【旧版】諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

幕間: 淡紅色の瞳 2

「……参ったな。わからんぞ、これ」

「私もお手上げですな。精霊術師であるヴィンセント様であれば、と思いましたが」

「魔法の類は感じられない。となれば、自然とこうなったんだろうが、医学的にそれも考えられないっつーことか。……どうする?」

 いくつか探知魔法を使ってみたものの、呪いや変装魔法は見つけられなかった。

 呪いに関しては文献でしか知らないが、変装魔法に関しては自分で使ったこともある。骨格を変えたりするのはかなり難しいが、瞳の色はかなり簡単に変えることが可能だ。
 しかし、変装魔法は割と見破りやすい。もしアマリリスが使っていたり、使われていたら、絶対に気付けるはず。

「……あ、あの」

 ケークスさんと二人で唸っていたら、エストレイから声をかけられる。

「アマリリス様から、強い魔法の残滓を感じます。その魔法が何か知る方法はありませんか?」

 その突然の言葉に、一瞬固まってしまう。魔法の残滓を感じるのは、ある程度魔法に精通する者ならできるが、この場で俺以上に残された魔力を感じられる人物はいないはずだ。
 そんな俺には感じられなかったが、彼女がでまかせを言っているようには見えない。
 正直言えば魔力感知は苦手だし、ここは信じて試してみてもいいかもしれないな。

「あるっちゃあるが、専門の魔法師じゃないと詳しいことはわからないな。俺だったら、属性くらいしかわからないが」

「それでもやってみた方がいいんじゃないか、兄さん?」

 レオナールの言葉に頷いて、俺は魔法の用意をする。

 そこそこの難易度であるこの魔法は、成功確率を上げるために媒体を使う場合がある。一部のプライドの高い魔法師は使いたがらないが、道具を使うことに抵抗のない俺は、使えるものはなんでも使う主義だ。

 魔力の含有量がかなり多い鉱石を、アマリリスの周りに正八角形になるように配置する。一つ一つはそこそこ高価で経費からは落とせないが、まぁ自分のお小遣いから出せばいい。

「一応言っとくが、魔法陣とその石には触るなよ」

「了解です、兄様」

 全員を代表して、シルヴァンが答える。一番年下に見えるが、果たしていいのだろうか。

 まぁそんなことを気にしてもしょうがないので、さっさと魔法に取り掛かる。
 懐から取り出した杖を手に持ち、魔力を込めると、魔法陣が光を増していく。魔力が幾分か持って行かれるが、精霊魔法だからそこまでではない。

「……これが、精霊魔法」

 ポツリと呟いたのは、エストレイだった。
 俺の周りに白い光が舞っているのを、キラキラとした目で見ている。精霊術師は希少だから、初めて見るんだろう。
 属性魔法は誰でも使えて特に変な現象が起きるわけでもないが、精霊魔法は術者が使役する精霊が漏れ出た魔力で発光する。精霊魔法が幻想的だと言われる所以だ。

「見るのは初めてか?」

「うん……あ、申し訳ありません。はい。初めて、見ます」

 謝りながら俺の方を向いてこそいるが、視線は精霊に釘付けなその様子に、アマリリスを思い出して俺は頬を緩ませてしまう。
 初めて精霊魔法を見た時のアマリリスは、話しかけても反応しないほど食い入るように見ていた。まだあれは、三歳くらいの時だったか。俺もまだ小さかったから大した魔法は使えなかったが、嬉しそうなアマリリスを見て、自分まで嬉しくなったっけ。

「いいよ、無理に敬語で喋らなくて。もう察しはついてると思うが、身分ほど俺は箱入りってわけじゃないんだ。周りにうるさい大人がいない時くらい、砕けた話し方をしてもらって構わない」

「え……ですが……」

「遠慮すんなって。……よし。そろそろ魔法を発動する。しばらく話しかけないでくれ」

 いつまでも話していたら、一向に事態は解決しない。戸惑っているエストレイにレオナールが何か説明しているが、まぁあいつなら変なことを吹き込んだりしないだろう。

 魔法陣に蓄積させていた魔力に、一つの出口を与える。万が一にも失敗しないように、いつもよりは発動速度を遅く設定した。
 その甲斐あってか、常時であれば一つや二つある誤作動などもなく、正しく魔法は展開される。普通は属性魔法であるこれを、精霊魔法で行うことで効率化している、という側面もあるが。

