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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

40話: 暗闇の中の女子会 3

 アイカさんの鋭い視線が、思惑を見透かそうと射抜いてくる。私の本当の思いはさっき言った通りで、これ以上伝えることはないのに。

 与えられた情報だけで満足しているようでは、大切な人を守れない。
 目の前で、婚約者を傷つけられた。あの時、私が彼を守るのに十分な手段を持ち合わせていたかというと、否だ。王城に滞在していた間、私はただ無為に時間を過ごしていただけだった。
 王城への襲撃の後も、自分の感情を持て余すばかり。事態を解決するのはアイカやお父様達がするだろうからと、どこか他人事のように思っていたというのが事実だ。

 精霊王から祝福して頂いた?
 私自身から働きかけたわけではない。
 襲撃を受けた際に戦闘に加わった?
 あの時の私は理性を失っていたというのに、胸を張れるわけがない。

 私はラインハルトのために何かをした?
 
「……アイカさん、どうされます?」

 返答は、ない。
 リリエルさんは、と思い彼女の方を見ると、難しそうに眉を顰めていた。

 何が足りないのかが、わからない。何を提示すれば、アイカさんは口を開いてくれるのだろう。

 お荷物になりたくない。ラインハルトの役に立ちたい。
 ラインハルトだけじゃない。アイカや、ユークライ殿下や、お兄様や、色々な方の手助けをしたい。
 そうでもしないと、私は自分の存在価値を見つけられないから。
 どうしようもないほど、私は自分の存在意義を見つけようとしている。





 大体数分…体感時間では何十分も経ったような沈黙の後、アイカさんが息を吸う音がした。

「…………アマリリスさん」

 静寂を破ったその声は、聞き慣れているアイカのものとは違い、どこか一歩引いた印象を与える。

「情報を交換することに関しては、問題ありません。ですが、一つルールを作りませんか?」

 とりあえず自分の要求が通ったことに、ほっと胸をなでおろす。
 おそらく家族よりも自分のことを深く知っている相手に対しての交渉は、正直先が不透明でかなり不安だったが、悪い結果にはならなそうだ。

「ルール、ですか。目的と詳しい内容は?」

「目的は簡単です。私にもあなたにも、どうしても言いたくないことがあるでしょう?プライバシーに関わることだとか、最後までとっておきたい切り札について、だとか」

「……まぁ、そうですね」

「そういったことを訊かれた場合にも対処できるように、ルールを決めたいのです」

 筋は通っている。別に私を一方的に損されたいわけではなさそうで、ひとまず安心だ。
 私が続きを促すと、アイカさんは言葉を続けた。

「ルールはシンプルです。―――まず、この砂時計を使います」

 そう言いながらアイカさんは、サラサラと銀の砂が流れる砂時計を、どこからか取り出す。ガラスはわずかに青みがかかっていて、周りの部分は砂と似たような銀色だ。
 アイカさんが空いている手を何もない空間にかざすと、そこの床から淡く光を放つ机がせり上がってきた。どうやら、私達の椅子と同じようなもののようだ。
 そこに砂時計を置くと、アイカさんは人差し指を立てる。

「この砂時計では、約一分ほどを計ることができます。一分ごとに質問者と回答者が交代で、同じ話題をむせ返すのは禁止とします」

「なるほど……意図的に考え込んだり、関係のない話をしたりして時間を使うのは?」

「私もあなたもそんなことするタイプではないですが…。もしそういうことになった際には、ひっくり返して一度砂を落ち切らせて、その上でプラス一分でよろしいですか?これくらいのペナルティがあった方が、安心できますし」

 悪い条件ではない。自分の知られたくないことを訊かれた場合、わざと重要な点をぼかして、別のことについて一分間話せばいいわけだ。
 もちろんアイカさんもそうしてくるだろうから、質問の仕方を工夫する必要があるのだけれど。

