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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

60話: 挨拶回り 1

※アイカ視点です。








『ターフは引き続き留守を。アスクはヴェルスのとこ行って。心配してたみたいだから。あ、ナツミ。アスクについて行ってね。まだ本調子じゃないみたいだから』

『承知致しました。急ぎの連絡があればお伝えしますぞ』

『ヴェルスさんかぁ……。酒でも持っていった方がいいか?』

『アスク、おやめなさい。そこで酒盛りになったら、"獣"の方々に恨まれますわよ』

 屋敷に戻った私は、慌ただしく再び外出の用意をしていた。

 界渡りから屋敷に転移した瞬間、ナツミがボロ泣きしながらアスクに抱きつくなどのイベントはあったが、それをからかっている暇もない。一応、軽くおちょくりはしたが。

 対悪魔戦への、全精霊での会議。
 私とヴェルスの連名で招集をかけたそれは、自分で言うのもなんだが、かなりの強制力と影響力を持っている。この会議で話し合われることは、七割ほどが次の第六次対悪魔戦に反映されるだろう。

 会議のために、私は予め根回しや資料の作成、作戦の立案などをしなければならなかった。
 作戦の立案は、元々専門家が考えているから大丈夫だが、根回しは誰かに丸投げすることもできず、自分自身でやるしかない。

『アイカ様、"感情"の方を訪ねた後、"闘い"の方のところへ?』

『そうだよ。なんで?』

『いえ。ふと、"武器"の方とお会いするのかしらと思いまして。自分の彼氏に最上の加護を与えている精霊に会いに行くのはどんな心情なのか、気になっただけですわ』

 ……ナツミ、さっきいじったの怒ってるみたいだ。
 私がそれに何か言い返す前に、アスクが転移魔法を発動させる。久しぶりに目を覚ましてまだ呪いも完治してないのによくやるなぁとか、タイミング絶対測ってたなぁとか、色々頭の中を駆け巡る。

『アイカ様、そろそろ行かれた方が』

『そうだね。いってきまーす』

『いってらっしゃいませ』

 そう言って軽く礼をするターフの姿が一瞬掻き消え、軽やかに鈴の鳴る音がする。

 そこはもうすでに、感情の精霊リューリとその配下が住む大きな城、クリスタルだった。

『相変わらずでかいなぁ……』

 山に沿って造っているから通常よりも階が多いこの城は、確か十階以上はあったはず。
 それでいて、ふんだんに水晶が使われているため、無骨だったり木偶の坊のような印象は与えない。

『……よくぞ、お越し下さいました』

 見ると、一人の精霊が私に向かって礼をしていた。

『天災の君よ、我らが主がお待ちです。ご案内致します』

 恭しく言ってくれるこの精霊は、どうやら中位精霊のようだった。
 直属の部下が少なく、その彼らの大半が気ままに放浪しているため、リューリは中位精霊と主従関係を結んでいる。

 その精霊について城に足を踏み入れると、そこには慌ただしさが溢れていた。

 書類を抱えて走る者、連絡用の魔法具に向かって怒鳴りつける者、紙に何やら必死に書き付けている者。

 忙しそうだな、と眺めていると、その中の一人がこちらに気付いて、礼をしようとする。私はそれを押し留めると、案内役についていく。

『申し訳ありません。時期が時期ですので、皆多忙からご挨拶もできず』

『いいよ。大丈夫』

 何度も来ている場所だから、勝手知ったる私は歩き出す。



 エレベーターもどきを使って最上階まで向かうと、重厚な黒っぽい木材で作られた扉の前まではすぐだ。
 水晶で二対の美しい精霊の姿が描かれたそれの前には、槍を持った衛兵らしき者が立っている。厳しい視線を向ける彼に、案内役が声をかけた。

