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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

50話: この"カンジョウ"は

 連れて来られた食堂は、"食堂"という大衆的な呼び名よりも、レストランとか料亭とかの名称が似合いそうな場所だった。貴族とか王族も使う場所が普通の食堂だったら、かなりの問題だろうけど。
 入ってすぐのところには何個か大きな丸テーブルがあって、文官っぽい人達が書類とにらめっこしながら食事をしている。マナーが悪いけど、それを指摘する人はいない。
 その隣には武官らしき人達がいて、美味しそうな麺料理をすすりながら、何か話し合っているようだった。

 どこか懐かしいようなそこを眺めていると、不意に一人の文官と目が合う。軽く微笑もうとした瞬間、目を逸らされてしまった。
 まぁ、第三王子の首を求めたことは広まっているらしいし、そんな私と関わりたくないと思うのは当然だ。

 私はてっきりそこで食べるのかと思ったのだが、食堂の人に案内されたのは奥の個室。入り口は、高級そうな素材の暖簾もどきで仕切られている。さっきのところの話し声がかすかに聞こえてくる、どこかおしゃれな部屋だ。多分、王子と公爵令息と高位精霊という組み合わせを、あの場には置いておきたくなかったんだろう。
 窓からは庭園が見える。先日の被害には遭わなかったようで、青々しい芝生の上を蝶が舞っていた。

「アイカ、これがメニューね」

 そう言ってユークライが手渡してくれたメニューには、国内外の料理の名前がズラっと並んでいる。
 これ全部ここの厨房で作れるって、かなりすごいのでは。

「俺のオススメはこれっすね。ピスタっていう、捻れた麺です。小麦から作られてるんすけど、その素朴な味が濃厚なソースと絡み合ってめっちゃ美味いんすよ。ソースにいくつか種類があるんで、興味があるやつ頼んでみたらどうっすか?」

 どうやら、私の知っているパスタと似ているようだ。

「そーいやユークライ、今回の事に対する俺の恩賞ってあるのか?」

「表向き何かを渡すわけにはいかないから、非公式の感状だけだね」

「感状…。俺がもらっても意味ないものじゃん」

『ん? カンジョウって何? 会計の勘定?』

 聞き慣れない言葉に、メニューから顔を上げる。

「感状っていうのは、主君が部下に功績を称えて送る文章のことだよ。最も、ウィンドール王国では武勲の証明として使われることが多くて、同じくらいの立場の将に送ることもあるんだけどね」

「あ、一応アイカさんも貰っといたらどうっすか? 非公式のものだから、あまり表には出せないんすけど」

『じゃあ貰っておくけど、何かあるの?』

「さっきユークライが武勲の証明に使われるって言ってたんすけど、時には貴族や武人同士の関係性を示すためにも使われるんすよね。誰と誰は共闘したことがあるんだ、って。これがあると、実際に戦が起きた場合とかに、同じ部隊に配属されやすくなるんです。共闘経験があった方が、戦力が上がると言われているんで」

『へぇ』

 精霊が持っていて意味があるかは不明だが、貰っておくに越したことはないだろう。記念として貰ってもいいかなぁ、なんて。それと、意外に私とユークライやヴィンセントの関係性を示すものは少ない。非公式な文章だとは言っていたけれど、万が一の場合に他人に提示できるものがあるというのは、重要かもしれない。

 そう自分の中で結論づけ、私は引き続きメニューに視線を落とす。
 ところどころイラストもあるこのメニューは、目が引かれるものばかりだ。できれば全部制覇したいと思ってしまうくらいには。
 でもここは無難にピスタを頼んでみようかと思った時、ふと疑問が口をついて出た。

『そういえば、これってタダで食べていいの?』

 シンプルなメニューが多いように見受けるが、王城にある食堂だもの。絶対に良い素材を使っているに違いない。
 残念で悔しいことに、私は今手持ちがないのだ。精霊に金を払わせるかは不明だけれど、なにか頼むのならその対価が必要だということは、子供でも知っている。

『今お金ないから、土魔法で貴金属を創り出した方がいい?』

「大丈夫ですよ、アイカさん。ユークライの給金から引かれるから、アイカさんが心配することはゼロっす! 俺もよろしく、ユークライ!」

「あはは。もちろん、アイカは何を頼んでいいよ。あ、ヴィンセントはもちろん自費でね。今日の遠征のために買い込んでいた魔法具も経費で落とせないから、お前の給金から引いておくよ」

