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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

43話: カレン

 ガキィィンと、鼓膜に直接刺さるような音が響いた。
 呪の魔力が込められたカレンのナイフが私の氷の剣を侵食しようとしてくるが、障壁魔法でそれを阻む。
 それだけでなく、硬化の魔法と呪属性の反魔法もエンチャントしている。ここまでやっているから、呪公レベルの魔力も防ぐことができるのだ。まぁ、偽物だったわけだが、それでもカレンの魔力量はおおよそ第二位精霊と同じくらいある。魔力の質も良いから、所詮影武者だと侮れない。
 剣術の腕もなかなかのようだ。本来ならナイフに対して圧倒的有利なはずの二刀の優位性を、あり得ないほど密着することで潰している。

『流石、長く生きただけあるね。あたしの剣術の腕は、悪魔の中でも結構良い方なんだよ?』

『こんなので良い方って、悪魔の低レベルさがわかるよ』

 カレンがむっと表情を険しくする。その崩れとも言えない小さなズレを利用して、カレンのナイフを振り払う。

『おっと……このダガーの能力に気付いたのかな?』

『え、それダガーなの?ナイフだとばかり思ってたんだけど』

 ついこぼしてしまった私の疑問に、呆れたような表情を浮かべるカレン。
 それについ、ナイフもダガーはどっちも同じような短剣じゃないか、と言おうとしたが止めた。彼女が更に呆れるだけだろうし、何より武器の精霊であるジンさんに怒られそうだ。ジンさんは悪魔を薙ぎ倒していて、こちらにはあまり意識を向けていないようではあったけど。

『コホン……ダガーの能力って、何?』

『……気付かないなら、それでいいけど』

 一度距離をとった私達は、互いを牽制し合うように幾度もフェイントを交えながら円を描いていた。時折見せる構えの隙も、見せられる意識の逸れも、掛かるとは思っていない罠だ。

 踊るように、飛ぶように、舞うように、私達は代わる代わる立ち位置を入れ替えて剣を交わす。
 刃こぼれが起きれば魔法で修復し、傷を負えば魔力で自然治癒力を高める。
 剣だけでなく魔法や体術も織り込みながら、何度も何度も互いに傷をつける。

 そうする中で、私は自分の頭が冴え渡っていくのを感じていた。五感が───味覚と嗅覚はここで役立つかは不明だが───研ぎ澄まされ、同時にどんどん思考が加速する。
 考えるのは今回の作戦、そしてさっきカレンから告げられた彼女のダガーの能力についてだ。
 そういえば。ダガーといえば、あのブラックダガーっていう組織についての調査をイリスティアに頼んでいたのだが、経過を聞くのを忘れていた。かなり大きな組織らしく尻尾は掴みやすそうだが、すぐに切れてしまうかもしれないというのもまた事実。
 ブラックダガーの動向が心配で悶々としそう……と、今はそのことを考えている場合ではない。

『うーん、そのダガーの能力、予想してみると……。魔力を喰らってその魔力を利用する、ってとこかな?魔力を喰らう…っていうか吸収する魔法は存在するけど、エンチャントできるような代物ではないはずだけどね。魔法具にするならまだしも、武器に組み込むには魔法式が膨大に成りすぎるし』

 私も試したことがある。剣の打ち合いの中で、相手の魔力を奪う剣を作ることを。
 氷の双剣に魔法陣を描いたり魔法式を練り込んだりと色々試したが、結局失敗に終わってしまった。
 悪魔に先に実現されているというのは、ちょっと苛立ちを覚える。

