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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

幕間: 出立の前に

 久しく着ていない、魔法師団の戦闘服に袖を通す。
 少しきつめに感じる黒いシャツ、そして同じ色のズボンの上に、空色鼠のローブを羽織ると、あっという間に魔法師団所属精霊術師、ヴィンセントの完成だ。

 快晴とは言い難い青空の色のようなこのローブは、ウィンドール王国にも二百人ほどしかいない精霊術師の証。尊敬や羨望の的、ってやつ。ちゃんとした訓練を受け、国王陛下にも認められた者しか、この色を纏うことは許されていない。
 特に、裾やローブに縫い取られている白銀の刺繍は、第三位術師であることを示している。精霊魔法を使うから、というよくわからない理由で精霊と同じような呼称で階級を定めているのだが、第三位ともなると軍の少佐くらい偉いらしい。

 もっとも、そんなこととは関係なしにこれは俺の宝物だ。
 フードのところについている、規範に反しない程度の大人しく小さな刺繍。俺の髪色とよく似た、ほとんど白に近い金色の糸で、俺の名前が記されている。
 俺の就任祝いにと、妹が縫ってくれたものだ。なんでもそつなくこなすように見えてその実努力を惜しまない妹は、かなりの数の端布を使って練習してくれたらしく、このローブに縫われているのは、本職の職人に負けないくらいの出来だと俺は思っている。しかし、その妹は今はこのタウンハウスにはいない。

 最後に見た、生気のない青白い顔をしたあいつのことを思い出すと、何もできなかった自分に心底腹が立つ。腸が煮えくり返るとはこういうことかと、初めて知った。
 俺の精霊術師としての適性はそこそこだ。しかし、通常魔法や体術を併用すれば、なかなかの腕前だと自分では思っていた。思っていたし、実際に色々な人に認めて貰っていた。治癒術師には遠く及ばないものの、回復魔法も会得している。精霊術師としてはまだまだだが、魔法師としてはこの世代では五本の指にも入る、と言われたこともあった。

 それなのに、俺は、俺は…!

 知らず知らずのうちに握り締めていた拳を、机にぶつけようとした時だった。
 コンコン、と扉をノックする音が響く。

「ヴィンセント坊っちゃん、弟君が」

 ドルワと呼ばれる小さいながらも応接間のような部屋がありその奥に寝室がある、というのはクリスト公爵家とそれに連なる家系の屋敷によく見られる造りらしい。人間不信に陥ったご先祖様が、遺言で子孫に命じた造りなんだそうだ。
 もちろん俺の部屋も例外ではなく、ドルワには常に使用人が待機している。声をかけてくれた彼は、こうやって来客を報せる他にも護衛としての役割を持っているのだ。

「すぅ、はぁ。……通してくれ」

 深呼吸をして、爪が食い込むほどきつく握っていた手を開き、俺はソファに座り込んだ。苛立ちが収まっておらず少し大きな音を立ててしまい、思わず溜め息が出る。
 貴族の一員として褒められた行為ではないことは重々わかっているが、兄としては間違ってはいないのではないだろうか。
 ……いや、妹に対して何もしてあげられなかった時点で、もうすでに失格のようなものだ。

 と、弟が来るのにずっとこんな後ろ向きなことばかり考えてはいられない。四人兄弟の年長者として、威厳は無理かもしれないがせめて頼もしさくらいは、と思う。
 それにしても、弟が俺の部屋を訪ねるとは珍しい。多分上の弟のレオナールだろうが、あいつも暇ではないはずだ。魔法学校は、長期休暇でも課題を出す場合が多いから、それに追われているはずだが。
 来る理由がわからず首を捻っていると、扉が開かれる。

