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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

48話: シェインズ

 精霊界への連絡を終えて、部屋を出た私を待っていた衛兵に連れられてやって来たのは、私が使っていたのとは別の貴人用の部屋だった。

「こちらでございます」

 案内された部屋の中には、レイストの他にわずかな侍従三名がいるのみ。衛兵が部屋を出れば、そこには四人の人間と一柱の精霊だけになった。

「……おかけください」

 立ち上がったレイストが、私に席をすすめる。それと同時に一人の侍従が動き、私が座りやすいように椅子を引いた。
 たったそれだけの動作だが、四人はひどく緊張しているように見受けられる。

 私はビロードの椅子に腰掛け、用意された紅茶に口をつけた。

『……それで?そんなにジロジロ見られても困るんだけど』

「っ!!失礼致しました!!」

 ばっと頭を下げるのは、レイストの右後ろに立つ若い青年だ。儀礼用の剣を帯びているから、護衛の騎士なんだろう。左腕が剣の柄に当たっているが、それさえも気付いていないようだ。
 気の毒なほどに顔を青ざめる様子に、メイスト王国の精霊信仰の根深さを垣間見る。

『別に気にしていない。ただ、できれば部屋から出て行って欲しい』

「な…………て、天災の精霊様、どうか、御慈悲を…!!御身の逆鱗に触れてしまいましたでしょうか!?」

『ねぇ、出て行って欲しいって言ってるのがわからない?そこの二人も出てって』

「っぁ……」

「で、ですが……」

「ベルク、外してくれ。マーシャとポルロも」

 主からも言われ、依然として顔色の悪い騎士と他の二人はやっと連れたって部屋を出た。
 扉が閉まり、騎士の青年を慰める声が完全に遠ざかるのを見計らって、レイストは立ち上がる。

「お心遣い感謝致します。深い謝意を」

『それはこの場に来たことに対して?それとも、間者を追い出したこと?』

「両方です。……それにしても、見抜かれていましたか」

『まぁね。知り合いから、侍従の最低限守るべき暗黙の了解について聞いていたから』

 騎士の青年は、儀礼剣を差していた。それ自体は別に珍しいことではないが、左側に佩剣しているのにレイストの右後ろに立っているのがおかしかったのだ。
 もしレイストの近くで彼を守ろうとした場合、左腰から剣を右腕で抜けば当たってしまう可能性が高い。護衛対象を守るなんてもってのほかな騎士だったら、絶対にそちら側には立たないのだ。
 ではどうしてあの青年がそうしていたのかといえば、二つの可能性が考えられる。
 一つは、青年がまだ未熟で緊張していたということ。
 もう一つは、青年がレイストに忠誠を誓っていない間者だということ。

 ひょっとしたら、いつでもレイストの命を奪えるように、あそこに立っていたのかもしれない。考え過ぎだとは思うが。

『あの騎士だけだったら判断しかねたけど、他の二人を見てわかったよ。隙があれば、あんたの面子を潰そうしていた』

 私が部屋に入った時、誰一人として私を迎え入れようとはしなかった。普通客人が来れば、たとえ案内役がいるとはいえ、その部屋にいる使用人が客人を案内するのが常識らしい。
 それに、紅茶が予め用意されていた。本来なら、立場が上の人をもてなす茶は、主の指示で侍従が淹れるもの。主が自ら茶を淹れる必要がある場合も少ないからだ。しかし、私が腰掛けた時にはもう紅茶は置いてあって、しかも冷めていた。

『もし私が文句を言ったら、あんたの責任にしようとしてたんだろうね。私が言わなくても、さっき入ってきた衛兵がウィンドール王国側に報告する可能性もあったし』

「実際そうやって嵌められたこともあります。落ち着ける場がありませんよ」

 そう言ってレイストは苦笑する。

「あの女に籠絡されたとはいえ、父の腕は健在です。私が父に不信感を抱いていることに感づいているのでしょう。信用の置ける者は、全員暇を出されてしまいました」

 この王子は、実の父親によって孤立させられているようだ。
 可哀想だとは思うが、それ以上でもそれ以下でもない。別に隣国の王族の間でいがみ合いがあっても、この国やアマリリスに不利益はないだろう。
 それでも関わらなくてはいけないのは、その背後にあるものが私と敵対するものかもしれないからだ。

『それでも未だに王太子なんでしょ?』

「はい。一度立太子すれば、それを取り消すことは容易ではないので」

 まぁ、簡単に王太子がコロコロ変わったら国内外関係なく多くの人が困る。
 だからウィンドール王国では、後継者の資質をしっかり見極めるために、ギリギリまで王太子を選ばないらしい。

「ただ、王太子とはもはや名ばかりです。国を追い出され、弟に監視されてる日々ですよ」

『弟って、クレイスト・フェンダースだよね。でも監視って言っても、王城内だったらあんたも弟も動き回れないでしょ?』

「あぁいえ、ここで監視されているわけではありません。魔法大学、というのをご存知でしょうか。魔法学校に隣接して作られている、大陸でも最高峰の魔法学の研究施設なのですが」