『天災の君をお連れした。開けてくれ』

 その言葉に頷き、扉を開く。
 ギィと重々しい音を立てて開いたその先にあったのは、威圧感とは程遠い光景だった。

 大きな薄水色のクッションの上には、無数のぬいぐるみが置いてある。様々な動物や伝承上の生き物、色々な職を模した人間の人形。
 普通の小さなクッションもたくさんある。パステルカラーのそれらは、星型だったり円形だったり。

 それらに埋もれるようにしていたのは、一柱の精霊。

 自然に存在しているとはおおよそ考えられないほど美しい紫紺の髪は、軽く波打ち肩上で切り揃えられている。
 桃色の双眸は、奥に何か眠っているのではないかと思わせる、不思議な引力を持っていた。

 けれど、容姿はひどく平凡。これで色が茶だったら、街ですれ違ってもすぐに忘れてしまっていただろう。

 それでも、並大抵の者では抗えない強大な力を持っているのが、第二位精霊という存在だった。

『…………だぁれ?』

 甘ったるい声が、鼓膜をふるわせる。それに魅了され、意識が持っていかれそうに───はさすがにならないが、私でなければ危なかった。
 現に、案内役の精霊はカッと顔を赤らめて逸らしている。


 感情を司る精霊。
 その魔力には他人の心を揺さぶり、その隙間に潜り込む能力がある。

『おいたが過ぎるようで、リューリ』

『…………ん?』

『魔力を垂れ流すバカが"四柱の精霊"が一人、感情の精霊だなんて、精霊界も随分落ちぶれたようで』

『……アイカ、か。相変わらずの毒舌だね』

 そこでやっと私に気付いたようで、視線の合っていない・・・・・・・・・瞳をこちらに向けてくる。

『魔力を抑えているから、わからなかったじゃないか』

『魔力感知が下手過ぎるだけでしょ。───で、時間が勿体ないから言うけど、部下の手網くらいちゃんと握ってくれない?』

 軽く圧をかけるつもりで身体から漏れ出る魔力に量を増やすと、さっきまで赤面していた案内役の精霊が、顔を真っ青にする。首から上の色を変えるのが得意なようだ。

『話している内容が、いまいちわからない』

『あ、そう。───じゃあ帰る。全く、十年ちょっと空けただけでこんななんてね』

 私が背を向けて扉に手をかけようとすると、焦ったような声がかかる。

『お、お待ち下さい! 本日は、迫る会議に向けてのお話をなさると伺っております…! せ、僭越ながら、そのお話はまだ出来ていないのではない、で、しょうか……』

 案内役の彼の声が尻すぼみになったのは、私が睨みつけたからだ。
 可哀想に、縮み上がって涙目になっている。そんな状態でも逃げ出さない度胸は、褒められたものだろう。

『……大方"悲哀"辺りから私を怒らせないように言われたんだろうけど』

 予想が当たっていたのか、彼はビクリと肩を震わせる。

『私のご機嫌取りをする前に、自分の主の教育をしたらどう?』

 あ、と抜けるように声を出すと、彼は一歩下がる。
 もう面倒だからここで転移魔法の陣を描こうかと思ったその矢先だった。

 ちょうどこの騒ぎに気付いたように、扉が開かれ、仕立ての良い服を着た若い男の姿の精霊が入って来る。灰色の髪に灰色の瞳、くすんだ肌を持つその青年は部屋の中を一瞥し、私を見るとその場に膝をつく。

『ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。天災の君におかれましては、益々御健勝のことと……』

 彼が自分の行く手を阻んだことに、思ったより腹が立ったみたいだ。私は彼に、冷たい声を投げつけた。

『遅いよ、"悲哀"。そこの彼にも言ったけど、そんなことをする暇があったらこのぼんくら主を叱りつけたら? 私はあんたら主従のせいで、貴重な時間をかなり失ってる。災害を司る私が。───この意味が理解できる?』

