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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

42話: 始まる乱戦

おそらく大丈夫だとは思いますが、一部残虐な表現を含みます。苦手な方はご注意下さい。











『総員、攻撃開始!』

 私の号令で、まずナツミが一歩踏み出す。

『ふっ…!』

『ぐあっ!!』

 たったの一歩で悪魔の集団に肉薄した彼女は、瞬きする前に先頭にいた悪魔の首を掻っ切っていた。その傷口から血が噴き出すのを、彼女は煩わしげに避ける。

『くっ、ぐぇ、ゲホッ……ぁぐっ』

 回復魔法を使おうとしているのだろうが、冷静さを失っているからかなかなか効いていない。
 その様子に、ナツミは顔を顰めた。

『悪魔が、楽に死ねるとでも思ったのかしら?』

『がはっ…!』

 もう一度、首を斬りつける。どくどくと溢れ出る血は、さっきまでの勢いがない。死期が近いことを表しているかのように。

 あのレイピアをデザインしたのは私なんだけど、何度これは刺突用の武器だと伝えたことか……。
 水を纏ったレイピアは、持ち主であるナツミの司る津波の力が宿っている。その水によって、常に切れ味を保っているそうだ。美しさを追究している彼女らしい。

『まずは、一つ』

 大量出血からか、その悪魔はガクンと膝を折って崩れ落ちる。その瞬間、身体が末端から黒い粉へ変わっていった。風に乗って運ばれた砂は、高く舞い上がりスっと空気に溶けていく。
 それはどこか神秘的でいて生々しい。ただ、その悪魔の存在が消えることだけはやけにはっきりと感じられた。

 完全に肉体が消滅し残された悪魔の角を手にすると、それを自分に続くターフに投げる。
 死者への敬意も何も知ったことではない、と言いたげな態度に、彼は溜め息をついた。

『投げるものではないと教わらなかったか、ナツミ』

 老年の見かけによらず俊足な彼は、叱責するように声をかけながらもしっかりとキャッチする。
 なんだかんだ言って二人はプロだから、言葉を交わしながらも警戒は怠らない。

『ターフ爺、今のわたくしにそんなことを気にする余裕はありませんわ』

 二人をめがけて放たれた炎球を切り裂く。高温の塊を切るなんてことをすれば普通なら武器が痛むのだが、水に覆われている刃はさっきまでと変わらない光沢を放っていた。
 ナツミがレイピアを振る度に飛び散る水滴は、神殿の床に染み込んでいく。

『美しく、痛めつけて差し上げますわよ…!』

 ナツミの背後に、四つの魔法陣が展開される。込められている魔力を見た感じは、出力の制御にリソースがかなり割かれてるみたいだけど……。

『いや、まさかねぇ……』

 いくら頭に血が上っているからって、そんな面倒なことはしないはず。

『苦しみなさい』

 ナツミがレイピアをスッと悪魔の方に向けると、四つの魔法が同時に発動した。
 それぞれの魔法陣から生み出されているのは、とても細かい水の刃。単体では視認できないほど小さいが、よくよく目を凝らすとかなり鋭利になっているのがわかる。

 それは別に、まったくもって問題ではない。問題なのは、その殺傷能力だ。

『ぐあぁぁぁ!!』『痛い、痛いよぉ!!』『回復、魔法を…!!』

 痛みにのたうち回る悪魔の一人の腕に、さくっとナツミがレイピアを突き刺す。

『ぎ、あぁぁぁぁ!!』

『美しくない声はやめて頂戴』

 眉を顰めながら、今度は喉に刺す。声帯を狙っていたようで、その悪魔は悲鳴を上げることもできなくなった。しかし痛みに耐えられず、水の刃に傷つけられた肢体を暴れさせる。
 程なくして、力を失ったようにぐったりと動かなくなった。が、まだ絶命には至っていないようで体がピクピクと痙攣している。

『嘘でしょ、ナツミさん……』

 どうやら、嫌な予感が当たってしまったようだ。
 ナツミはわざと、死なない程度に調節した水の刃で敵を無力化し、その上で時間をかけて殺そうとしている。

『はぁ……。ターフ、ナツミの援護を。というか、とどめを刺してあげて。さすがに可哀想だから』

『承知しておりますぞ』

 熱くなりすぎているナツミは、未だに苦しんでいる悪魔に目もくれずどんどん前に進もうとしている。
 ここからは後ろ姿しか見えないが、きっと彼女の目には憎悪の炎が宿っているんだろう。頭に血が上りやすい性格で、元々悪魔のことを根絶やしにしたいほど憎んでいる彼女だ。仲のいいアスクが呪いにかけられたこともあり、完全に倫理的なタガが外れている。

