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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

幕間: 淡紅色の瞳

「うっ……。食いすぎで気持ちわりぃ……」

 食べた物が胃から迫り上げてくるような感覚は、形容し難い辛さがある。
 その元凶であるユークライを睨むが、開き直ってるのであろうこいつは全く悪びれる様子もない。

「魚介ときのこの風味にコゴロ牛の肉汁の味が混ざり合って、すげぇことになってるんだが」

「そうか。それは大変だな」

 親友が危機に陥っているというのに、全く心配してくれないユークライは、後ろにいる部下から書類を受け取っている。
 移動時間まで仕事とは真面目なことで、と心の中で呟きながら、俺はここ数日ずっと一緒に働いていた、今はいないアイカさんのことに思いを馳せていた。







 初めてアイカさんと出会ったのは、あの婚約破棄騒動の後にアマリリスが初めて屋敷へ帰ってきた日の夜だ。
 第三王子の暴走のせいで増えた仕事を処理するのを手伝っていた俺は、王都にあるタウンハウスに夜中へ帰った。もちろんそんな時間までアマリリスが起きているはずもなく、俺は使用人から妹の様子を聞いて眠ろうと思っていた。
 そこへいきなりやってきたのが、アイカさんだった。あの頃はまだ、アイカ様と呼んでいたが。

 アマリリスが天災の精霊の愛し子だ、ということは、家と魔法師団の両方から聞いていた。そのため、第二位精霊である天災の精霊がうちにいる可能性も、無きにしもならず、俺は予想するべきだったんだろう。
 家に高位精霊がいるなんてどんな冗談だ、という感じだが。

 もっともそれは冗談などではなかった。アイカさんは我が家に馴染んでいて、更に俺に対して密談を持ちかけてきたのだ。

 この密談のことは、誰も知らない。俺の上司であるユークライだけでなく、父さんも母さんにも、アマリリスにも話していない。

 密談の内容は、アイカさん人間なのでは、ってくらい泥臭くて人間的なものだった。
 なんであんなに本音と建前を使い分けるのが上手いんだ。おかしいだろ、と本気で思った。

 まぁともかく、俺の秘密を盾に色々頼んできたアイカさんの要求を、俺は渋々飲むこととなった。
 その内の一つが、実はユークライを守ることだったりする。まだアイカさんはこいつに会ったことがなかったはずだが、なぜか第一王子を守るように念を押された。
 理由を聞けば、はぐらかされてしまったが、どうやら第二王子のラインハルト殿下に王位を継いでほしくないかららしい。多分、ラインハルト殿下が王になれば、アマリリスが王妃として忙しくなるからだろう。

 兄の贔屓目があっても、アマリリスは社交に向いているとは言い難い。
 あいつはどうも、考え過ぎてしまうふしがある。適当な発言でも裏を読もうとし、自分の中で思考がこんがらがってしまうのだ。
 相手が一人であれば、その深読みが良い方向に働くこともある。普通の人であったら流してしまうような細かな言動も、あいつは丁寧に拾うからだ。
 しかし、相手が複数だったら。たくさんの糸を同時に解こうとすると余計に絡まるのと一緒で、いつしか初めよりもわかりにくくなってしまう。

 思慮深いけれど、それが仇となっているアマリリス。あいつが王の横に立ち、国の女性の頂点として采配を振るうのは、かなり難しいだろう。

 それを知っているアイカさんは、アマリリスを王妃にしたがらない。だから、最も王座に近いと言われているユークライを守れ、と俺に言った。
 一応そう納得しているが、正直それだけではないと俺は思ってる。

 ユークライのアイカさんに向ける目。かける言葉。見せる気遣い。気取った態度。

 少なくとも、長い間あいつを見てきた俺からすれば、ユークライ・ウィンドールがアイカさんに恋愛敵な好意を向けているというのは、一目瞭然だった。
 そして多分、アイカさんもそれに応えたんだろう。あの二人の側にいるのは、時々やけに甘ったるくなって辛かったが、同時に楽しくもあった。

 幼い頃に、誰とも婚約しないことで各派閥の均衡を取ると言ってから、こいつには一度も婚約者がいたことがない。どんな女性に話しかけられて誘惑されても、やんわりとそれを断るこいつに、ソッチの方なのかと疑ったこともある俺からすれば、アイカさんの存在は嬉しいものだった。
 だから余計に、アイカさんが精霊だという事実は、重く感じられたのだが。