「兄さん、ちょっといいか?」

「お邪魔します、ヴィンセント兄様」

「……へぇ。珍しいな、お前ら二人が一緒なんて」

 部屋に入ってきた二人の少年を見て、俺は思わずそう呟いていた。
 俺やアマリリスとは違って、父さんのダークブロンドの髪を受け継いでいるレオナール。逆に、母さんの遺伝子をそのまま持って生まれたようなプラチナブロンドの髪の持ち主のシルヴァン。
 レオナールは小柄なのにシルヴァンは身長が高いこともあり、二人はかなり対照的だ。まぁ、兄弟だから魔法への適性はほぼほぼ同じ……って、職業病みたいだな。最近はもっぱら、主であるどっかの王子の使いっ走りばかりだが。
 仲が悪いというわけではないが、性格があまり似ていないこともあり行動範囲が被らないこいつらが並んでいると、兄としてはちょっと嬉しくなる。
 ニマニマしそうになるのを抑えて、俺は二人に声をかけた。

「どうしたんだ?」

 俺が普段はタウンハウスに帰らないこともあり、二人と顔を合わすのは結構久しぶりな気がする。まぁ、レオナールはもう魔法学校に入学して寮生活を送っているし、シルヴァンも母さんと一緒に色々なお茶会やサロンに顔を出しているらしく、家にいないのだが。
 直近では、魔法学校の卒業パーティーの後、アマリリスがタウンハウスに帰ってきた日に朝食の席で少し話したあの時だろう。ただ、あの時は雑務に追われていてろくに話せなかった。というか、アマリリスを殺そうとしたあの馬鹿王子に心底腹が立っていて周りに気を配れなかった、の方が正しいか。

「えっとだな、なんつーか、訊きたいことがあるっつーか、えーっと…」

 ガシガシと頭を掻くレオナール。
 貴族の子息としては褒められたものではないが、こいつがこうなった原因は俺にもあるので注意しにくい。

「レオナール兄様、ここには身内しかいませんが、粗野な行動はなさらないように」

「ん、すまん……じゃねぇや、申し訳ない。ありがとな、シルヴァン」

「いえ」

 微妙に直ってないが、シルヴァンが何も言わないので口出しする必要はないだろう。それに、俺もかなりぞんざいな言葉遣いだし。
 こう考えると、長男の俺と次男のレオナールの影響を受けなかったシルヴァンは、結構すごいやつなのかもしれない。
 ……俺達を反面教師に使った、という可能性は考えないことにしよう。うん。

「コホン。で、俺に何か訊きたいことがあるんだっけ?」

 俺の言葉にレオナールとシルヴァンが揃ってコクンと首肯した。
 こういうのを見ると、こいつらがまだ小さなガキなんだって思い知らされる。シルヴァンと俺に至っては、十一歳差だ。一番近いアマリリスでさえ六歳差だから、こいつらとはちょっと距離感を感じてしまう。
 もっとも、アマリリスに言わせると、俺やレオナールよりもシルヴァンの方がよっぽど落ち着きがあるそうだ。俺的には、シルヴァンにあるのは落ち着きではなく、年不相応な色気だと思うんだが。
 なんてことを考えながら、二人に返答を促す。

「あ、あぁ、そうなんだよ兄さん。な、シルヴァン」

「えぇ。レオナール兄様、どうぞ訊いて下さい」

「俺が!?お前が訊いてよ、シルヴァン」

「嫌です。年下に押し付けるなんて、みっともないですよ」

「み、みっともない……。いや、俺がお前と比べてみっともないのはとうの昔にわかっていることだ。というわけで、頼んだぞ、弟よ」

「……おい、お前ら」

 俺だって時間が無限にあるわけじゃないんだ、と言おうとするが、涼しげな声に阻まれる。
 そういやシルヴァン、いつ変声期迎えたんだ。女子と聞き間違えるような可愛い声じゃなくなっている。あまり音域が変わっていないから、意識しないと気付かなかった。