「上限を決めないとずっと話し込んでしまうので、お互いに二つずつの質問をする、ということにしましょう」

「二つですか?かなり少ない気もしますが。時間も一分ずつですし」

「それはもちろん、これの後も話すことはできますからね。どうしても確実に手に入れたい情報のみこの場で聞く、という形式の方が私もあなたも都合がいいと思いますが」

「そうですね……では一つだけ。互いに嘘を言わないことを、誓いません?」

 アイカさんは一瞬驚いたような顔をする。しかしすぐにそれを消すと、軽く頷いた。

「いいですよ。誓います」

「私も誓います。―――リリエルさんは、これに参加するのですか?」

『しないわ。ってわけで、私が二人の誓いの証人になってあげる』

 リリエルさんの前に右手を出し、自分の左胸に当てる。アイカさんも同じようにして、二人で目を閉じた。
 『いいわよ』というリリエルさんの声で目を開ける。

 これは大陸全土で使われている、最も一般的な誓いの立て方だ。

「―――当たり前だからこそ、ですかね?」

 唐突に、アイカさんがそう問いかけてくる。
 きっと、この誓いのことを訊いているのだろう。

「えぇ。当たり前をできない者に、星は巡ってきませんから」

「星は巡らない、ですか?」

 あ、と声を上げてしまう。
 最近同郷の人としか話していないから、ついウィンドール王国での言い回しを使ってしまった。

「我が国に伝わる言い伝えから派生した慣用句です。えっと……"チャンス"が来ない、というような意味です」

 私の叔母様も、よく口癖のように「星が巡らない人にはならないでね」と言っていた。叔母様曰く、日頃の行いから大切にするのが、自分の夢を叶えるのには大切らしい。

「……へぇ。面白いフレーズですね」

『星、かぁ。オシャレな感じがするわね』

「ウィンドール王国は、起源としてはいくつかの民族が集まって樹立した国家なので、各民族ごとの特徴的な言い回しが多いんです。―――あぁ、これは数えなくていいですよね?」

 チラリと砂時計に視線を向ける。

「はい、勿論。―――では、興味深い話のお礼といってはなんですが、アマリリスさんからどうぞ」

 ふわりとアイカさんが微笑む。
 やっぱりアイカと雰囲気が違うなぁ、と思った。言葉では表しにくいのだけれど、どこか柔らかな、しかし冷めたような感じがする。
 といっても、これを口に出したりはしない。アイカに…いや、どっちかというとアイカさんに対して失礼だから。

「お言葉に甘えさせて頂きますね」

 さて、かなり時間を使ってしまったが、やっと話に入れる。
 質問したいことは何個かあり、絞ったらギリギリ三つまでにできるが、ひょっとしたら一つの情報から答えが推測できてしまうかもしれないから、一応七つほど候補を考えておく。

「まず最初は……私が気を失う前に見た"記憶"は誰のものですか?」

 砂時計をひっくり返す。
 零れ落ちる砂が、サァと小さな音を立てた。

「あれは、あなたの記憶です…という答えでは不十分でしょうね」

 アイカさんは薄く笑う。

「あれは紛れもなく、あなた自身の記憶です。ですが、"アマリリス・クリスト"の記憶ではありません」

 そんなことわかっている、と言うのを堪える。
 私だって同じ手を使おうと思っているから、おあいこだ。

「簡単に言ってしまいますと、あなたの前世が見た光景ですね」

「私の前世……アイカですか?」

 アイカが私の前世にあたることは、あの婚約破棄の後、告げられたことだ。
 私は今までそれを信じてきたし、今も別に疑っているわけではない。ただ、「あなたの前世」という表現にちょっと違和感を感じただけだ。だから、きっとアイカさんは肯定するのだろうと思っていたが───

「…っ!」

 わずかに目を見開いた彼女の顔には、はっきりと驚愕の色が浮かんでいた。

「アイカさ───」

「アマリリスさんが見たという記憶は、おそらく今から約千年も昔のものです」

 私の呼びかけに覆いかぶせるように発せられた言葉は、すっかり冷静さを取り戻している。
 さっきの一瞬は幻だったのではないかと思ってしまうほどに落ち着き払っているが、あれが見間違いなはずがない。

「約、ですか……詳しい数字を伺っても?」

 場繋ぎの質問を口にしながらも、頭の中ではさっきの出来事のことを考えていた。
 果たして、アイカさんは「私の前世」という言葉に反応したのか、それとも私が自分の前世について訊いたことに反応したのか。
 本当はこれについて重ねて質問をしたいが、蒸し返すことは禁止されているから、それもできない。それに、これ以上訊いても誤魔化されるだけだろうし、時間の無駄になる。
 アイカさんが決めたから多少は仕方ないが、やっぱりこういった搦め手に関しては彼女に軍配が上がってしまう。

「申し訳ないです。だいたい千百年ほど昔、ということしか……」

 もうすっかりさっきまでと変わらない態度だ。
 表面上は親切に、けれど裏では獲物を眈々と狙っている。個人的に、一番敵に回したくないタイプだ。

「わかりました。ありがとうございます」

 横目で砂時計を確認すると、ほとんどの砂が落ちきっていた。

「……終了ですね。アイカさん、どうぞ」

 時間が思ったよりも短くて知りたいことを全て聞けなかったし、はぐらかされてしまった部分もあったが、最初にしては上々ということにしておく。
 まだ始まったばかりだ。後ろ向きに反省会をするのは、終わってからでいい。

