服を着ている彼は、アイカの発言から察するに、ターフという名前のはずだ。

『申し遅れました。ターフと申します。台風を司る精霊にございます。どうぞ、ターフとお呼び下さい』

 胸に手を当てて礼をする彼に、自分も名乗ろうとして……そうだ、俺は喋れないんだって、また忘れていた。
 いや、忘れていたわけではない。信じたくなかったのだ。

 まるで俺の考えを見透かしたかのように、目の前の精霊は笑みを深める。

『ユークライ様、とお呼びしてもよろしいでしょうか?』

 正直、高位精霊に"様"付けされるのは畏れ多い。が、やんわりとした声ながらも俺に拒否を許さない圧があるから、つい頷いてしまった。

『ユークライ様。この老骨のことは、ターフと呼んでくだされ。敬称を付ける必要はありませぬ』

 これまた断らせない圧力を感じ、俺は再び頷く。
 が、さすがに呼び捨ては辛い。ターフさんと呼ばせて貰おう。

『じゃあ俺も、アスクと呼んでくれ。俺は地震を司っている』

 癖っ毛の茶髪をくしゃくしゃとしながらそう言った精霊は、手首まできっちり覆う白いシャツに黒いズボンという、かなりありふれた格好だ。
 それを精霊がしているということに、昔のように違和感を感じない。アイカと出会ってから、世界が広がってたくさんの精霊と出会ったからだろう。

『俺も敬称は付けないで欲しい。俺はあんたを様付けするけどな』

「……ふっ」

 なんだそれ、と思わず笑みが溢れる。
 無意識に出たその息に、喉がズキリと傷んだ。

『……ちょっと見てもいいか?』

 尋ねられて首肯すると、彼は俺の近くに椅子を引っ張ってくる。その時、引きずらずにしているのは、眠っている主への配慮なのだと思うと、アイカが慕われているとわかって嬉しくなった。

『触るぞ』

 短く告げて、彼の手が俺の喉をそっと触った。
 ひんやりとした手に、アイカを思い出す。彼女の肌も、人間より低い温度だった。

『……ひどい状態だな。死の魔力でボロボロにされてる。……痛かっただろ』

 強がろうかとも思ったが、アイカが起きていない今、俺が虚勢を張る必要がある相手は居ない。
 俺がかすかに首を引くと、彼は痛々しい表情を浮かべた。

『精霊でも辛いってのに……。済まなかった。俺がその場にいれば』

「……」

 病み上がりらしい彼に、そんなことはさせられない。
 そんな意味を込めて首を振ると、彼は目尻を下げて笑った。

『似てるんだな、やっぱり』

 誰に、と俺が聞く前に、彼は手を離すと振り返ってターフさんに声をかける。

『アイカ様はまだ寝てるけど、できるだけ早めに診せてしまいたい。どう思う?』

『賛成じゃな。アイカ様への言い訳……もといご説明は、儂がやっておこう』

『助かる』

 会話をしながら近くにあったバッグを引っ掴んだアスク…さんは、そこに紙とペン、インクや瓶などを詰めていく。
 それをぼんやりと眺めていると、彼が振り返っていたずらっぽく笑う。

『何ぼーっとしてるんだ? あんたも行くんだぞ』

「……」

 予想はしていたので頷くと、若干悔しそうにした。
 表情の作り方が主従でよく似てるのが、結構面白い。嫉妬がないと言ったら嘘になるけれど。

『じゃあ行くからな。精霊王のところに』

 何を言ってるんだ、と視線だけで抗議すると、今度は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 精霊王のことは、子供でも知っている。
 全ての精霊の頂点であり、絶対の存在。常に俺達を見守る、人間の父であり母である彼らは、八柱いると伝えられている。

『これには驚いてくれるか』

 当たり前だ。これを聞いて平然としていられる人がいたら、ぜひお目にかかりたい。

『アスク、あまりふざけるな』

『相変わらず厳格なことで』

 笑いながら、アスクさんは俺にバッグを持たせる。彼自身は、どこからか大きな袋を持ってきていた。

『この伝言に、数日間帰れないって書いてもらえるか?』

「……」

 頷きその旨を書こうとして、顔を上げる。

『ん?』

 手紙用とは別の紙に、"行き先は?"と書きつける。

『あぁ。精霊界にいる、で大丈夫だ』

 追伸で"精霊界にいる"と書いて、一応もう一筆加える。
 "もし何か言われたら、叔母様のとこにいるとでも言い訳しておいてくれ"、というのはヴィンセントへのお願いだ。

