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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

51話: 昔馴染み

 適当に発動した転移魔法で飛ばされた先は、精霊界の草原だった。
 一度倒れてしまうと不思議なもので、なぜかもう立ち上がりたくなくなってしまう。背中が地面とくっついて、離れないのだ。
 何もやりたくない。このままずっとここに寝そべって、いつかここに生えている草木に飲み込まれ、自然の一部になってもいいかもしれない、なんて。どうせ誰かが気付いて私を現実に引っ張り戻すのだろうけど、好きな人にひどい態度を取られた後くらい、こうしたって誰も文句は言わないはずだ。というか、言ったって気にしてやるものか。
 時間がもったいないとは思うし、自分にすべきことがあるとはわかっているのだけれど、身体が動こうとしない。

『……はぁ』

 腕を空へ伸ばすが、途中で力を失って額へ落ちる。

『なんであんな態度取るの……』

 無気力感が無くなったと思えば、次にやって来たのは怒りだった。
 ふつふつと湧いてくるそれは、頭の片隅で「仕方ない」と誰かが言っているけれど、止まろうとしない。

 まるで自分の死を受け入れているようなことを言って、王族だからと生死にも頓着しない姿を見て、私は怖くなった。いつか黙って彼が消えてしまいそうで、それが嫌だと思ったのだ。
 確かにそれが彼の決めた生き方で、彼の人生の中でも短い間しか登場しない私が、身勝手に口出しできるものではない。けれど、だからと言って彼の身を案じてはいけないのか。
 もし国のためであったら、誰も、彼自身も、彼の命を諦めるのだろう。その時に、一人くらい彼を惜しんでもいいじゃないか。

 多分私はそういうことを言いたかったのだろうけど、多分全く言えていなかった。それは私も悪いかもしれない。
 だとしてもあれ・・はおかしいと、本当に思う。

 イリスティアから頼まれて行った、レイストとの密談。成り行きで、互いの目的を達成するためにも、私はあの王太子に国王になるように命じた。
 あれは私にもこの国にも利益がある。私としては、悪魔と繋がりがある王を引きずり下ろすことで悪魔の力を削げるし、この国は外交で有利に立てるだけでなく、このままだったら将来起きるであろう難民問題を解決できるのだ。
 たった言葉一つで、両方がウィンウィンな関係で嬉しくなれる結果。それの何がいけなかったのか。

 というか、勝手に逆ギレのようなことをされた私がここまで考えてあげている現状にも、腹が立ってきた。

『あー、ムカつく』

 しばらく人間界には戻らないことにしよう。
 アマリリスの警護は、信頼できる部下が行っているから問題ない。定期報告もしてもらっているから、彼女の状況も知ることができる。
 むしろ、私が精霊界に居た方が、敵は尻尾を出しやすいかもしれない。
 そう、これは八方塞がり気味な状況を打破するための、有効な一手だ。相手がどこまで私を警戒しているからわからないけれど、高位精霊である私がいなくなれば、何かしら変化は起きるはず。私はそれを、精霊界で待っていればいい。

 そんな感じで人間界から逃げてきたことを正当化していたら、不意に視界に影がかかった。

『おいアイカ、お前何してんだ』

『……あれ、ヴェルスじゃん。久しぶり』

『久しぶり、じゃねぇ。三十年くらい前に会ってるだろ』

『三十年だったら、結構久しぶりだよ』

 癖の強い茶髪に黄金色の瞳で、褐色の肌にある片腕だけの入れ墨が特徴的なのは、獣の精霊であるヴェルスだ。
 高位精霊の中でも強大な力を持つ第二位精霊の割には結構気さくな彼は、旧知の間柄ということもありよく話す。もっとも、三十年ほど前に私が人間界に行ってからは、全然会う機会がなかったが。

