【旧版】諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

37話: 暴かれた偽り

『あはっ、こっわいねー!』

 ケラケラと笑うカレンに、右手を軽く振って、手に持っていた風の剣から小さな風の刃を飛ばす。ただの風の刃ではない。加速の魔法をエンチャントしているから、普通なら目で追えないくらいの速さで飛んでいく。
 カレンは軽くステップを踏んで避けようとするが、追尾式の刃はプログラム通り彼女を切り裂いた。といっても、ナイフを扱う腕を重点的に狙っているため、そこまでダメージを与えることはできなかったが。

『ちっ……何すんのさぁ、結婚前の女の子に傷つけるなんて』

『私の部下に何をしたか、答えろ』

 軽く目に力を入れると、彼女の周りの悪魔が気圧されたようにたたらを踏む。
 しかし、流石呪公とでも言ったところか。カレンは傷を負った右腕を庇うようにしながらも、笑みを浮かべてこちらを見ていた。

『言わないと、そのおっそろしい眼光で殺されちゃうやつ?』

『……言っとくと、結構頭にきてるから、口の利き方には気をつけて欲しいかな。間違えて殺しそうだから』

『おぉ、怖い』

 カレンはそう言ってわざと震えてみせると、一転して満面の笑みを浮かべて楽しそうに言う。

『じゃあ教えると、そこのオニーサンにかけた呪いと、同系統のものをかけたっていう、それだけだよ!ふふっ!』

『……まじで、最悪でしょ…』

 本当に、最悪のケース過ぎる。

 ラインハルトにかけられていた呪いは、光魔法にも浄化されにくく、術者が死んでも解呪されない、強力な呪いだ。発動してしまったら最後、対象の命が尽きるまで執念深く効果を発揮し続ける。その効果も結構厄介で、じわじわと対象を蝕んでいく。時間はかかるものの、確実に息の根を止めにくる。

 それを解呪出来たのは、アマリリスから過剰なまでに放たれていた魔力のお陰なのだが、それを再びアスクのために使うのは難しい。これ以上無理に眠っているアマリリスの魔力を使ってしまうと、今度は彼女の命の危機に関わってしまうからだ。
 アマリリスの意識が戻ったらまだ可能性はあるのだけれど、今の様子を見る限りは目を覚ましそうにない。

 つまり、今の私達はアスクを救う手段を持ち合わせていない、ということだ。

『どうするのっかなー、天災の精霊サン?オニーサンにかけたやつより、更に改良重ねてるから、解呪されない自信しかないよー?いやぁ、大変だね、大事な大事な部下がそんな目にあっちゃって』

「……なるほど。やっぱり、上位悪魔が絡んでいたのか。普通の悪魔にはこんな強い呪いはかけられないと思っていたが」

 『オニーサン』と言われたラインハルトだったが、淡々とした声で表情を一切変えない。後ろにいるアマリリスを庇うように立ちながら、冷ややかな視線を送っている。

『お!オニーサン完全復活って感じ?あんたにかかってた呪いが解けて保険ちゃんも倒されちゃったから来たんだけど、ここまで元気とはびっくりするよ!』

「僕の呪いに、何か仕掛けていたのか」

『当たり前じゃん!といっても、呪いが解かれかけた時に魔竜くんが召喚されるのと、完全に解かれた時に位置を知らせるっていう、二つだけだよ?』

 魔法に理解の深いラインハルトは、それがどれほど高い難易度なのかということを瞬時に理解したようで、少し面白そうだというような顔をした。
 こんな状況で…と少し呆れたくなるが、一瞬表情を険しくしたところから察するに、自分にそれができるか、とか、それの対策はできるか、とかを考えていたのだろう。常人には不可能なスピードだが、魔法の天才の彼ならお手の物だ。
 もっとも、それは物凄く注意してないとわからないような表情の変化で、私やユークライ以外は誰も気付いていないようだけれど。すぐに戻ったし。

