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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

45話: 叱責

 怒りに我を忘れそうになるのをどうにか抑えて、私は目を凝らした。
 神殿の外には、無数の広葉樹が青々と茂っている。大地の精霊から漏れ出る魔力を受けて育った木々は、葉がふさふさなだけでなく幹や枝が太い。そのうちの一本の上で、カレンと良く似た艶やかな黒髪の少女が、新たな矢をつがえている。
 いくら太い枝とはいえあそこでバランスをとるのは困難なはずなのに、真っ直ぐに矢は飛んできた。おそらく、彼女自身の技量がすごいのもあるとは思うけど、魔法的なエンチャントが施されていたのだろう。

 と、そこで私は自分が矢を握っていることを思い出した。ちょっと調べてみようと魔力を流した瞬間、サッと砂になって消えていく。
 それに溜め息をついて、私は辺りを見渡した。アマリリスの目と魔力感知、両方を使っているからかよく見える。

「『アスクの張った障壁魔法、切れてるみたい』」

「そうだね。その代わりに、彼らの張った障壁魔法があるみたいだ」

 私の独り言に言葉を返したのは、ユークライだった。
 流石王族と言うべきか、アマリリスの無事を確認した後、すぐに意識をアマリリスから周囲に対して切り替えている。険しい表情で、かすかに光る障壁を見ていた。
 彼の表情のわけを尋ねようとした瞬間、もう一度矢が飛んできて、その憂慮の意味をわからされる。

「『外から中へ。けど中から外は無理ってことか』」

 アスクが張った外側と完全にここを遮断する障壁ではなく、外側から内側への一方通行の障壁。神殿外に味方を配置している悪魔が有利になってしまう。
 いや、それだけじゃない。よく見ると、悪魔にだけ無効化されている結界もある。

『ふむ。どうやら、あの結界は我らの魔法陣を掻き乱すような能力を持っているようではないか!』

『そうですな。つい先程発動されたようですが……どうやら、かなりの代物。魔法陣を使った大規模な魔法を使うのは、アイカ様でも困難でしょうぞ』

『困ってしまうな。はっはっはっ!───っと、この矢は魔力でできているよう。興味深いではないか!』

 大して困っているようには見えない表情で、ジンさんが笑い声をあげる。そして、サラッと射られた矢を素手で掴んで解析し始めた。
 私の時はすぐに砂になってしまったが、それを阻害する魔法でもかけているのか、矢は原型を留めたままジンさんに解析されている。
 そういえば、ジンさんは武器の精霊だったと心の中で手を打った。私より武器に関して詳しくて当たり前だ。

 ジンさんは、しばらく唸っていたが納得したように矢を握り潰した。多分、解析し終わったのだろう。その結果を聞こうと思った時だった。

『うぉぉぉ!!』

 確か、ゴーンズとかいう悪魔だったか。
 カレンが偽者だということにショックを受けていたようだった彼が、炎を身体に纏いこちらへ突っ込んでくる。その巨躯に私の身長ほどあるメイスも相まって、めちゃくちゃ大きい印象だ。魔力も、そこまで強くはないもののかなりの量がある。
 それだけだったら、実は大した脅威でもない。魔法に関する制限を受けているとはいえ、ナツミやターフ辺りが適当に対処できる。
 けれど問題は、後ろで彼に支援魔法をかけている悪魔がいるということだ。

 支援魔法は、そのまんまゲームとかでよくあるバフをかける魔法みたいなもののこと。自身にかける肉体強化魔法の類を、仲間にかける魔法だ。
 自分でかける時に比べて時間がかかったり効果が薄いという欠点はあるものの、一定以上の人数が一人に対して重ね掛けすれば話は別。
 今、描陣魔法が使えない状況に置かれている私達にとっては、かなりの脅威となってしまう。

「『エメラルド、あの突進してくる悪魔の前に障壁魔法を!』」

 下手に迎撃しようとして接近したら、あの炎に焼かれてしまう。距離を取って攻撃するにも、魔法陣が使えないと難しい。
 打開策を見つけるためにも、時間稼ぎをしなくてはいけないのだ。

