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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

63話: 制圧

 それから話したのは、人間界の基本的な話だった。

 もうすでにウィンドール王国については説明したらしく、他に話したのは諸外国のことだったり、地理的なことだったり。
 どこに悪魔が潜伏するかどうかや、精霊はどのように動くべきか。

 精霊のみでは終えていた情報共有だが、人間であるユークライがいたことで、色々な視点からの検討ができた。
 もちろん当たっている確証はないけれど、備えるに越したことはない。

『これで一段落ってとこか』

 ヴェルスがそう告げた時、すでに日は落ちてしまっていた。
 本当なら、屋敷で今日の報告会をしていた頃だ。最近個人で動くことが多くなっている天災一派では、朝と夜に全員で集まる場を設けている。
 私がいなかったら先に始めておいてくれ、とは言ってあるので、おそらく何の支障はないとは思うが、気になってしまう。

 この闘いの城から遠く離れたところに位置する屋敷のことに思いを馳せていると、ヴェルスの声が耳に入り、意識を引き戻された。

『それにしても、かなりの胆力だな、ユークライ』

「……恐縮です」

『複数の高位精霊を前にしてあんなに落ち着いてられるなんて、普通の人間には無理だぞ』

「元々ジンに会ったことがありましたし…………いえ、だから慣れているんでしょう」

 不自然な間に何を思ったのか、私に視線を送ってくるヴェルスに向けて、睨みを利かす。
 それに気付いた彼は、ニヤリと笑うと視線を逸らした。気色悪いことこの上ないが、殴り掛かるわけにもいかない。

 溜め息をつく私に、『あの』と弱々しい声がかかる。

『……何、悲哀』

 ビクビクと小動物のように怯えている彼は、唐突に席を立つと膝を折って頭を下げた。隣に座っていた精霊もそれに倣って、膝をつく。

『先日のご無礼、誠に失礼致しました。申し開きのしようもございません』

 震えながらも言い切った彼の言葉に、『あぁ』とあの日の出来事を思い出した。
 まだ未熟な彼の主、感情の精霊が、まだ己の力を把握しきれておらず、私がそれに対して苦言を呈したことを。

『"無礼"ってことは、あれが私に対して礼を欠いたと思っているの?』

『……左様でございます。ご足労頂いた上であのような醜態を───』

『問題の理解をしてから、謝罪はするべきだ。それさえも知らない、わからない、理解できてないんだ』

 語気を強めて、重ねるように言う。
 甘ったれた彼らに、少しでも先代の想いを伝えられるように。
 私には、無理かもしれないが。

『あんた達の問題は、主を御しきれなかったことにある。そもそも、あの子を自分達で教育すると言ったのは、あんた達自身だよ。それなのに、魔力操作さえあの子はろくに出来ない。───悲哀、あんたは前回からの生き残りで、ミュービを直接知ってる。だから余計に焦るのもわかるし、うまくいかないのも仕方ないっちゃ仕方ない。でもこの世界には、仕方ないからって許されないことが無数に存在する』

『……はい』

『もし必要であれば、私の方から教育係の派遣もする。でもそれには、あんた達からの要請が必要なの。わかる? ───わかったら座って』

『…………はい!』

 まだ震えている彼の声は、少し前向きな感情に彩られていた。
 どうやら、ちゃんと励ますことができたらしい。あの日のことをターフに話した時に、私が直接悲哀に言葉をかけるように、と助言されていたのだ。
 それに胸を撫で下ろすと、人相の悪い男が肩を揺らして笑う。

『ははっ、あの"天候"さんが、随分と丸くなったんじゃねぇの?』

『鬱陶しいなぁ。私はそもそも心が広いよ?』

『ほぉ。なるほどなぁ。惚れたやつの隣だからかっこつけて……っ、痛ぇなおい』

 余計なこと言うヴェルスに向かって、小さな雷撃を放った。
 かなりのスピードで発動したからか、青白く光ったそれを十分には防げなかったようで、苦笑混じりな梟の横で痛い痛いと言っている。

 が、しばらく騒げば満足したようで、無属性の回復魔法を自分にかけた。大したことない傷だろうけれど、無駄に完璧な魔力制御で行うものだから、もったいないように感じてしまう。

