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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

65話: 天災の怒り 2

 気を失っていたようだった。

 最近あんなに魔力を使うことがなかったから、どうやら身体が耐えられなかったらしい。目を開けると、止血をしているユークライが目に入る。
 地下室だから時間の経過はわからないが、彼の様子から、まだそんなに時間は経っていないのだろう。

『ユークライ、やるよ』

 かなり魔力を消費してしまっているものの、簡単な応急処置くらいならできる。
 後で光の王のところにでも行って治させようと思いながら、彼の切られた足に手を当てた。

 どうやら逃亡を防ぐために切ったらしく、そこまで深い傷ではない。でも、痕が残りそうで嫌だ。
 苛立ちを抑えながら、止血と簡単な消毒を終える。

「……」

 ありがとう、と声なき声で告げられた。

『うん、どういたしまして。じゃあ、喉見てもいい?』

 ユークライが頷くのを待って、彼の喉に触れる。
 ごつごつと骨の感じがする中、息が通るところに魔力の糸を伸ばした。

 私に人体に関する知識などはないが、魔力の探知にはそこそこ自信がある。
 だからこそ、彼の声を潰す原因となっているものが自分にはどうしようもないことがわかってしまい、何も言えなくなってしまった。

「……」

 ポンポン、と肩を叩かれる。

『あぁ、ごめん。ちょっと今消耗しているから、すぐに治せないかもしれないんだよね』

 違う、と首を振られた。
 それでも私は作り笑いを浮かべ、話を逸していく。

『じゃあ、ここで座ってて。後始末とかは私がやっておくから。もし何かあったら……えっと、これ投げて』

 落ちていた壁の破片に、爆発の効果を付与する。
 投げてどこかにぶつかった音で、すぐに戻れるという寸法だ。

 それを手渡そうとすると、ユークライは首を横に振る。そして喉に手を当てた。

『あ、喉乾いた? 水出すから、これ飲ん───』

 言葉を継げなかった。手を握られ、甲にキスをされたからだ。

『……』

 まだ感触が残っている。ふわふわする感じ。羞恥心やら嬉しさやら何やらで、よくわかんなくなってしまう。

『……えっ、え、ユークライ!?』

 顔に熱が昇るのを感じながら、抗議しようと口を開く。が、それも叶わない。
 そんないい顔で見つめられたら、文句なんて言えないじゃないか。

「……」

 再度彼は、自分の喉を指し示す。
 原因を言え、ということなんだろう。

 けれど私だって、別に嫌がらせをしているわけではない。
 ちょっとこれが面倒臭い状況で、それをわざわざここで伝える必要がないと判断したから、言っていないだけなのに。

 なおも渋る私に、ユークライは溜め息をつく。
 そして動こうとするから、また手か、と思い両手を引っ込めると。

「……ふっ」

 頬に柔らかい唇が触れた感覚がして、固まっていると、彼はニコッと良い笑顔を浮かべた。
 というか、軽い笑い声は出るんだ。

「……」

 三回目。
 ユークライは、喉をぽんぽんと叩く。そして顔を赤くした私に、いたずらっぽく笑いかけた。

 仕方ない。負けだ。

『私には治せないから、言いたくなかったんだけど』

「……」

『死の魔力で潰されてる。しかもそこそこ強力なやつ。……知り合いに頼んで治してもらうから、そこまで辛抱してもらわないといけないんだけど』

「……」

『王子として仕事もあるのに……。本当にごめんなさい。私が迂闊だった』

 膝をついて、頭を下げる。再び湧き上がってきた申し訳無さで、ユークライの顔を見ることができなかった。

 ずっとユークライの隣で戦えば良かったのに。魔力が少ないとは言え、若干の怪我を覚悟すればできたはずだ。
 だというのに、私は突入を選んでしまった。ストレスからか、"角水晶"というふざけた名前に怒りを抑えられなかったか。馬鹿な選択をした。

 静寂が耳に痛い。どんな大きな音よりも、鼓膜にずきりとくる。
 愛想を尽かされたら、なんてことが頭を過ぎった。さっきの今でそんなことはないと思いたい。でも、もしかしたら。