「うぉっ、なんでちょっと怒ってんの!?」

 ユークライの給金から引かれるから何頼んでも良いって勝手に言ったからじゃん、と心の中でツッコミを入れながらも、メニューに書かれている名前を指でなぞる。

 うーん、やっぱりピスタにしよう。
 きのこソースがいいか、チーズソースがいいか。いや、魚介スープ和えでもいいかもしれない。

『ねぇユークライ、どのソースがいいと思う?』

「俺はきのこソースが好きだよ。あ、どれで迷ってるの?」

『きのこソースかチーズソースかな。魚介スープもいいと思うんだけど』

「じゃあ、魚介きのこ味を試してみたら? 俺はチーズソースを頼むから。後、これだけでは充分じゃないだろうから、他にもいくつか試してみようか? この牛肉のハーブソテーとか、ハーブソース和えの白身魚のポワレとか。ハーブ多めでね」

『ハーブ…?』

 なんでそんなにハーブを強調するのかと思ったら、ぶんぶん首を振っているヴィンセントを見てわかった。

『ヴィンセントって、ハーブ嫌いなの?』

「ま、まさかぁ、ははは。ハーブ食べれるよ。当たり前じゃないかぁ。いやぁ、ハーブって香りが、えっと、その、すごいよね? いやぁ、ハーブってほんとすごいよねぇ、あはははは」

「へぇ。お前がハーブを食べれるなんて、知らなかったよ。じゃあ頼もうか、アイカ」

『そうだね。あ、ヴィンセント、このハーブグラタンっていうの美味しそうだから、頼んでくれない? 食べてみたいから』

「まじでやめて!? ごめんなさい、ちゃんと自分の金で払いますから!! お願いします、ハーブ料理ばかりだけはやめてください!!」

 席を蹴るように立ち上がったヴィンセントは、机にぶつかりそうなほどの勢いで頭を下げる。
 どんだけハーブが嫌いなんだ。すごく必死さが伝わってくる。

『そんなハーブ嫌いなら、会食の時とかどうするの?』

「ああいう時はどうにか食べてるんすけど、正直ギリギリです。食べなくていいなら、それに越したことはない、っていうか」

『面倒だしさ、克服した方がいいんじゃない? 苦手な食べ物って、意外と違う調理法だと気に入る場合も多いから』

「同じこと母さんにも言われて、何度も試したことがあるんすけど、結果は……」

 ヴィンセントは人差し指を交差させ、首を横に振った。
 アレルギーというわけではなさそうだから、普通に苦手なだけなんだろう。確かに、あの独特の強い香りを忌避する人がいるのも不思議じゃない。

「じゃあ俺とアイカがピスタ、ヴィンセントはいつものグラタンでいい? 他にもいくつか副菜とかを頼むけど」

 話が一段落したのを見て、ユークライがそう提案する。
 なんだかんた言ってハーブ料理は注文しないのだから、結構優しい。

『私は大丈夫だよ』

「俺も。副菜は、このパシュールにしないか?」

 パシュール?と内心首を傾げながら、ヴィンセントが指差すものを見る。
 そこには"季節のパシュール"と書かれていて、下にあるのはその詳細だ。食材の名前や料理名的に。多分副菜のセットのことなんだろう。

「じゃあ注文しちまうか」

 そう言って、ヴィンセントはテーブルの上に置いてある水晶玉に触れる。四つの足が装飾のようについていて、指先が触れた瞬間淡く輝いた。いや、魔力が流れたからか。
 ちょっと魔素界を覗いてみると、この小さな魔法具には簡略化された魔法陣が描かれているようだ。魔素界に鏡を作り、この魔法具が光れば対となる魔法具も光るようになっている。
 その魔法陣にどこか既視感を感じてユークライに話しかけようとした時、彼が得意気な笑みを浮かべた。
 なるほど、やっぱりそういうことか。

「……お待たせ致しました。ご注文を承ります」

 私が口を開こうとすると、少し緊張した声と共に制服を着た青年がやって来る。白いシャツに紺色のベストは、異世界共通なんだなぁと思った。

「魚介きのこのピスタと、チーズソースのピスタ、それとコゴロ牛のグラタンを頼む」

「かしこまりました。他にご注文はありますでしょうか?」

「季節のパーシュルを。それと、適当に飲み物を見繕ってくれ。急ぎで頼むよ」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 そう言って彼が下がって行った後、私はやっと言うことができた。
 魔方陣の癖、構想の類似性。そして、使う魔力が最小になるように工夫されているということは。