『よっ、と……。相変わらず凶悪な面してるねぇ』

 体を起こしてあぐらをかくと、私を見下ろすように立っていたヴェルスも腰を下ろした。

『この傷のせいか?』

 前髪を掻き上げると、右目の上の辺りにある痛々しい傷があらわになる。
 かなり昔の傷で、精霊が魔力の塊であるという性質上消えてもおかしくないのだが、その傷はずっと残っていた。

『それ抜きにしても、目つきが悪いんだよ。っていうかその傷、ボッサボサの前髪どかさないと見えないし』

 ふわふわしてて思わず触りたくなるような髪質なのだが、彫りが深い顔に切れ長の目で何人か殺してそうな顔をしているから、すごくもったいない。
 しかし、この容姿が意外と戦場においては役に立つ。かなり図体もでかいこともあり、とにかく目立つのだ。
 脳筋そうな見た目に反して頭脳派のヴェルスが前線に立つことはなくなってきたが、それでもひとたび戦地に足を踏み入れれば、愛用する戦鎚を振るって全てを薙ぎ倒す。何度か近くで見たことがあるが、鬼獣きじゅうとも呼ばれるその威圧感は、昔馴染みの私でも少し身震いしたほど。
 味方からすれば頼もしく、敵からすれば恐ろしい"獣"を司る精霊。それがヴェルスだ。

『でも、ほんと久々に会う感じがするよ』

『俺は忙しかったからな。お前がここを留守にしてた間に、結構問題が起きてたんだぞ』

『報告書は読んでるから知ってるよ。確か、法の改正を求めた暴動だっけ?』

『あぁ。なんでも、俺らは老害らしいぞ。昔起きた事件に固執して、今をちゃんと見ていないそうだ』

『冗談抜きで、まじであれは大変だったっていうのに。記憶の精霊に、映像でも見せてもらえばいんじゃない?』

『……まぁ、記憶の精霊は、気難しいだろ?』

『確かに。それで、もう落ち着いたの?』

『俺含めた古株で、一度灸を据えてやったから、しばらくは大丈夫だろ』

 "法"というのは、人間界に精霊が渡る時に遵守しなくてはならないルールのことだ。
 これはヴェルスや私を含めた有力な高位精霊が連名で出しているものであり、半端じゃない強制力がある。しかし、"法"の正当性に異議を唱える者も少なくないのだ。

 "法"で定めているのは、主に人間との接し方について。
 例えば、中位精霊以上には肉体があることを告げてはならない、とか。
 人間に求められて加護を与えてはならない、とか。
 人間の間での揉め事に介入してはならない、とか。
 他には、精霊界の存在をみだりに教えてはならない、とかがある。

 基本的なことしか定めていないつもりだったが、古臭いように感じる若い精霊もいたのだろう。一応、どれも理由と過去の事例があって決めているのだけど。

『悩みのタネは尽きない、ってことか』

『俺はお前のせいで、余計にそのタネが増えているけどな』

 ヴェルスが睨んでくるが、私だって嫌がらせで彼の仕事を増やしているわけではない。色々頼む時にこの悪人面が思い浮かぶのは、もはや不可抗力だ。
 もっとも、昔からずっとこんななので、ヴェルスの方も諦めている兆しがある。

『そんで、頼んであったことは調べた?』

『おう。こっちもかなり忙しいってのに、面倒な案件を持ってきてくれたもんだ』

『困った時はお互い様でしょ?』

『まぁな。いつもは迷惑をかけられてるが、十三年前のことは後始末含めて全部押し付けちまったし』

 そう言いながらヴェルスが魔法陣から取り出したのは、現代精霊語で書かれた報告書だった。
 一番上には、"鷹"とだけ記されている。きっと、ヴェルスの配下である鷹の精霊が調べてくれたのだろう。

『それは後で読んどけ。軽く口でも説明する。あのクソどもについて、新しい情報もいくつか手に入れたから、それも一緒にな』

 ヴェルスが"クソども"と呼ぶのは、十中八九悪魔のことだ。
 古株であるヴェルスは、悪魔との戦いを何度も経験している。だから自分自身が戦ったことも、仲間や部下が殺されたことも何回もあった。そんな彼が口汚く悪魔のことを呼ぼうが、私にそれを止める資格はない。