「……ぁぃ、ぁ」

『っ!!』

 反射的に、ばっと顔を上げる。
 私の名前を呼んでくれた。

「カハッ、ケホッ、ケホッ」

 無理矢理声を出したのはかなりの負担だったようで、ユークライは咳き込む。
 それに手を伸ばそうとしたが、押し留められた。

 しばらくして咳が収まると、ユークライは少し逡巡した後に、口を動かす。

「(アイカ)」

『うん』

「……(君は悪くない)」

『でも、ここに来ることになった原因は私だよ。……私のせいなんだ』

「(違う。絶対に違う)」

 音はない。けれどユークライの声は、確かに聞こえてきた。

「(俺は、君と一緒にいるよ)」

『っ!』

「(例え、どれだけ傷ついたとしても)」

『ユークライ……。私は───』

 パン

 乾いた音が響く。ユークライが手を叩いた音だった。
 あなたには安全なところに居て欲しいと、そう言おうとしたのを、完全に見透かされて遮られた形だ。

「(あれだけ派手にやったんだ。いつ衛兵が来てもおかしくない)」

 だから早く調査をした方がいいと言われる。
 私はそれに頷いて、少しふらつく身体で立ち上がった。



 まず、戦場となったこの地下室を見て回る。
 悪魔達が息絶えるのと同時に血も消えたようだが、破壊された壁や床が痛々しい。やったのは私もなんだけど。
 落ちている角を拾う。数は、最初に索敵した分の十より二つ多い、十二。

 手にとって見てみると、後からやって来た二人の悪魔の角は魔力が圧倒的に強く、量が多かった。やはり、上級悪魔だったようだ。それも二人だなんて。

『よく勝てたなぁ……』

 中級悪魔が十名で上級悪魔が二名。
 上級悪魔の魔力は、大体精霊の高位精霊に匹敵する。片方の悪魔は、さっきの私とそう魔力量が変わらなかった。
 思っていたよりも際どかったみたいで、なおさら勝てたことに安堵する。私が殺されていて、瞳を奪われていた可能性もあった。

『さて、と。ごめんね』

 本当なら、角はここに置いておくのが作法だ。悪魔も精霊の瞳に手を付けることはない。お互いを憎み合う精霊と悪魔の、唯一の不文律。
 しかし、今ここに残してしまうと、後で調査に来た人間が持って行ってしまうかもしれないのだ。
 人間に、悪魔の角の知識はない。つまり、それを誰かが生きた証だと知らずに、魔法の媒体などに使用することも有り得る。

 さすがにそれは忍びない。私にだって、死んだ敵に対する敬意はある。
 これを今捕らえているゴーンズに渡してやるように言付け、全ての角を精霊界に送ってから、情報を探し始めた。


 さっきの戦いの余波で、どこもかしこもボロボロだ。
 これは骨が折れるな、と思いながら温度探知を使う。重要な情報を剥き出しのまま置いておくとは思えないから、周りの瓦礫と違う温度なはず。

 その予想は当たっていて、壁の奥の隠し扉の向こうに合金製の箱があった。とりあえず取り出して、ユークライの側まで持っていく。

「……」

 さすが、とユークライが口を動かした。

 直方体のその箱は、見た目の通り重量がある。濃い紺の側面を囲むように、魔法を通しやすいと言われている青みがかった金属が走っていた。
 箱の正面らしきところには、蛇の顔を模ったレリーフが彫ってある。なんだか、自分の魔法を真似されたようで癪だ。おそらくこれが、鍵の役割を果たしているのだろう。

『壊すね』

 罠がないことを確認してから、砂を操って鍵の部分を削っていく。中身を破損しないように慎重に、かつ迅速に。
 三十秒ほどで、中の空洞に到達する感覚がした。
 上下に分かれた箱の上部を掴み、横に置く。