『む、無理です!さっきから、魔法陣を描こうとする度に失敗しちゃって……』

「『思念魔法でいいから!』」

 思念魔法は描陣魔法よりも難易度が高い。そして、威力が低くなりがちな傾向にある。全て自分のイメージで魔法を組み立てる必要があるからだ。それに、魔法陣に描き込まれている魔法式を理解していなくてはならない。
 障壁魔法は比較的シンプルな魔法だから、いつものエメラルドだったら発動できただろう。しかし、冷静さを失っている彼女は何度も魔力を霧散させるだけだった。

『どう、して……』

 一度失敗すると、焦って次も失敗してしまいその連鎖が続く。
 青ざめるエメラルドに、しびれを切らしたようにナツミが迎撃するための魔法を放った。

『はぁっ…!』

 いくつも水の槍が生み出され、ゴーンズへ向かっていく。スピードも威力も、思念魔法とは思えないくらいだ。
 しかし、ゴーンズが腕を一振りしただけで全て水蒸気へ変わってしまう。

『本当に面倒ですわね……』

 ナツミはそう言いながらも、氷の壁を迫り上げゴーンズを止めようとするが、いとも簡単に粉々に砕かれる。
 その勢いのままゴーンズは飛び上がり、私達が張っている障壁魔法へメイスを振り下ろした。

『そう簡単には行きませぬぞ』

 ターフが操る風がゴーンズを押し返す。圧倒的な強風に、さしものゴーンズもたたらを踏んだ。
 しかし、後ろに控える悪魔がいくつもの攻撃魔法を発動し、そのせいで風を保てなくなる。今、描陣魔法が使えない私達は、魔法においてはるかに不有利だ。

「……アイカ。あの結界魔法、破壊できそう?」

 その戦いを横目で見ていたユークライが、そう問いかけてくる。
 今もナツミとターフが二人がかりで抑えているが、他の悪魔からの他方位からの攻撃もあり、後手に回ってしまっている状況だ。何か打開策が必要だけれど、それを考える暇さえ与えてくれない。
 せめてあの結界魔法を破壊できれば、とは私も思ったことだ。けど。

「『できなくはない。でも、アマリリスへの負担が大きくなっちゃうと思う。それに危険性も高いし。多分ラインハルトならいけるだろうけど……』」

「……いや、無理だ。僕には、あの矢数本さえ止められない。兄さんとアイカには申し訳ないが、あれを壊せる気がしないんだ」

 その弱気な言葉に、ユークライが驚いたように片眉を上げた。
 たまたま耳に入ったのだろう、ナツミも有り得ないと言いたげに目を見開いている。

 さっきまで、赤子の手を捻るように悪魔を圧倒していたのに。

「さっきまで、片手間に悪魔をいなしてたじゃないか」

 ユークライが、私や他の皆が考えていたことを代弁する。
 この精霊や悪魔がひしめく中でも一際目立っていて脅威だと思われていた存在は、私やカレンを除いたらラインハルトだと言えるはずだ。冗談とかお世辞抜きで、めちゃくちゃ強かった。その意見は、多分全員一致する。
 もはやふざけてるんじゃないかと思うほど、彼の発言は私達に驚きをもたらした。

「あんなことは誰でもできる。それより重要なのは……」

 悪魔を迎撃することを"あんなこと"と言い切るなんて人間にしては異常だ。
 それほどの力を持つというのに、悔しげにラインハルトは拳を握る。

「僕が、アマリリスに迫る危険に気付けなかったこと。そして、アマリリスを守れなかったことだ」

「『ラインハルト、あれは……』」

 あれは仕方がなかったと、結果として守れたから大丈夫だと、そう口にするのは容易だ。そうして彼を励ましたのだと、自分を騙すのは簡単だ。
 しかし、それだけは選べなかった。

 ラインハルトの目に宿るどこか仄暗い光が、私にそう言うのを躊躇わせた。

「……僕は、少し調子に乗っていたのかもしれない。大した力を持っていないのに」

「どうしたんだ。らしくもないことを言って」

 ユークライの問いかけに、ラインハルトは首を振る。

「大切な人さえ守れない僕に、この戦いの命運を分けるような命令はしないで欲しい」

 弱々しくも確かな拒絶の色を含むその言葉は、突き放すように告げられた。

 悪魔の呪いから驚異的な回復を遂げたとはいえ、精神の回復は追いついていなかったということだろうか。あいつらの操る呪いの中には、精神に干渉して相手を弱らせるものも多い。
 肉体的なダメージなら、回復魔法でどうにかなる。だが、精神的なものだった場合は、本人が立ち直る以外に方法はない。私にできることは、一つも存在しないのだ。
 何か励ましの言葉を口にすることもできず、私はただ俯くことしかできなかった。