 アマリリスの身体の上に、一つの白い光の球が浮かび上がった。ここに示される模様から、対象であるアマリリスにかけられた魔法の詳細が分かる仕組みだ。

「……エミー、メモしてくれ」

「畏まりました、若様」

 突然の無茶振りにも応えてくれるエミーは、紙を持って俺の横に控える。品質はそこまで良い物ではなさそうだったが、後で俺が読めればいいわけで、別に高望みはしない。彼女の私物だったら、後で補填してやらなきゃな。

 貴族の子女に比べれば満足な教育とは言い難いが、孤児でありながらもエミーは読み書きや計算ができる。ある程度格式高い家出身の者が我が家の使用人には多く、仕事の合間に彼らから学んだらしい。その上昇志向には、俺も見習うものがある。

「……さて。えー、時間は数時間前。二時間から五時間前のいつかだな。属性は……おいおい、冗談だろ……」

「若様…?」

「あぁ、気にするな。属性は、火、水、無、光の四つ。複合魔法」

 俺のその言葉に反応したのは、ケークスさんとレオナールだけだった。ケークスさんは片眉を上げただけだから、表に出る反応をしたのはレオナール一人のみ。

「四属性……。有り得ないよ! 四属性の複合魔法の使い手は、今ウィンドール王国にいないはずなのに」

「いや、居ることには居るんだ。筆頭精霊術師のソフィア女史を知ってるだろ? ただ、彼女はかなり高齢だから、アマリリスに接触するのは不可能なんだ」

「……ヴィンセント兄様。四属性の複合魔法は、そんなにも難しいのですか? よく、二属性の複合魔法などは見かけますが」

 シルヴァンの問いかけに答えたのは、レオナールだった。

「何言ってるんだ! 四属性の複合魔法を使えたら、それだけで国防の切り札になれるほどなんだぞ。難易度で言えば、同時に六頭の暴れ馬を操るほどとか、それ以上とか言われている。歴史上にも、自在に四属性の複合魔法を使えた魔法師はほとんど存在しない。今ご存命の魔法師であれば、近隣諸国含めて、公開されているのがたったの三人。非公開でもう数人いるとしても、両手の指で足りちゃうくらいだぞ。しかも、それでも杖や媒体の補助がないと難しいんだ。魔法技術が昔より進んだ現代でもこれ。でもかの高名なブルクハルト魔法伯やセウェルス将軍は、自ら新たな複合魔法を開発するほどだったんだ。今現存する三属性以上の複合魔法は、そのほとんどが彼らの開発したものなんだよ。特にブルクハルト魔法伯は、精霊魔法も組み込んだ五属性の複合魔法を創り出したと言われていて───」

「はいはいレオナール、一回止まれ。物凄く興味深い話だが、一回止まれ」

 興奮を必死に抑えるように、けれど早口になりながら話すその様子に、いつかのアマリリスが重なって見えた。
 なんでこういうところが姉に似たんだろうな、と半ば呆れながら考える。俺とシルヴァンは、こういうところはないんだけどな。

「えっと、要するに四属性の複合魔法は、考えられないくらい難しいってことでいいんですか…?」

「まぁ、簡単に言えばそうなるか……」

「アレックスさん、まとめありがとうございます。レオナール兄様も、ご説明ありがとうございました。……ということは、アマリリス姉様に四属性の複合魔法の痕跡があるのは、おかしいということですか?」

 そういうことだ、と言おうとした矢先、少し低めのよく通る声に遮られる。

「おかしくない。僕がやったからな」

 扉の近くに立っているのは、黒髪に橙の瞳の、どこか人を寄せ付け難い雰囲気を持つ王子。

「ラインハルト殿下…? なんでここに」

「魔法が使われたのを感じたからだ。ライルに止められたから、それを説得するのに時間がかかってしまった」

 ケロッと告げるラインハルト殿下の手にはインクが付いていて、さっきまで書類仕事をやっていたことを伺わせる。ずっと昏睡してたから、未決済の仕事が溜まっていたんだろう。

