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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

52話: 怒り

『メイスト王国について調べろ、っていうお前からの依頼を受けたのが、二週間ほど前だったか。きな臭い動きがあるってことで、俺の部下でも隠密性と戦闘力に秀でた梟に情報収集を任せていた。梟にはお前も会ったことがあるだろ?』

『うん。十二分に信用に値する人物だよ』

 職務に忠実で、何より主であるヴェルスを心から尊敬しているのがわかるのが、梟の精霊だ。優秀な人材だからダメ元で勧誘してみたら、物凄い抵抗をされたのを覚えている。そのせいで、顔を合わせる度に距離を取られるのは少し悲しい。
 眷属と主の繋がりは滅多なことでは消えないのだから、どちらにしろ引き抜きはできないというのに。
 もっとも、梟の精霊が私にどんな感情を抱いていようと、真面目な彼(彼女?)はしっかり情報を集めてくれたようだ。

『お前から事前にブラックダガーの話は聞いていたから、そこから調べるように言っていた。そのお陰か、調査から三日目で取り引き現場の様子を映像に収めることができた。途中で人員を増やす必要があって俺の別の仕事は遅れちまったが、お前に色々押し付けるからそこまで不利益でもなかった』

 堂々と仕事を押し付ける宣言を本人にしてくれたが、調査を頼んだ手前拒否するわけにもいかない。
 特に口を挟まずに、続きを促す。

『それで?』

『その取り引きは、メイスト王国政府に務めているそこそこの高官と、ブラックダガーの下位組織の幹部とのものだった。内容は、高官と対立している貴族の弱みを金銭で買うって感じで、まぁごく普通のやつだ。ただ、その高官は今の王…シュヴァルツだったか? そいつからの信頼が厚い人間で、対する幹部もブラックダガー本部の人間のお気に入りらしかった。要するに、そこが癒着している証拠を見つけられたわけだな』

『鮮やかな手腕だけど、どうやったの?』

『簡単だ。元々こういうのを調べている人間がいるから、ちょいと調査結果を拝見させてもらって、実際に裏を取る。俺達精霊は人間には見えないから、この方法が通じるわけだ』

『へぇ。人間に対しては有効なやり方だね』

『欠点は、相手に腕のいい精霊術師がいたりするとバレる、ってとこだな。……っと、どこまで話したか』

 話が脱線してしまうが、割とヴェルスと話す時にはよくあることだ。

『えっと、癒着の証拠を押さえた、ってとこまで』

『あぁ、そうだったな。で、次に俺が探らせたのは、他の国との関係かクソどもとの関係があるかどうかだ。前者はそれほど予想してなかったが、残念なことにお前の愛し子のウィンドール王国と関係があるようだぞ』

『……わかってたことだけど、面倒だなぁ』

 トップであるハーマイルとその周りには知り合いが多く、彼らが悪魔と内通することは有り得ないからまだいいけれど、アマリリスに危害が及ぶ可能性が高い。

『俺がわかった限りでは、ブラックダガーと関係があるのは国境沿いの中堅貴族で、メイスト王国と親密すぎる関係があるのも同じく国境沿いの中堅貴族だけだな』

『同じ貴族?』

『あぁ。ブラックダガーという組織から同じ蜜を吸って仲良くなってるんじゃねぇか?』

 適当な考察だが、案外核心を突いてそうだ。
 それにしても、やっぱり政治の中心から離れたところにいると、不満が溜まりやすいものなのだろうか。悠々自適に自分の領土を発展させていればいいと思うのだが、余計なことをして中央に睨まれるとは、正直理解しがたい。野心とか出世欲とかいうものなんだろうか。

『まぁ、俺の見解で良ければだが、今んとこウィンドール王国がメイスト王国に飲み込まれたり、ブラックダガーに崩されたりはしねぇと思うぞ。あそこはなかなか良くできた支配体制があるから、末端が多少切れてもすぐに回復可能なはずだ』

 私を安心させるためなのか、珍しくヴェルスがそんなことを言う。
 精霊達の中でも特に政治に関して詳しい彼は、そこら辺の官僚よりも知識が豊富だ。生きている年月の桁が違うのだから、仕方ないのだろうけど。

『ちなみに、メイスト王国の北にあるファゼル帝国では、不作と関税の上昇によって不利益を被ってる一部の貴族が、ブラックダガーに接触しているらしい。メイスト王国の貴族との関係があるかは不明だ』