 カレンも気付いていないようで、相変わらず挑発的な笑みを浮かべている。

『あ、ただオネーサンは回復まだまだみたいだねー!大変そう!』

 カレンはわざとらしく驚いてみせた。
 しかし、そんなあからさまな煽りにも、ラインハルトは相変わらずの無表情だ。

「……お前に取り合っているだけ、時間の無駄みたいだな」

 ラインハルトが肩をすくめる。

「同感だよ、ラインハルト。不快な声は聞き流すに限る」

「どうしてあんたら、悪魔に対してそんな口叩けるんすか……」

 こんな状況でありながら優雅に微笑みをたたえているユークライと、それを見てまだ震えこそ残っているけれどしっかり敵を見据えているヴィンセント。

 ラインハルトも加えた三人が、アマリリスを守るような配置にいる。

「アイカ、アマリリスのことは僕達に任せろ」

 私にしか聞こえないような小さめの声で告げられた、彼らなりのエール。
 彼らの出来る範囲だけれども、それでも確かな支えだ。

『……ありがと。すっごい助かる』

 半身とでも言うべきアマリリスの安全が保障されているというのは、思っていたよりも大きいことだったみたいで、入り過ぎていた余計な力が抜けるのを感じた。


 アスクを担いで、アマリリスが寝ている台座のところにもたれさせる。

『ごめん、アスクも見てもらっていい?』

「もちろん構わないよ…………無理は、出来るだけしないで」

『……善処シマス』

 ユークライに言われたから出来るだけ聞き入れたいとは思うのだが、無理をしてしまう気がする。
 だって相手は、アマリリスとラインハルト、そしてアスクを傷つけたやつら。そいつらを叩きのめすためなら、多少の無茶なんてしてなんぼだ。

『お喋りは終わったかなー?』

 律儀なことに、カレンは待っていてくれたらしい。
 優しいというべきか、もしくは別の理由があるのか。

 私には、その"別の理由"に見当がついている。突拍子もないようなものだが、それを踏まえた上で彼女の行動を思い出してみると、かなり納得出来る部分が多い。

 折角待ってくれたカレンと悪魔達には、ちょっと悪い気もするが。そのわずかとも言える短い時間で、悪魔側に大打撃を与える考えを纏めたとも知らずに。

『ええ。有難く思いますよ、呪公さん。お陰様であなたの弱点を見つけられたからね』

『……はぁ?あたしの弱点?…………あぁ、なるほどね。見栄張りたいのかな?』

 私が『弱点を見つけた』と言った時にエメラルドが不安げにこちらを見たからだろう。カレンはどこか安心したように、こちらをおちょくろうとしてくる。
 けれど残念なことに、共有こそ出来ていないけれど、彼女の弱点は露呈していた。

『見栄張る暇あったら障壁でも張るっての』

『言葉遊びがお上手だねー!』

『どうも。あ、無事指示は仰げた?』

『……んー?指示を仰いでるのは、そっちじゃないのかな。ご自分じゃあんまり作戦の立案しないんだっけ?』

『それは私じゃなくて、どっかのガキの話じゃない?精度の低い情報を鵜呑みにするなんて、どうやら三公も大したことないみたいだね』

 ポンポンと言葉のキャッチボールが続く。

『うっわ、お手本のようなありふれた挑発だねぇ』

『はいはい、勝手に言っときなよ。どうせ化けの皮はすぐ剥がれるからさ、ハリボテ・・・・の呪公さん』

 そして、突然の豪速変化球。
 野球に詳しいわけじゃないけど、ストライクとったらこんな感じなんだろうか。

『っ!?』

 私の言葉に、明らかにカレンや一部の悪魔に動揺が走る。恐らく、幹部級の悪魔しか知らされていないのだろう。
 ちょうどいい。相手を混乱させるには、おあえつらむきの状況だ。

 ついでにちょっとスカッとした。

『もうバレてるって。白状しちゃえば、呪公サン?』

『……何、デタラメ言ってるのかな?』

『しらを切るのもいいけど、言い訳考えた方がいいんじゃないかな?』

『……』

『だんまり?まぁいいけど。―――端的に言わせてもらうと、あんたは呪公の偽物、ただのコピーに過ぎない』

 さっきまでの喧騒が幻だったかのように静まり返った戦場に、私の声が響く。
 全員息の音さえも抑えるようにして、私を見ていた。

『根拠もちゃんとあるよ。例えばだけど、全員に呪いをかけてしまえばいいのに、もう呪いを使ってしまったからそれができない。今代ではないけど、今までの呪公はバンバン呪いを使いまくって、精霊こっちを混乱させてた、っていうのに』

『……』

『それだけでなく、色々とおかしいことが多すぎる。普通、魔王に次ぐ権力を持つ三公の一柱が、ろくな軍隊も引き連れずに、たかだか人間に構って敵地に来るとは思えない。もちろん三公が尋常じゃない強さだとはいえ、部下に任せておけばいい話に過ぎない』

『あ、そっか……』

 エメラルドが納得したように頷く。

『しかも、三公がたった一柱の高位精霊に後れを取る?いくら腕前があっても、精霊と悪魔の勝負を分けるのは、結局魔力量。普通にそっちの方が魔力量が多いはずなのに、ほぼほぼ互角だったのはなぜ?』

『……辻褄が合いますわね』

『そう。これらの疑問は、ここにいる呪公がコピー体である、という事実で途端に解決されるんだよ』

『……』

『弁明とか無いの?』

『……』

 私の追及に、カレンは押し黙ったままだ。

 しばらく待っても何を言わず、痺れを切らしてもう一度言葉を重ねようとした時、やっと彼女が口を開いた。

『あたしの名前、呼ばなかったのって、仕掛けに気付いていたから?』

 さっきまでのふざけた雰囲気は消えている。
 どこか弱々しくも見える彼女は、クルクルと小さく回した後、手に持っていたナイフを丁寧にナイフホルダーに仕舞った。

 きっと、あのナイフは本物の呪公から渡されたもの。アスクに当たったやつは消えていたから、消耗品のようだ。
 これも彼女の正体を疑った理由の一つ。呪公が使うナイフが一回切りの使い捨てとは思えなかった。