 まだ混乱の収まっていない───というか、ナツミのせいで余計に混乱しているようにも見受ける悪魔側は、立て続けに味方が二人、無抵抗に倒されたことでやっと動き始めた。隊列を組み、複数でナツミを囲もうとする。それと同時に、負傷者を前線から引き離そうともしていた。
 弱い者では相手にならないと思ったのか、前に出てくるのはそこそこの腕前の者達だ。さっきまでと違って、ナツミでもなかなかダメージを与えることができていない。攻撃してもしても、後衛が回復しているようでもあるし。

 さて、私が行くべきなんだろうか。
 周りを見渡すと、アマリリスが横たわっている台座を包囲するように悪魔が動いている。数の暴力で戦おうとしているみたいだ。
 完全に四方を塞がれたら面倒だなぁ、と思っていると、ドンと地鳴りのような音がした。

『ふむ。そろそろ我にも出番が来ていいのではと思うのだが、悪魔よ、お主はどう思う?』

 どうやらジンさんが踏み込んだ音のようだ。
 先行するナツミとターフの背後を取ろうとしている悪魔が、彼の間合いに入る。

『ぐ、あっ…!!』

 訊きながら、ジンさんは薙刀で悪魔を切り飛ばした。それにより、隊列は崩れて悪魔が再び浮足立つ。

『感謝致す、武器の精霊よ』

『はっはっはっ!構わんぞ』

 快活に笑い声を上げながらも、薙刀を振り回す腕は止まらない。
 しばらくすると、台風の目のようにそこだけ誰もいなくなる。

『ふむ……我を止めようとせぬのか、悪魔よ。さすれば、我は我の望む道を進むのみ…!』

「ジン、深追いするな。君なら気付いたと思うけど、奥で待ち構えている悪魔は何か用意しているみたいだよ」

 ユークライの声に、ジンさんはピタッと止まった。

『なんと。気付かんかった。感謝するぞ、ユークライ!』

「どういたしまして。お役に立てたようなら、良かったよ」

 精霊と愛し子の関係は千差万別。この二人の場合は、ちゃんとした信頼関係があるようで良かった。
 中には、精霊が愛し子を支配する場合や、愛し子が精霊の力を封じ込めて自分の好きなように使う場合など、歪んだ関係も存在する。それに危機感を持った精霊が、そういったことが起きないように愛し子を作った場合は申告するような決まりを制定したほどだ。

『ユークライ、我の方に助言をしても大丈夫なのか?』

「あぁ。弟が優秀でね。それに、俺はむしろ指揮官の方が性に合ってる」

『はっはっはっ、そうか、兄弟というものは良きものだな!』

「ジン、前!」

 笑い声を上げるジンさんに、一人の悪魔が突進してくる。障壁魔法も張っておらず攻撃に全部をかけた、捨て身の突撃。
 しかしジンさんは、意に介さないと言わんばかりに軽く薙刀を振った。
 たった一閃、それだけでその悪魔は戦場から遠く離れたところに飛ばされる。放射線状を描いて飛んだ後、アスクの張った障壁魔法にぶつかった。

「すごい膂力だね」

『なんの。我は闘いの配下の中でも、戦闘は不得手な方であるが』

「……君が不得手って、相当だね…」

 ちょっと困ったように笑いながらも、ユークライの目はこの神殿全体を見渡している。
 彼の目は、私やラインハルトのものとは違って魔素界が見えるわけではない。けれど、私達には見えない何か・・が映っている。

「簡単に倒されてくれなくなったな……ターフ殿、ナツミ殿を一度下がらせて頂いても?」

『承知致しましたぞ』

 ターフは頷くと、ナツミの肩をぐいっと引っ張り後ろへ飛び退いた。
 当然無防備になる彼らを、ここぞとばかりに悪魔が攻撃しようとする。

『ターフ爺、何考えて……!!』

 ナツミの抗議の声が止まった。
 二人に押し寄せる悪魔の集団の上に、無数の魔法陣が一気に出現する。数えてみると、およそ百ほどだろうか。その数は、精霊である私達からしても異常だ。
 言葉を失うナツミの視線を追った悪魔の一人が、その原因を見つけて声を上げる。