『へぇ、わかってたんだ』

『解析しちゃうけど、大丈夫なの?』

『ははっ、別に。あーでも、耄碌した老人には難しいかもよ?』

 楽しそうにカレンが告げる。

『老人じゃないし耄碌もしてないけど……。あぁ、理解不足で説明できないから、逃げの手を打ったのかな?』

 挑発に挑発を返してあげると、カレンは楽しそうに口元を歪めた。

『ほんと面白いね、天災の精霊さん。いつまでその余裕が保てるか、楽しみだよ…!』

 均衡とも呼べないような中途半端な停滞を破り、カレンは無数の石礫を生み出す。

『穿て!』

 空気を裂きながら飛んでくる石礫には、呪の魔力が込められている。その魔力が体に入ったら最後衰弱していくような、悪質な呪いがかかっていた。さっきまで小手調べのように放っていた魔法とは、段違いの威力だ。
 これが私で良かった、と内心安堵する。呪公やその配下に関してかなり時間をかけて対策を練ったことがあるから、精霊の中で私は一種の対呪属性のプロフェッショナルだ。

『……呪の魔力を持つ悪魔の弱点は共通している』

 全ての石礫を、風の魔法でその場に留める。
 魔法の影響下にある物質は、少々物理法則を無視しがちだ。それはひとえに魔素界が優先されるからなのだけれど、まぁその影響もあってか、わずかに振動しながらも石礫は浮いていた。

『呪の魔力は魔法的、そして精神的に作用する。勿論、対象で物理的な結果を生じさせることは可能だけどね。そしてその影響か、呪属性の悪魔は魔法的、精神的な抵抗の高さを持っている傾向にある。特に、呪属性の上級悪魔に対しては精神干渉系の魔法はほとんど効かない。そういった面では、精霊も含めて最強と言えるかもしれないくらいだよね』

 これ以上押しても無駄だと悟ったのか、カレンが石礫を消失させる。
 意外とあっさり引くように思えたが、引き際を弁えているということだろう。これで無駄に魔力を消費してくれたら良かったのに、やりにくい相手だ。

『その反面、物理的にはかなり弱い。人間界にいる時なんて、その弱さが如実に現れてる。自己回復力はほぼゼロに等しいし、持久力も大してないだけでなく、物理法則に対する耐性も低い』

『……さっきからペラペラペラペラ、よく舌が回ってるみたいだけど、全く結論が見えないね』

 カレンは近接戦闘に持ち込みたいようで、こちらに踏み込んでこようとする。しかし、私がそれに合わせて後ろに退くから、私達の間の距離は保たれていた。
 正直言うと、剣の打ち合いなんて柄じゃない。嗜み程度に剣術はかじったことはあるが、魔法戦の方がはるかに好きだ。好きだし、得意でもある。わざわざ相手の誘いに乗って不利になるのはご免だ。

『どこまで言ったっけ……そうそう、さっき話した理由から、呪属性の悪魔は近接戦闘が苦手な場合がほとんど。よっぽど差し迫った理由があるとか、あるいは酔狂でもない限り、遠距離でしか戦おうとしない。なのに今、あんたは私に対して近接戦闘を仕掛けようとしている。なんでだろうね?』

『さぁ』

 カレンは真面目に取り合う気がないのか、ぞんざいに声を返してくる。戦闘に集中しているようでもあるけど。
 せっかくだし、何か彼女なりの意見をくれても良かったのに。

『って、あんたの戦闘スタイルはどうでもいいんだよ。呪属性の悪魔の弱点、それは一言で言っちゃうと、肉体的な弱さ。つまり、呪属性の悪魔に対しては───』

『……ここだっ!』

 ほんのわずかな短い時間、私の意識がカレンから逸れた。話に夢中になる私に隙ができるのを、彼女はずっと待っていたらしい。
 肉体強化魔法で脚力を強化し、加速魔法も併用して私の首を切り裂こうとダガーを振りかぶる。一切防具を付けていない私は、その攻撃が当たったら、即死とはいかずともかなりのダメージを受けるだろう。それに彼女のダガーに切られたら、きっとラインハルトやアスクにかけられたのと同じ呪いにかかることになる。
 ただ残念なことに、この瞬間を待っていたのは私も同じなのだ。