 ヴェルスはそれからオコトさんとジンさんに何か告げた後、私とユークライに目配せをする。
 何か話すのかと身構えると、ヴェルスはその凶悪な面でニカッと笑って言った。

『───アイカ、そしてユークライ。お前ら二人に任務だ。今から魔法学校に潜入、悪魔がいたら捕縛あるいは殺害してくれ』

『……は?』

 彼の放った言葉は、幾分かの拍を置いて理解することができた。けれど納得には程遠い。

 今、もうとっくに夜に入っているこの時間に、魔法学校に潜入しろと。おそらく場所は、さっき話に出た訓練用の森なんだろう。
 そこまでは、まぁわかる。相手に気取られる前に行動するのは重要だ。時には早計に感じられるタイミングでも、実は遅かった、なんてことはざらにある。

 でも、なんだって、ユークライと二人で。

「……失礼ながらヴェルス様。私は長く王城を空けられぬ身。今も無理を言ってここにいます。先日グーストにおわす大地の精霊の神殿に向かった際に、かなり言われましてね。しばらくは大人しくしていなくてはいけないのですが」

 言われた、というのは必ずしも好意的な諫言だけではない。
 自らを支持する貴族から、弟や妹を王に望む者から、純粋に彼を傷つけることを楽しむ傍観者から、自分を危険に晒したことを、色々と言われていた・・・・・・ことを、私は近くで聞いていた。

『じゃあ、一度王城に戻れ。そんで熱でも出したふりをしろ。アイカがお前を連れ出す。魔法学校は王城の近くなんだろ?』

『ちょっと待って。そこまでする理由ある? 別にこの会合がバレているわけでも……あっ、そっか』

 自分で口にして気付いた。

 間者がどこに、どの派閥に潜んでいるかわからない今、この場のことを知った精霊が悪魔に情報を流す可能性がある。
 もちろん、もしこれで悪魔が居てつい最近移動した痕跡があれば、私達がここに集まっていることを知っている精霊の中に、スパイがいることの証明になるだろう。けれどそれ以上に、直接悪魔を捕まえられることの方が重要だ。

 さっきユークライも話題にしていた、グーストでの一件で捕らえることができた悪魔もいる。
 が、なかなか口を割ろうとしないのだ。ここで新たな情報が少しでも入れば、何か進展に繋がるかもしれない。

「……熱を出したふり、ですか」

 私が黙って考えている間、ユークライは仮病について考えているようだった。

「実は今朝、ちょうど医者の往診がありまして」

『それは間が悪いな。……よし、じゃあそこの暴力精霊の魔力に当てられたってことにしろ』

『ちょっと、ヴェルス!?』

 明らかに私を小馬鹿にしているその言葉は、しかし内容が同意できるものだから、余計にイライラされるものだった。

 魔力に当てられる、というのは精霊からしてみればよくある現象だ。
 身体の魔素の割合が多い私達は、魔力の影響を受けやすい。だから、他の精霊の強い魔力に当てられると、頭痛や吐き気などの体調不良に見舞われたりする。
 人間はどうかというと、わからない、というのが答えだ。魔力を浴びすぎると体調を崩すことはあるらしいが、それが精霊でいうところの"魔力に当てられる"と一緒かは見当がつかない。

『精霊について詳しい者は少ないだろうし、追及されたら、自分にもわからないで通せ』

「…………このようなことを言うのは憚られますが」

『なんだ?』

 自分に意見する人間に、獣の精霊は鷹揚だ。
 相変わらず懐が深く、情に厚い。一度関わっただけの真っ直ぐなこの青年に、かなりの好感を抱いているのだろう。

「正直、私が随行する意味がわかりません。ある程度腕が立つとはいえ、私はあなた方精霊と比べると、脆弱としか言い様がない。道案内を頼むにしても、わざわざ私が出向く必要性は薄いのでは?」

『あぁ、それはな』

 ひどく簡単なことだと言いたげに、ヴェルスは言い切ってみせた。

『お前がいれば、アイカは中途半端な仕事をしないからな』







 暗がりの中、ぼんやりと光る電灯が木々を照らす。
 魔法学校の敷地内というだけあって、"森"という名称でありながらかなり整備されていた。さすがに貴族の子女に怪我をさせまくるわけにはいかないのだろう。

「……アイカ」

 ん、とユークライに向き直る。

 厳しい表情をした彼は、動きやすい紺色の服に身を包んでいた。その腰元には、細めの片手剣。
 基本的に彼には戦わないでもらう作戦だが、一応いつでも戦闘に入れるような格好をしてもらっている。