『初めて聞くかも……いや、少し聞いたことある。近隣の国家からの留学生も多いって』

「はい。私もその一人で、元々は魔法を会議に取り入れるための研究をしていました。本当なら二年前に帰国していたはずなのですが、信頼する友人に帰国を止められたのです。国できな臭いことが起きている、と。それから国内にいる部下や友人に調査をしてもらっていたのですが、父にそれを嗅ぎつけられ、安全のためにここに留まっています」

 王太子が帰国できないなんて、どんな異常事態だ。

「しかし一年前から弟がウィンドール王国の魔法学校に入学をし、私の監視のために魔法大学に部下を送ったのです」

『なるほどね。……ちなみに、メイスト王国で起きている"きな臭いこと"って何?』

「父の不調に始まる国内の混乱です。最初は父の体調が悪いのかと思っていましたが、スミレ・テルシーの遺族が父に接触していることがわかり、更にそのテルシー家がブラックダガーと深い関係にあることが判明したのです」

『ちょっと待って、テルシー家とブラックダガーの関係については初耳だよ?』

「えぇ。……実は、本日お話したかったのはこのことをお伝えしたかったからなのです」

 そこでレイストは一息つく。

「我が国、メイスト王国は、内部まで腐敗しています。色情の精霊の加護を持った、一人の悪女とその背後にいる巨悪な組織によって。───どうか我が国を救うのに、御身の力をお借りしたい…!」

 壮大な物語のような文言だ。
 悪女によって乱心する実父の悪政を止めるために奮闘する王太子。そんな彼に助力を求められる高位精霊。

『……ひとまず詳細を、順序立てて説明して。力を貸すかどうかはその後決める』

「はい、もちろんです」

 レイストは頷くと、「まず」と話を始めた。

「スミレ・テルシーは、メイスト王国でも東端、ウィンドール王国の近くに領土を持つテルシー子爵家の次女です。王城には女官として務めていました。勤務中、偶然・・父と出会った彼女は、ちょうど父が頭を悩ませていた治水工事に関する資料を持っていました。それから、何かと父に目をかけられるようになったようです。それが七年前のことで、当時母は病気で臥せっていました」

 "偶然"という言葉を強調するということは、王城で国王に出会ったスミレ・テルシーに違和感を感じているのだろう。話を聞いただけの私でさえ、仕組まれたような気持ち悪さを覚えたのだから。

「当初は父もいつも通りだったのですが、ゆっくりと変化は現れました。母を見舞う間隔が少しずつ長くなり、他人の意見に耳を傾けないことが多くなり、飲まなかった酒を頻繁に口にするように。一番大きかったのは、毎日の日課であった家族での晩餐をしなくなったことです。重要な客人が来ていない限り、晩餐は一緒にとっていたのですが、いつからか彼女と共に過ごすようになっていきました」

  家族を疎かにして愛人と過ごすなんて、ちょっと敬遠したいタイプの人だ。

「徐々に変化は顕著になっていき、父の周りは彼女に毒された者ばかりになっていきました。政治は閉鎖的、そして独裁的になっていき、いつの間にか王太子の私でさえも口が挟めないほどになりました。その頃から、市井の間でも父が乱心しているとの噂が流れるようになり、私は何もできないままウィンドール王国へやって来ました。それが四年前のことです」

『それだけ聞けば、ただシュバルツがスミレ・テルシーに誑かされただけにしか思えないけど、ブラックダガーはどう関係するの?』

「持ち出された禁術の魔法具が、ブラックダガーに渡った形跡があったのです。詳しく調べさせると、父からスミレ・テルシー、彼女からテルシー家、そしてブラックダガーへと受け渡されたことが判明しました」

 それはつまり、一国の主が犯罪組織と繋がっていたってことか。間接的にとはいえ、にわかには信じ難いことだ。

『ブラックダガーはどうやって魔法具を利用したの? 聞いたところだと、主に人身売買や違法薬物とかをやってるって話だけど』

「彼らは魔法具を使って精霊術師になりすましていたようです。メイスト王国においては、精霊術師は精霊に愛されし精霊の代弁者。正直で善良な国民ほど、精霊術師の言葉には逆らいません。彼らはそれを利用して、人攫いや薬物の売買を行っていました」

 属性魔法と精霊魔法は、発動した時の様子が全く違う。
 属性魔法では多くの場合魔法陣を描くのに対し、精霊魔法では空気中に漂う下位精霊から力を借りる。そのため、精霊を見ることのできない人からすれば、術者の周りに光が現れたら、それは精霊魔法なのだ。

「また、属性魔法に対する制限がある区域でも魔法を使うことができるので、それを利用して貴族や商人にも接触していたようです。警戒心が強い身分が上の者でも、属性魔法が使えない場所であれば安心する場合が多いので」

 賢いなぁ、と敵ながら感心したくなる。
 属性魔法を制限する魔法具は割とポピュラーで、だからこその落とし穴だ。属性魔法が使えない場所では、ほとんどの場合で純粋な肉弾戦が強い者に軍配が上がる。そのため、屈強な護衛を雇って満足してしまう上流階級の人が多いのだ。

