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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

53話: 回復擬き

 あれから二日。
 私的にはかなり堪えた方なのだが、かなりの環境破壊をしてしまったことに、ヴェルスだけでなくターフからもお小言を貰ってしまい、それから逃げるように二日間自分の執務室にこもりっぱなしだ。
 説教の後に、『まぁ気持ちはわかるぞ』『お気持ちは察しますがな』と言われたが、だったらあそこまでくどくどと話す必要はないじゃん、とぼやきたくなった。といっても、あそこまで大規模なことをした私が、立場と名声の影響でお咎めなしだったら私自身の評判も下げる、というのは理解しているが。

『……八つ当たりで書類仕事してたら、もう二日経っちゃたけど、人間界はどうなんだろ』

 ずっと一人で仕事をしていたからか、思わず誰にともなくポツリと呟く。
 何回か部下が資料を運び入れてくれたことはあったが、その時は口を開いたら何を言ってしまうかわからず、結果無言になるしかなかった。
 人間界にいた時は大体側に誰かいたから、久しぶりに独りだったのだ。


 ある程度古株の高位精霊はほとんど自分の城を持っているのだが、私が住んでいるのは大きな屋敷に近い。ところどころ増築や改築で歪になっているけれど、住みやすい私の家だ。といっても、ここにちゃんと帰ってきたのは十数年ぶりだけど。

 三方向から光が入るようになっているこの部屋は、魔法によってふよふよと浮いている書類の影でいつもと全く違う様子になっていた。大量の書類を机の上に置いたら何枚か紛失させてしまう自分の大雑把さを自覚している私は、こうすることで資料などが混ざらないようにしている。なんせ、魔力の供給を切らなければ、一度発動した魔法は変化せずに保ち続けるのだ。何か別のことをしている間に風で飛ばされた、なんてことは起こり得ない。

 作業が一段落付いて、私はやっと一息つく。机の上に置いていた温かいコーヒーは、すっかり冷めてしまっていた。
 それを魔法で温めながら適温にして飲みながら、水晶板を起動させる。

 水晶板は、私が友人と一緒に開発した魔法具だ。
 イメージとしてはタブレット端末のようなもので、親の水晶板にインプットした情報を他の子の水晶板で閲覧できる。子から親へは難しくてできなかったが、いずれ実現するかもしれない。
 我ながらとても有用だと思うこの水晶板は、唯一欠点がある。必要とする魔力が多すぎる、ということだ。特に、親の水晶板を動かせるのは魔力量の多い高位精霊だけ。それでも、長時間使用すると疲れてしまう。
 幸い、色々工夫を重ねた結果、子の水晶板は中位精霊でも数時間ほどだったら使えるくらいまでに改良できたが、親の方は諦めざるを得なかった。

 私が今使っているのは親の水晶板で、開発者である私は相性がいいのか、その気になれば丸一日使える。もっとも、他のことに魔力を使えなくなってしまうから、長くても半日に留めているが。

『資料作成は完了かなぁ』

 他にも準備することはあるが、ひとまず休憩。
 私は浮かせている書類を全てひとまとめにして箱に仕舞うと、重厚な執務用の机に突っ伏した。
 木の良い香りが、私を眠りに誘う。思わずウトウトしていたら突然扉が開いて、ゆっくりと頭を上げた。

『……んー、ターフ?』

『申し訳ありませんが、アイカ様に頼みたいことがありましてな。只今よろしいですかな?』

『うん、魔力はもうちょいしないと回復しないけど、別に大丈夫だよ』

 私の返答に安心したように頷いたターフは、懐から一本の短剣を取り出す。

『それは?』

『今からやっていただくことは少々面倒ですから、報酬の先払いですな。あの王子…ユークライ殿に渡して頂ければ、と』

『……知ってて言ってるでしょ』

『さぁ?』

 わざと目的語をぼかすが、多分ターフのことだから私が指していることをわかっているんだろう。
 ひょっとしたら彼なりの気遣いなのかもしれないけれど、『さっさと仲直りしろ』っていう圧力を感じてしまうのは気の所為だと思いたい。

『んで、何をすればいいの?』

『簡単ですぞ。屋敷の私室にいながらも、荒れ過ぎて海に悪影響を及ぼしているナツミを、どうにかして頂きたいのです』

 ナツミはある意味わかりやすすぎる。この一文で状況をかなり把握できた私は、あの飄々とした笑みをきっと今も浮かべているのであろうカレンを思い出し、沸き起こる怒りを抑えるのに苦労することになった。
 直情的……よく言えば感情的で情熱的な彼女が、自分より上位存在である海の精霊が支配する海にまで影響が出す原因は、一つしか考えられない。

