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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

36話: 呪公

 彼女が…カレンが、"精霊の瞳"と言ったのは、別に精霊から瞳を抉り出せと言っているわけではない。悪魔が死んだ時に角が残るように、精霊が死ぬと瞳と同じ色の水晶が残るのだ。



 精霊の瞳には、特別な力が宿ると、人間の間でも信じられている。
 それはあながち間違ってなくて、実は精霊の瞳は精霊の魔力が高密度に固まっているもの。
 ものによって属性や魔力量、特殊な能力があったり変わったりするが、概ね
 だから、魔力量が少ない人間がそれを補うためなどに、祭具や魔法具に精霊の瞳を使用する事がある。


 本当は精霊の瞳は精霊の形見みたいなものなのだが、下位精霊とかだと数が多くて自意識がふわふわしてるから、そこら辺に放置されがちだから、人間が手に入れる大半の精霊の瞳は、下位精霊のものだったりする。


 まぁ要するに精霊の瞳は、悪魔の角と同じように精霊を象徴するもの、というわけだ。

 それを取ってこいなんて、挑発もいいところ。

『……舐められたね、精霊も』

 一度大きく下がって、カレンと距離をとる。
 彼女の周りでは、いつの間にか神殿に侵入していた悪魔達が武器を手にこちらの様子を伺っていた。


 肌を焦がすような、刺すようなピリピリした空気が場を満たす。

 そんな空気にも関わらず────いや、こんな空気だかたこそ、私はジンさんとエメラルドに声をかけた。

『高位精霊の……いや、第二位精霊の本気 
だそっか』

『そうですな、ふははは、今こそ我らが力を見せつける時!』

 ジンさんはいつもの高笑いをすると、どこからか取り出した薙刀のような武器を構える。
 さっきまでは素手で応戦していたから武器は使わないと思ったのだが、武器の精霊である彼が素手はちょっと考えにくい、なんて思っていたら、やっぱりカッコイイ武器を出してきた。
 素手でも十分すぎるくらい強かったのだが。


 ジンさんは大丈夫として、問題はエメラルドだ。

『エメラルド、実戦は初めてだっけ?』

『はっ、はい。あの、う、後ろの方で支援魔法とか使ってます!』

 緊張したように、気をつけをしながらエメラルドが答える。
 本当ならこういう場には慣らさせておくべきなんだけれど、今回は見送りかもしれない。雑魚はもうすでにアスクの魔法で倒されてしまっていて、残った手練とエメラルドをぶつけるのは少々不安だ。
 エメラルドは高位精霊とはいえ、まだまだ若いし経験が少ない。このような戦いは荷が重いだろう。

『オッケー、後ろの方に待機してて。なんかあったらユークライに聞くこと。いい?』

『わ、わかりました!』

 早口で告げて、エメラルドが頷くのを確認して意識を切り替える。
 ユークライに任せておけば大丈夫だから、ひとまずエメラルドのことは考えなくていい。


 未だに動こうとしない悪魔を見ながら最適な攻撃魔法を考えていると、ジンさんが『あ、そういえば』と声を上げる。

『アイカ殿、彼らを呼び戻して頂いても?』

『わかった。……アスク、ナツミ、ターフ、戻って来て』

 私の呼びかけに、すぐに三人が戻ってくる。
 無傷とまではいかないけれど、ほとんど悪魔の軍団に突入する前と状態が変わらない彼らは、全員がまだまだやれる、とでもいうようにギラギラした目付きをしていた。
 さっきまで奥の方では木が倒れたり爆発が起きていたりしたから、本当にまだ戦いの最中だった感じなんだろう。

『なんです、アイカ様?まだまだ殺し足りないんですが……』

 アスクが不満げに言ってくる。
 敬語を使ってくれるし仕事もちゃんとやってくれてるんだけど、上司に対する敬意がどこか抜けてるんだよね、アスクは。

『様子見たらわかるよ。ただ、ちょっとお願いがありましてねぇ……』

『どうして私達に対して腰が低いのです?どんな命令でも、喜んで受け入れるといいますのに』

 そう言って、ナツミが首を傾げる。

 どこか妖艶な雰囲気の彼女がやると、なんか色気がある動作に見えてしまう。
 それを見てアスクが微妙な表情をしているのだけれど、ナツミは気付いているんだろうか。

 っと、思考が変な方に飛んでしまった。

『あはは、ありがと。ただ、アスクの言う通り、殺し足りない皆を呼び戻したからちょっと申し訳ない気がして……』

『申し訳なくなどないですぞ。してアイカ様、儂らはどうすれば?』

 なかなか本題に進まないのを見かねたのか、ターフが仕切り直してくれる。
 ここは戦場なんだけれど、このいつもの雰囲気に、ついそれを忘れてしまいそうになった。

 ちょっと、真面目に行かなきゃいけないよね。

『自由行動が好き、っていうのは知ってるんだけど、今からここでかかってくる悪魔を殺して欲しい』

『構いませんが、どうしてか、お伺いしても?』

『大した理由じゃないよ。アマリリスを相手方に奪われたら、面倒じゃん?』

『面倒、ですか?なんで?』

『いや、だって数が多かったら一人一人弱くても時間かかるし、手間かかるからさ。まぁ一撃で倒せるんだけど、いちいちそんな効率悪いことしたくないし。烏合の衆を倒すの、結構疲れるから』