『退避だ、退避ぃぃ!!』

 しかし、彼らの背後には障壁魔法がある。アスクが張ったものではなく、ついさっきある天才が展開させたものだ。
 退路を塞がれていたことに気付いた彼らは前を見るが、そこにも既に障壁魔法。右にも、左にも、東西南北全ての方角に、彼らの行く手を阻むように仄かに光る透明な壁がある。

「悪魔とは、意外と遅いのか」

 球体の形をしたその障壁魔法の中で、魔法陣が光を増す。

「警戒しすぎていたかもしれないな」

 独り言のように呟かれた言葉は、隣にいるヴィンセントにはしっかり届いたようで、彼は複雑な表情をしている。味方が頼もしいの半分、強すぎて呆れたの半分、とでもいったところか。

「ラインハルト、いいよ」

「わかった。……発動」

 たった一言、それが障壁の中に閉じ込められていた全ての悪魔の命を奪う引き金となった。

 重なり合うように描かれた幾つもの魔法陣は、連鎖するようにその効力を発揮していく。雷鳴が轟き、氷の槍が貫き、風の刃が斬り刻む。

 雷の光と氷やら血やらの飛沫で、障壁内の様子は窺えない。もっとも、スプラッタな光景が広がっていることも考えられるから、好き好んで見ようとは思わないが。
 さっきのように、悪魔も精霊と同じで死体が残らないから、そこまでひどい惨状が広がっていることはないだろう。けれど、その魂が消え行くまで肉体は残る。ということは、血や肉片も残るというわけで、やっぱり見る気になれない。

『大した魔力を消費しているわけでもないというのに、あの威力。はっはっはっ、流石我が愛し子の弟よ』

 感嘆するジンさんとは対照的に、かなり近い場所であの魔法を目にしたナツミは、呆然とした顔だ。悪魔に対する怒りも、どうやら引っ込んでしまったらしい。

『人間に、これ程の魔法が使えるとは、驚きですわ……彼は、一体?』

『んー……あいつは、ラインハルト・ウィンドール。ウィンドール王国の第二王子で、大陸でも随一の魔法の使い手だね』

 呪いの後遺症と精神的なストッパーもあってかどことなく本気ではないように見受けるが、天才と名高いその才能は、やっぱり圧巻だ。ついさっきまで、呪いによって弱っていたとは思えない。
 精霊も悪魔も、皆彼の魔法に気圧され動けないでいる。

 奇妙な停滞があった。
 全員が同じところに視線を向けて、同じような感情を抱いているというのに、誰一人言葉を発しない。相手にすぐ斬りかかれる構えを崩さぬまま、無抵抗に命を奪っていく魔法を見つめている。
 轟音だけが、時間が止まっていないことの証明だ。

 それを作り出した本人はというと、

「……」

 無言で自分の魔法を見つめるだけだ。
 まだ続いている魔法の連鎖はやっと収まりつつあるが、ラインハルトは身じろぎ一つしない。ただ自分の魔法の出来を見つめている。

「……改良の余地があるな。時間が欲しい」

「殿下、最初の一言がそれかよ!?」

 ヴィンセントが叫ぶ。
 大体いつもおちゃらけている彼にしては至極真っ当な発言だったが、残念なことに相手にしているラインハルトはかなりの曲者だ。

「何か問題があったか?」

「いや、別に、問題があるわけではないんですけど……」

「そうか。なら大丈夫だろ」

「いや、何も大丈夫じゃないですよ!?」

「大丈夫じゃないのか?何がいけないんだ?」

「っく、話が通じない……あぁなるほど、だからライルはいつもお疲れだったのか……」

「ライル?あいつがどうかしたのか?」

「どうもしないと思いますよ。……っつーかむしろ、主がいないんだし休憩してるんじゃ… ?いや、俺なんかよりよっぽど真面目なあいつが、今この瞬間だらけているとは到底思えない……」

