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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

幕間: 母

 彼女の耳に、ラインハルトが目を覚ましたとの報が入ったのは、彼が王城に着く数時間前のことだった。

「レシア王妃殿下、イリスティア王妃殿下。ラインハルト殿下がお目覚めになられ、今王城へ帰られている、と」

 その一報を受け取った時、イリスティアと、姉のレシアを演じているリシアは、王城の会議室で書類に目を通していた。

 興奮気味に告げられた言葉が耳朶を打ち、情報が脳で処理され、ゆっくりとリシアは目を開く。
 予想外の喜びに言葉が出てこないリシアに代わって、イリスティアが嫋やかに微笑んだ。

「それは喜ばしいわ。ただ、きっとラインハルトは空腹でしょう。料理人に頼んで、何か滋養のある優しい食べ物を」

「はっ。畏まりました」

「報告ご苦労様。下がってよろしくてよ」

 イリスティアの労いに、連絡役を担った衛兵は退出した。

 部屋にいる人物が二人の王妃とその信のおける部下だけになった瞬間、リシアは崩れるようにして椅子に机にしなだれかかる。

「良かった、良かった……」

 両の目に涙を一杯にさせるリシアに、イリスティアがハンカチを差し出す。

「リシア、あそこは最後まで毅然と指示を出すべきでしたわ」

「は、はい。あの、ご迷惑をおかけてしてしまい……」

「よろしくてよ。あれくらい、造作もありませんわ」

 美しく笑みを浮かべるイリスティアは、泣き崩れるリシアを抱き寄せる。
 傾国の美女とも言われた彼女は、その完成された美貌に母性を滲ませながら、周りの部下に支持を出した。

「クリスト家に使いを出して。下手に刺激はしないように、人選には気をつけて頂戴」

「畏まりました。今すぐ手配致します」

「宰相にも連絡を。あぁ、わかっているとは思うけれど、下手に知る者が増えないように用心するように」

「お任せください」

 それから何人か部屋の人員の入れ替えがあったが、その間もリシアは泣き腫らしていた。

「あらあら。すっかり目が赤くなってしまってるわ」

「うっ、ごめ、んなさい」

 嗚咽を上げるリシアの頭を、イリスティアはそっと撫でる。
 いつもなら滑らかなダークブロンドの髪は、連日遅くまで働き詰めのせいか、光沢を失っていた。それでも絡まったりしないのは、彼女の部下の努力の賜物だろう。

「……リシア。あなた、少し仮眠を取った方がいいわ」

「ご、ご心配には、及びません。まだ、働け、ます」

 しゃくり上げながらも、リシアはきっぱりと告げる。

「それに、姉さんなら、もっとできるはずですから」

 そう言って弱々しく笑うリシアに、イリスティアは思わず息の呑んだ。



 ウィンドール王国最大の武家、ケーシー公爵家の白百合と呼ばれたレシア・ケーシー。
 王妃となった彼女に双子の妹がいることは、実は世間には知られていない。というのも、一部の地域では依然として"忌み子"のような扱いを受ける双子という存在、そしてそれ以上に、初代のケーシー公であるリレア・ケーシーが自らの双子の息子の片方を影武者としていたことに倣い、リシア・ケーシーの存在は秘匿されていたからだ。

 それによって、悪魔に依り代にされ、今尚眠っているレシアの穴を埋めることができている。王室に嫁いだ公爵令嬢が悪魔のせいで倒れた、という衝撃的な出来事を公表する必要がなかったのは、双子の父親である先代のケーシー公爵の功績かもしれない。

 が、それによって妹のリシアが深く傷ついているということには、果たして何人が気付いているのだろうか。

 共に魔法学校───当時はまだ魔法大学が独立しておらず、魔法学園という名称だった───で学んでいた時分、それよりもずっと前から、リシアは姉の代替品としての役割を期待されていた。
 姉ができていることは当然のようにできなくてはならないという足枷に苦しめられていたリシアを救ったのは、奇遇にも当時王太子だった現国王ハーマイルだった。



 懐かしい、とイリスティアは表情を和らげる。

「覚えていらっしゃるかしら。あの時のこと」

「イリスティアさん…?」

 涙に濡れた双眸で自らを見る不安げなリシアの頭を、イリスティアは少し乱暴に撫でた。

「まだ魔法学園に通っていた頃の話。わたくしが、陛下とお話していた最中のことでしたわ。突然席を立って、泣き声か聞こえる、なんて言ってどこかへ行ってしまわれるんですもの。文句を言う前に、唖然としましたわ。そうして慌てて付いていけば、わたくしの最大のライバルであるレシアとそっくりの貴女が泣いていらっしゃって。あの時は心底驚きましたわよ」