「……セント、ヴィンセント。聞いてる?」

「あぁごめん、考え事」

「そうか。それより、は執務室に行くが、ヴィンセントはどうするんだ?」

「んー。俺はちょっと、アマリリスのお見舞いに行くかな。何かあったらすぐ向かうよ」

「わかった。アマリリス嬢の回復を祈っているよ」

「ありがとな」

 近くを官僚が歩いていたから、ユークライは猫を被っているようだ。
 こう見ると、本当に完璧な王子様である。物腰が柔らかく、気配りも上手い。突出した魔法の腕前を持っているわけでも、執務能力がずば抜けて高いわけでもないが、上に立つ者に必要なのはこういう能力なのかもしれない。

 なんてことを考えながら、俺は一人アマリリスのいる部屋に向かう。後ろに何人か護衛がいるが、生まれた時からずっとこうなので、いい加減慣れている。平民や低い爵位で出世した者だと、それに不安を覚えることもあるそうだ。



 何回か来ている場所だったので、特に迷わずにアマリリスのいる部屋へ到着する。……と言っても、正反対の位置にある別館同士を移動するのは面倒だったが。

 途中で貰ってきた林檎を確認して、部屋の扉をノックする。

「……変だな」

 いつもならすぐにエミーが出てきてくれるのだが、なぜかなかなか開かない。
 と訝しげに思った瞬間、扉が開き困惑顔のエミーと顔を合わせた。

「……どうした?」

「若様。いえ、その……直接見られた方が、お早いかもしれません」

 その言葉に俺は部屋へ足を踏み入れると、途端にまだ幼い声が聞こえてきた。

「これは悪魔の呪いなんじゃないですか? えっと、大木は一晩にて成らず? って言いますし、急いで対処しないと───」

「"大樹は一日にして成らず"、です。悪魔の呪いと決まったわけではありませんから、推測だけで多くの者達を動かすことはできませんよ」

「でもよ、精霊術師に診てもらうとかはいいんじゃないか? 俺達やケークス殿にない知識を、持っているかもしれないぞ」

「……魔法師団は復旧作業で忙しい、です。精霊術師も、多分」

「えっ、そうなのか?」

「騎士団の人から聞いた。アル、情報収集できないんだ」

「エス、それはひどいぞ!?」

「エストレイの言うことは正しいですよ、アレックス殿。貴族たるもの、情報を集めることを疎かにしてはいけません」

「ははっ! アレックス、年下に言われてやんの。くくっ」

「なっ…! レオナールさんまで!?」

 アマリリスの眠るベッドから少し離れたところで、四人の少年少女が楽しそうに言い合っている。俺が来たのには気付いていないようだ。

「……あ、ケークスさん」

「お久しぶりですな、ヴィンセント様。その節は、有難く」

「俺の上司も世話になってるから、ケークスさんの頼みは断りにくいよ。上司からの圧のせいでね」

「カッカッ、上の顔色を伺わなくてはいけないのは、人間の性なのでしょうな」

「ケークスさんの言う通りだよ。因果なものだね」

 昔、護衛としてケークスさんの身辺警護をしたことがある俺は、久しぶりに会う彼に少し安心した。もしこれであの四人とエミーとアマリリスしかいなかったら、大変だったからな。
 彼と話しながら、エミーに林檎の入った籠を渡したのだが、彼女はすぐに心得たと一礼すると、林檎をすり潰し始めた。

「ったく、俺の弟達もこれくらい気が利けばなぁ」

「あぁ。実は、私の魔法で声を遮断していましてな。病人がいるのに、あんな大声出されたら堪りませんから。もっとも、そういった類の魔法は得意ではないゆえ、ヴィンセント様には聞こえているようですがな」