『……アスク、そんな悪いの?』

『現在精霊界にいる治癒魔法の使い手には、ほとんど全員に診せましたな。その全員が匙を投げておりまして、ナツミも憔悴しきっているようですぞ』

『なるほどね。ちなみに、アスクは今どこに?』

『屋敷の彼の私室に』

『オッケー。ターフは屋敷で待機。人間界の監視は引き続きダートが行い、精霊界の監視はイノデスがターフから引き継ぐように。何かあったら連絡して』

『長く空けられるのですか?』

『万が一のためかな。大丈夫だとは思うけど』

『承知致しました。ご健闘を』

 ターフはそう言って軽く一礼すると、一陣の風と共に消えてしまった。

 私は部屋を確認すると、何と言葉をかけるか考えながら、ナツミの部屋へ足を向けた。








『アイカ様。本当に、行くのですか…?』

『行くよ。ほら、くよくよしてないで』

『……畏まりましたわ。この場においてもぐずぐずするなど、わたくしの美学に反しますわ』

 頑張って説得・・をして連れ出したナツミは、いつもと違ってシンプルなロングワンピースだ。さっきまで着ていたぐちゃぐちゃのドレスは脱がせて、髪も私が結った。
 いつもの彼女なら絶対に有り得ないが、目を覚まさないアスクに対しての焦燥感や後悔、悲嘆のせいで、彼女は心身ともに疲弊していたのだ。それをどうにか励まして、今私達は連れたって歩いている。

『……精霊王様であれば、この状況を…?』

『解決はできなくても、好転くらいはできるはずだよ。というか、私がさせるから』

 今私達が向かっているのは、精霊王達がいる霊宮。
 本来なら、精霊府という精霊の役所みたいなところで、大体一週間以上かかる煩雑な手続きを経てやっと行ける場所なのだが、私には裏技が使える。今回はそれを使って、霊宮へアスクを連れていき、どうにかしてもらおう、ってわけだ。

『精霊王様に何かさせるなんて……。流石アイカ様ですわね』

 普通の精霊からすれば正に天上人である精霊王に"させる"という表現を使ったからだろう。ナツミが少し驚いたようにそう言った。

『まぁ、いくつか借りがあるからね。それを返してもらうってだけだから、大したことじゃないよ』

 一応誤解を解いておく。
 あまり、私が精霊王達と仲が良いことが広まっても、害こそあれメリットなんてほぼない。ナツミが言いふらすとは思わないけど、念のためだ。

『……さて、ここらへんでいいかな』

 屋敷からかなり離れた荒野の、大きな岩の前で立ち止まる。
 そこに手をつけると、ちょうど影だからかひんやりとした感触が帰ってきた。

『ナツミ、手繋いで』

『え、えぇ』

 辺りを見渡していたナツミは、不思議そうに岩を見つめている。

『この岩に、何かあるのですか?』

『いや、ないよ』

 精霊界にあるから魔素に宿る魔力量は多いものの、ここの住人からすれば何の変哲もない岩だ。

『……では、なぜ?』

『ある程度サイズが大きくて、魔力量が多いから。それと、微妙に死角になってるからだね』

 岩に触れている私の手を中心として、複雑な文様が描かれる。
 いくつもの幾何学的な模様が重なり、意味を成し、魔力が方向性を帯びていく。

 魔法陣が完成すると、途端に流れる魔力は勢いを増した。周りに漏れ出る魔力が光となり、キィーンと甲高い音がし始める。

『ナツミ。絶対に手を離さないでね』

『畏まりましたわ』

 ナツミが頷いてギュッと手を握ったのを確認して、私は魔法を発動する。
 精霊界でも人間界でもない霊宮へ行く、唯一の方法、特殊な転移魔法である"界渡り"だ。

『《我は願う。霊宮へと我らを運び給え》』

 その瞬間、溢れた色とりどりの光が視界を埋め尽くす。反射的に目を閉じれば、身体が何かをすり抜けたような感覚の後、無重力感に襲われた。





 浮遊感を感じたのも束の間、私は足が床に触れた感覚に、目を開ける。
 そこには、ひどくアットホームなログハウスの内側が広がっていた。
 赤々と燃える暖炉の前には、ふかふかの絨毯。その近くに置かれている木製のテーブルには、マグカップと水晶が置いてある。
 少し位置がズレてしまったなぁ、と内心反省していたら、いきなり文句を投げかけられた。