 ……ん?
 私がそう告げた瞬間、ここら辺一帯の空気が変わった。
 別に変なことを言ったつもりはないのだけれど、こちら精霊サイドもあちら悪魔サイドも、さっきまでと違った雰囲気を纏っている。

『えっと……なんか、空気読めてない発言しちゃった?』

「アイカ……ふふっ、いや、読めていたよ。ただ、俺達は君の言葉に励まされて、彼らは怒り心頭に発してるだけだから」

 やらかしたか、と不安に陥った私に、ユークライがそう優しく声をかけてくれた。
 ユークライは、ジンさんから受け取った白銀に輝く剣を持っていて、どこか騎士っぽいような高貴なオーラを放っている。

 ちなみに、精霊術師であり魔法師団に所属しているヴィンセントは、水の魔力が込められている宝玉が付いている杖を構えていた。意外と様になっている。
 アマリリスにも、見せてあげたい。


 さて、相手方はどうかというと、こちらを射殺さんばかりに睨んでいた。
 こちらというか、主に私を。

『やらかしましたね、アイカ様。あいつらの士気を高めちゃってますよ……まぁ、その方が殺しがいがありますけど』

 アスクは歪んだ笑みを浮かべると、前に歩みを進めて、悪魔達へ近づいて行く。
 ナツミが止めようとするが、アスクはお構い無しにどんどん進んでいく。

 悪魔もどこか平静さを欠きそうになったのか、わずかにだがさざめく。
 今や悪魔の軍団は、さっきまで森に散開していた者も含まれていて、千はいってそうだ。

 数の利は相手にあるが、こちらには一騎当千の猛者がいるから心配はない。
 ないのだけれど、アスクの行動には心配しか感じない。
 いや、ひょっとしたら別の感情も、少しはあるかもしれない。期待とか、ね。

 一体アスクは、どんなパフォーマンスを披露してやらかしてくれるんだろう?


 敵との距離がわずか数メートルになって、彼はやっと止まった。こちらからも遠く、すぐに助けに入れない距離だ。

『またすぐにこういうことをするんだから……全く、男の子って困りますわね、アイカ様』

『あはは、まぁ、そうかもね』

 愚痴を言っているような口ぶりだが、その実、ナツミの視線はずっとアスクに向かっていた。


 精霊と悪魔、両方の注目を一身に集めている彼は、まず指を鳴らした。すると、その音に合わせて神殿を囲うような大きな障壁魔法が発動される。

 アスク自身が開発したという障壁魔法だ。与えられたダメージから魔力を生み出すことで、理論上は永久に働き続けるらしい。
 もちろん、大きな魔法だから大規模な魔法陣を描く必要があるし、魔法陣の耐久の限界が来たら壊れてしまうが、かなり強力な魔法だ。

 これによって、もう私達も悪魔も逃げることができない。どちらかが全滅するまで、きっと戦いは続いていく。
 それを瞬時に理解したのか、あちら側の統率者であるカレンが顔を険しくする。

 敵味方両方が動揺しているのを見て満足げな表情をしたアスクは、今度は大きく手を広げると、さっきカレンがやったように、よく通る声で話し始める。

『今のうちに降伏するなら、逃がしてやってもいいです。障壁魔法を解除しましょう』

 ゆったりとした声で告げられた言葉に、悪魔達は当然だが怒りの声を上げた。しかし、アスクはそれに動じずに言葉を紡ぐ。

『俺達は天災の精霊が刃、天災の五将のうちの三柱。聞いたことあるでしょう?忠告するわけじゃないですが、そちらの勝ち目は皆無です。無駄な犠牲を出さない為にも、降伏して下さい』

 真っ当なことを言ってはいるんだけれど、アスクが言うとどこか胡散臭く思えてしまったりする……なんていうのは、本人には絶対言えないね。

『あんだと、罠師…!それでオレ達が引き下がると思うのかよ、あぁ!?』

 喧嘩腰な態度のその悪魔は、さっきアスクに対して突っかかった悪魔と同一人物だ。
 てっきりもう殺されているかと思ったら、まだ生きているようで少しびっくりした。アスクらしくない…いや、こうやってアスクが前に立っているところを見ると、それは計算通りなのだろう。一体何を考えているのかは想像がつかないが。

『え、引き下がらないんですか?だって、自分で言うのもなんですが、俺達有名じゃないですか。対悪魔の戦いにおいて、常に無敗。俺達を見て生きて帰れる者はほとんどいない、って』

 ……うわぁ。
 言っている言葉はごく普通なのだけれど、なんだかとてもムカつく。話している相手は私じゃないのに。
 そして、直接言われている悪魔達は、相当頭に来たみたいだ。