『それだけでも十分だよ。ほんと、ヴェルスのところは優秀な部下が多くて羨ましいよ』

『戦闘力…ではねぇな。破壊力では他の追随を許さない"天候"さんも、こっちからすれば羨ましいぞ。戦いにおける決定打と成り得るのは、大抵お前の一派か"闘い"のとこだぞ』

『そんなの平時は役に立たないじゃん。……それで、メイスト王国と悪魔の関係は?』

『あぁ、そうだな……』

 私が促すと、なぜかヴェルスはなかなか口を開こうとしない。どう告げるのか思案しているようだ。
 ひょっとして、ここから話すのがが私を怒らせる内容なのだろうか。

『……さっきも言ったが、俺に怪我させんなよ?』

 やっと何か言ったと思えば、数分前と同じようなことを繰り返す。

『ヴェルスに怪我させるとか、そうそうないでしょ。魔力にそこまで差はないんだし』

『相性の問題だ。獣は火や雷を恐れる。だからか知らんが、俺も火魔法と雷魔法が苦手なんだ。火魔法はまだしも、お前の雷属性への適性が高いのは有名だろ』

『"天災"を司ってるから、仕方ないじゃん』

 何度か前にしたことのあるやり取りだ。基本的に同格の精霊に上下はないのだが、どうしても相性は存在する。


 思ったよりも前置きが長かったが、ヴェルスはやっと重い口を開いた。

『……メイスト王国とクソどもの関係は、俺らの予想よりも深いようだ。少なくとも、俺の部下だけでは対処できない』

『そんなに…?』

 粒揃いの獣の精霊の一派でもできないとなると、複数の高位精霊が共に協力する必要がある。

『なんでかっつーと……いや、先にこの話をするか。メイスト王国について探っている内に、俺と俺の部下達の間では疑問が浮かんだ。どうもクソどものやり口が、今までと違っていたんだ。俺達の知っている幹部級に、今回の手管を使うやつはいない。クソどもはプライドが高いから、自分より立場が低いやつの言葉なんて滅多に聞かねぇ。だから、クソどもの手口が急激に変わることなんて今までなかった』

 常に牽制し合っている精霊と悪魔は、お互いの癖などを知っている。特に、入れ替わりの少ない幹部級ともなれば、顔や名前を知っていることも少なくなかった。
 例としては、"罠師"という別名で悪魔に知られていたアスク。特に武功を上げた者は、敵味方関係なく有名になる。その場合、性格やよく使う武器や戦闘法まで伝わることが多い。

 つまり、私達精霊が知らない参謀がいて、悪魔の手口が突然変化するというのは、とてもイレギュラーなのだ。

『人間は殺してから操るという方針のクソどもが、なぜか人間と取り引きを始めた。クソどもが受け取っていたのは、禁術の魔法具や精霊に関する情報、他には性能の良い鉱物とかだ。そこはまだ良い。問題は、クソどもが渡していたものだ。その取り引きでクソどもが提示していたのは、恩恵を授けるというものだった』

 話の流れが見えてきて、私は自分の中で暴れる感情を抑えるのに必死だった。

 恩恵。
 人間が精霊に力を分けると"加護"と呼ばれ有難がられる。
 逆に悪魔が人間に与える"恩恵"は、異端の印だ。

 悪魔は滅多に恩恵を与えない。それは悪魔が人間という存在を低く見ていて、簡単に死んでしまう彼らに自分達の高潔な力を使わせるのを是としないからだ。というか、悪魔は全体的に自分より弱い者を見下す傾向にある。それは味方に対してもそうだし、人間に対してもそうだ。
 それに、人間の間での悪魔というのは邪悪で冷酷な存在だから、そもそも恩恵を有難がる者が少ない。そのことは、悪魔は私達以上に理解しているはず。
 そのお陰で精霊が付け入って有利に立つ隙ができているから、願わくばそのままで居て欲しかったが、どうやらそうもいかないようだ。

 精霊の気持ちなんて考えたくもないと思っているであろう悪魔が、私達の気持ちを読んでこんなことをしているとは思えない。彼らのする嫌がらせはこんな迂遠なものではなく、例えば国丸々一つ滅ぼすような、直接的で乱暴なものだから。
 だというのに、悪魔が恩恵を取り引きのために使うなんて、まさか。