「では私からは……」

 アイカさんが言葉を切って、私の目を覗き込むように視線を向けた。
 数歩分、私と彼女の間は離れているはずなのに、すぐ近くから見つめられているような感覚がする。

「アマリリスさんのご両親は、なぜあなたが精霊と会話できること、それと精霊から加護されていることを隠していらっしゃったんですか?」

 その言葉は、ある意味想定内ではあった。アイカさんからの質問というわけではなく、敵対している貴族の方々からの質問ではあるけれど。
 彼らに対する回答は、アイカとも話し合って決めてある。それは、クリスト公爵家を守るための完璧なでまかせだ。だが、今の相手はアイカさんであって、私達を攻撃してくる貴族ではない。
 アイカとアイカさんの関係がどんなものかは知らないけれど、下手に嘘をつくべきではないだろう。

「……端的に言いますと、私を守るため、ですね」

 向きを変えられた砂時計の、月光のような銀色の砂が零れ落ちる。

「守るため…?失礼ですが、普通に考えるなら、そのことを公表するのはメリットの方が大きいのでは?精霊と言葉を交わせることは、尊敬されるのだと思っていましたが」

 私が落ち着き払っているからか、アイカさんはちょっと憮然とした表情を浮かべる。

「えぇ。普通では、そうなんです」

 通常魔法とも呼ばれる属性魔法―――火・水・風・土・雷・無・光・闇魔法は、貴属性である光・闇魔法も含めて一定数の使い手がいる。闇魔法も千人に一人ほどとかなり希少だが、精霊魔法はもっと少ない。だいたい、一万人に一人ほどと言われている。
 どうしても、あの兄のことを思い出すとそこまですごいようには思えないのだが、実際には精霊魔法に適性があるのは、王国全体で見てもほんの一握りのみ。しかも、そのほとんどは出自に関係なく、王室直属である魔法師団の精霊術師として職を得ている。そのため、精霊術師は庶民や貴族に関係なく、羨望の的だ。
 けれど、私には致命的な欠陥があった。

「精霊が見えて彼らと話せる者は、弱い強いこそありますが、精霊魔法を使うことができます。精霊魔法を使える精霊術師は、国からも重宝される存在です。精霊魔法は、属性魔法と違い術者本人の魔力をあまり使用しませんし、基本的には属性魔法よりも火力が高いですから。しかし、私はそうではありませんでした」

「……アマリリスさんは精霊魔法が使えなかった?」

「はい。精霊魔法を行使しようとしても、精霊達は皆、『魔法が使えない』と」

 精霊魔法は、人間の術師が精霊に魔法を使ってもらう魔法だ。そのため、ちゃんとした魔法の全体像を伝える必要がある。
 しかし、精霊達いわく、私から送られてくる魔法の"設計図"はわかりやすいものの、どこか靄がかかっているようで、なかなか魔法が使えないそうだ。属性魔法を使う時と同じように、精霊魔法でも術者が魔法の構築をする必要がある。私には、それを行う技量がなかった。
 まぁ、精霊王達が仰った通りなら、その障害は消えているはずだ。

「ただでさえ"黒持ち"ということで悪目立ちしていた私を守るために、両親は私が精霊を見ることができるという事実を隠匿していました」

「なるほど……」

 今は使えますが、という言葉を告げようとして慌てて自分の口を止めた。
 ひょっとしたら知られているかもしれないが、あまり自分の情報は明かさない方がいいだろう。

「アマリリスさんは……あぁ、時間が終わりましたね」

 アイカさんの言葉に砂時計に視線を向けると、ちょうど砂が落ちきったところだった。

「聞きたいことがあったのですが……残念ですね」

「また別の機会に、好きなだけ聞いて下さい」

 答えるとは限りませんが、という言葉を飲み込んで砂時計を手に取る。
 さっきはほんの一瞬しか触らなかったから今気付いたが、どうやらこれの周りの部分は金属製のようだ。ひんやりとしているが、触ったところがほんのり温かくなってくる。

「次はアマリリスさん、どうぞ」

「ありがとうございます。二つ目なので、最後となるんですよね」

「そうですね。ちゃんと考えないと、ですよ」

 くすっとアイカさんが笑う。しかし笑っているのは口元だけで、目は完全に笑ってない。
 やはり、アイカさんは未だに私のことを警戒している。私も彼女に完全に気を許したわけではないけれど、ここまで心を開かれていないのは少し悲しくもある。