「ラインハルト、これを後何発打てる?」

 ごにょごにょと独り言を言うヴィンセントを遮り、ユークライが訊ねる。

「十はいける」

「そうか。打たせてもらえなくなるだろうけど、また頼むかもしれない」

「わかった。ただ、アマリリスの治療を優先させるかもしれないけど、いいか」

「構わないよ。……お前に初めて出来た、大切な人だろ?」

 からかうように、けれど愛おしむように告げられたその言葉に、ラインハルトは何も返さない。けれど、病み上がり───いや、呪い上がりとでも言うべきか?───だというのに艶やかな黒い髪の奥に覗く耳が、赤く染まっている。

 相変わらずの照れ屋さんだなぁ、と思わず笑みを漏らした。


 ……というか、戦場でこんなほんわかしていて大丈夫なのか。
 数十メートル先にはナツミが作り出した血の池や、この空気の原因の一人であるラインハルトの魔法で作られたクレーターがあったりするというのに、温度差が激しすぎる。

 ほら、悪魔側はどう反応していいかわからずに戸惑っちゃってるじゃん。一応こちらに武器を向けてはいるけど、どのタイミングで攻撃していいのか判断しかねてるよ。
 マイペース過ぎるラインハルトとそれを止めないユークライのせいで、色々と間違ってしまっている。悪魔との戦いは何度も経験してきたが、今までにこんなことが起きたのはほとんどない。

───ほとんどない?

 一瞬、思考が止まった。

『……随分と余裕そうだね?』

 その瞬間、隙ができた私をめがけて赤黒い矢が飛来する。
 一応障壁魔法は展開していたのだが、それを通り抜けたようだ。まぁ、コピーとはいえ呪公なんだから、これくらいはしてもらわないと困る。

 矢の飛んできた方向を見ると、こちらを見るカレンと目が合った。
 大体、数百メートルは離れているのに声が届くのは、その声に魔力が込められているから。
 その魔力を読み取ろうとすると、何かに弾かれたような感触がした。

『へぇ。まだ戦意喪失してないみたいで、重畳』

 生み出した氷の剣で矢をはたき落とすが、その剣を侵食するように赤黒いシミが広がっていく。
 早々に剣を床に叩きつけ、新しい剣を生み出した。

『怖いなぁ。それが素なの?』

『さぁ、どうだろうね。知りたい? 』

『それが弱みと成り得るなら、なんでも知りたいよ。ほら、あたしって正体バレちゃったじゃん?怒られるかもだから、あんたの瞳と一緒に情報持って帰りたいなー、なんてね』

『あれ、たったそれだけで許すとか、あんたの上司ってチョロいの?』

『少なくとも、あんたよりはチョロくないかなぁ』

 冷たく光る水色の瞳が笑う。

『あたしさ、呪公様のことを本気で尊敬してるの。心の底から、他の何よりも。それを馬鹿にしたんだから、楽に死ねるとは思わないでね?』

 見上げた忠誠心だ。私なんかには、絶対に無理だろう。
 けど、なかなかどうして、自分の全てを捧げると決意した存在がいる人は強い。それが主君なのか、恋人なのか、家族なのかはケースバイケースだが、どんな場合でも薄っぺらい覚悟で戦う私なんかより、余程必死に強く戦う。

『……それでも、私だって死にたくないから全力で戦うんだけどね』

 氷の剣の重心を確かめるように、何度かくるくると回す。

『殺しちゃっても、文句言わないでね?』

『ふふっ。殺されるのは、そっちだよ?』

 カレンも、ナイフホルダーから一本の黒光りするナイフを取り出した。それで空気を何回か切り裂くと、トントンと左右にステップを踏み始める。
 私には武術とかはいまいちわからないのだが、確かそうすることによって重心の移動を悟らせないんだっけ。

『……すぅ』

 別に重心によって攻撃が決まるわけではないと思うんだけど、という持論は口には出さず、代わりに深く息を吸った。
 私とカレンの間で交わされる視線がぶつかり合うような錯覚を覚える。それほどに、彼女から立ち上る殺気というか覚悟のようなものは凄まじい。私はというと、決意と呼ばれるかどうかもわからないような、ふわふわしたものしかないのだけれど。

 それでも戦いは始まる。
 どちらともなく一歩を踏み出した私達は刃を交え、その音が合図となったように再び神殿は乱戦の渦に呑み込まれていった。

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