『部下か?』

 "部下兼友人"だと伝えると、ターフさんが口を挟む。

『この方にお渡しすれば?』

 肯定して、簡単にヴィンセントの容姿を伝えた。
 一度会っているから大丈夫だと言っていたので、任せようと思う。

 俺とターフさんの会話が一段落したのを見て、アスクさんが『さて』と声を発した。

『ご案内させて頂きますよ、第一王子殿下』

 俺がそれに笑い返す横で、ターフさんがどこからか小さな水晶の欠片を取り出す。

『アスク、使え』

『どうも。補助は頼んだぞ』

『あぁ』

 どうやら、精霊王のところに行くには特殊な魔法を使う必要があるらしい。
 丁寧にゆっくりと魔法陣を描くアスクさんは、ターフさんから何回か注意を受けていた。

『陣の模様が少しでも異なっていれば、行けないということはわかっておるだろうに』

『久しぶりだから仕方ないだろ』

 じっと魔法陣を見てみるが、隠蔽の効果でもあるのか、詳しいことがわからない。それに、かなり精密で、真似することはできないだろう。

『ユークライ様、精霊王に会ったことはあるか?』

 あるわけがない。
 ゆるゆると首を横に振る。

『そうか。……今から俺達が会いに行くのは、光の王だ。少し不思議な方だが、心が広い。アイカ様の恋人であるあんたなら、特に変なことにはならないから安心してくれ』

 俺は彼に対して、自分がアイカの恋人であるなんて一回も言ったことがないが、そう認識されているらしい。

 実際はお互いに自分の気持ちを伝えたことも、自分達の関係性を言葉にしたこともないのだが。

『……じゃあ行くぞ』

 アスクさんは手を一振りすると、魔法陣に魔力を込めた。複雑で幾何学的な文様が重なり、そこから光が増していく。
 思わず目を細めると、金属同士が擦れるような甲高い音が耳を打った。

『ふぅ……。《我は願う。霊宮へと我らを運び給え》』

 視界一杯に、無数の色の光が広がる。
 目を閉じてわずかに身体を硬直させると、何かを通った感覚、そして浮遊感に襲われた。




「……」

 足がどこかについたのを感じて、目を開ける。
 そこには肩で息をするアスクさんと、見慣れない丸太でできた家があった。

 一度家の方を見るが、誰かが出て来る気配はない。

「……」

 声をかけたいが、そうもいかない。いかないというか出来ない。
 苦しそうに息をする彼は、しばらくしてやっと顔を上げた。

『はぁ。……いやぁ、久しぶりだから疲れたな』

「……」

 疲れた、という様子ではなかったが。
 それを伝えようとした瞬間、背後から気怠げな声がする。

『疲れた、っていうか、呪いが完治してないから当然だよ。はぁ。……なんであなたも、あなたの主も、僕に厄介事を、はぁ……持ち込むんだ』

 その気配は圧倒的で、洗練されていて、高貴なるものだった。強者であり、救済者であり、王。

 震える自分を叱咤して、振り返って膝をつく。そして姿が目に入る前に、深く頭を垂れた。

『……顔を、上げて欲しい』

 緊張と畏怖を飲み下し、緩慢に視線を上げる。

 そこに立っていたのは、中肉中背の美丈夫だった。
 透き通るような金の髪は無造作に伸ばされ、後ろで一括りにされている。灰色の双眸は、曖昧に景色を映しているようで、その実こちらを真っ直ぐに射抜いていた。

 光の王だ。
 見るだけで、そうわからされる。彼こそが、光の頂点でありそれを司る"王者"。

『……立って、楽にして。僕は、はぁ……。アスクと話すから』

 一度跪いたまま礼をして、彼に言う通りに立ち上がる。
 その間、光の王は玄関先から一歩踏み出していた。

「……」

 さっきまで気が付かなかったが、彼は杖を使っているらしい。彼の手にあるそれが、やけに目に焼き付いて離れなかった。

『はぁ……。アスク』

『はい』

 アスクさんは泰然と───ともすればふてぶてしいとも思える態度で、背負っていた袋を降ろし、光の王に向き直る。

『…………はぁぁ。三つ、伝える。……一つ。これは、あなた個人への、貸しだ』

『……経緯を知って言ってますよね?』

『二つ』

 アスクさんの言葉を無視して、光の王は続ける。

『前に、アイカが来た時。……はぁ、あの悪魔が死ねば解呪できる、と言っていた。けれど……はぁ、それは無理だ』

『では、どうすれば』

『……アマリリス』

 不意に光の王の口から出たその名に、驚きを押し殺す。

 今は上の弟の婚約者である彼女が精霊に好かれているということは、なんとなくだけれどかなり理解していた。が、まさか精霊王にまで認知されているほどだとは、予想していない。