『これ、ラインハルトが作ったの?』

「そうだよ。といっても、ラインハルトがやったのは設計だけで、実際に作ったのは職人だけどね」

 自分のことのように嬉しそうな表情を見せたユークライに、思わずこっちも表情が緩む。
 しかし、ラインハルトのことを思い出して、つい暗雲たる気持ちになってしまう。この後話さなくてはいけないであろうことを思うと、気が重い。

「……どうかした、アイカ?」

 しまった。表情には出していないつもりだったが、ユークライは気付いてしまったようだ。

『なんか、私だけが美味しいものを食べるなんて、アマリリスに悪いかなぁ、って』

 半分誤魔化し、半分本心で告げたこの言葉は、幸いユークライにもヴィンセントにも違和感を抱かれなかったようだ。
 というか、口をついて出たものの、心のどこかで考えていたことなのだし。

「その分、目覚めた時にうまいもの一杯食わせてあげればいいんですよ。そのために、俺も嫌いな書類仕事やってるんすからね」

『うん。そう、だね』

 私の今の目的は、アマリリスの不安要素を出来る限り取り除くこと。そのために、腹が減っては戦はできぬとも言うし、ちゃんと栄養を取るというのも重要だろう。
 精霊の身では食物からの栄養は要らないのに、というツッコミは、自分の中だけにとどめておく。どちらかといえば、美味しい食べ物は精神的な栄養だもの。

「じゃあ、まだ来るまで時間かかりそうだし、ちょっと認識のすり合わせをしときません? 意外と共有できてないこととかあると思うんで」

「俺は構わないよ。アイカもいいよね?」

『もちろん。じゃあまず、レイストについてわかったことね』

 さっきの密談の内容を軽く共有しようと思ってそう口にした瞬間、ほんの僅かだけれど、確かにユークライが眉をひそめる。すぐにいつもの爽やかな笑みを浮かべたものの、私だけじゃなくヴィンセントも気付いていた。

『えっと、別の話、します?』

 反射的に話題を変えようとするが、どこか黒さが見え隠れする笑顔で、ユークライはやんわりとそれを止める。

「隣国の王太子の情報は、かなり重要だと思うよ。イリスティア母上から聞いたけど、あちらの方から対談を提案されたって? 密偵から、二人きりで話していたとも聞いてる。かなり機密性の高い情報のようだね。ほら、結界が張ってあるから、他人に聞かれる心配はないよ」

 確かに結界は私もユークライも、さらにヴィンセントも張っているようだから、絶対に私達以外の人に聞かれる可能性はない。でも、なぜか怒っているユークライに対してこの話は避けた方がいいだろう。

『いや、うん、別の話をしよっか。そうそう、精霊界からの報告なんだけど……』

「アイカは、レイスト・パルト・シェインズ・フェンダースの話をしたいんでしょ? 俺も、その話を聞きたいよ。近隣の同世代の王族について知っておいて、損はないからね」

 素っ気なく告げられた言葉に、私はムッとして思わずテーブルの下で拳を握る。
 一体何が、ユークライの気に障ってしまったんだ。
 単独行動をしたことだろうか。グースト事件でも、そのことに関してこってり絞られたし。
 いや、だとしたら、ヴィンセントも何か私に言っているはず。それに、この件はイリスティア経由で私に持ち込まれた話だから、別に自分の意志だけで行動したわけじゃない。むしろ、イリスティアに言質を取られた結果だとも言える。そのことはユークライも知っているはずなのに。

『……ねぇユークライ、何が気に入らないの?』

「さぁね。ほら、早く話を始めたら? 昼食を摂り終わったら、俺は仕事に戻らなきゃいけないんだ」

『何が気に入らないのか聞いてるんだけど』

「時間がもったいない。アイカが話さないなら、俺からあの王太子についての情報を話そうか?」

『……さっきの事と言い、人の話を聞いてくれないよね』

 ボソッと、ギリギリ聞こえないであろうくらいの声量でこぼす。
 なんか面倒だし、元々伝えようと思っていたことだけ伝えてしまおう。

『イリスティアを通して、レイストから密談を持ちかけられた。レイストは、王座を狙っていて、高位精霊である私からの命を帯びることにより、王位簒奪を正当化したいらしい。だから、私はレイストに王になって国を救うことを命じた。それを記録の魔法具で、映像として記録された。多分、国に帰ったらそれを使うんだろうね』

