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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

54話: 友達

 アマリリス視点です。














 私に最上級の加護を与え"愛し子"とした天災の精霊アイカと、そのアイカの別の人格で記憶を司るアイカさんに、人間界でも精霊界でもない"大書庫"という場所へ、私は連れて来られた。
 そこに私自身の意志は介入していない。少し強引すぎる気もするが、今の私の肉体は危険な状況にあるらしく、戻して欲しいとも言えなかった。ただ、人間界の様子を───ラインハルトの様子や、家族の様子を知りたいとは思うのだが。

 そんなことを言って困らせるのも本意ではなく、私とアイカさん、そして元天災の精霊であるリリエルさんは、一緒にお茶会を楽しんでいた。のだけれど───

「……という感じで、第三王子は私との婚約を破棄しました。レシア様の御前で、他にも国外からの賓客がいる中、公爵家の令嬢との婚約を破棄して、さらに殺そうともしたんです。証拠もちゃんと提示せず、ただ罪状を叩きつけるだけで! もちろん、あの場でそれを指摘できなかった私にも非がありますが、ここ数十年起きていなかった王家の婚約破棄なんてもの、予想していなかったから仕方ないですよね!?」

「仕方ないです。そもそも、マナー違反をしている時点で、第三王子が悪いですね」

「そうですよ! 確かに身分での差別はいけませんが、弱小子爵家の令嬢が、国の頂点たる王族にエスコートさせるなんて、常識的に考えてあり得ません。もしそれをするのであれば、家格のある伯爵家か、派閥の違わない侯爵家か、五つしかない公爵家に養子に入れてもらうのが普通です。これさえも怠って、しかもその令嬢は、他の男性にも色目を使ってたんですよ!? 王子がそれに引っかかるとか、おかしいですよね!?」

『その第三王子、上に立つ者としても男としても最低じゃん』

「本当にそうよね! どうしてあんな人を好きになっていたのか、自分が信じられないです。あそこで刃を向けられるまで、まだ大丈夫なんじゃないか、まだ好きになってもらえるんじゃないかって、思っていました。馬鹿だわ、私……」

 いつの間にか、私は第三王子に対する愚痴を二人にぶちまけていた。
 多分、ずっと気を張り詰めていたのが切れてしまったのだろう。アイカやエミー、アレックスやエスは近すぎてこんなことを言えないからか、会ったばかりの彼女達に愚痴ってしまった。

 口につけた紅茶のティーカップを、ソーサーに置く。本当だったら、酒場でよくあるように、思いっきりテーブルに打ち付けたいのだけれど、身体に染み付いたマナーとは恐ろしく、軽い音を立てるだけでティーカップは私の手を離れた。

「これは私見ですが、アマリリスさんは貴族としての務め……ノーブレス・オブリージュを果たそうとしたのでは? 確か、第一王女が外国に嫁いでいるとのことで、王家は国内での地位を盤石にしたかったはず。下手に男児が外に嫁ぐよりも、国内の有力な貴族の令嬢に嫁いで欲しかったのでしょうね。アマリリスさんはそれを理解していたからこそ、自分が第三王子に愛され自分も愛す、というのを目指していたとだと思いますよ」

 少し目尻を下げてそう言ってくれるアイカさんは、アイカとそっくりな見た目なのに精神年齢が違って見える───なんて、アイカに聞かれたら大変だから言えないけど。

 そこら辺の貴族の子女よりも余程政治をわかっていそうなアイカさんの論理的な言い分に、自分の中のわだかまりのようなものが一つ消えていった。

「アイカさん……。ありがとうございます。なんだか少し、自分に自信が持てた気がします」

『もっと自信持っていいのよ、アマリリスは。この私が保証するわ!』

 口角を釣り上げて胸を張るリリエルさんに、私とアイカさんは思わず吹き出してしまう。
 それに対してリリエルさんが抗議をするが、余計に笑ってしまうだけだ。

 あぁ、楽しい。

 今まで、友人と呼べるものは存在しなかった。
 悪評が付いて回る"黒持ち"で、五大公爵家の一つの唯一の娘で、しかも王族の婚約者。
 自分でも、私と関わるのは厄介だとわかる。それでもクラスに話す相手はいたが、それらは全て"第三王子の婚約者の公爵令嬢"という権力を利用しようとしている、敵。

 そんな私に優しく接してくれたのは、家族だけだった。
 仕事が忙しくたまにしか会えなかったけれど、とても優しくして下さった、お父様。
 常にたおやかな笑みを浮かべて話を聞いてくれた、お母様。
 ちょっと抜けているところもあるけれど、私を大切にして下さった、お兄様。
 魔法学校ですれ違った時は、絶対に明るい笑顔を見せてくれた、レオナール。
 顔を合わせてはないものの、手紙で私を気遣ってくれていた、シルヴァン。

 でも、彼らも私にばかり構っていられるわけではない。
 学校内でも、社交界でも、孤独だった。

 ひょっとしたら、あそこまでララティーナヒロインを敵視していたのは、友人と自然な笑顔で談笑する彼女が、羨ましかったからかもしれない。
 何を言っても許容されて、ふざけあえて、自然体でいられる。そんな関係を、私は欲していたのだろうか。

 アイカは、多分友達とは言えない。アイカは私を守ってくれていて、私はその庇護下にあるだけ。
 おそらくアイカは、私のことを友人としては見てくれていない。生まれた頃からずっと見ていると言っていたから、彼女にとってのアマリリス・クリストは、娘に近い何かなんだろう。
 それが、ひどく悲しい。自分の前世───とは断言できなくなってしまったが───と友達になりたい、なんて変な話だけれど、彼女と心置きなくはしゃげる仲になりたいのだ。

 けれど、私の中には、アイカに対する不信感が静かに募っていた。
 彼女は私に、隠し事ばかり。私のことは、信頼するに足りない存在だと思っているのだろうか。それとも、別の事情があるのだろうか。
 後者だと信じたいが、もし前者だったら……私はどうする?