『……誠に、申し訳ございません』

『謝罪よりも解決策の方が欲しいけど……。まぁいいよ。こんなのを先代に見られたらどう思うだろうね、ってだけ言っておく』

『っ!! ……天災の君よ、どうかご容赦下さい。リューリ様はまだ幼いゆえに……』

『そうだね。だからお前がいて、他にもたくさんの者がいるんでしょ? それら全員でもこの事態を防ぐことができなかったというなら……別の問題になるよね』

 ぐっと唇を噛む悲哀。
 自分でも意地悪い言葉だとわかっている。それでも、八つ当たりのような言葉は口をついで出るのだった。

『"感情"の権威は恐ろしい。使い方によっては、私の"天災"よりも危険だ。それを心得ていないとは言わせない』

『……どうか、どうかお許し下さい。罰を下すとしても、どうかわたしだけに……』

『…………アイカ。ボクが何かした?』

 そんな時、口を挟んだのは渦中のリューリだった。
 悲哀がやめて欲しいと表情で訴えるが、その目に何も映せない彼女が気付くはずもない。

『アイカ、怒ってるよ。何かいやなことでも……』

『あったよ。ヴェルスも、アスクも、きっとテマもオーケティウスもステラも……そして誰より私が、怒ってる』

『ボクのせい、なの?』

 素直に尋ねられたその問いかけに、私は脈絡を無視して、義務的にリューリに連絡事項を告げる。

『知っているだろうけど、十二日後に全精霊を招集した会議が行われる。西の長として、最低限の義務は果たしてもらう』

『……ねぇアイカ。ボクは間違えたの? 間違えたなら教えて欲しい。ボクはあの人みたいにならなくちゃいけな───』

 その言葉は、最後まで聞こえなかった。
 途中で思わず、転移魔法の陣に魔力を込めたからだ。




 今日で何度目かの鈴の音が耳から消えた時、そこは無骨な城の前だった。
 城、というよりは砦だろうか。ゴツゴツとした肌のその建築物は、いかにもといった外見だ。

 心の中に残るわだかまりを押し殺し、私が歩みを進めようとすると、私の魔力を感知したのか、目の前に精霊が転移してくる。

『……あぁ、ジンさん』

 武器の精霊である彼が精霊界にあまりいないのは有名な話。
 が、考えてみると、会議が迫った今精霊界に戻ってきているのは、何ら不思議ではない。

『久方ぶりですな、アイカ殿! 軍師殿から、貴女様を案内するように言われましてな。はっはっはっ!』

『時間が惜しい。イラトアにはすぐ会える?』

『勿論! 転移魔法でよろしいですかな?』

 私が首肯すると、既に描き終えていたらしい魔法陣を発動させる。

 再び視界が真っ白に染まり軽やかな鈴が鳴ったかと思えば、そこは無骨な会議室だった。
 色の濃いマホガニーらしき縦長の机には、かなりの魔力を持った精霊達が腰掛けている。彼らは全員、上座に座る鋼のような男の配下だ。

 金属のような銀色の髪と瞳を持つ男は、鋭い眼光を私に向けてくる。

『……すわっ、いや、ひさし…あ、と、とりあえず席に……』

 険しい顔は崩さないままどもる主に代わって、隣に座る老女が立ち上がり、周りの面々にも起立するよう合図をかける。
 流石武闘派、一糸乱れぬタイミングで同時に席を立った。

『天災の方、ようこそおいでなさいました。ご足労、誠に感謝に絶えませぬ』

 そういって悠然と笑みを浮かべる老女───戦術の精霊オコトは、私にゆったりと席を勧める。

『ありがとう。オコトさんが元気そうで何より』

『わたくしめなんぞを心配して下さり、嬉しい限りでございます。ささ、お茶でもどうぞ。……イラトア様、いい加減おやめになって』

 まだ私になんと声をかけると考えあぐねていたらしい闘いの精霊イラトアは、やっとその言葉で思考の海から浮かんできたようで、ぱちくりと目を瞬いていた。

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