【旧版】諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

幕間: 月光の下の密会

久しぶりの幕間です。
今回のお話は、あの婚約破棄パーティーでのアイカinアマリリスとラインハルトの話です。















 もうすでに日はかなり沈んでいて、ところどころに設置されているランプみたいな照明のお陰で、ラインハルト様のほんのり赤い耳が見える。
 多分、今まで社交界にあまり出れていないこともあってか恋愛下手な彼は、「と、ともかくだ」とちょっとわざとらしい咳払いをした。

「愚弟の…サーストンの事や、アマリリス嬢のこれからの事なんだが」 

 ラインハルト様はそこで一旦息をつく。

「サーストンがアマリリス嬢に行ったことは、非常に許し難い行為だ。これは僕個人としての意見だけではなく、王室の総意だと思って貰って構わない」

「まぁ、そうですよね。あそこには他国からの賓客もいたっていうのに、法服貴族でもある公爵家の令嬢に一方的な婚約破棄を王族が行うなんて、完全な醜聞ですもん。それに、クリスト公爵は現外交大臣で他国にも結構面識があるから、公爵が他国と結託して王家を攻撃することも可能ですしね」

 私がそう言うと、ラインハルト様はぽかんとしたような顔になる。
 わずかな変化なんだけれど、元が無表情だからかわかりやすい。

 なにか変なこと言ったかな?誰でも出来るような分析をしたつもりなんだけど……

「私、なんか変なこと言いましたか?」

「いや、そういうわけではない。アマリリス嬢はこういった面に疎いという認識があるからか、違和感があるというか……」

「あー、なるほど。まぁそうでしょうね」

 公爵令嬢で法服貴族でもあるというのに、アマリリスは昔から貴族のドロドロした策謀とかが苦手だ。それこそ、どうして今まで社交界でやさぐれずに生きてこれたのか不思議なくらい。
 もっとも、複数の人の思惑が絡むと途端にわからなくなるだけのようで、対個人の場合はかなり天才的な勘を発揮することもあるのだけれどね。

 物事を察するのも結構遅くて、そのせいで他の人に嵌められそうになることもよくあった。今まではその度に、彼女の両親や兄弟がどうにかしていたからいいものの、今回の卒業パーティーのように彼らが下手に手を出せない状態になると、かなり危険な状況に立たせれがちだ。
 いや、危険な状況っていうか、命の危機だった。

「けど…」

「ん?」

「いえいえ。なんでもないです」

 この黒ローブの王子様が、助けに来てくれたから、結果オーライ。

 それにしても、ラインハルト様って顔がいい。顔だけじゃなく、辺りに撒き散らしているイケメン感がすごい。
 ちょっと中性的な雰囲気もあるし線が細いのに、なんでも頼れるオーラがする。よく見るとちゃんと鍛えられてるみたいだし、多分肉がつきにくい体質なんだろう。
 髪も男にしては少し長めだけれど、全然嫌な感じがしない。この国…というか、この大陸全体で見ても珍しい黒髪は、女子かと聞きたくなるくらい艷やか。

 全体的に綺麗な王子だ。アマリリスと並んだら、きっと絵になるんだろうなぁ。

「ラインハルト様」

「なんだ?」

「アマリリスを、よろしく頼みます」

「……すまない、どういうことだ?」

「え?アマリリスを婚約者にするんじゃないんですか?」

 なんで察してくれないのか疑問に思いながら私がそう告げると、ラインハルト様はいきなり咳き込む。

「ゴホッ、ケホッ、ケホッ……おい、どうしてそうなる」

「だってそう聞いていますし……今回の婚約破棄には政治的圧力があったのでしょう?」

 黒髪の王子はわずかに逡巡した後、「はぁ」と溜め息をついた。
 座っていたベンチから立ち上がると、軽く右手をあげる。すると、一人の青年が姿を現した。

「どうされました、殿下?」

 パッと見は、人の良さそうな優しげな青年だ。ラインハルト様にかける声も、王族に対してはちょっと緊張感がなさげな気もするが、それはきっと二人が親密だからなんだろう。
 けれどよくよく見ると、剣をいつでも抜けるように腕は下ろされているし、立っている位置もラインハルト様の視界をあまり遮らず、かつ彼の死角をカバーするような場所。身のこなしからしても、おそらく護衛として高度な訓練を受けてきたのが伺える。魔力量も、普通の人間にしては多い方みたいだ。