「あぁ……。懐かしいです」

「目の前に現れた陛下を見て、貴女は混乱したのか、色々変なことを口走られて。そうして最後に、『姉さんならもっとできる』って」

 もう戻れない学生時代に愛惜にも似た感情を抱きながら、イリスティアは言葉を紡ぐ。

「そこで陛下が仰られた言葉が、本当におかしくって、もう」

 思わず笑みをこぼしてしまったイリスティアに釣られて、リシアも笑顔になる。

「「そんなに"姉さん"は大した人間なのか」」

 同時に声が重なり、二人は堪えきれないというように吹き出した。
 それは、先日の王城襲撃から初めて二人の王妃が、心から響かせた笑い声だった。



 しばらくして落ち着いたイリスティアが、にっこりと笑いかける。

「『そんなに"姉さん"は大した人間なのか』。惜しいわね、ここに陛下がいらっしゃったら直接言ってもらえたのに」

「私なんかのために、そこまでして頂くなんて恐れ多いです。私は陛下に……」

 言い淀むリシアは、心配するイリスティアに気付いて、ぱっと顔を明るくした。

「ありがとうございます、イリスティアさん。この仕事を終えて、ラインハルトのところに顔を出したら、少し休ませてもらいます。イリスティアさんもあまり無理をなさらないで」

「……えぇ」

 さぁ、ともう四十も超えているのに張り切って掛け声を言ったリシアを見て、イリスティアはぐっと拳を握る。


 ───わたくしが言えたことではない。それでも、わたくし達の中で誰よりも陛下のことを想っていた彼女が、誰よりも尊敬する姉のために、その想いに蓋をしなくてはいけなかったなんて。


 イリスティアは沈みそうになる気持ちを振り払うと、再び書類を手に取った。








「サーストン様、イリスティア王妃殿下がお見えになっています」

 その衛兵の言葉に、第三王子サーストン・ウィンドールは眉を顰めた。

 元婚約者であるアマリリス・クリスト、彼女を愛し子とする天災の精霊の怒りに触れた彼は、王子としての地位を剥奪されることになっている。
 今は王城襲撃もありその手続きが止まっているが、そんな危うげな状況で、血の繋がった軟禁されている息子に会いに来るほど、イリスティアは愚かではない。

 それを知っていてか、あるいは純粋に不快に想っただけなのか、その真実はわからないが、サーストンはたっぷり四拍ほど置いてから、通すように言うのだった。




「久しぶり、サーストン」

「お久しぶりです、母上。どうされましたか」

 忙しいはずなのにその端麗な容姿に一切曇りのないイリスティアは、勝手知ったるふうに息子の座る椅子の反対側のカウチに腰を下ろす。
 そして、渋る兵や侍女達を説得し二人っきりになると、サーストンに向かって挑戦的な笑みを浮かべた。

「ラインハルトが目を覚まして、王城に帰ってくるそうよ」

「……それをわざわざ俺に言いに来たんですか?」

「まぁ。実の母になんて口を利くのかしら」

 扇子で口を隠しながらコロコロと笑う母親に、サーストンは苛立ちをぶつける。

「用がないなら帰ってもらいたい」

「そう言わないで頂戴。……焦っているの? お仲間さんから絶対に目覚めないと言われていたのに、兄が起きてしまったから」

「……言っている意味がわかりません」

「本当にわからない、という顔ね。だったら良いわ。それより、貴方はこの部屋から出れないはずだからラインハルトが倒れていることも知らないはずよ。詰めが甘いわね」

「くっ……」

 しまった、と悔しそうに顔を歪めるサーストンは、あの婚約破棄騒動の時と比べると、かなりやつれていた。

 父親と母親、それぞれのいいとこ取りで美男子と言われていた彼だが、さすがに二週間ほど狭い室内に閉じ込められていたから、多少は参っているのだろう。
 それを感じ取ったイリスティアは、あえて彼の神経を逆撫でするように楽しそうな表情を浮かべる。