『お前から依頼されてた、メイスト王国の国王についてだ。あいつ、直接悪魔と取り引きしたようだぞ』

 単刀直入に告げられたその事実に、私は『やっぱりか』と声を漏らした。

『わかってたのか?』

『推測が当たってた、って感じ。あの禁術の魔法具のことを知ってる人間なんて、そうそういないからね。どうせ悪魔が直接要求したんでしょ』

『あぁ。自分の愛人が何者かに殺されて、そいつを生き返らせることを代償に禁術の魔法具を差し出したらしい。といっても、クソどもは人間を生き返らせることなんてできねぇ。どうやら、その愛人の肉体に保護魔法をかけた後、適当になりすましてるみたいだ』

 生きている人間に憑依するという儀式は、昔は割と存在した。けれどそれを行っていたのは精霊で、悪魔にそのノウハウがあるのは少し意外だ。

『よくそこまで、この短時間で調べたね』

『まぁな』

 多忙を極めているはずのヴェルスに頼んだのはちょっとだけ心苦しかったが、結果的は上々だし後悔しないことにする。後悔したら、頑張ってくれた彼とその部下を馬鹿にするようなものでもあるし。
 ちなみに、開き直りではない……と思う。

『他にもいくつか、耳寄り情報がある。聞くか?』

『もちろん』

『うっし。じゃあ今度、全精霊に招集かけて対悪魔戦に関する会議をするから、それの準備やれよ。二週間後な』

『えぇっ!? いやいや、無理だよ。二週間後って、絶対準備が終わらない自信ある』

 真顔で言い切ったら、脳天に手刀を落とされる。
 一応避けれるのだが、避けたら余計に怒らせるだけなので甘んじて受けることにした。

『いったぁ……』

『これがくそ重要な会議だってことは、お前自身が一番わかってるだろ。俺ならまだしも、リューリとかイラトアにやらせるつもりか?』

 後輩の名前を出され、ぐっと詰まる。
 本当ならヴェルスに押し付けたいが、だいぶ借りを作ってしまっているからそれもできない。

『いやでも、人手が足りないし……』

『地震の精霊のことは気の毒だが、これくらいの準備はお前一人でもできるじゃねぇか。ついでに他の仕事も代わってやれよ』

『……アスクのことは、関係なくない?』

『殺気立つな。情緒不安定か』

 思わず低い声が出るが、長い付き合いだけあってまともに取り合ってくれない。ムカつくことにヴェルスは、私の周りでパチパチと音を鳴らすスパークが燃え移らないように、風魔法で空気の流れをコントロールまでしている。
 その変わらない態度のお陰で、癪だが平静を取り戻せた。

『この会議は重要だ。お前もわかっているだろ?』

『そりゃね。対悪魔戦での配置とかについても話すだろうし』

『それだけじゃないんだな』

 ヴェルスは深く溜め息をついて、私の方を見やった。

『環境破壊するなよ』

『……どういう意味?』

『物騒な"天候"さんは、感情が高ぶるとすぐに魔力が荒れるってことだ。さっきの地震のやつのこともそうだな』

『その話に、私がキレる要素があるってこと?』

『随分前の話だが、お前のお気に入りだった中位精霊が悪魔に殺された時、丸ごと一個山が潰れて苦労したんだからな?』

 自分が感情をコントロールできない時に魔力を暴走させてしまうのは自覚しているし、昔の事例まで持ち出されると反論できない。それに関して迷惑をかけてしまったヴェルスには、本当に頭が上がらない。