 中に入っていたのは、羊皮紙を束ねて作られた冊子だった。
 取り出してパラパラと捲ってみるが、内容にはピンと来ない。

『地名と……なんだろこれ』

 意味を成さない文字の羅列に首を傾げていると、軽く手を叩かれる。
 見れば、ユークライが私に向かって手を差し出していた。この冊子を貸してくれ、とのことらしい。

『じゃあ、お願いするね』

 何をお願いするんだ、と心の中で自分につっこみながら、私は隣の部屋へ向かう。


 もうひとつの地下室も造りはよく似ていて、ここには人間用の服や食料が保管されていた。全部木箱の中に入っている。どこか人間臭いなぁ、なんて感想を抱いた。

 ふと、違和感を感じて服を手に取る。
 どこにでもある、庶民の服だ。何回か使われているようで、新品とは言い難い。麻で作られた、簡素なワンピースだ。何着かあるようで、少しずつデザインが違っている。

 その下を見てみると、さっきより幾分か上等なドレスが入っていた。裾はそこまで広くないものの、刺繍が施されていたりレースが重なっていたりする。これも、色や形の違うものがいくつか入っていた。どれもわずかに使用感がある。

 更にその奥にあったのは、貴族の令嬢用の派手なドレスだ。胸元が開いたデザインは、最近の流行りだとどこかで聞いた。それも一着ではない。
 清楚に見えるもの、豪奢なもの、可愛らしいもの。
 数えてみると、合計で四着。

『……これ、なんか』

 おかしい。

 ここは、普段は使われることのない魔法学校の訓練場、その最深部にある小屋だ。
 食料はわかる。身体を動かせばお腹は減るだろうから、ある程度ここに貯めておいてもおかしくない。

 が、服はどうだ。着替えか? いや、考えられない。
 もし着替えだとしたら、貴族の子女が通うここに、庶民用の服なんて置いておく必要がない。数も不自然だ。少なすぎる。
 それに、女子用のものに偏っているのもおかしい。それも、同じくらいのサイズの。

 疑念を抱きながら、他には何かないか、と奥を探す。
 すると出てきたのは、薄水色の紗だった。

『まさか……』

 脳裏に過ぎったのは、とある精霊。

 名を持たず、姿もあまり見せず、常に紗を被って自らを隠していた精霊。
 若い精霊とは交流があったらしいが、滅多に私と顔を合わせることはなかった。

『……"色情"』

 ポツリと呟いた声は、無人の部屋に吸い込まれた。









『ユークライ、ただいま!』

 一階も見回って戻ってきた時、彼は私が部屋を出た時と同じような態勢で冊子を眺めていた。
 私の声に気付くと、ふわっと笑ってくれる。
 それに微笑み返して、私は彼に立つように伝えた。

『そろそろ衛兵が来ると思う』

 それだけで十分だったようで、ユークライは頷いて手を前に出した。
 私はそれを握り、床に置いてあった箱を拾う。一応回収しておいた方がいいだろう。

『どうする? 一回精霊界に戻りたいんだけど、付いてきてくれる?』

 ユークライが頷く。
 一度精霊界で報告を済ませてから、彼を王城に送ろう。多少遅くなってしまうけれど、体調不良で寝込んでいるということになっているから大丈夫なはずだ。たまたま会ったヴィンセントにも協力を頼んであるし。


 部屋を見渡す。
 私とユークライしかいないこの地下室。なぜか視線を感じたような気がしたが、気の所為だろう。

『じゃあ行こっか』

 転移魔法を発動する。

 魔力の残量は心もとないが、これくらいなら大丈夫だ。



 白く眩い光が視界を埋めつくしたかと思うと、そこはもうすでに闘いの城だった。
 なんだか懐かしいな、なんて思っていると、明らかに怒気を孕んだ声が耳を打つ。

『これは、天災一派に対する宣戦布告と受け取りますわよ!?』

『落ち着け、そんなんじゃ───』

『勘違いするな。今まで俺達が精霊界に貢献してきたのは、アイカ様がそうすると仰ったからだ。もしあの方を愚弄するような真似を、あの方に無断でするのなら、俺達がお前らに従う義理はない』