『……アマリリス、どうした?』

 急に黙り込んだ私に、リリエルさんが声をかけてくれる。彼女の声から伝わってくる、本物の心配の色に、嬉しくて思わず口元が緩んだ。

「いえ。……自分がこんなふうに、その、と、友達と話せるのは、思っていなかったので」

 そう言った後、つい勢いで"友達"と口にしてしまったことを後悔する。考え事をしていたせいで、思わず口走ってしまった。

 もしこれで、二人が私のことなんてなんとも思っていなかったらどうするんだ。いや、私を嫌っている可能性まである。
 めんどくさいと内心思いながら、私の話を聞いていたのかもしれない。特にアイカさんは、色々と追及した私に対して、負の感情を抱いているだろう。

 今すぐにでも取り消すか、とそう思った時だった。

『そう? アマリリスって話すの上手だから、てっきり人気者かと思っていたわ』

「アマリリスさんは難しい立場にいたから、自由に友人とかを作りにくかったのよ。もし何かあれば、そこら辺の家が簡単に吹き飛ぶくらいの力を持っていたから。……ですよね?」

 アイカさんの言葉を、ぐるぐると回る思考に陥っていた私は慌てて肯定する。

「は、はい。公爵家は、かなり強い力を持っているので。ですから、こんなふうに話せたのは、本当に初めてです。それより、あの、その……」

『なーに?』

 優しく促すリリエルさんに、私はなけなしの勇気をかき集めて、ゆっくりと告げた。

「と、友達だと思って、いいんですか…?」

 あまりにも情けないその問いかけに、自分で言って恥ずかしくなってきた。
 あぁ、多分顔が赤くなってるはずだ。なかなか二人が返答してくれないのも相まって、どんどん熱が集まっている気がする。
 いたたまれなくなって、口を開こうとした瞬間、ギュッと私の手が誰かに握られた。

『アマリリス、あなたは私の友達よ!』

「リリエルさん……」

『さん付けなんて要らないわ。私に、お貴族様の礼法なんてわからないもの。気楽に、適当に、自分が楽しいと思うことを、いつでも話して。誰もあなたを責めないし、あなたを責めるやつは、私が許さない』

「先を越されましたが、おおむねリリエルと同じです。アマリリスさん、敬語でなくていいですよ。さん付けは、アイカとの区別で必要だろうから、付けたままの方がいいかもしれないですが」

『あ、藍佳が敬語使ってるからって、自分も使う必要はないわよ。藍佳の敬語は、癖らしいから』

 にっこりと微笑むリリエルは、『それでね』と私の手を握る力を込めた。

『藍佳とアイカは怒るかもしれないけど、正直に言うね。……アイカは、アマリリスに嘘をついてる。一つじゃない。結構たくさんね』

 さっきの私の思考を見透かしたようなことをリリエルさん…リリエルに言われて、声が詰まる。
 しかし、真っ直ぐ私を見つめるリリエルは、私に目を逸らすことを許さなかった。

『でもね、それはアマリリスや、アマリリスの周りの人のためなの。アイカは不器用だから、それを伝えることができていない。そのせいであなたを不安にさせているなんて、私からすればただの馬鹿よ。アイカが全部悪いわ。……だから、アマリリスが悩むことなんて、一つもないの』

 私が悩むことなんて、一つもない。

 初めて言われたのに、ずっと欲していたものが満たされたような潤いを感じさせるその言葉は、すっと私の心に染みて溶けていった。

 私が悩むことなんて、一つもないんだ。

「……アマリリスさん。リリエルは力があって、だからその分、単純な思考で様々な場面を乗り越えることができました。しかし、アマリリスさんにリリエルと同じ力があるかといえば、それは違います。ですから、全てにおいて悩まずに行動できる、なんてことはないでしょう」

 息をついて、「ですが」とアイカさんは続ける。

「考え過ぎのアマリリスさんは、考えの足らないリリエルの真似をするくらいで、きっと丁度いいんでしょうね。もっと肩の力を抜いていいと思いますよ」

『ちょっと、考えの足らないって何よ!?』

「アマリリスさん。未だに、あなたの身体は危険な状態にあります。だからと言ってはなんですが、気持ちくらいはゆったりしていいのでは?」

「……そうですね。ありがとうございます」

『ちょっと藍佳!? わかりやすい無視はやめてもらえないかしら!?』

「リリエル。予想だけど、これはアイカさんなりの愛情表現だと思うの。それに突っかかるのは、アイカさんの好意を無下にしているんじゃないかしら?」

『え、そうだったの…?』

「……ふふっ、友達と言われてから、すごく自然ですね」

 艶やかに笑みを浮かべるアイカさんに、同性なのにどきっとしてしまう。アイカからは絶対に考えられない表情だ。
 その初めて見る表情に釣られて、私も口角が上がる。

「ふふふ。ごめんなさい。でも、楽しくって」

「それでいいのだと思います。常に気張っていると、誰でも疲れてしまいますから。適度に休んで、適度に頑張って、適度にふざける。これくらいがベストだと思いますよ」

 そう言って笑うアイカさんは、やっぱりアイカとは似ていなくて、けれどその底にある優しさは二人とも同じだと思った。

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