『てめぇ……よっぽど殺されてぇみてぇだなぁ!!』

『やめな、ゴーンズ。挑発に乗ったら危険だよ』

 アスクに向かって一歩踏み出すのを、カレンが手を出して止める。

『ですが、カレン様…!』

『いいから…………ねぇ、そこのあんた。あんたがそっちのリーダーだよね?』

 ゴーンズっていう名前だったんだ、とどこか他人事みたいに思っていた矢先に、いきなりそう話しかけられる。
 嘘をつこうかと思ったが……いや、面倒だ。

 私は丁寧に腰を折って挨拶をした。

『お初にお目にかかり光栄に思います。慧眼ですよ、呪公さん。ご名答』

『カレン、って呼んでよ。ねぇ、あたしらを馬鹿にしたあんたの部下、殺してもいい?』

 いきなり距離を詰めてくるような話し方をするのに、わずかに違和感を感じる。こっちは何も言ってないのに名乗るのも不自然だ。

 一応、気をつけておこう。

 というわけで、カレンの問いに対しては適当に誤魔化してみる。

『部下…?あぁ、罠師のこと?』

『白々しいね。あんた、天災の精霊でしょ?』

 カレンが、そう聞きながら手の中のナイフを弄ぶ。
 クルクルと、光を反射しながら彼女の中で回る黒いナイフは、どことなく嫌な感じがする。おそらく、呪の魔力が付与されたものだろう。

 私達精霊が八属性を操るように、悪魔は三属性を操る。その一つが"呪"で、呪公である彼女は、いわば精霊で言う所の精霊王のような立場のはず。

 そんな彼女にも、どうやら天災の精霊のことは伝わっているみたいだ。
 これは、喜んでいいのかな?


 というか、カレンは誤魔化されてはくれなかったみたいだ。
 まぁあれくらいの嘘で誤魔化されていたら、三公なんて務まらないだろうけど。

『貴女サマが御存知なんて、大変嬉しく思いますよ、カレン様。ご明察の通り、私が天災の精霊、アイカです。どうぞ、アイカとお呼び下さい』

『うっわ、キモチワル』

『あはは、そりゃどうも……アスク、戻ってきて』

 アスクは私の呼びかけに、一瞬躊躇ったあとにすぐに戻ってきた。
 すぐに消えた乾いた笑いだったが、カレンは笑みを浮かべたままで、それは私も同じ。
 視線とそれに隠された思惑が交錯し、敵同士が向かい合っている戦場に、しばしの静寂が降りる。

 森の動物達は、戦いの気配を感じたのか、どこか遠くに逃げていた。下位精霊達も、悪魔の魔力から逃れるように、精霊界へ行ったり違う土地へと向かっているようだ。
 これなら、多少は無茶しても大丈夫かもしれない。

 束の間の停滞で、一応頭の中で作戦を組み立てる。
 まぁきっと、混戦状態になるからその場その時で作戦を変える必要が出てくるのだろうけど。

 なんて考えていた時、誰も音を立てない異様な空気を破ったのは、カレンだった。

『そういえば、あたしの部下のリコを殺したのって、罠師らしいんだわ』

 リコって誰、という疑問を飲み込む。
 呪術では、こういったなんでもない言葉をトリガーにして、相手に呪いをかけたりするらしい。
 用心深く行くべきだ。

『……つまり?』

『仇討ちして、いいよね?』

 カレンはそう言って、アスクに向かってナイフを投げつけた。
 突然の予備動作のない攻撃だったのに、当然のように避けようとするアスクだが、右腕にわずかにナイフが掠ってしまう。
 チッ、と舌打ちをして、すぐに自身に回復魔法をかけていたのだが、その様子が少し緩慢に見えた。
 気の所為だろうか。

『感心しないね、宣戦布告のない攻撃は』

 アスクに当たったナイフは、床に当たると粉々になって消える。
 その残骸を軽く魔力を込めて踏み潰すと、カレンが『心配性だね』と呆れたように呟く。

『ま、別にあんたに褒められるためにやってるわけじゃないし、どうでもいいんだけど……あ、そうそう』

 カレンは手を銃の形にしてアスクにそれを向けると、『バーン』と口で銃声の真似をした。
 何馬鹿な事をしているんだ、と思った矢先、アスクが急にぐらりと倒れ、地面へ崩れこんだ。

『アスク!?』

『ナツミ、触るな!』

 狼狽したナツミが、私の声に驚いたように肩を震わせる。そして伸ばしていた手を引っ込めると、私に不安げな視線を送ってきた。
 それに頷き返し、私はアスクの体に魔力を通した。
 体調も、魔力の循環にも問題は無い。だというのに、アスクが目を覚ます様子は一向に見られない。

 弱い電流を流したり顔の周りを急激に冷やしたりするが、依然として彼の目は閉じられたままだ。

『アイカ様、アスクは…?何か、わかりましたか?』

 ナツミの問いかけに答えようとした時、黒い痣がアスクの右腕…傷を受けたところに現れた。
 蠢きながら瘴気を発するその痣には、見覚えがある。
 ついさっきまで、ラインハルトが持っていたものだ。

『……私の部下に何をした』






 明確な宣戦布告がないままに、精霊と悪魔の戦いの火蓋は切られた。

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