「ラインハルト、酷かもしれないが今は落ち込むな。今俺達は、ここから脱出することができない。あの魔法障壁を破壊しない限り、全滅だ」

「……僕以外の者でもできるだろ。台風の精霊や津波の精霊でも火力は十分足りる」

「彼らは描陣魔法が使えない。魔法を組み合わせることに長けているお前なら、どうにかできるはずだ」

「どうにもできない。描陣魔法を使えないのは僕も同じだ。なんだったら、経験が少ない僕の方が劣っている」

「だから、お前にはそれを補える技術があると言ってるんだよ」

「技術…?はっ、アマリリスに迫る危機にも気付けない技術は、果たしてこの状況を打開するのに足りると思うのか、兄さん?」

 自分のことを鼻で笑うなんて、無口な癖に自信家な彼に似つかわしくない。ユークライも同じように感じたのだろう、眉を顰めて窘めるように彼の名前を呼んだ。

「ラインハルト……」

「『聞いて、ラインハルト。悪魔は、常に私達の予想外から攻撃を仕掛けてくる。から、さっさと切り替えて。私も援護するから』」

「やめろ。今のお前が最優先すべきはアマリリスを守ることで、足手まといの僕を守ることではない。なんだったら、お前の部下に援助魔法をかけてやれよ」

「『いや、まぁ、そうかもしれないけど……』」

「ラインハルト。自分を心配してくれる人に対して、そんなふうに言い返すことはないだろ」

「そうだな。これでわかったろ、兄さん?僕はあなたが考えているより、どうしようもない人間だ」

 そのかなり投げやりな態度にユークライは顔をしかめるが、彼が何か言う前にラインハルトはジンさん達の方を示した。

「切迫した戦局だ。ここの防衛は僕と大地の精霊、それと武器の精霊で担う。アイカはアマリリスを守ってくれ。台風の精霊と津波の精霊に突撃してもらう。それで文句は……っ!?」

 魔法同士がぶつかり合う音に満たされた神殿に、それとは明らかに別種の乾いた音が響く。
 それはラインハルトの背中が平手打ちされた音で、それを行ったのはヴィンセントだった。いつの間にか背後に回り込んでいたようだ。
 ラインハルトが痛みに目を白黒させているのを見ながら、乱暴に肩を掴んで自分の方を向かせたヴィンセントは、不機嫌なオーラを滲ませながらラインハルトを睨みつけた。

「おい、ユークライ、何やって…!?」

「ラインハルト殿下。よく聞け。今の俺はあんたと対等だ。いや、なんなら俺の方が偉い」

 何言ってるんだ、ヴィンセントは。
 確かに王国に五つしかない公爵家の令息、それも嫡男となれば結構高い地位にいる。しかし、それでも届かないのが王室という存在だ。
 正式な王室の一員であるラインハルトにそんなこと言うなんて、普通に不敬罪に当たる。もちろんラインハルトはそれをいちいち訴えるような性格ではないけれど、それでもこの発言は有り得ない。

「ユークライやアイカさんも含めて、俺の気が狂ってるとかでも思ってんだろうな。けど俺は至って正気だ。俺は今、ラインハルト殿下より偉い。───なぜなら、俺は殿下が好きな相手の兄だからな」

 そう言い切ったヴィンセントは、ラインハルトの胸ぐらを掴む。

「あんたはアマリリスを一回守れなかった。これは誤魔化しようのない事実だ。が、たった一度で、しかも俺しか気付けなかったことだ。俺も父さんも母さんも弟達も使用人達も領民も心が広いから、きっと許してくれるだろうな。けれどな、ここで自棄になるようなやつなんかにはアマリリスを安心して預けられねぇんだよ!」