 病弱という設定の第二王子には、そこまで大きな仕事が回ってくることはほとんどない。彼が担当しているのは、新たな魔法具の開発や実地試験、民間への導入などだったはず。その部門は扱っているものがものなので、急な仕事はあまりないと聞いている。
 それでも二週間ほど放っておけば、しばらく缶詰になるのもおかしくない。

「……あ、ヴィンセント様」

 部屋に入って来たラインハルト殿下の後ろにいたのは、相変わらず苦労性な顔をしているライル。優しくて気遣いができる雰囲気と言えばいいが、何かと苦労人なやつだ。

「お、ライル。お疲れ」

「どうも。本当に疲れますよ……」

 年齢が近く立場も似ている俺とライルは、何かと話したりすることが多い。魔法学校でも、二学年ライルの方が下ではあったが、同じ生徒会に所属していた仲間としてよく話していた。

 多分ラインハルト殿下を止めようとして、結局失敗したんだろう。まだ若いというのに、疲れきった声を出している。

「あ、ライルさん。お疲れ様です!」

「お疲れ様です」

「アレックス、エストレイ。約束を破るような大人になるなよ、頼むから……」

 かなり本気度の高いその言葉に、声をかけられた二人は互いに顔を見合わせる。多分、執務が終わるまでアマリリスを見舞いに行かないと約束していたのに、殿下が勝手に出てきたことに対しての、この台詞なんだろう。
 天井を見上げ嘆息するライルに、エミーが冷たい水を渡し、ケークスさんが自分の隣の椅子を勧める。それと対照的に、ラインハルト殿下は俺の方へ真っ直ぐ歩いてきた。

「ヴィンセント殿。これは魔法の痕跡探知ですか」

 ほぼ断定してきてるのは、流石と言うべきだ。この状況とまだ消していない魔法陣から、一発で正解を言い当てた。
 ちなみに魔法陣は消えていないだけで、もう魔力を込めていないため作動していない。

「そうっすよ。アマリリスに何者かが魔法をかけたって、エストレイが教えてくれましてね。……んで、"僕がやった"ってどういうことっすか」

「はい!? ぐっ、ケホッ、コホッ……」

 俺の追及に、ライルさんが水を喉に詰まらせそうになる。そんな彼にすぐに対応したケークスさんは、俺に目線で"殿下にお聞きしろ"と促した。

「ラインハルト殿下。あんた、アマリリスを守るんじゃなかったのか?」

「守るためにしたことです」

「ほう? 守るために、魔力が未だ不安定な状態のアマリリスに、四属性の複合魔法をかけたんすか?」

「それにはしっかりとした理由があります」

「興味深いですね。聞かせてもらえます?」

「……ヴィンセント殿。このことに関しては、内密にお伝えしたいのですが」

 その殿下の言葉に嫌な予感を感じたのか、ライルが慌てたように声を上げる。

「ラインハルト様、途中で仕事を放り出されては困ります!」

「今日夜寝ずにやる。それで遅れは取り戻せるはずだ」

「しかし……」

「今日中に署名しなくてはいけないものは、優先的に終わらせてある。それにまだ日は高い。後でやっても問題ないだろ」

 反論を先んじて封じるラインハルト殿下に、彼の異母兄が重なる。
 昔、俺とユークライも何度かこういうことがあった。俺はライルほど真面目ではなかったが、一定以上の仕事を拒否するユークライを働かせようとする周りの大人の圧力に負けてしまったのだ。仕事をさせようとする度に躱され、しかも最低限のノルマは達成しているとかのたまうから、次第に俺もユークライと同じことをその大人達に言うようになったのは、懐かしい記憶。