「それでサーストン。わたくしに全部話す気にはならないのかしら?」

「……話せることは全て話した。もうありませんよ」

「あら」

 イリスティアがキョトンとしているのを見て、サーストンは更に苛立ちを募らせる。

「俺は、あんたらが言っている裏組織とは繋がりはないです。襲撃の手引きもしてない。以上だ」

 乱暴に言い放つその様子に、母親は溜め息をついた。

「いつからそんな粗暴になったのかしら」

「……俺を馬鹿にしてるんですか」

「馬鹿にしてはいないわよ。貴方の行く先を憂いているの」

「随分と大それた、わかりやすい嘘をつくんですね。耄碌したんじゃないですか?」

「そう言っている貴方こそ、わたくしを軽んじているのではなくて?」

「……そう感じるのは、あんたの中にそう感じる原因が存在するからじゃないんですか」

 かすかに震えながらもニッと口角を上げるサーストンに、イリスティアはパチンと扇子を閉じるとぐっと身を乗り出す。
 それにサーストンが反応するよりも速く、豪奢な羽がふんだんに使われている扇子で彼のおとがいを捉えると、彼の顔を覗き込みながら獰猛で妖艶に微笑んだ。

「図に乗らない方が身のためよ。いいこと、お前に助けはもう来ないの。一部の人間が焦れてお前を攫う前に、大人しく白状なさい」

「……っは、新たな情報が手に入らなくて、手詰まりになってるってことは知ってんだ。俺が口を割るわけないだろ」

「虚勢だけは人一倍なのね。……我が息子ながら、可愛くない」

 ふふっ、と上品に笑ったイリスティアは、ぱっと扇子をどかすと、元のようにカウチに座り込んだ。
 サーストンはその様子に、こっそり息をつく。実の母親でありながら、自分に対し敵意の込もった笑みを浮かべているイリスティアに、彼はかなり気圧されていた。

「あなたが話したくないのならいいわ。……ただ、貴方や貴方のお仲間さんが考えているよりも、あの子・・・は愛されているのよ」

「……あの子って、まさか"魔女"のことか?」

 嫌悪感を露わにしながら、サーストンは顔を歪ませる。

「あんなやつが愛されているなんて、本気で言っているのか?」

「むしろ長い間隣にいて、彼女に向けられる愛に気付けなかったのなんて言わせないで頂戴。腐ってもわたくしの息子でしょう?」

「愛? 嘲笑や哀れみの間違いじゃないのか」

 自らの発言に一切の疑問を感じずに言い切ったサーストンに、イリスティアは再び溜め息をついて扇子を開き口元を隠す。

「……嘲笑を受けて哀れみを向けられるのは、貴方よ」

 息子に送った視線には、愛情よりも憐憫と失望感がこもっていた。

「王位継承権剥奪の手続きが済んだわ。まだ王家からの除名は先になるとは思うけれど、結婚も許されないでしょうね」

「……は?」

「あれだけの騒ぎを起こしたのだから、当然だわ。いえ、軽いほどよ。確固たる証拠もなしに公爵令嬢を断罪したのだから」

「待て。アマリリスは確かに犯罪を犯した。証拠もあったはずだ」

 言っている意味がわからない、と言いたげなサーストンに、イリスティアはただ冷たい視線を送るだけだった。

「犯罪? 刑法をしっかり読んだことはあるの? あなたが提出してきた書類に記されていた彼女が行ったことの内、きちんと物的証拠で証明されているのはたった三つのみ。一つは、『婚約者のいる異性にみだりに近付かないように』という趣旨のメモ。あなた達はそれが脅迫だとか恐喝だとか言っていたけれど、これは常識的な助言よ。二つ目は、魔法学校の校外学習の際に一人だけ違う列車の切符を渡され、危うく国外まで行ってしまうところだったそうね」

「これは明らかに犯罪だろ。指示書も見つかって───」

「その指示書、違和感があって調べさせてもらったわ。『ララティーナ・ゼンリルという女子生徒が、下記に記す男子生徒と同じ車両にならないように手配を頼む。その際に発生する料金に関しては後程魔法学校生徒会まで請求するように。生徒会副会長アマリリス・クリスト』。あなたは知らないかもしれないけれど、これを受け取ってララティーナ・ゼンリルを国外行きの列車に乗せようとしたのは、鉄道を運営する商会の過ぎた忖度のせいだったわ。
 そもそも、彼女が元々言い寄っていた男子生徒と違う列車に彼女を乗せようとしたのは当然の対応だったのよ。貴族の生徒に対する生徒を全てあの子に押し付けていたあなたは知らないだろうけれど、一部の女子生徒やその兄弟から苦情と嘆願が生徒会に来ていたのよ。『婚約者が子爵令嬢に誑かせれている。生徒会でどうにかして欲しい』と」