『さらに不思議なことに、クソどもはまるで俺達の捜査方法を知っているように立ち回っていた。基本的には人間に姿を見られてはいけない俺達は、主に書物や実際の現場を見て情報を集める。だが、メイスト王国での人間とクソどもの間でやり取りされたメモは、ほぼ全てが焼却されていた。それに、直接悪魔と人間が会った現場は一つも押さえることができなかった。何人もの人間を介して、情報を渡しているようだったんだ』

『……』

『最初は、クソどもも無い知恵を絞って俺達の調査の妨害をしているんだと思ったんだが、俺の部下の一人が決定的なものを見つけちまった。───クソどもの魔力が染み付いた、トレーサーだ』

 トレーサーは私と友人で開発したもので、その名の通り位置を追跡トレースする小型の魔法具だ。
 日頃から精霊は人間界を監視しているのだが、なにぶん人間界は広いので悪魔の侵入をすぐに見つけるのは難しい。そこで精霊は強大な魔力───人間と悪魔の魔力は桁違いだから、ラインハルトとかの例外を除けば、人間界に存在する大量の魔力を保有するのはかなりの高確率で悪魔なのだ───を探知する魔法具を設置したのだが、今度は精霊と悪魔の区別がつかなかった。
 そこで開発したのがトレーサー。それの持ち主から漏れ出る魔力を使って稼働する魔法具で、持ち主の居場所を報告する。これは精霊しか持っていないので、精霊ではない強力な魔力の持ち主は悪魔だとわかる、という仕組みだ。

 それを持っている悪魔がいる、という事象には二つの原因が考えられる。
 一つは、悪魔に襲われた精霊が奪われた可能性。
 けれど精霊が悪魔に殺されたりした場合は精霊府という機関に報告がいくから、きっと私も把握しているはずだ。私はそんなことを一度も聞いていない。
 それに、そんなことだったら、わざわざヴェルスはくどい前置きをしないはずだ。仲間が殺されたと聞いて私が怒る可能性も十分にあるけれど、さすがに防御系の魔法を使うほどではない。

 ということは。

『実は最近、トレーサーの紛失が相次いでいてな。ちょっとおかしいじゃねぇかってことで、その精霊達を見張らしてもらった。すると、彼らは全員同じ精霊と接触していたんだ。しかもそいつは、部下を差し向けた途端どこかへ消えちまった。
 偶然だと思ったし、脅されている可能性も考慮した。だからバレないように、そいつの動向を探ったところ、俺の部下が肩を震わせながら報告を持ち帰った』

 ヴェルスは、憤怒に満ちた顔で地面に拳を打ち付けた。
 平素だったら少し芝草が折れる程度のそれは、鈍い音と共に小さなクレーターを作り出す。

『そいつは……色情の精霊は、笑顔でクソどもと取り引きしていた、と。しかも、監視している部下にも気付いていて、わざわざ接触してふざけたことまで抜かしやがった。『老いぼれが支配する精霊界よりも、革新的な魔王様が統治する魔界の方がよっぽど最高だ』、と…!!』

 前も、"色情の精霊"…いや、"色情"の話を聞いたことがある。
 確か、シュヴァルツに取り入っていた女、スミレ・テルシーが加護を持っていたと、レイストが言っていた。ということは、その時から"色情"は悪魔と繋がっていたのだろうか。人間を操り、悪魔と共謀し、国一つを乗っ取ったというのだろうか。

『……ほんとに、"色情"本人だったの…?』

『あぁ。俺だって信じたくなかったが───精霊が、クソ悪魔共と内通していたんだ……』

『……っ!!』

 プツンと何かが切れる音がして、渦巻く魔力が暴れ出した。
 漏れ出す魔力が同心円状に広がっていきながら、予め張っていた結界と障壁を粉々にし、地面を抉り、地を割り、いかづちを落とし、暴風を巻き起こし、破壊して、破壊して、破壊する。それだけではこの怒りを収めるには足りず、宙を舞う岩や土が竜巻となり、空を暗雲が覆い始め、青白い閃光の先から炎が舞い踊り、地面がその身を震わせる。

 身の内で荒れ狂う魔力が爆発する寸前まで高まったが、不思議と私は数キロメートルほど先まで破壊するだけ・・・・・・・・・・・・・・・・で落ち着くことができた。

 ゆっくり息を吸って、吐く。

『…………ははっ。怒りって一線を越えると、逆に凪みたいになるんだね』

 ようやくそう告げた時、変わり果てた草原を乾いた風が撫でていった。

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