『……はぁぁ。アイカ、来るならもっと早く言って欲しい。はぁ』

 眠たげな眼を擦りながら二階から下りてきたのは、光の精霊王。
 彼は私の隣にいるナツミに少しだけ視線を向けるが、すぐに逸らして私を見た。

『相変わらずだね、光の王。借りを返してもらいに来たよ』

『……"津波"を、なぜ連れてきた? ……はぁ。面倒なことになるのは、あなた自身わかっているだろう』

 気怠げそうな話し方の中には、確かに私を非難する色がある。
 それにナツミが何か言いたそうにするが、私は後ろ手でそれを止めた。

『何かあれば、私が責任を取るから。───それより、治して欲しい者がいるんだけど』

『あぁ。"地震"か』

 そう呟いた後、彼は深く溜め息をつく。
 精霊王である彼は、多分事情を知っているんだろう。いや、多分じゃない。確実に知っているはずだ。
 それでも無条件で助けようとしてくれなかったのは、精霊界と人間界の監視者としては正しい行動ではある。それでもモヤモヤした気持ちを抱えてしまうのは、彼を個人的に知っているがゆえだろうか。

『治せそう?』

『はぁぁ。……精霊界中の全ての者が無理だと言ったんだろう』

『でもあんたはできるでしょ。第一位精霊なんだし』

『……はぁぁ。あなたのその謎の信頼は……はぁ。面倒だ』

 面倒だ、と口にしながらも、彼はゆっくりこちらに歩み寄ってくる。
 白亜の杖をつく彼がソファに座るのを手伝い、私はその近くの椅子を引っ張った。勝手に座るけれど、彼は特に文句を言わない。

『あなたには、借りがある。それは僕自身も……はぁ。理解している』

『じゃあ、いいでしょ』

『……王としての立場がある。少なくとも、"津波"がいる前ではできない』

 名前を呼ばれたナツミは、ビクッと肩を震わせる。
 ただでさえ疲れていたところに、界渡りで、更に精霊王との謁見。普通に列挙するだけでも、なんだか肩に重りが乗っかる感じがする。光の王は彼女を厄介払いするようにああ言ったが、本当は彼女を気遣ってのことだ。

『……はぁぁ。"地震"は、どうにかする。海が荒れている。君は少し休め』

 彼はそう告げると、ナツミの足元に魔法陣を描いた。

『ナツミ、先帰ってて』

『……アイカ様。申し訳ありませんわ。……ありがとう、ございます』

 いつものカーテシーではなく、腰を真っ直ぐ折るナツミ。すぐに転移魔法の光に覆われて見えなくなってしまったけれど、彼女の目にうっすら浮かんでいた涙は、妙に私の心を打った。

『アイカ。……なんで来たんですか』

『敬語禁止って言ったでしょ?』

『はぁぁ……。あなたは変なところで細かい』

 それだけ言うと、光の王は机の上からマグカップち水晶をどかす。そして無言で机を指差した。

『"地震"を』

『わかった』

 私は、前にアマリリスとラインハルトにやったのと同じ方法で、屋敷で眠っているアスクを転移させる。

『ふっ』

 シャン、と鈴の鳴るような音と共に、アスクが現れた。
 わずかに黒い靄が身体から漏れ出て、腕には蔦のように巻き付く痣がある。

『っ……』

 光の王がわずかに顔を顰めた。悪魔と相反する精霊は、一度近付けば頭痛と不快感に襲われる……らしい。"らしい"というのは、私がそれの数少ない例外だからだ。

『はぁ。……まだそこまで、進行してないみたいだ』

『どう?』

『完治は、無理だ。呪いの軽減なら』

 その短い返答に、私は身体の力が抜ける思いがした。
 ここまでカッコつけておいて、彼が"治せない"と言ったら、高位精霊アイカ社会的に終了のお知らせになってしまう。

『それでも大丈夫。お願い』

『あぁ。……恩人の、あなたの言葉だ。また貸しも増えそうだし』

『そうだね……。そのことについては、また今度ちゃんと集めて話そう』

『わかった』

 光の王は頷くと、アスクに向き直った。

 靄と痣が蠢く度に、アスクは表情を歪ませた。その辛そうな表情は、逆に呪いがまだ浅いところにしかないことを示している。
 本当に危ないところまで行くと、身体を動かすことさえできなくなってしまう。それは表情筋でさえもだ。例え魔力で身体の機能を保っていても、段々と衰弱していく。
 そうなる前に、手を打たなくてはいけない。

『……ふぅぅ』

 ゆっくりと息を吐いた光の王は、アスクの身体に幾つかの魔法陣を描いていく。

『はぁぁ。……《嗚呼、慈悲深き世界の神よ。哀れな子に幸あれと、悲しき子に笑みあれと。時針の向きこそ変わらずとも、涕泣の雫ほどの仁愛を》。……はぁ。《我が願いを聞き入れ給え、我こそが光を司る者》』