「嫌です。男と話すのは得意ではないので」

「男と話すのってなんだよ、婚約者とちゃんと喋れてない俺に対するあてつけか」

「え、違いますよ。なんで勘違いするんですか」

「そら勘違いするだろ。クリスト家の三男は魔性の男だって、魔法学校でも有名だぜ?」

「たかだか十一の少年に、魔性も何も無いと思いますが」

「…………おい、聞いてるのか。いい加減にしろ」

 不毛な言い争いになりそうで言葉を挟むが、互いを真っ直ぐに見て言い合っているこいつらには届かない。

「お前はあるよ。っつーか、俺の婚約者も『弟くん、色気すごいよね……』とか頬染めながら言ってんだぞ!」

「それは、甲斐性なしな兄様自身の責任でしょう?責任転嫁ではないですか」

「ほぉ。俺にも許してない愛称をお前に許しているのも、屋敷に遊びに来る度にお前の顔を見ようとするのも、学校で顔を合わせる度にお前の様子を訊かれるのも、全部俺が悪いのか?」

「おい、いい加減に───」

「えぇ。そんな兄様に一言申し上げますと、女性は宝石のような存在です。大切に磨いてあげないと、輝きを見せてくれませんよ?」

「なんだとこの色男、そういう甘ったるい言葉で色んな人を絆してきたのかよ」

「人聞きの悪い。ただ仲良くなっただけです」

「あぁ?てめぇ、こればかりは許せねぇぞ」

 はぁ、とついた溜め息の代わりに息を吸って、俺は笑顔を浮かべた。
 落ち着け落ち着けー、と心の中で唱えるが効果はどこまで出てくれるのか。

「お前ら、いい加減にしろって何回言ったらわかるんだ」

 特に大きな声を出したわけでもないのに、二人はビクッと肩を震わせた。

「……おい、兄さんがあそこまで怒るとか、お前何やってんだよ」

「……どう考えても、レオナール兄様のせいですよ」

「責任のなすりつけ合いはやめような?」

「「はい……」」

 うん、ちゃんとすぐに返事ができて、大変よろしい。
 どことなく声が弱々しい気がするが、まぁ気のせいだろ。

「まずお互いに謝れ。そんで握手」

「……すまん、シルヴァン」

「いえ、こちらも悪かったです。申し訳ありません、レオナール兄さん」

 相手の謝罪を受け入れ、二人はおずおずと握手をした。
 無事に仲直りしてくれて、内心安堵する。シルヴァンはわからないが、レオナールは思春期真っ最中。俺がこのくらいの歳の時にかなりやんちゃをしていたから、逆ギレされないか心配だった。
 いやほんと、杞憂で終わって良かったよ。

「で、お前ら一体何しに来たんだ。俺に訊きたいことがあるとか言いながら、俺そっちのけで口喧嘩始めるし。何もないんだったら、俺はもう行くぞ」

 まだ待ち合わせの時間まで結構あるが、別に早く出てはいけないわけではない。むしろ、あの二人との待ち合わせだ。遅れたら絶対何か言われる。用心に越したことはないだろう。
 かなり早く着くだろうが、そしたらそこで色々確認すればいい。
 荷物は要らないとのお達しだったので、持っていくのは愛用の杖と万が一のための回復薬、そして護身用の短剣だけだ。けれど、それも全部ローブの内ポケットに入れてるから、実質俺は手ぶらだったりする。
 軽くローブの上から荷物が入っていることを確認して、俺は立ち上がった。

「あ、待って兄さん!兄さんにしか、訊けないことなんだ」

「使用人に聞きました。まだ時間はあるはずです。本当に、ヴィンセント兄様にしか、訊くことができないんです。ですので───」

「わかったよ。ま、座れ」

 二人を向かいのカウチに座らせて、俺も再びソファに座り込む。
 心なしか、ソファがさっきより硬い気がした。

 正面に腰掛けた二人は真剣な面持ちで、ついこちらの背中も伸びてしまう。

「訊きたいのは、アマリリスのことか」

「はい、そうです。父様は忙しいようですし、母様は憔悴なさっているので訊きづらくて……」

「なるほどな。だから俺か」

 シルヴァンの言った通り、国王陛下の命を受けて動いている父さんは色々なところを走り回っている。特に、メイスト王国への対応に追われているそうだ。ウィンドールにはいるものの、国境沿いの街まで出張ったりもしていて、タウンハウスにはほとんど帰ってこない。
 母さんは、度重なる心労のせいで倒れてしまった。第三王子に婚約破棄され自殺しようとし殺されかけ、それを免れたと思ったら第二王子との電撃婚約で、終いには王城への襲撃で魔力の暴走だ。
 アイカさんから提示された解決策を呑んだものの、やっぱり不安らしい。