 つくづくやりにくい相手だ。飄々としていて掴みどころがないアイカも話すと疲れる時があるが、わざと掴ませてそこからスルリと抜けるようなアイカさんも、相当面倒くさい。

 深く息を吸って、感情を抑えながら問いかけた。
 この問いに対する答えを引き出した後、ひょっとしたら私は身の振り方を百八十度変えるかもしれない。

「私からの二つ目の質問は、アイカについてです。アイカは、本当に天災の精霊なんですか?」

 訊きながら砂時計を反転させる。

 私の質問にも、アイカさんは相変わらず口元だけの笑みを浮かべている。
 アイカもそうだけど、こういう行動が私なんかよりもよっぽど貴族らしい。
 一応、嫌いな相手にも愛想笑いはできるけれど、どうしても引き攣ってしまうし、笑いながら相手を威圧するというのがどうしてもできないのだ。いっその事、二人に教えを請いたいほど。

 と、少し逃避をしたのは仕方ないだろう。

 私の質問の後、無言で表情を全く変えずに、アイカさんが視線の温度を思い切り下げてきたのだから。
 依然として保たれている笑みが、やけに冷ややかに見える。

「本当にこの質問でいいんですか?アイカは、天災の精霊ですよ。疑ってらっしゃるんですか?」

「はい。疑っていますよ」

 特に睨まれているわけでもないのに、力を込めないと足が震えそうになる。

「どうして疑っているんですか?」

「失礼ですが、今質問しているのは私ですよ。最初から計り直してもいいですか?それに、この時間も加算されるんでしたよね?」

「―――えぇ、そうです。申し訳ないですね。もう一度、どうぞ」

 アイカさんがここまで動転しているということは、どうやらアイカは私に隠していることがあったみたいだ。それも、かなり重大な。
 まさか、権威を偽っていたのだろうか。それとも、自分が精霊だということすら嘘だったのだろうか。

(アイカ、私はあなたのことを信じてたけど、あなたはそうじゃなかったの?)

 届くはずのない念話を送り、私は心の中で溜め息をついた。

 ここからが正念場だと、私はお腹に力を入れる。
 こんなことは考えたくはないが、アイカさんの返答次第では、アイカのことはもう信用できなくなってしまう。私と私の周りの人達のためにも、正しい情報を手に入れなくてはならない。そして、これからアイカとどう付き合うかを考える必要がある。

 "大樹成るのは永き時、朽ちていくは瞬きに同じ"

 さっきアイカさんとリリエルさんに紹介した"星は巡らない"と同じような、ウィンドール王国にかつて存在した民族の言い回しだ。ただ、クリスト公爵家やその門下の家の人しか知らないけれど。
 意味はかなりわかりやすい。

"信頼を築くのには長い時間がかかるが、失うのはほんの一瞬"

 かつて、ある忠臣に裏切られた私のご先祖様が言い残したそうだ。
 ご先祖様は臣下と共に村を守るための樹を植えたが、その樹が大きくなった頃に反旗を翻され、その村が焼け落ちた時に樹も朽ちてしまったらしい。
 初めてこの話を聞いた時には、そんな簡単に樹が燃え尽きないように、信頼もすぐに消えてしまうとは思わなかった。
 けれど、今はこの教訓が耳に痛い。
 まだアイカが信じられないと決まったわけではない。しかし、どこからか芽吹いた不信感は、どんどん大きくなっている。

「アイカさん、もう一度訊きますね。アイカは、本当に天災の精霊ですか?」

 この事実が確定しないと、これからどう動くか決められない。

 王城に襲撃があった。私が襲われたと思うと、警備が強化されたはずなのに再び襲撃があった。そして、そこでラインハルトが倒れた。
 国の中枢である王城に侵入者がいただけでも十分異常事態なのに、その侵入者の中に貴族令息がいた。しかも、禁術だと言われる精霊から魔力を徴収する魔法を使っていた。

 ウィンドール王国の貴族の一員として、クリスト公爵家の令嬢として、伯爵位を頂いている身として、そして第二王子の婚約者として、私は見極めなくてはいけない。
 アイカが一体何者なのか、私達は彼女を信用できるのかを。

 できる限りの威圧を込めた私の問いかけに、アイカさんがやっとゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

「アイカは、あの子は―――」



















 コロコロと何度も場の空気を変えて、自分達で雰囲気を悪くしている二人を見ながら、橙色の髪の少女は呟く。

『藍佳もアイカも、やっぱり変わらないのね。自分・・に対しても仮面被ってるなんて、疲れるだけに決まってるのにね』

 彼女の呟きは誰にも拾われず、暗闇の中に溶け込んでいった。

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