「なっ…!? 隣国の王太子に、王位簒奪を命じたんすか!?」

『現王のシュヴァルツは乱心しているし、何より悪魔と繋がっているとの報告がある。そんなやつを国のトップに置いてはおけないっていうのは、私だけじゃなく、主力な精霊の総意だよ』

「だとしても、ウィンドールの公爵令嬢が愛し子であるあなたがそんなことをすれば、変な勘ぐりをするやからがいるかも…!」

『もしそれでアマリリスが不利益を被るなら、私はアマリリスが大切な人だけを連れて逃げるよ。私は、アマリリスの幸せのために動く。他の人間や、この国や、隣の国の事情なんて興味ない。っていうか、イリスティアがこの話を通した時点で、多分大丈夫なんでしょ』

 私がヴィンセントと会話している間、ユークライは黙ってただこちらを見ている。

「イリスティア王妃殿下は、俺達の両親とも仲が良いです。けど、王家としては公爵家に力を付け過ぎたくないっていうのもある。だから、敢えてこの話を通した可能性が高いんすよ! ただでさえ第三王子の件で、王家はクリスト公爵家に貸しがあるようなものだから!」

『そんな情勢なんて興味ないよ。正直、アマリリス以外の人間なんてどうでもいい』

「なんで……なんで、そんな冷酷な風を装うんですか、アイカさん!!」

 ヴィンセントが立ち上がり、私を見下ろした。そこそこ身長の高い彼は、柔和な顔を歪めている。
 その表情の理由がわからず戸惑っている私に、彼は言葉をぶつけた。

「あんたが本当は優しいってことは、まだ知り合って数週間の俺でもわかります! なのに、なんであんた自身が、自分は優しくないように見せかけてるんすか! さっきのことだって、あんたが優しすぎて、こいつが馬鹿だからあんな空気になったんだ! っつーか、あんたはずっとそうだ! 一番辛いとこを自分でやって、平気そうに笑ってる裏でめちゃくちゃ傷ついてる! その自己犠牲の優しさは有り難いけど、見てて辛いんだよ! アマリリスを見てたあんたなら、わかるだろ!? すげぇ似てるんだよ、二人は!」

 いや、違う。アマリリスと私は違う。あの子の方がよっぽど優しくて、頑張り屋で、真面目で、いい子だ。
 それに比べて私は、冷たくて、いつも手を抜いていて、不真面目で、何一つ成功しない。

『言ってる意味がわかんない。私とあの子は違うし、そもそも私は精霊。おたくら人間とは違うの。考えるだけ無駄だよ』

「……アマリリスがそれを聞いたら、大笑いしますよ。突き放してるくせに優しいんだから、って」

 そう言ってヴィンセントは、口角をつり上げる。
 怒ってるのに笑うなんて、と思うけれど、なぜか違和感はない。むしろ、それが彼の本音を表しているようで言葉に詰まる。
 それにしても、ユークライは一言も発しない。それが嫌なのに、同時にひどく安心してしまう。この安堵は、苛立ちは、一体何なんだ。

 わからない。わからないし、わかりたくない。
 なぜか叫びたくなる衝動を堪えて、私は深く息を吐く。

『……はぁ。もういい』

 自分の中がグチャグチャで、これを口に出すのも億劫で、私は転移魔法を発動させた。一瞬にして視界が光に包まれて、二人の姿も見えなくなる。行き場はまだ決めていない。とりあえずここから離れたくなったのだ。
 何も言わずに発動しちゃったけど、良かったのか。やっぱり何か告げた方が良かったかもしれない。でも、自分でも正体を掴めないこの気持ちを紡ぐのは、不安の方がはるかに大きいから無理だ。
 ぐるぐると回る思考に、目を回したのだろうか。考えることを放棄した私は、いつの間にか着いていた精霊界の草原に、身を投げだす。

『何やってんだ、私』

 転移魔法特有の軽やかな鈴の鳴る音が、ヴィンセントの言葉と共に、やけに私の耳の中で響いた。

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