 青年は私の方を見ると頭を下げる。
 私はというと、アマリリスの体に染み付いているからか、自然に会釈を返すことが出来た。

「長く話し込むことになりそうだ。密閉空間ではないとはいえ、男と二人っきりというのは外聞が悪い」

 主の端的な説明にも、文句を言わずに青年は頷く。

「畏まりました」

「そういえば、お前の名前を聞いていなかったな」

 ラインハルト様は再び座り直すと、いきなりそう切り出した。
 けど、結構この王子様の喋るテンポは好きだ。未来の仕事仲間として。

「アイカです。言ってませんでしたっけ?」

「言ってない。というか、かなり僕に対して砕けた喋り方をするな」

 一応苦情なのだろうけど、大して気にしている風でもない。

「別にいいでしょう?私とアマリリスは別人ですから。アマリリスの素もこれに近いですよ。それに、私はラインハルト様とは対等な交渉相手ですから」

「交渉相手……一体、何の?」

「アマリリス・クリストの婚約とその後に関しての、ですよ」

「そう、か……まず、敬語はやめてもらって構わない。敬称も要らない」

「え、いいの?じゃあよろしく、ラインハルト」

「躊躇をしろよ……あぁ、構わない。お前は完全にアマリリス嬢とは別人のようだしな。こんがらがるから、いっその事はっきり区別してもらった方が楽だ」

 なるほど。合理的な考え方…なのかな?
 もっとも、ほんの少ししたらアマリリスもラインハルトに素の自分を見せる気がするんだけどね。

「それで、ラインハルトはアマリリスにいつ婚約を申し込むの?」

「ケホッ……どれだけお前は、僕とアマリリス嬢を婚約させたいんだ」

 恨めしげに私を睨むラインハルト。
 彼の橙色の双眸には、キョトンとした表情をするアマリリス…つまり私が映っている。
 自分としても紛らわしい。

 正直、アマリリスの体に入るのは彼女の魂と体に負担をかけることにもなるから止めたい気持ちも強かったりする。けれど、今の彼女は精神状態がすごく不安定で、一度肉体から彼女を離すことで落ち着いて貰いたい、っていう理由がある。

 アマリリスは、本気でサーストンに恋をしているようだった。
 恋をするだけでなく、サーストンの隣に並び立つ者として至らないことがないようにと、王子妃としての教育も真剣に取り組んでいた。苦手な社交も、彼のためならと頑張っていた。
 少し病的なほど、アマリリスはサーストンのことを想っていて心の支えにしていた。だからこそ、あの馬鹿王子に婚約破棄されて殺されかける、という事件を受けて深く傷を負っている。

「というわけで、ラインハルトの出番。アマリリスを今のまま放っておくと、鬱で死ぬかもしれない」

「脈絡もなしにアマリリス嬢が死ぬかもしれないなんて言うな……"鬱"とは、先日の医学会議で発表された精神障害だったか。よく知っているな、アイカ」

 言外に「なぜ知っている」と問い詰められているみたいだが、無視しておく。直にわかるだろうし。

「アマリリスはさ、婚約を結んだ六歳の時からずっと、サーストン第三王子のことを幼い頃から慕ってる。それは知ってるよね?」

「……あぁ」

「ただ、見ての通りアマリリスは黒持ち。そのせいで周りからは容赦ない言葉を投げつけられてきた。その中でアマリリスが依存したのが、あの第三王子なんだよ。昔のアマリリスの口癖は、『サーストン様、喜んで下さるかなぁ』だったくらいね。もっとも、最近は捨てられることを恐れてたみたいで、けど学校では立場があるから第三王子のことを全肯定、っていうわけにもいかなくなった。その時からかな。アマリリスがだんだんと、笑わなくなっていったのは」

 本当に歯痒かった。見ていることしか出来ない自分が。変わらない環境と第三王子が。
 そして、それゆえにずっとアマリリスを助けてくれる人物を探していた。

「これは私の勝手な推測で期待なんだけど…ラインハルトなら、アマリリスを笑わせてくれる気がするんだよね」

 家族に向ける笑顔でさえ、偽りの仮面。
 自分の感情をひたすら押し殺してずっとある人を見つめてきた彼女が再び笑うのは、正直難しいと思っていた。拒絶されたなら、尚更。

 けれどアマリリスを間近で見て・・いたらわかった。

 誰が発動したかも分からない防御魔法なのに、アマリリスは怯えなかった。
 顔も見ていないというのに、その背中だけでラインハルトを信頼した。
 声を聞いただけで、安心して息を吐き出した。
 そして今、アマリリスの意識は無いはずなのに、ラインハルトの隣に座っていることに体が安堵して力が抜けそうになる。

 これが多分、柄にもないこと言うけど、"運命"ってやつなんだろう。

「アマリリス・クリストの半身として頼むよ。この子と婚約して。遠くない未来に結婚して。そして、誰よりも近くで守ってあげて」

「……お前は一体、何者だ。どうしてそこまでアマリリス嬢の幸せを願う?どうしてお前自身は直接的に何もしない?どうして今になって僕に接触してきた?そもそも、他人の体を動かすことなんて────」