「やめとけ、ライル。殿下はユークライ譲りで、細かいところで賢いんだ。諦めろ」

「諦めろ、と言われましても。ラインハルト様に仕事をして頂くのが、私の職務なんですが……」

「王族が頑固なことは知ってるだろ。先輩からの忠告だ。諦めとけ」

 俺が畳み掛けると、ライルは溜め息をついて「わかりました」と不服そうに答えた。
 一応これが終わったら、魔法師団のコネで、ラインハルト殿下が関わっている部門の重職には、俺からライルは責めないように言っといてやろう。一度決めたら絶対に動かない、同じ偏屈兄弟に仕える者としての情けだ。

「じゃあ話してもらいますよ、殿下。……レオナール、シルヴァン。それと、アレックスとエストレイも。ちょっと席を外して貰えるか」

 まだ幼いこいつらでは、万が一話が漏れてしまう可能性がある。それに、無駄な秘密を知らせて危ないことに巻き込まれる可能性を高めたくない。
 それを察してくれたのか、納得したわけではなさそうだが、四人は部屋を出る用意をする。

 と、ラインハルト殿下が「できれば」と声を上げた。

「ケークス殿とエミー、ライルも外して欲しい」

 つまり、部屋には俺とラインハルト殿下だけということだ。
 護衛や使用人なしで、と思うが、ここは安全な王城だし、俺と殿下を襲える賊なんてそうそういないだろう。精霊と悪魔の戦いを近くで見たせいで、ちょっとばかり自信がないが……人間相手なら大丈夫なはず。

 というわけで、俺も殿下と一緒に他の皆を追い出しにかかる。

「ラインハルト殿下がこう言ってるし、魔法師団でも随一の戦闘力を持つ、俊英と名高い精霊術師の俺がいるんだ。心配するな」

 「……ラインハルト様。さすがに私は席を外せませんよ。ただの従者ではなく、あなたの護衛でもあるんですから」

 俺を平然と無視する可愛い後輩は、魔法学校時代から変わらず実直だ。

「一回、やっとラインハルト様を納得させたのに、結局全ての執務は終わらずに、はてはヴィンセント様との密談のために追い出される……。しばらくラインハルト様のお側にいれなかったから、ただでさえ私の従者としての価値は下がっているのに、更に下げるんですか!?」

「安心しろ。お前が僕の従者を罷免になっても、大切な友人だ」

「っ、そういう話ではないのですが……」

「違うのか?」

「いえ、なんと言いますか……」

 ゴニョゴニョと口ごもり、結局諦めたようだ。"大切な友人"という言葉が効いたのだろう。なんだかんだ言ってライルはちょろいということを、ラインハルト殿下もよくご存知らしい。

「アマリリスに何かあれば、すぐに報せる。だから安心してくれ」

 最後の一押しとばかりに殿下が告げると、まずケークスさんが席を立ち部屋を出る。それに付いて行くように、他の六人も部屋を去った。ライルは不承不承ながら、というような様子だったが。

 扉が閉じるまでずっと黙っていた殿下は、そこから人の気配が消えると、やっと「さて」と口を開く。

「ある程度は察しがついているのではないですか?」

「何についてっすか? 殿下の魔力が変質していること? アマリリスのあの瞳の変化の理由? あぁそれとも、前の王城襲撃についてっすか?」

「……それら全ての背景にあることです」

 淡々と告げる殿下は、アマリリスの近くにある椅子に腰掛けると、その反対側の椅子を勧めてくる。
 俺はその椅子にわざと反対向きに座り、背もたれのところに顎を乗せた。

「全部は知らないっすよ。断片的な事実を繋ぎ合わせて、予想しているだけだ」

「わかりました。では、最初から話した方がいいですか」

「まぁ、はい。……さすがに殿下やアマリリスの前世のことは、予想がつきませんから」

 俺の発言に、殿下は驚いたような、同時に観念したような表情を浮かべる。

「そこはわかったのですか」

「独自の情報網があるんでね。───俺のことはどうでもいいでしょう。時間もありませんよ。最初から一つ残らず、話してくれるんすよね?」

「えぇ。全部お話します」

 そこで息をついたラインハルト殿下は、彼にまつわる全ての話をし始めた。



 ありふれた言葉だが、その時の俺は、まさかここから本格的に、後世の歴史書にも載る出来事に関わるとは、思ってもいなかったのだった。

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