「っ!!」

「あんたがここで諦めたら、もっとアマリリスに迫る危険が増える!いいのかよ!あいつのこと、好きになったんじゃねぇのかよ!」

「……僕、は」

「挽回の機会を与えてやるから、ちゃんとやってくれよ。───そしたら、俺のことも兄さんと呼んでいいと言ってやるかもしれん」

「はは、それは、いい……」

 その返答に、ヴィンセントはラインハルトの胸元から手を離すと持ち場に戻っていく。
 そしてラインハルトはというと、まだどこか浮かない顔ながらも、一歩踏み出した。

「できるかはわからないし、自信はない。だが、せめてあの悪魔の足止めくらいはしてみせる」

 こちらを射殺さんばかりの眼光のゴーンズは、身体に纏っている炎を掴み取ると、自分の方へ向かってくるラインハルトに向かって投げつけた。
 それを水魔法で相殺すると、今度は雷の球を生み出す。思念魔法だから一つ一つは小さいが、それらがいくつも合わさって巨大な雷球となった。バチバチと音を出しながらも今にも暴れ出しそうなエネルギーの集合体は、みるみるうちに圧縮されていく。
 ラインハルトはその雷球をいくつも生み出すと、一気にゴーンズに投げつけた。
 解放された雷の力の轟音が響いた瞬間、ほんのわずかな間ではあったものの、外にいる者も含め全て悪魔の意識がそれにとられた。

『貰いましたわ…!』

『後衛を軽く撫でておけ、ナツミ』

 その一瞬で包囲網を突破した二人が、戦場を駆け抜ける。ついで、とでも言わんばかりに支援魔法をかけている悪魔の方に魔法を放ちながら。

 ずっと支援魔法に集中していて守りが疎かになっていた彼らは、突然の攻撃に集中力を切らす。そのお陰で、ゴーンズにかけられている支援魔法が弱まった。

「感謝する!」

『はっはっはっ、他の悪魔の足止めは任せておけ!』

 それに反応してラインハルトやジンさんが新たな魔法を打ち込むのを見届けたターフとナツミは、一直線に結界魔法の核となる場所───魔法の起動点を目指して跳躍する。

『貰いましたわ…!!』

 阻もうとする悪魔達をすり抜け薙ぎ倒し、ナツミのレイピアが結界の核を貫いた。
 その瞬間、神殿を取り囲んでいた透明な壁が眩い光を放つ。反射的に目を閉じて魔力感知の感度を上げるが、結界魔法の魔力が辺りに溢れて魔力感知が使えない。
 濃密な魔力は、魔力感知を駄目にする。その名前の通り魔力を感じその性質を知ろうとする魔力感知は、見ようとしている魔力よりも遥かに大きくて無秩序な魔力が近くにあると、途端に見えなくなってしまうのだ。
 この魔力を私のコントロール下に置けば、普段通りに見えるようになるだろう。けれど、せっかくのチャンスだ。今まで散々やられたお返しに、何も見えないまま倒される恐怖というものを味わわせてやる。

「『ターフ、ナツミ、外にいる悪魔の捕縛を』」

『畏まりましたわ』

『御意に』

 二人の返答を確認して、視界が無効になっている中、私は熱感知の魔法を発動した。

「『……よし、視界良好』」

 モノクロのサーモグラフィカメラ的な映像が目の前に広がる。視覚がダメになっていて魔力感知が使えない時には重宝する魔法だ。もっとも、サーモグラフィを知っている私くらいにしか使えないのと、そもそもそんなイレギュラーな状況に陥ることがあまりないので、いつもは役に立たないのだけれど。
 こういう時くらいにしか使わないから、ぜひとも頑張って欲しいところだ。

 描陣魔法を妨害する結界魔法は効力を失い、魔力も回復したし、相手は視界を塞がれている。

「『ここからは私の独壇場、なんてね』」

 ちょっと気取りすぎたセリフな気もするが、まぁ誰も聞こえないだろうし大丈夫。
 気を取り直して、報復を始めよう。

 まず、悪魔側が張った障壁魔法を破壊して、代わりに風牢獄で神殿を囲む。これで神殿内に増援は送れない。
 っと、段々光が弱まっているようだから、代わりに悪魔に対する浄化の力を付与した光魔法を発動する。これで視界は潰れたままで、ほんの少しずつではあるが悪魔の力を削れるだろう。
 そこまでやったところで、ゴーンズが再び暴れだした。ジンさんが抑えようとしているが、この状態でも必死に援助魔法をキープしている後衛の悪魔達の活躍もあってか、かなり押されている。