「なるほど。じゃあ仕方ないか」

 無意識の内に、障壁の内側の音を拾っていたんだろう。そう訓練されてきたから、違和感を抱かなかった。

 それにしても俺のことに気付かないなぁ、と見つめていたこと十数秒。突然レオナールと目が合った。

「ひとまず相談を───え、兄さん?」

「あ……。ヴィンセント兄様、いらしてたんですか」

 弟二人が、慌てたように駆け寄ってくる。

「すいません。話すのに夢中になってて」

「レオナール兄様は悪くないですよ。位置的に、扉が開いた時にぼくが気付くべきでした」

「いや、お前は悪くないって」

「いえ、ぼくが悪いです」

「俺が悪いから」

「ぼくですよ、兄様」

「だから俺だって。兄貴に泥を被せさせろよ」

「そんなことできませんよ」

 また始まった、と俺は内心溜め息をついた。

 今日の朝あったこの二人の小競り合いは、実はよく起きているらしい。

 使用人に聞いたのだが、どうやらこいつらはタウンハウスで鉢合わせすることが多いそうだ。我が国では温暖になってくる三月頃から始まる社交シーズンは、始まったばかり。 
 今回は少し遅れて王都にやって来た母さんとシルヴァンは、大体タウンハウスにいたり、招待された先のお屋敷に遊びに行っている。特にシルヴァンは、まだ十一歳なのに引っ張りだこらしく、だから逆に厳選したところにしか顔を出さないと聞いた。ちょうど十一歳で社交デビューしたばかりのはずなのに、恐ろしい人気だ。
 対するレオナールは、魔法学校の二年生の春休みであり、タウンハウスでゴロゴロしていたらしい。卒業パーティーが終わった今、魔法学校は閑散としている。わざわざ何かしに行くほどのものもないあそこにレオナールが行くわけがなく、時々お忍びで街に繰り出しているそうだ。

 こんな二人が屋敷で顔を合わせるのは、別に不思議ではない。
 自分と性格の違う弟にどう接すればいいかわからないレオナールと、一番歳の近い兄に甘えていいのか悩んでいるシルヴァンは、時々喧嘩しながら距離を探している───というのは、我が家に長く仕えてくれている家政婦長の言葉だ。

「いいか。可憐で心優しく容姿も良い三男が非難されるよりも、粗雑で不真面目だと思われている次男坊が貶される方がいいだろ、どう考えても」

「自分で言うんすか!?」

「アル、静かに」

「何を仰るんですか。そのぼくが責を負うからこそ、家への攻撃が減るのですよ」

「自分で言う…?」

「エス、他人に言っといてそれはないだろ」

「だぁから、年下に責任負わせるとかできるかよ、って言ってんだよ。ここは黙って兄貴に任せとけって」

「「お、かっこいい」」

「魔法学校でお忙しい兄様に迷惑をかけることはできません。少しは弟を信頼してくださいよ」

「……少しは一番上の兄である俺に注意を向けてくれよ」

 ポツリと呟くが、白熱していく四人の耳には届かない。
 というか、茶々入れられてるのに気付かない弟達の集中力がすごいのだが。

「ケークスさん。まさかこいつら、ずっとこうなの?」

「ご明察ですな。その通りですぞ」

 うわぁまじか、と頭を抱える。
 血筋からか知らないが、うちの家族には、一度線を越えるとそのまま突っ切ってしまう者が多い。普段は隠しているが父さんはそうで、アマリリスもそうだし、多分こいつらも。

「……エミー。水あるか」

「こちらに」

 できた侍女のエミーは、俺の言葉を先回りしていたくらいの準備の良さで、冷えた水を差し出してくれる。
 発明好きの先輩がくれた飲み物を冷やす魔法具を、どうやら持ってきていたらしい。

「ありがとな。……それでケークスさん。冒頭にあの茶色頭が言ってた"悪魔の呪い"って何?」

「カッカッカッ、貴族になりましたなぁ、ヴィンセント様」

「おいおい、なんでいきなり……あぁ、そういうことか」

 自分で言っておいてあれだが、俺はどうやら自分に挨拶もしない茶色頭の少年を、貴族流のやり方で馬鹿にしていた。

 公爵家の嫡男である俺は、言うなれば王子に次ぐくらいの権力を持っている。そんな俺より身分の高い者は、近隣諸国含め全員認知しているのだが、その少年はそこに含まれていなかった。つまり、俺より身分が低いわけだ。
 ここが非公式な場で、帯剣しているのを見るにアマリリスの護衛なんだろうけど、俺に挨拶をしないのは非礼に当たる。立ち振る舞いや服の質から見るに、多分そこそこの貴族の息子だ。それでもこれは、俺がちょっと騒げば、醜聞が大好物な貴族達からは許されない。