『終わりだよ…!!』

『まだまだ、ジ・エンドには遠いよ』

 私の言葉に怪訝そうな顔をするが、既に勢いづいている彼女は止まらない。床を蹴って後退するが、彼女は飛行魔法も発動し、更にスピードを上げた。この分では、すぐに追いつかれるだろう。
 後ろの方で、エメラルドが悲鳴を上げているのが、かすかにだが聞こえた。

『はぁっ!!』

 カレンは魔力を込めて剣速を加速させ、そのまま私に斬りかかってくる。

 引き伸ばされた一瞬。
 回避は間に合わない。ダガーが空気を切り裂いて、私へ迫ってくる。

 けれど、もちろん策はある。

『おやすみ、カレン…!!』

 彼女の名前を口にした途端、呪いが自分の体に流れ込むのを感じる。

『ぐっ……くはっ!!』

 意識を持っていくような耐え難い苦痛とそれを上回る脱力感に襲われ、片膝をついてしまった。視界のあちこちで光が明滅し、息が十分に吸えなくてヒュッと気管が音を立て、鼓動の音がやけに大きく聞こえる。
 私の奥底に眠っていた魔力が荒れ狂い、暴れ回り、今にも爆発しそうだ。
 それでも必死に気力をかき集め、私は一つの魔法を発動した。

過重力オーバーグラビティ…!!』

 私が名前を呼んだからか、その顔に驚愕の色を浮かべているカレンの体が、薄い紫色の光に包まれる。それ察知した彼女が自分の魔力で振りほどこうとした瞬間、彼女は何かに押し潰されたように床に落ちた。
 障壁魔法を展開していたからか、床が破壊される音と共に小規模なクレーターができる。しかし、それにも関わらず彼女はかなりの傷を負っているようだ。まぁ、第二位精霊に呪いをかけるのだから、障壁魔法にリソースを割けないのだろうけど。

『ぐ、ぅ……』

 呻き声を上げるカレンを見て周りの悪魔が何か喚いている。総大将が倒れたら、そりゃまぁ驚くか。
 しかし、彼らには悪いが、まだ終わりではない。

 震える腕を上げて、自分の胸に押し当てる。

『はぁ、はっ……。《我、理より外れしもの。正しい流れを齎し給え》』

 何色にも染まっていない白い光が、私の内側から生じた。その光に触れたところから、私の体が半透明になっていく。
 その間も倒れそうになる身体を、私はどうにか根性で持ち堪えていた。もう、これが成功しているか客観的に判断することさえできないほど、ひどい頭痛がする。今はもう、祈るだけだ
 震える瞼を持ち上げて見てみると、私は指先まで実体を失ったように朧気になっっている。そんな私の全身を巡るように蠢いていた、黒とも濃紫とも言い難い靄が、一つの筋となって流れ出した。
 その靄が目指す先は、未だに立ち上がることができないでいるカレンだ。
 私が放った魔法、過重力オーバーグラビティの影響で無抵抗な彼女に、容赦なく靄が襲いかかる。

『……っ、かはっ!!』

 靄が抜けた瞬間、さっきまでの苦痛が嘘のように消えた私とは対照的に、カレンはその表情を歪めた。

『そん、な、魔法、聞いたこと……』

『……ははっ、だろうね。私以外には、使えないから。それにしても、重力が効いて良かったよ。攻撃されながらこれやるのは、さすがに辛いからね』

『どう、いう……ぐぁっ!!』

 呪術に対する耐性が強い彼女でも、自分が発動した呪いは堪えるらしい。

 とりあえず、まだ反撃はないようで安心だ。
 私は深く息を吸って、再び自分の胸に手を当てた。

『《我、理に従うもの。流れに身を任せるものなり》』

 指先から、ゆっくりと実体を帯びていく。
 一息ついて、最後のダメ押しとばかりに別の魔法を発動した。

『よいしょー、っと』

 障壁魔法と結界魔法、そして風魔法を組み合わせ、カレンの周りを囲む立方体の牢獄を作る。
 特に名前があるわけではないが、便宜上"風牢獄"と呼んでいるこの魔法は、低燃費で使い勝手抜群の魔法だ。
 閉じ込められれば最後、風の刃によって阻まれて、内側から障壁魔法と結界魔法に触れることも、外にいる味方に救出してもらうことさえもできない。万が一、爆発的な火力で攻撃されたら壊れてしまうが、今のカレンには無理だ。