「『んーと……氷でいっか』」

 燃えているからそれの反対の氷といういささか短絡的過ぎると自分でも思う判断を下し、私は巨大な氷の剣を生み出した。いつも使っているものの、三倍ほどの大きさだ。
 かなりの重量があるそれを、私は魔法で持ち上げてそのまま叩きつけた。

『ぐっ…!!重さだけで止められると思うんじゃねぇぞ!!』

 見えていないはずなのに、氷の大剣をメイスで受け止めたゴーンズがそう叫ぶ。

「『これは……』」

 いくら剣を押し込んでも、途中からびくともしない。
 すぐに激昂していたからてっきり三下かと思っていたが、この分だと第三位精霊くらいの強さはありそうだ。
 搦め手を使うにも、この状況がいささか難しい。サーモグラフィだけではそこまで正確に相手の姿を捉えられないのだ。特に、ゴーンズのように多大な熱量を持つ炎を纏っている場合は。

 どうしようかと頭を捻っていると、少し笑っている呆れたような声が耳に届いた。

「アイカ、状況を説明してくれないか。光がなかなか消えないみたいだけれど」

「『えーっと、今ちょっと取り込み中だからちゃんと説明できないんだけど、簡単にいえばこの光は私が生み出してるから心配はいらないよ!』」

「そんなことな気はしてたよ。わかった。無理はしないでね」

 本当はちょっとは心配して欲しい状況だが、あまりユークライに精神的な負担はかけられない。一人ほど状況を俯瞰してくれる人物がいないと、後々面倒なことになるからだ。

 さて、と。ゴーンズを抑えている間にあらかた他の悪魔は無力化したから、後は強そうな指揮官格の悪魔だけ。
 この神殿内の魔力がぐちゃぐちゃなのと視界が塞がれていること、そしてさっきからギリギリともギチギチとも言い難い音が連続的に鳴っているので、味方が倒されたことにはまだ気付いていないみたいだ。まぁそう錯覚するような魔法をかけたのも一因だろうけど。
 もっともこの状態は長く保たないから、一気にかたをつけてしまおう。

「『ふぅ……』」

 ゆっくり息を吐いて、神殿の床に意識を伸ばす。
 大地の精霊の力を浴びた影響で濃い魔力を宿しているたくさんの石に染み込んでいる、慣れ親しんだ魔力。ナツミのレイピアが纏っていた水に含まれている、私の力天災の力を宿した津波の魔力だ。
 それを軽く撫でると、秘められた力が輝きを増す。
 ナツミは広範囲で戦っていたため、津波の力を含んだ魔力は神殿の床下のいたるところにあり、それが私の魔力に呼応して輝く様は見惚れてしまうほどだ。神秘的な青い煌めきは、私が生み出した人工的な光や暴れ回る魔力なんかを物ともせず、美しく揺れている。
 これを見ることができるのは、残念ながら私とナツミだけ。もったいないような、独占できて嬉しいような複雑な気持ちになる。

 なんてことを考えながらも、魔法の構築の手は止めたりはしない。
 この魔法はただの属性魔法というよりは、属性魔法に精霊の持つ権威の力を組み合わせた特殊なもの。精霊以外には使えない、特権みたいな魔法だ。

 ゴーンズの足元に魔法陣を描き、そこに魔力を注ぐ。
 それに気付いたゴーンズが魔法陣を破壊しようとするが、もう遅い。

「『……はぁっ!!』」

 気合と共に一気に魔力を流し込むと、それに応えて神殿中の津波の力が溢れ出した。
 床から染み出してきた水が徐々に一つに集まって、大きな渦を作り始める。徐々に速度を上げていった渦は、巨体のゴーンズの幾倍ほどにもなると、轟音を上げながら波となって崩れ落ちた。
 ザアアア、と不安感を煽るような音を上げながら、巨大な波がゴーンズに迫っていく。