「それ以上の詮索は、この瞬間ではやめて欲しい」

 勢いを増していく言葉を遮ると、案の定不快そうな顔をされる。
 けれど、申し訳ないが今ここで言えることではない。まだ。

「この瞬間で駄目だというなら、いつならいいんだ?」

「……わかんない。ただ、全部を話すことは出来なくても、一部ならいつでも話せる。アマリリスが起きているなら」

「アマリリス嬢に義理立てしている、ということか?」

「そういうふうにも言えるかもしれない」

「理由も言わない、か……」

 黒髪の王子は腕を組むと、考え込むように目を閉じた。

 多分IQからして凡人と違うラインハルトの頭の中では、きっと幾つもの計算が行われているんだろう。
 時々ブツブツと何か呟くのだが、声が小さすぎて聞き取れない。

 考え込んでいるのを除魔するのは失礼なんだろうけど、ちょっと手持ち無沙汰。
 不意に顔を上げてみると、立ったままのラインハルトの従者らしき青年と目が合った。
 彼は私とラインハルトを見比べると、納得したような顔をした後に苦笑する。そして、「いつものことなんです」と小声で言った。

 なるほど。いつものことなのね。
 天才ラインハルトのすることはよくわからない。



 やがてしばらくして、ラインハルトはゆっくりと目を開いた。そして私の方を向いたのだが、様子がおかしい。
 なんか目が虚ろな気もするし、視線が合っている気がしない。

「やっぱりな。あの時・・・のお前と、こんな形で再会するとは思っていなかった」

 表情は相変わらずの無なんだけど、どことなく嬉しそうにラインハルトが言う。

「……待って、ひょっとして魔素界見てる?」

「魔素界…へぇ、そう呼ぶのか」

「ちょ、ちょっと待って。人間が魔素界見えるとか、重要案件だよ!?」

「人間、という表現を使うということは、僕の予想が合っていたということだな」

「人の話聞きましょ!?」

「お前にだけは言われたくない、アイカ」

「う……」

 さっきほんの少しはっちゃけた自覚があるから、何も言い返せない。

「いや、けどそこまではっちゃけてもないんじゃないかぁ……。というか、シリアスな雰囲気がどっか行っちゃったし……」

「……僕はあの時、アマリリスという少女に恋をしたんだ」

 突然告げられたその言葉に、私は驚きのあまり咳き込んでしまった。

「ケホッ、コホッ……い、いきなり熱烈な告白だね…。本人ここにいるのに」

「いずれ話すし、今アマリリス嬢は意識が無いだろ?問題ない。……あの茶会の襲撃事件の折り、僕はアマリリス嬢を初めて見て、その姿に勇気づけられた。自分よりも年下の令嬢に勇気を貰ったんだ」

「は、はぁ…」

 なんでか嫌な予感がする。

「あの後、誰か・・に彼女の名前を教えてもらった。僕の魔法を利用するという、人間離れした技で」

「それは確かに、かなり人間離れしてますねぇ」

「あぁ。そうだろ?高位精霊のアイカ殿・・・・・・・・

 …あー、バレてたか。
 この天才君にはいつかバラす予定だったけれど、思いのほか早く彼の方から気付かれてしまった。

「ご名答。どうして高位精霊だと?」

「自我の弱い下位精霊はあり得ない。中位精霊は一つの属性しか使えない。お前は複数の属性を使っていた。この三つの事実を知っているなら、赤子でもわかる」

「そもそも精霊じゃないのか、って疑う時点ですごいんだけど…まぁ、私の素性は日を改めて話すよ。アマリリスに義理立てしたいし」

「……それで納得しておく」

「ありがと」

 こちらのことを探っている頭が良い人と話すのは、何度もヒヤヒヤさせられる。
 さっきまでの焦りと安堵を隠して、笑顔を浮かべた。

「じゃあ、そろそろ終わらせないとアマリリスへの負担が大きくなるから、決めておきたいことを話したいんだけど」

「わかった。とりあえず、今日は王城に泊まっていけ。お前は気付いてないかもしれないが、アマリリス嬢もお前も疲れているみたいだ」

「それはどうも。お言葉に甘えるね。……それで、明日アマリリスも交えて話し合いたいんだけど、どう?」

「僕は大丈夫だ。僕の私室を使えば、人目を気にする必要もないだろう。アマリリス嬢の体調は?」

「今晩しっかり寝たら大丈夫だと思うよ。じゃあ明日、よろしく」

「あぁ。明日朝、使いの者をやる。クリスト公爵や王城の者達への説明と連絡は、僕の方でやっておく。侍女も、連れてきている者以外に二人ほど付けておこう」

 パッパッ、と必要なことだけ確認する。

 改めて、ラインハルトの優秀さを感じさせられた。物事の要点を把握しているから、いちいち摺り合わせをする必要がない。

「他に何かあるか?」

「ないかな。そっちからは?」

「ない。……もう遅いし、部屋まで送っていこう」

 第二王子に部屋案内なんて普通なら考えられないけど、彼が指摘したように私もアマリリスも疲れているし、せっかくの好意を無駄にする意味もない。

「エスコート頼みますよ、ラインハルト殿下?アマリリスに相応しくないようなら、容赦なく注意しますからね?」

「お手柔らかに頼む」

 月光の下、かすかに微笑むラインハルトはそこだけ絵画から切り取ったかのように神秘的だ。
 アマリリスにこれを見せられないのが残念だなぁ、といつの間にか忍び寄ってきた眠気に抗いながら、そう思った。

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