『一丁上がりかな。うん、いい感じ』

 思い描いていた幾つもの作戦の内、できればやりたくないランキングの上位に入っていたこの作戦、上手くいって本当に良かったと胸を撫で下ろす。
 気が緩むと、どっと疲労が押し寄せてきた。まだ戦いは続いているが、敵の統率者を倒したわけだし、少しくらいは休憩したい。

『アイカ様、大丈夫なんですか!?あれ、明らかに危ない呪いでしたよね!?』

 剣撃の音が鳴り響く中、走る気にもなれずゆっくりと歩いてアマリリス達がいる方へ歩いていくと、エメラルドがパタパタと駆けてくる。
 というか、いつの間にかここが戦いの中心になっているのはなんでだ。迎撃に回っているナツミとターフ、ジンさん以外の精霊側の総戦力───といっても、ユークライとラインハルト、ヴィンセントにエメラルドの四人だけなのだが───が、それを遠巻きに囲むようにしている悪魔の軍団と睨み合っている。既に結構時間が経過していたのか、倒れて治療を受けている悪魔もいた。
 ちなみに、私とカレンが戦っていた場所は、ドーナツ状に広がる悪魔側の一箇所で、私達の戦いの余波なのか周りには誰もいない。しばらくしたら主を助けに来た者達が集まるのだろうけど、そこまでは知ったことではないだろう。というか、どうせ牢獄に触れることさえできないし。
 それに、包囲網が完成したからといって負けるほど、この王国の王子様方はやわじゃないことはよく知っている。

『アイカ様、無視しないで下さいよぉ……』

『あ、エメラルド、ごめん。ちょっと考え事してて』

『考え事、ですか?』

『うん。どうやったら、エメラルドをそこにいるラインハルト並みの魔法の使い手にできるのかなぁ、っていう』

『そ、そんなの無茶ですよ!?』

 この短い時間でも、エメラルドはラインハルトの才能を見せつけられたみたいだ。
 ……いや、そこまで短い時間というわけでもないか。カレンとの戦いに集中しすぎていたせいか、どれくらい時間が過ぎたのかがわからない。

『エメラルド、私がカレンと戦い始めてからどれくらい経った?』

『えっと、短くない時間が経った、ような気がします……』

「大体二十分ほどかな。かなり熱中してたように見えたけど、集中してて時間の感覚がおかしくなったりしたの?」

 流石ユークライ、と心の中で呟いて頷いた。ちなみに、エメラルドには視線だけで無言の圧力をかけておく。

「お疲れ様。少しくらいなら休んでも大丈夫だよ。ラインハルトが、すごく頼もしいからね」

『……じゃあ有難く。ラインハルトがアマリリスの顔見たくなったら、私が代わるって言っておいて』

「ははっ、了解。これ良かったら」

『ん』

 放られた彼のローブは変装用で地味だったが上質な布で作られているようで、それを抱えるとうつらうつら、瞼が重くなってくる。
 そうして戯れのような会話を終えると、私はアマリリスが眠っている台座の近く───アスクがもたれかかっているところとは反対側だ───に座り込み、遠くに聞こえる戦いの音を聞きながら、つかの間の休息をとった。
 その、眠りの世界との境目を行ったり来たりするような時間の中、やけに充足感を感じていたことは、ひょっとしたら起きたら忘れてしまうのかもしれない。

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