「……それが犯罪をしていい理由に」

「わたくしがまだ話しているわ。口を閉じていて頂戴。元々魔法学校の生徒が乗る予定だった列車は、ちょうど被ってしまった他国からの視察団がいたことで、全員乗れなくなってしまったそうよ。それによって、生徒は二組に分けられてそれぞれ違う車両に乗ることになったわ。
 商会はこの時、あの子からのお願いを思い出し、一部の男子生徒……貴方を含む愚かな青二才達と、彼女を違う列車にしたらしいの。その手続きの際に、問題が発生したそうね」

 そこで言葉を切ると、王国中の女性の頂点に立つ王妃の片割れは、自らが産んだ王子を嘲笑した。

「それを起こしたのも貴方。……どうやら、一人にしたら他の女子生徒から虐めを受けるから、自分と同じ車両に乗せるように喚いたそうね」

「生徒会長として全ての生徒が快適に過ごせるように務めるのは当然だ」

「……呆れたわ。わたくしの話を聞いていたの?」

「聞いていたに決まってる。その上で言っているんだ」

「もう口を閉じて頂戴。不快だわ。……話を戻すけれど、王家に連なる貴方が騒いだことで、商会側は何かしらの対応をしなくてはいけなくなったわ。それによって、彼女を別の列車に乗せる係の者が途中で駆り出され、中途半端に伝言を残したそうよ。『別の列車に乗せろ』とね。ここまで聞けば、さすがの貴方でもわかるでしょう?」

 サーストンは反抗的な目をしながらも、掠れる声で低く呻いた。

「伝達ミスで、ちょうど同刻に出発する国外行きの列車に乗ることになってしまった……」

「そういうことよ。少し調べたらわかるというのに、貴方はその努力さえ怠った。手に入れた情報の正しさを盲信するなんて、王族として有り得ないわ。まぁこれで理解できたでしょう、今のところ貴方があげつらった二つの罪は、罪とはいえないものだと」

「……それでも、まだあんたが触れていない三つ目が存在するだろ。───アマリリス・クリストは、嫉妬に駆られてララティーナ・ゼンリルを殺害しようとした。確固たる証拠が裏付けしている。それはどんなに足掻いても、変えられない事実だ」

 圧倒的に叩きのめされたと思った後で、切り札であるようにニヤリと笑うサーストン。

 それもそのはず、今彼が口にした事件では、アマリリスが直筆で書いた指示書が見つかっているのだ。

 ララティーナが王都に買い物へ行く際に、彼女が不埒者に襲われたという出来事があった。無事、同行していたサーストンが返り討ちにしたものの、彼女が一人であれば太刀打ちできた数ではない。
 それを指示したのが、サーストンの婚約者であったアマリリス・クリスト。自らの愛する人を奪われた恨みや憎しみからの犯行であることは明らかだった。

 この事実は公にはされてはいないものの、貴族の中には知る者も多い。中には、これを堅実なクリスト公爵家の力を削ぐ絶好の機会だとほくそ笑む輩もいる。
 それほどに、この事件は醜聞であり、紛れもない事実であった───はずだった。

「可哀想に。この事件は立証されてないことを、知らされていないのね」

 自室に軟禁されている目の前の王子との内通者である疑惑がある面々を思い浮かべ、その幾人かを消していく。

 なぜなら昨晩、王都にある王立裁判所で全ての高位法務官の立ち会いのもと、アマリリス・クリストの潔白が証明されたのだから。

 忌み子とされる色を持ちながらも、社交界で輝き続けた若き華。
 表立って攻撃する者も擁護する者もいないアマリリスには、隠れる敵対者がいるように、密かな信奉者も存在した。その珍しい色彩と身から溢れ出る気品を以て、人々を魅了していたのだ。
 そんな彼らと、アマリリスを愛する精霊の協力があれば、捏造された罪の真実を暴くことは容易い。

「アマリリス・クリストは無罪。このことは、王立裁判所にて証明されたわ」

「なっ……」

「虚偽の奏上により、王妃であるわたくしのみならず陛下をも謀った。……その罪は重くてよ、サーストン」

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