「まぁ、母さんには精神的な問題で訊けないよな。父さんは物理的に無理だし」

「そうなんだよ。エミーも、王城で姉さんの側にいて会えないから。……兄さん、俺達に、姉さんの様子を教えてくれませんか」

「お願いします、ヴィンセント兄様」

 座りながらも、二人が丁寧に腰を折る。
 ……ったく、弟達に頭下げられたら断れるわけないだろうが。

「俺は医者でも治癒術師でもない。多少かじった程度だが、いいか?」
「全然構いません」

 シルヴァンが答えると、それに追従するようにレオナールも頷く。

「高名な医者さんにも診てもらったし、アイカさんも診てくれた。その上で、俺自身の主観的な意見も加えると、アマリリスの容態を一言で表すと、"危険"だ」

「……危険?命の危機ってことか?」

「命の危機、ってことは報せてもらってたでしょう。それより、わざわざ"危険"という言葉を使うということは、姉様以外も危険なんですか?」

「流石シルヴァン、察しが良いな」

 レオナールも遅れて気が付いたようで、より一層表情を引き締めた。

「俺が見たアマリリスからは、生命力というものが感じられなかった。あいつが今衰弱しているのは、あいつ自身の魔力が原因らしい。俺も見たが、強すぎる魔力が暴走しているようだった。ちゃんと制御できていない。その魔力が、本人だけでなく周りの人間にとっても害となるそうだ」

「え……。で、でも、姉さんの魔力量は、そこまで多くないんじゃねぇの?」

「俺もそう思っていたんだが、どうやら間違っていたらしい。アイカさんに聞いてみたら、今までずっと大規模な魔法を使っていたから、と言われた」

 それがどんな魔法かは、食い下がったが教えて貰えなかった。
 一介の令嬢が使える魔法なんて、普通だったらたかが知れている。だが、そんな長時間、術者の魔力とリソースを使うような魔法を、訓練も受けていない人間が使えるはずがない。
 しかしそれが嘘とも思えず、俺はただアイカさんの言葉を伝えるしかなかった。

「……それは、危険なのでしょうか?」

 シルヴァンが、恐る恐るというふうに切り出した。

「魔力とは即ち、我々人間が有する森羅万象を再現する力。魔力が暴走することにより魔法の発動がままならぬならまだしも、人間にとって毒となるなんて……」

「お前の言う通り、魔力は俺達の持つ力だ。だからこそわかるだろ?強大な力は、時にその身を滅ぼす。そういうことが、アマリリスに起きているんだ」

「けど、純粋な魔力に何が出来るんだ?魔力に方向性を与えて魔法に変換しないと意味がないんじゃないのか?」

 レオナールの疑問はもっともで、もっともだから余計にややこしい。
 俺は、アイカさんから聞いた話を思い出しながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「アイカさんが言うには、アマリリスの魔力は、他の魔力との"格"みたいなものが違うそうだ。普通なら、多少の優劣はあっても、魔力同士の力の強さというのは、属性以外には存在しない。だが、あいつの魔力は変質していて、その変質する過程で他の属性に対する優位性を獲得した。その影響で、周りの魔力を持つ存在……つまり、人間にとって害と成り得るようになったらしい」