 もちろん騒ぐ気なんてないから、軽い脅しも込めた発言だったんだろう。特に考えもせずそんなことをした自分が、貴族に染まったなぁ、なんて思うのは今更だ。

「と言いましても、茶色頭なんて表現、お貴族様は使いませんがな」

「そうだな。そこんところはなかなか抜けないや。……っと、静かになったな」

 視線をさっきまで騒いでいてたところに向けると、青ざめた茶色頭と、その隣で膝をついている薄紫頭の少女がこちらを見ている。
 更にその隣にはレオナールとシルヴァンが立っていて、俺の視線に気付くとシルヴァンが声を上げた。

「あ、ごめん兄さん! 友人の紹介がまだだったよ」

「えぇ。申し訳ありません、ヴィンセント兄様。今からご紹介します」

 弟達は、茶色頭を庇うように一歩踏み出す。

「……その行動は、俺から糾弾される覚悟あってか? 俺にとっては、別にお前ら二人はいなくても構わない存在だ。むしろ俺が公爵位を継ぐ時に邪魔される可能性もあるから、ここで消しておく方がいいかもしれないまである」

「お、お言葉ですが、王城での重職を狙われておられる兄様からすれば、領地経営と他家との縁談のために、ぼくたちが必要なのではないでしょうか」

「そんなことはない。アマリリスに婿養子を娶らせて、形ばかりの領主をやらせ、実際は俺の息がかかった代官に領地を治めさせる。他家との縁談は、俺が側室を取ればいい話だし、分家の者を出してもいい。むしろ直系よりもそっちの方が気兼ねないんじゃないか。……ってこれ、かなりすごくない、ケークスさん? よく俺こんなのぱっと思いついたよな」

 自分の思い描く"頭が良いから面倒くさい貴族"を演じてみたところ、思ったよりも上手く行った。"自分の嫌だと思う相手を演じてみろ"との教えを実践してみたのだが。

「カッカッ、あまり弟君を虐めてやらないでくだされ、ヴィンセント様。私も三男でね。兄からよくからかわれては、その度に思い詰めていましたから。ついつい自分を重ねてしまう」

「そうか、ケークスさん。……ごめんな。レオナール、シルヴァン。ちょっとした冗談みたいなものだ」

「……冗談? ほんとに? 声が本気だったよ?」

「ほんとだよ。最近こういう交渉の場に出ることが多くて、移されちまったみたいだ」

「良かったぁ……」

 物凄く安心した様子のレオナールと、表情にこそ出さないが肩の力をゆっくり抜いたシルヴァンを見て、良心の呵責が襲ってくる。
 何やってんだ、俺。ストレスが溜まっているんだろうか。連日の執務からの悪魔との戦いなんて、尋常じゃない量の疲労だからな。

「…………あ、あの。ヴィンセント・クリスト様。この度は、誠に失礼致しました。俺……じゃない、わたしは、アレックス・ウィスドムと申します。い、以後お見知りおきを」

 ぎこちない挨拶ではあったが、茶色頭───改めアレックスは、そう言って頭を下げる。
 礼はそこまで綺麗というわけではなかったが、身体の芯がぶれていない。この年齢にしては、かなり鍛えているんだろう。

 アレックス・ウィスドム、という名を脳内の人名図鑑から引く。
 確か、ウィスドム侯爵家の四男で、騎士見習い。元々はラインハルト殿下の護衛だったはずだが、アマリリスの護衛に移ったらしいと聞いたことがある。

「ヴィンセント兄様。彼は人柄が良く、場を和ます力に長けています。同僚からも慕われていて……」

「そ、それに、初対面のシルヴァンともすぐに仲良くなったんだ。あ、俺は何回か会ったことがあったんだけど、久しぶりに会ってさ」

 俺がアレックスに対しては怒っていると思っている弟達が、必死に擁護をする。
 その横で、一人の少女が膝をついたまま頭を下げた。

「ご挨拶遅れてしまい、申し訳ありません。アマリリス様の護衛の、エストレイと申します。アマリリス様のことは、この身命を賭してお守りするつもりでございます。アマリリス様の兄君様であるヴィンセント様においても、どうかお見知りおき下さい」