「もうしばらくしたら、最深部に着くよ。伝えてある通り、そこには小さな小屋がある」

『そんで、地下に倉庫があって、そこに潜伏している可能性が高い、と』

「あぁ」

 まだぎこちないが、十分会話はできるようにはなっていた。

『……じゃあ、そろそろ行くんだけど、手出して』

 最終確認を終えた後、ユークライに手を差し出す。
 彼は少し逡巡するが、すぐに握ってくれた。

『今から、姿を隠す魔法をかけるね』

 近くにいる悪魔に気取られないように、魔力が漏れ出ないようにしながら魔法をかける。

 いくつか重ねがけすると、若干魔力が減り、その代償として私達の気配が完全に消えた。といっても、足跡は残るし物にぶつかれば音がしてしまうから、油断は禁物だけれど。

 私が視線だけで合図をすると、ユークライは軽く顎を引いて進み出した。



 小屋に着くと、そこには悪魔の魔力がかすかに漂っている。

『……ビンゴ』

 口の中だけで呟いた。

 足を止めて、魔力感知の精度と範囲を上げる。

 どうやら小屋の中には見張り兼門番のような役割の悪魔が二名、地下には八名、合計十名がいるようだった。
 地下にいるやつらの中には、ひときわ魔力が強く多い悪魔がいる。魔力量からして、中級悪魔だ。大方そいつが指揮官だろう。

 さてどうやって入るかと思案し始めた瞬間、私達の真横を一匹の鳥が通り過ぎる。
 ……いや、鳥じゃない。鳥の形をした、連絡器具。

 その瞬間、私はユークライを引っ張って、鳥を迎え入れるために開いたドアに滑り込んだ。

「……!」

 ユークライが抗議するような視線を送ってくるが、それどころではない。
 鳥は自然に羽ばたくと、軽やかに門番の腕に乗る。と思うと、唐突にその姿を崩した。

 どうやら鳥の姿は幻術で映していただけのようで、本体は黒い立方体だけだ。
 それを手にした悪魔が、片割れに何か声をかけると地下へ続く扉に手をかける。

『……』

 ユークライに目で入ることを伝え、静かにその後ろに続く。
 彼が額に汗を浮かべているのは、おそらく悪魔への嫌悪感の表れなんだろう。だったら、できるだけ早く終わらせてしまいたい。


 正直バレるのではないかとヒヤヒヤしたが、どうやら彼らはかなり疲弊していたようで、こちらに気付く気配は一向にない。
 気怠げな空気が漂う室内には、いくつかの魔法具が無造作に置かれている。ここが拠点として使われていたのは、ほぼ確実だ。

『連絡か』

 指揮官らしき悪魔が、連絡用の魔法具を受け取る。

『……チッ』

 苛立って舌打ちをしたところを見ると、あまりよくない連絡だったみたいだ。可哀想に。


 地下の倉庫らしきこの部屋にいるのは、全部で五名。簡単に制圧できるだろう。
 隣の部屋には、三名。そして上に五名。
 彼らの魔力を見るに、おそらく呪の悪魔のようだ。今回は呪公さんがかなり派手にやっているらしい。

 まぁ色々考えても詮無いことだ。とりあえず、指揮官を倒せばどうにかなる。
 実力主義で上下関係の厳しい悪魔は、トップが倒れると途端に混乱するのだ。特に一撃であれば、なおさら。

「……」

 ぐっとユークライに手を引かれ、考え事をしていたからか下がっていた視線を上げると、さっきの悪魔が部下に指示を出そうとしているところだった。

『おい、さっき"角水晶"から連絡が───』

 ドカッ、と音を立てて壁が崩れる。

 駄目だとはわかっていても、思わず手が出てしまった。握りしめた拳に、パラパラと壁の残骸がこぼれ落ちる。

 本当なら、姿を見られずに先制攻撃をする予定だったが、仕方ない。
 そのふざけた呼び名に怒りが湧くのは、当然ことだから。

『……なっ、せ、精霊!?』

『初めまして』

 姿を隠すための魔法がその効力を失い、室内の悪魔の視線が私に向かって集まる。
 ちょっと段取りから外れてしまったが、幸いなことは、私にだけ注目が集まっていることだろうか。どうやらユークライには気付いていないようだ。

『なっ、どうやって、ここ、に……?』

『一度だけ聞くよ。ここと精霊界、どっちで尋問されたい?』

 私の問いかけに、戸惑いが怒りに変化したようだ。

 答えに代わって返されたのは、鋭い剣閃と閃光。
 殺気が殺到するのは予想通りだが、彼らが揃いも揃って私に攻撃するのはちょっと意外かもしれない。

 それら全てを軽く片手で払い、最も力の強い悪魔の首筋に、生み出した氷の剣を押し当てた。
 驚愕と恥辱にまみれた顔で睨んでくるのを、笑っていなす。

『……交渉決裂。もう魔界の土は踏めないと思いな』

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