『念のため、結界と障壁張っといていい?』

『そうしとけ』

 三重ほどに結界と障壁を交互に挟んだものを張ると、途端に辺りが静かになる。魔法障壁には、音を遮断する効果も少なからずあるからだ。

『いいか?』

『うん』

 真剣な面持ちのヴェルスの問いかけに頷く。
 彼自身も防御用魔法を発動したことに、私は身構えた。同じくらいの強さである私が、そう簡単に傷つけることはできないはずだからだ。
 つまり、それは私がかなり怒るであろう内容だということ。

『っと、その前にいくつか伝えとくぞ』

 思い出したように、ヴェルスがさっき私に手渡した紙を指差す。

『そこにも書いたが、現時点でのクソどもの動きについてだな。まだ人間界に侵攻はしていないが、偵察を行っているんだと。交戦はしないように徹底させているから、まだ俺らの動きは把握されていないはずだ。そんで、クソどもが接触したのは、今んとこメイスト王国の人間だけのようだ』

『……ちょっと動きが重い?』

『十三年前に失敗してるから、慎重になってるんだろ。……これを受けて、メイスト王国にいるいくつかの高位精霊には周囲を警戒するように伝達してある。他の国とかにいる精霊に関しては、クソどもが人間界にいる可能性がある、とだけ伝えているが、次の会議に合わせて周知させる予定だが、いいか?』

『うん。それくらいでちょうどいいと思うよ』

『じゃあその方向で、お前が資料作るんだからな。ちなみに、ブラックダガーっつう犯罪組織についても調べさせたが、聞くか?』

『聞くけど……人間の裏社会についても調べられたの?』

 ブラックダガーという組織は随分とアンダーグラウンドなようで、違法薬物や人身売買などを行っていることもあり、ウィンドール王国の諜報機関でもあまり情報が集められていない。
 イリスティアが悔しそうに、「あそこまで秘匿されているとは、予想外でしたわ」と言っていたのを思い出す。

『おいおい、中位精霊ならまだしも、高位精霊だったら姿を隠せるだろ? 魔力感知とかは避ける必要があったが、盗み聞きと盗み見はやり放題だぞ』

『あ、そっか』

 最近自分の姿を隠さなすぎて、そのことをすっかり忘れていた。

『ったく……。で、ブラックダガーについてだが、そこそこ情報を集められたぞ。かなり巨大な組織のように見えるが、正規の構成員は割と少なめだ。人員が必要な場合は、情報を与えずに多めの金を渡して現地で雇っている。配下の組織は無数にあるようだな。その内の一つが、ウィンドール王国の王城襲撃を企てたっぽいぞ』

『……これ、人間に見せてもいい?』

 貰った資料を指差してそう尋ねると、ヴェルスは少し迷った後に頷く。

『知り合いの精霊が調べた、としか言わないなら構わない。信憑性について疑問を持たれても、俺達の素性は言うな』

『りょーかい。これがあれば、少しは捜査が進むと思うんだよね』

 とかげの尻尾切りのように簡単に下っ端が切られる組織だからか、上の方の者が捜査の網をスルリと通り抜けてしまうらしい。
 すぐに大元に辿り着くとは思えないが、進展に期待できるはずだ。
 これで貸しを作れば、今度イリスティアに何か面倒事を押し付けられそうになった時に拒否できるだろうし。

『……これくらいか。他に聞いときたいことはあるか? お前が理性を失う前に』

『その言い方やめてくれません? 確かにブチ切れた後は何言われても頭に入らないだろうけど、理性は失わないよ?』

 冷静さは失うだろうけど。

『何もないなら話すが、俺に怪我させるなよ?』

『私ってどんだけ信頼されてないの?』

『お前が"怒ってない"とか"怒らない"って言うのは、十中八九信用できない』

 私が肩をすくめると、ヴェルスは大きな溜め息をつく。
 そして一気に表情を引き締めると、背筋を伸ばした。それを見て、私も座り直して姿勢を正す。

『ここから話すのは、全部部下からの報告だ。ないとは思うが、間違っている可能性があることも留意しろ』

 そう前置きして、ヴェルスは話し始めるのだった。

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