 ほう、とこっそり感嘆する。
 見た感じ、レオナールやアレックスと同じくらいの歳だろう。それでもこの落ち着きは、やっぱり女子の方が成熟が早いからか。

「アマリリスのことを頼んだぞ」

「もちろんでございます。死んでも……死んだ後でも、アマリリス様のことをお守りします」

 妹はいつの間にこんな狂信的な支持者を得たんだ。
 魔法学校でも孤立しがちだったと聞いているし、社交界でも親しい者はもちろん、自分個人に対する賛同者はいなかったはず。
 実はそのことに、俺や両親は密かに安堵していた。アマリリスは一度心を許した者には、とことん依存してしなだれかかる。両親然り、兄弟然り、エミー然り。身内であれば安全だが、もし誰かに騙されたら……と思うと、俺達はアマリリスに友人を作れ、なんて言えなかった。

 護衛であれば主従の関係であり、友人ではないだろう。しかし、自分にそこまで執着してくれる相手というのは、アマリリスにきっと変化を与えるはずだ。良いか悪いかは置いておいて。

「……兄さん! アレックスもエストレイも、素晴らしい腕前の持ち主なんだ。アレックスは二十歳以下の剣術大会で準決勝まで進んだことがあるし、エストレイはレシア王妃殿下からも認知されているほど。本当にすごいんだよ!」

「レオナール。そんな必死なところ悪いが、俺は別に二人に対して非礼だと怒るつもりはないぞ? 人生の先輩からの忠告をしただけだ」

 俺がそう告げると、四人とも揃ってポカンとした顔をした。
 "信じられない"と顔にありありと書いてあって、自分の演技力に我ながら参ってしまう。俺、意外と演技の才能があるのかもしれない。

「ほら、阿呆面晒してないで、子供は子供らしく楽しそうに駄弁ってろ。……って、うぇっ。今この瞬間に来るかよ……」

 突然迫り上がってきた吐き気に、反射的に口を押さえる。
 すると、ケークスさんが黄褐色の錠剤を渡してくれた。

「食べ過ぎですな?」

「流石ケークスさん。……んぐっ。親友兼上司に、疲れてるってのにたくさん食わされてさ……」

 薬草の匂いが微かにする錠剤を飲み込むと、それだけで少し胃が楽になったような気がする。

「お代はどうする?」

「構いませぬよ。ヴィンセント様の、出世祝いとでも」

「嬉しいような嬉しくないような祝いだなぁ」

 それでも有り難いのは確かだ。

 水も飲んで一息ついた俺は、「それで」と場を仕切り直す。

「"悪魔の呪い"っていうのは何だ、アレックス?」

「はっ、はい!」

 俺に名前を呼ばれたアレックスは、なぜか手を胸に当てながら話し始める。

「これは、有り得なくもない俺自身の推測なんですが、アマリリス様の瞳の色が変わっているのは、悪魔の呪いなんじゃないかと思ったのです」

「……おい待て。アマリリスの瞳の色が、変わってる?」

 初めて聞かされた新事実に一旦待ったをかける。
 アマリリスと離れていたのはそんな長い時間ではなかった。瞳の色が変わるほどのことのことがあれば、気付くはずだ。

「ご自分で確認された方が、早いと思いますよ。ヴィンセント様、こちらへ」

 ケークスさんにちょいちょいと手招きされてアマリリスの近くへ行く。

「左目はこの通り、黒のまま」

 見慣れた黒い瞳だ。
 アマリリスは、たかがこれだけで"黒持ち"と迫害されてきた。直接危害を加えようとする輩は家が全力を上げて叩き潰したため、それに続くような者はいなかったが、その代わり精神的な虐めが増えたらしい。第三王子の婚約者になれなかったことへの腹いせとして。

 その頃は、不思議なほど第三王子しか眼中になかったアマリリスは、心無い言葉に深く傷つき、余計に第三王子に傾倒した。彼が"黒持ち"ということに関して、何も言わなかったから。
 ところが結果として、婚約破棄の時に「魔女」とアマリリスは罵倒された。黒い瞳を、貶された。

「ヴィンセント様。誰に殺気立っておられるのかはわかりかねますが、彼らが怯えてしまいますゆえ」

「……あぁ、すまない。嫌なことを思い出してな」

 ひとまず思考を中断して、ケークスさんの話を聞く。

「アマリリス嬢の瞳は、両方とも黒。これは私自身見たことがありますし、侍女殿からの確認も取りました。それが……」

 ケークスさんは、アマリリスの右の瞼を上げる。

「……変装魔法か?」

 思わずそう呟いたのは、アマリリスの右の瞳が、稀有な淡紅色だったからに他ならない。
 予想よりも斜め上ほどの事態に、俺は溜め息をつくしかなかった。

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