「ブラックダガーはいつの間にか勢力を伸ばしていました。その力を削ごうと思っても、彼らの協力者には貴族や有力な商人が多く、何もできない状態です。この状況を打破するには、御身の力が必要なのです」

 私にはリターンが少ないけれど、メイスト王国のことを調べる際にレイストの助力があれば、かなり便利だ。
 私の読みが正しければ、レイストの申し出は受けた方がいいのだけど、簡単に了承するのも避けたい。

『……話はわかった。それで? あんたは私に何を求めるの?』

「私に大義名分をお与え下さい。第二位精霊である御身の言葉であれば、従うのが道理。父を王位から引きずり落とすのも、容易となりましょう。私が王に即位し、国を立て直します」

『へぇ。私に旗印になれ、って?』

「そう解釈なさるのも無理はありません。ですが、これ以上ブラックダガーの勢力が広がりメイスト王国が荒廃すれば、御身の愛し子であるアマリリス・クリスト嬢にも危害が及ぶかもしれ…っ!?」

『……はぁ?』

 お前がアマリリスの名前を出すのか、という言葉はなんとか飲み込んだが、私の感情に呼応するように舞い起こった風が部屋の調度品を揺らした。
 いや、"揺らした"なんて言葉じゃ不十分かもしれない。もう風は収まったのにカタカタと壺は鳴っているし、壁は不安げに軋む音がする。雷はそこまで出ていないが、火花が散っているような音は消えない。
 まぁ、何も壊していないし大丈夫だろう。何かあれば、この王子様にお金を請求すればいいし。

『ごめんごめん、あの子の名前は今出して欲しくないんだよね。わかる?』

「え、えぇ。あ、いえ、その……申し訳、ございません」

『もういいよ。───それより、私が命令したら確実に王位に就ける確証は?』

「ウィンドール王国とファゼル帝国からは、私を支持するとの確約を頂いています。フルーム連邦とヴァザック帝国からは干渉しない、と」

 ファゼル帝国はメイスト王国の北に位置する国で、隣接しているから影響が出やすい。難民などのことを考えれば、今の乱心したシュヴァルツよりまともそうなレイストを王に推すのは納得できる。ウィンドール王国も、多分同じような理由だ。

「お言葉さえ頂ければ、必ず王位に就いて国を救ってみせます。ですから、どうか…!!」

 虫のいい話だ。レイストにとっても、私にとっても。

 レイストは、私の言葉を使って自分の成し遂げたいことをする。
 私は、言葉を告げるだけで自分の得たい情報を得られる。

『王になれ、レイスト・パルト・シェインズ・フェンダース。王になり、国を救え』

「畏まりました。御身のお言葉、この身に刻み必ず果たしましょう」

 レイストは跪き、頭を垂れた。
 その瞬間、彼の服に付けられていた青い水晶が光る。

『……記録の魔法具まで使うとは、驚きだよ』

「それほどに、私と私を支持する者達は本気なのです」

 レイストは立ち上がり、「それより」と話を変える。

「私のフルネームをご存知とは……。真名も含めて」

『パルトが王太子って意味なのは知っているし、シェインズの意味も知ってるよ』

 私がそう言うと、レイストは苦々しげな表情を見せる。

『"シェインズ"は、古代精霊語で"反逆者"。もうメイスト王国には、古代精霊語がわかる人はほとんど残っていないんだっけ?』

「えぇ。王家でさえも、理解する者は存在しません。真名をつける際には、昔の書物から響きが良いものを適当に選ぶだけですよ」

 知り合い・・・・に聞いたところ、彼の真名を付けたのは父親…つまり、シュヴァルツ王だそうだ。
 自分の息子に"反逆者"という名前を付け、自分が反逆される。
 哀れではあるけれど、それ以上に滑稽だ。

「おそらく、王国中で古代精霊語がわかるのは、私を含めて百人ほどだけでしょう。そのお陰で、私の名前が笑いの的になることもありませんでしたが」

『名前じゃなくて、あんた自身が笑いの的にされるかもよ? もし、王位簒奪に失敗したら』

「そうはならないよう、全力を尽くすまでです。───本日は、誠にありがとうございました。そろそろ侍従を呼び戻します。これ以上は、怪しまれてしまうので」

 こっそり窓の外を見てみると、太陽が随分と高いところにある。そろそろ昼時だろう。
 朝から悪魔と戦って、王城に戻ってきてリラックスできたと思ったらこれだ。必要はないけれど、今日くらいは美味しいご飯でも食べて癒やされたい。
 うん、そうしよう。ユークライに頼んで、王城の食事を楽しむのも一興だ。

『何かあったら、そこら辺にいる精霊に言付けて。それじゃあ』

 国の中枢である王城なのだから、きっと料理人も腕がいいだろう。最後にものを食べたのはもう数年前。"食べる"ということ特有の幸福感を思い出すと、急にお腹が寂しくなる。
 考え始めると食欲が止まらくなり、私はレイストの返答を待たずに部屋を出た。部屋の前で待機していた侍従達が何か話しかけて来たが、無視してユークライを探す。

 ちょうどお腹が空いたらしく、執務室から出てきたユークライとばったり会うことができたのは、それからわずか数分後のことだった。

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