 ナツミ、そしてアスクだ。それと話しているのはヴェルス。

『愚弄なんてしてない。あいつは大切な仲間だ』

『ではその"大切な仲間"を危険な場所に、愛する者と共に送り込むなんてこと、よくできましたわね!!』

『違う、いいから俺の話を───』

 パン、と音が響く。
 さっきと同じ、ユークライが手を叩いた音だった。

 それに振り向いた全員が、私達の方を向く。
 よく見ると、ターフや梟、ジンさん、オコトさんもいた。奥の方では、イラトアが腕組みをして座っている。

『えっと……』

 少し聞いた限り、口喧嘩の原因は私らしい。
 なんて言ったものかと思案していると、ナツミが飛び込んできた。

『アイカ様っ!! ご無事で何よりですわ……』

 ギュッと抱きしめられ、ふわっと爽やかで優しい匂いが広がる。

『うん。ありがと、ナツミ』

 状況を把握できてはいないけど、とりあえずお礼を言う。ちゃんと伝えずに屋敷を出たから、心配をさせてしまったのだろう。
 彼女の背中をさすっていると、アスクが咳払いをした。

『アイカ様、お耳に入れたいことが』

 ナツミが私から離れ、ユークライが隣に並んだ。
 私達の目の前までアスクが歩いてきて、膝をつく。それに倣うように、ナツミとターフも同じ姿勢を取った。

 アスクが慇懃だなんて、何かが変だ。

『アイカ様、ユークライ様。よくぞご無事で戻られました。お怪我はありませんか?』

『ない、って言いたいところだけど……』

「……」

 ユークライが自分の喉を指し示し、口の前でバツ印を作った。

『……声が出ないのですか?』

 ターフの問いかけにユークライが頷くと、ナツミは激昂したように立ち上がる。そしてバッと振り返ると、後ろで唖然としている精霊達を睨みつけた。

『これはっ、あなた方の軽率な判断で招かれた事態ですわ!!』

『……ちょっと待ってナツミ、どういうこと?』

 ユークライの怪我が、彼らの判断によって引き起こされたもの?

 考えたくもないそのことに、思考が停止する。
 それを再び加速させたのは、ターフの静かな声だった。

『一言で申し上げますと、このようなことが起きてしまったのは、そこにいらっしゃる方々が"演出"を望んだからにございます』

『"演出"…?』

『えぇ。世を知らぬ小童と身の程を知らぬ野心家共への、アイカ様の逆鱗に触れるとこうなる、という"演出"であり"脅し"でございます』

『誤解だ、ターフ。……アイカ聞いてくれ』

『ターフ、詳しく』

『アイカ!』

 ヴェルスの方は一瞥もせずに、ターフの静謐さと激情に満ちた双眸を見つめる。

『アイカ様のお怒りを引き出すには、最も簡単なのは愛し子様かユークライ様を傷付けることでありましょう。それを彼らは誘発し、同時に悪魔の拠点を潰すという一挙両得を狙いました。精霊側と悪魔側、双方にアイカ様の実力を見せつけ、畏怖させ、自らに有利なように物事を運ぶためでしょう。その結果がこの老骨を含めた天災一派の離反である、というわけでございます』

 いつ離反したのさ、なんていう軽い言葉は出なかった。

 喉が詰まって声が出ない。
 それでも必死に振り絞って、一つの問いかけを発した。

『……じゃあ、ユークライが傷ついたのは、私のせい、ってこと…?』

 みっともないほどに震えた声を、アスクが掻き消す。

『そんなわけありません。有り得ません。今回のことは、愚かな獣の精霊を筆頭とした"軍師気取り"に全責任があります』

『……何度言えばわかるんだ。これは今の精霊界に必要なことなんだぞ…!』

『必要であれば全て納得できるのですか? わたくしはそうは思いませんわ』

 いつの間にか立ち上がっていたアスクとターフが、ナツミと並んで私達を彼らから守るように立つ。

『百歩……いや、千歩譲って、アイカ様がそのお力で悪魔どもを蹂躙することが、今後の対悪魔戦において大きな布石となるとしよう。だったら、そこにユークライ様がいて、俺達がいてはいけない理由にどうしてなるんだ』