 "らしい"なんて曖昧な言葉を使ったのは、アイカさんから聞いたことだからだけでなく、俺自身はそこまでアマリリスの魔力に影響を受けなかったからだ。

「……そういうことだったのか。じゃあ、俺達が近付いても危険なのか?」

「多分だが、レオナールだったら長い時間でなければ大丈夫だ。シルヴァンは……」

「無理、でしょうね」

 自嘲気味にシルヴァンが唇を歪ませる。
 それでさえ綺麗に見えるのだから、末恐ろしい。もしこいつが女だったら、傾国の美女となっていたかもしれないほどだ。

「……この身体が、恨めしいですよ。できればお見舞いに伺いたかったのですが、難しいですね」

「そうみたいだな。そもそも、俺達は登城する許可さえ持ってないから、姉さんが家に帰ってくるのを待つしかねぇのか。……兄さん、いきなり押しかけて申し訳ない、です」

 話が一段落し、レオナールが立ち上がって頭を下げる。それに倣うように、シルヴァンも腰を上げて一礼した。
 俺がそろそろ出発しなくてはいけないことをわかっている二人は、そのまま部屋を出る。
 それを見送って、もう一度持ち物を確認しようとした時、「ヴィンセント兄様」と、鈴の音のような声が聞こえて来て、顔を上げた。
 シルヴァンがちょうどドアの近くで、何かを堪えるような表情をしている。

「無事に帰ってきて下さい。無理はなさらないで」

 俺が何か言う前に、パタンと扉が閉じられた。くぐもった声がわずかに聞こえるが、すぐにそれも無くなる。ドルワにいる使用人と話していたのだろうか。

「……はぁ」

 誰もいなくなった部屋でソファに身を預けると、俺は深く息を吐いた。
 俺は確かにアマリリスの兄だが、レオナールとシルヴァンの兄でもある。今回荒事はないはずだが、俺が最優先すべきことは、ひょっとしたら生還なのかもしれない。

 今回の目的は、アマリリスとラインハルト殿下の回復だ。大地の精霊に助力を頼み、アイカさんが主導で"魂の回廊"とやらを繋ぐらしい。
 精霊魔法も通常魔法もある程度使えるが、多分俺の出る幕はない。おそらく、周りの監視や同行するユークライの護衛が主な仕事となるだろう。もっとも、彼は守られてくれるような王子ではないが。まぁそれでも、かれこれ十年以上の付き合いになる彼との連携はかなりのものだから、そこまで危ない橋を渡ることにはならないはずだ。

 ただ、再びさっきの憤りを思い出し、無意識の内に歯を食いしばっていた。
 あいつが生と死の狭間を彷徨っていて、それをアイカさんが助けようとしているのに、俺はそれに貢献することができない。俺の力が、不十分なせいで。

 深呼吸をして心を落ち着かせようとしていると、不意に耳に軽やかな笑い声が聞こえてきた。

『難儀なものね、兄弟というものは』

 鼓膜ではなく、脳に直接語りかけてくる声。
 どこか楽しそうでいながら慈しみに溢れるその声の持ち主に、俺は片膝をついた。そんな俺を包むように、あの方の魔力が満ちていく。
 そこにはいないことは、わかっているのだが。

「……そうでもありません。私にとって妹と弟達は、心の支えでもありますから」

『"でも"という言葉を使うなんて、他のことも指しているみたいね』

「よして下さい。士気が下がって、死ぬかもしれませんよ?」

『それは困るわね。……貴方が死ぬのは、本当に困るわ』

 返答に詰まり、俺はなんとも言えない情けない掠れた音を喉から出すだけだった。

『……ふふっ、大丈夫よ。わたくしの加護を持っているのだから。……いつも通り、頼むわね』

「畏まりました」

 霧散するように、声の主の魔力と気配が消えていく。
 死ねない理由が増えたような気がして、面倒なことだと俺は溜め息をついた。

「……いや待て、なんで俺は自分が死ぬかもしれないことを前提としてるんだ?」

 第二位精霊であるアイカさんもかなり強いユークライもいるしどうにかなるだろ、と思いながら、俺は鏡に映る自分の姿を確認する。
 そこには、空鼠色のローブに包まれた冴えない感じの精霊術師が、どうしてかちょっと嬉しそうな顔をしていた。

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