 ラインハルトはこれを知っているのだろうか。
 あの規格外の天才のことだから、どうしてかそうだという気がするが。

『……彼女は、霊属性を操る。……それに賭けるしか、ない』

『賭けですか。勝率はかなり高いと思いますがね』

『三つ』

 再びアスクさんの発言に触れずに、光の王が杖をコツンと突く。

『彼の怪我は、死の魔力によるもの。……はぁ。しかも、死公の魔力が、使用されている』

『……死公の』

『だから、僕でも……はぁ、時間がかかる』

『大丈夫です。それは織り込み済みなので。……五日あれば十分でしょう?』

 挑発的に笑うアスクさんは、先刻地面に置いていた袋を俺に手渡してくる。

『着替えと食料が入ってる。使ってくれ』

「……」

 なんで、と訊く前に、光の王によって答えが提示された。

『泊まり込み、丸四日で、行けるかいけないか、だ。……はぁ。一週間、かかると思って。はぁ……』

『一週間かぁ……』

 アスクさんが俺の方を見る。

『一週間、光の王と二人っきり。大丈夫か?』

 それは大丈夫だ。
 問題はそれほどの時間、王城に帰れないことなのだが。

『あんたの弟さんに相談して、どうにか誤魔化す。元々、今日は体調崩して寝込んでたんだろ?』

 獣の精霊に言われて、そのように城の者には伝えた。
 精霊の魔力に当てられたのだ、と言ったら、すんなり納得してもらえたけれど、それで一週間持つとは考えづらいが。

『魔法をどうにか使って、ベッドから出れないあんたを再現することはできる。身の回りの世話は事情を知る人間にやってもらえばいいはずだ』

 なるほど。
 確かに、今多忙な王城では、例えそれが王子だとしても、四六時中色々な人が張り付くわけではない。若干名の侍従がいるくらいだ。
 彼らを口止めして、それに加えて魔法を使ってしまえば、見破るのは難しいだろう。

『じゃあ、そういうわけで。俺はそろそろ行きますね。……あぁ、帰りは行きより簡単だから安心してくれ』

 どうやら表情に心配が出ていたようだ。
 さっきの息が苦しそうな様子を思い出していた。

『……はぁ。気休めだけど』

 魔法陣が光を放ち、もうここを去るというその瞬間に、光の王が回復魔法をかける。
 アスクさんの姿が掻き消え、そこにあった光の粒子も空気に溶けて見えなくなっていった。

 光の王と二人きりになったが、何をすればいいかわからない。声を出すことも叶わないから、世間話や自己紹介さえできない。

『……はぁ。とりあえず、入って』

 しばらくしてそう言ってもらい、やっと俺は動くことができた。
 短い階段を上り、精霊のものとは思えないほど人間的な家に入る。

 綺麗に整頓された家の中は、暖炉に火が点いていることもあって暖かい。
 入って左手にはキッチンとダイニング、右手側には暖炉があるリビングがある。俺達以外の人の気配は感じない。

 物珍しくて周りを見渡したい気持ちを抑えて、ゆっくりと歩く光の王に続く。

 階段を登った先には、いくつかの扉があった。その内の一つ、廊下の突き当りの部屋を光の王は指差す。

『はぁ。……あの部屋を、使って。今日は、もう遅い』

 俺が頷くと、光の王は反対側に歩いて行く。どうやらそちらに私室があるらしい。
 俺は彼に一礼をして、示された部屋に向かった。


 部屋の中は、小さな机とクローゼット、ベッドという簡素な造りだった。
 とりあえず机の上にバッグと着替えの入った袋を置く。そして、行儀が悪いとはわかっていながらも、ベッドに倒れ込んだ。同時に靴も脱ぎ捨てる。

「……」

 アイカの前ではああやって強がったものの、かなり痛いし恐ろしかった。

 彼女を見守ろうと少し離れたところで立っていたら、突然後ろから剣を突きつけられたのだ。抵抗することもできず、口に何かを当てられて、そこからひりつくような痛みを感じたと思ったら、声が出なくなっていた。
 今は、全く喉に痛みを感じない。強いて言うなら、何も感じないという違和感があるだけだ。

「……はぁ」

 喋ることはできないが、どうやら溜め息は出せたらしい。

 俺は着ていた上着を脱いで適当に投げると、そのまま眠りについた。

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