 祝詞のような文章なのに、早口に低い声で淡々と読み上げていくような光の王。だからといって効果が下がるわけでもなく、魔法陣は輝きを増していく。

『…………はぁぁ。意識を戻すか、これ以上の進行を止めるか』

 見れば、魔法陣が一時停止している。それを詳しく視ると、二方向に魔力の流れを変えられるため、私に訊ねたようだ。
 私は、特に熟考もせずに答える。元々決めていたことだから。

『意識を戻して』

『……なぜ』

『意識が戻ればどうにかできる。できなかったとしても、最悪、これをかけた張本人のカレンを殺せばいいし』

 私の回答に、納得したように光の王は頷く。
 魔法陣を再び稼働させると、一気に魔法のシークエンスを進めた。

『わかった。意識を戻す。……はぁ。これでしばらく休眠だ』

『ずっと寝てるようなものじゃない?』

『違う。ふぅ……。あれは睡眠ではなく、身体の一部の活動を……。はぁ。最低限にするだけだ』

 そこまで言って、くあっと眠そうに欠伸をする。あまりにもちょうどいいタイミングに、言い訳なのではと疑いの視線を向けると、それに気付いたように目を逸らされた。

『……はぁぁ。これで、終了だ。僕は戻る』

『ありがとね』

『……他のやつらにも、顔を見せてやって』

 私が首肯すると、安心したようにソファを立ち上がる。少しふらついたのを見て思わず支えようとするが、彼は首を振るとアスクを指差した。

『側にいてあげて。"地震"は、アイカのことを尊敬している』

『……そうかな』

『そうだよ。……はぁ。また』

 ゆっくり杖をつきながら二階へ消えていった光の王を見送り、私はもう一度椅子に座った。

 アスクはまだ辛そうに見えるが、よく見れば靄は全て消えている。痣もまだ残っているものの、かなり減っていた。
 気休め程度だが、一応回復の無魔法をかける。貴属性が使えない私では、光属性と闇属性は他の属性での再現しかできない。


 しばらく待っていると、急にアスクの息が荒くなった。

『くっは、はぁ、はっ……』

 何かに迫られるように息が速くなる彼を見ていると、こっちまで焦ってくる。
 苦しげに顔を歪める彼は、まだその瞼を開かない。

『アスク……』

 今私にやれることがないという事実が、重くのしかかる。
 ぐっと拳を握って、ひたすらに見守るしかない。下手に手を出しては、逆効果になってしまう。

『アスク、ナツミが待ってるよ……』

 結局それくらいしか言えない。
 自分の不甲斐なさが嫌になる。人脈こそ私のものだが、実際にこれを成したのは光の王。私のお陰ではない。それなのに彼が目を開けた時に一番近くにいるのは、私なのだ。
 私よりも、ナツミの方が余程ここにいるのに相応しい。彼女が帰ったのは、諸々の事情が重なってのことだ。

 それでもここにいるのは私だから、黙って彼を見守る。

 と、突然魔力量が一気に跳ね上がり、彼の瞼が微かに震えた。

『アスク!?』

『……っは、はぁ、はぁ……。アイカ、様…?』

 目を覚ましたアスクは、身体を起こすと私の方を見る。
 薄茶色の瞳は驚きで見開かれ、そしてすぐにふにゃっと崩れた。

『申し訳ありません。俺の勝手な行動で、迷惑かけて』

 謝っているくせに、彼はひどく嬉しそうだ。それにつられて、私も思わず頬が緩む。

『……ナツミに謝りなよ。一番心配してたから』

『不思議と、あいつの声は聞こえてたんですよ、ずっと。許してもらえるまで、ちゃんと謝りますよ。……それと、アイカ様。俺やっぱり、あんたについてきて良かったよ』

 いきなりそう告げたアスクは、楽しそうに笑った。

『冷酷なように見えて、あんたは情に深い。一回懐に入れたら、めちゃめちゃ大事にする。キレっぽいし、部下を酷使するし、色々謎が多いけど、あんたのその強さと優しさは本物だ。……だから大事な妹分も預けられる。感謝してるよ』

『どういたしまして。口調、戻すの?』

『口うるさい仲間がいないからな。……あの呪いの影響で、昔の記憶も見たし』

『……それは追々聞かせてよ。それじゃ、帰ろうか』

『了解。あ、俺の眼鏡は?』

『さぁ。多分屋敷にあるよ』

 まだ呪いは残っているというのに、気丈に振る舞うアスクは、自ら"界渡り"の魔法陣を描く。
 彼の言ってくれた言葉を思い出しながら、私はその魔法陣に足を載せた。

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