『アイカは無意識の内に、"ここまで力を出す"という上限を決めている。それを取り払うには必要なことだった。だから、お前達がいたら意味がなかったんだ』

『納得しかねますな。根拠が弱すぎますぞ。それに気付かぬ御仁ではなかったと思っていましたが、もはやこれまでか』

『ターフ爺、見限るのが遅すぎてよ』

『……ヴェルスさん。俺は一応、あんたのことを信頼していた。何度も死線を潜り抜けた仲だったからな。だけど、権力を持ってから変わってしまった』

『アスク聞け、俺は───』

『"犠牲を減らしたい"、だろ? 小を殺して大を生かす、それがあんただ。この考え方自体は間違ってない。……その"小"の価値をお前が見誤った、それで俺達を失った。それだけだ』

 はっ、と皮肉たっぷりにアスクが笑う。

『大方、力を付けすぎている俺達の長であるアイカ様が傷を負って、俺達が大人しくなることを狙ってたんだろ。前の大地の神殿でも、俺達ばかりが活躍してたからな。次の会議のことを考えれば、俺達の発言力を多少なりとも減らそうとするのは、まぁ理論としては理解できる。……ターフも言っていたが、結果として天災一派の離反に繋がったけどな』

『……アスク』

『気色悪い。俺に話しかけんな。……アイカ様、戻りましょう。こんなところにいるなんて、反吐が出る』

『あ……』

 アスクが魔法陣を描く。が、それはすぐに形を歪めて消えた。

『チッ…。まだ解除してなかったのか、妨害の魔法具』

『当たり前だ。……アイカ。俺とお前、サシで話をしよう。こいつらは頭に血が上りすぎている。冷静に話し合えない状態だ』

『アイカ様、屋敷へ帰りましょう』

 どうすればいいんだ。

 思考がぐるぐる回る。
 アスクが精霊に対してここまで嫌悪感を露わにしたのは初めてだし、ナツミとターフもアスクに同調している。彼らは私の部下なのだ。疎かにすることなんかできない。
 けれど、まだ私は、ヴェルス達の主張をちゃんと聞いていない。ひょっとしたら、食い違いがあっただけかもしれないのだ。それに、今ここが分裂したら、会議も成功しないだろうし、対悪魔戦に響く可能性もある。

『どう、すれば』

 口の中だけで呟く。

 答えが見つからない。
 仲間を優先するか、全体を優先するか。

「……」

 不意に肩を叩かれる。
 なんだろうと思ってユークライの方を向こうとした瞬間、耳元でリップ音が鳴った。

 ……え、リップ音?

 固まる私に笑いかけて、ユークライは近くのテーブルまで歩いて行く。誰もそれを止められない。
 置いてあった紙とペンを手に取った彼は、大きく文字を書いた。

 "被害者である俺が気にしていないので、全部水に流しましょう"

 掲げられたそれに、全員が釘付けになる。
 その様子に満足したように笑みを深めたユークライは、更に書いていった。

 "今度会議があるのでしょう? 上が拗れていると、下も不安がります"

 "アイカが、この傷を知り合いに頼んで治してもらう、と言っていました"

 確かに言ったけど。

 "若干不自由ですが、これくらい覚悟の上です。これで合法的に夜会も休めますしね"

 あぁ、そういえば王都はこれから社交シーズンなんだっけ。

 "あなた方、上に立つ者でしょう?"

 挑発的な言葉が、流麗で力強い文字で書かれる。

 "仲良しを装うくらいして下さい。俺に申し訳ないと思っているなら"

 そこまで書いて、ユークライは満足したように私の隣に戻ってきた。

 この場に落ちているのは沈黙。
 しかしそれは、攻撃的だったり怒りを孕んでいたりはしていない、熟考のための静けさだった。

「(行こう、アイカ)」

 私は彼に頷き返し、動かないヴェルスのすぐ近くにあった魔法具を風魔法で停止させる。
 それを見たアスクが転移の魔法陣を描き、私達の視界はすぐに白い光に満たされることになった。

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