『くそっ、精霊に負けるかよっ!!罠師もろともぶっ殺してやる!!』

 そう叫ぶと、拳を振り上げて炎で波を全て消し去ろうする。
 しかし、天災と津波の力を持っている水でできた波は容赦なく重力に引かれて、ゴーンズを覆い隠した。

『ぐぁぁぁっ……』

「『私の部下は一人も殺させないから……って、もう聞こえないか』」

 海の力も持っているこの津波で特筆すべきは、やっぱりなんといっても相手を引きずり込む力だろう。
 波に呑み込まれたら最後、もう逃げることはできない。私の牢獄系の魔法とは比べ物にならないほど、強力な拘束力を持っている。
 あの波はゴーンズ以外の悪魔も捕まえているから、後で精霊界に送っておこう。そういうのが得意な知り合いに頼んでおけばどうにかなるはずだ。

「『というわけで、一件落着かな?』」

 光を消して辺りに漂う魔力も全部沈静化させる。そしてやっと熱感知を解除すると、やっとちゃんとした色彩の世界が目に飛び込んできた。神殿の外にいるターフとナツミも大丈夫そうだから、心配はいらないだろう。
 ほっと胸を撫で下ろして振り返ると、最初に目に入ってきたのは困ったように笑みを浮かべるユークライと、呆れと怒りの入り混じった顔をするヴィンセントだった。

「アイカ、お疲れ様」

「『ありがと、ユークライ。ユークライもおつかれ───』」

「言いたいことがあるんだ。───結果としては誰も命を落とさなかったから良かった…いや、地震の精霊は油断は許されない状況だけど、どっちにしろ君の行動はあまり褒められたものではないってことは自覚してるよね?単独行動の危険性は、重々わかっているはずだ」

「『うっ、けど、結果的には…!』」

「結果論?残念だけど、そんなもので納得するほど俺は優しくないよ」

「『ちょっとまって。あの状態でどうやって連携しろって言うの?ナツミはキレてるし、ターフはそんなナツミを抑えるのに忙しいし、エメラルドは初陣だからって緊張しすぎだし、それにジンさんだって……っわ!』」

 息も吸わずにそうまくし立てると、それだけが原因とは思わないが、急に視界の端っこが黒くなって身体がぐらつく。
 あ、落ちると思った時、力強い腕に抱えられた。

「『ありがとうございま……ら、ラインハルト?なんでそんな怒ってるの?』」

 顔を上げると、そこにいたのはラインハルト。
 さっきまでの自責の念に襲われているような顔は変わってないが、そこに怒りが見えるのはなんでかわからない。
 お礼を言いながらラインハルトの手を離れると、彼は不満げな顔を崩さないままこちらを見ている。

 あぁ、わかった。私が一人で全部終わらせちゃって自分が何もできなかったことに、苛ついているんだ。
 ちょっと自分を責め過ぎではないですかね、と口にしようとしたがまたもふらついて今度はユークライに支えてもらう。
 ラインハルトはユークライを軽く睨むと、次に私を強く睨んできた。

「何も活躍できなかった僕が言えた義理ではないが、アマリリスの身体が不調だということをわかっていてあんな無茶をしたのか?お前自身も回復しきっていないようだし。というか、兄さん、いい加減僕の婚約者から手を離してくれないか?」

「ラインハルト、俺とアイカの関係についてはわかっているだろ?」

「それは、アマリリスだ。中身のアイカは知らないし関係ない」

「関係あるだろ。意識は紛れもなくアイカだよ」

「はぁ。ユークライ、身内の俺がアマリリスの面倒見る。それなら、あんたら二人は喧嘩しないだろ……ってアイカさん、なんで周りに視線を送っているんすか?」

「助けを求めても無駄だよ。流石のアイカでも、この三人相手は辛いだろうね」

「本当に僕が言えることではないが、アマリリスを危険に晒したのだから反省するべきだ。安心しろ。お前への説教が終わったら、僕も兄さんに怒ってもらうから」

 日本女性からしてみればそこそこ高いアマリリスの身体でも、長身の成人男性三人に囲まれるとちょっと怖くなる。



 そして私は、これ以上は負担をかけすぎるからとアマリリスの身体から出た後に、ユークライとラインハルトとヴィンセント、それプラス途中から加わったターフからお叱りを受けることになったのだった。
 全く、戦勝の余韻にも浸らせてくれないとは、ロマンのない男達だと思う。

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