 ひょっとしたら、彼女自身が使い捨てなのかも……なんていうのは、考え過ぎか。

『特定の言葉を言った相手に発動する呪いがある、って聞いたことがあった。だから一応、ね』

 彼女の様子を見るに、恐らく"カレン"というのは偽名で、呪いの発動のトリガーとなる言葉だったんだろう。

 私の返答にカレンは納得したように頷くと、『やらかしたなぁ』と小さく呟く。風を操って音を拾っている私以外には聞こえないような、本当に小さな声だった。

『……カレン様、やつが言ったことは、本当なんですか…?』

『あー、ゴーンズには言ってなかったか』

 そう言って偽者の呪公は────便宜上カレンと呼ぶけれど、カレンは困ったように笑った。
 それは言外に認めているのと一緒だ。

『カレン、様……』

 ゴーンズは泣きたいような戸惑ったような、そんな感情が入り交じった顔をする。
 演技でこんな表情は出来ない。きっと本当に、カレンから真実を伝えられていなかったのだろう。

『私はあくまで、呪公様の手足に過ぎない。ただの消耗品なんだよ』

 はっきりと告げられたその言葉に、ゴーンズはショックを受けたように呆然と立ちすくむ。
 いや、ゴーンズだけでなく、悪魔の軍団の大半が同じような反応を見せていた。遠くから見ているだけだから何とも言えないが、心なしか全体が浮足立っているように思える。

『……なるほどね』

 この感じだと、今回の作戦の鍵となっていたのは呪公だと思われていた・・・・・・カレン。
 悪魔にとっては、三公はまさに雲の上のような存在のはずだ。そのうちの一人が同じ戦場で自分達と同じように戦っているというのは、モチベーションの上昇に繋がる。それこそ、恐怖の対象である"罠師"と戦おうと思えるくらい。
 けれど、その精神的な支えであるカレンが偽物であることが露呈したとなると…

『アイカ様、何か企んでおられるような顔をなさっていますな。この老骨、微力ながら手伝わせて頂きたく存じますぞ』

 ターフが目敏く私に声をかける。
 流石ターフだな、と心の中で舌を巻く。戦場においても味方の様子を見ることが出来る冷静さは、私に分けて欲しい。

『いや、別に大したことじゃないんだけど……なんていうか、この混乱を上手く利用できないかなー、って』

 それだけでターフは私がしたいことをわかったようで、『残酷なお方ですな』と笑った。

 言い訳みたいなんだけど、残酷で冷酷じゃないとこの立場には立ってられない。

 取捨選択をできなければ、死ぬのは自分。

 そういう場所に私はいる。そして私は自分の命だけでなく、部下であるアスク達や一緒に来てもらったユークライの命も背負っているのだ。そして勿論、半身であるアマリリスも。
 大切な人を守るためなら、悪人と指をさされることも厭わない。

『ターフ、ナツミに作戦の説明を。私はジンさんに説明する』

『畏まりました』

『はっはっはっ、呼んだか、アイカ殿!』

『あ、うん、ちょっと伝えたいことがあって……』

 作戦の説明をすると、ジンさんは『その通り動こうではないか!』と了承してくれた。
 正直、作戦の性質的にこの真っ直ぐな御方には受け入れて貰えないかと思ったが、案外快く頷いてくれていることに少し驚きを隠せない。

『いいの、ジンさん?』

『アイカ殿、そんな不思議か?我とて、高位精霊という立場になってからしばらく経っている。それでも甘ったるいことを言うほど、若くはない』

『……だよね。変なこと言って、ごめん』

『はっはっはー!アイカ殿が謝ることなどありませんぞ!それよりも……』

 ジンさんは言葉を切ると、ターフやナツミの方に視線を向ける。

『早く攻撃開始の合図を出さないと、彼らに可哀想ではないだろうか?』

 彼につられてそちらの方を見ると、視線だけで射殺さんとばかりの眼光で悪魔を睨みつけているナツミが目に入る。
 確かに、あの状態でしばらく待たせるのは酷だ。

『エメラルド、あんたは間違っても絶対突入しないこと。ユークライとかラインハルトの命令に従って。いい?』

『はっ、はい!』

 手短にそれだけ確認すると、私は魔力感知を発動した。

 目で見える情報だけでなく、相手の魔力量や空気を流れる魔力の情報が一気に入ってくる。最初こそこれで酔いそうになったが、今ではすっかり慣れたものだ。

 魔力感知を発動してみると、悪魔側の混乱がより手に取るようにわかる。
 魔力感知は、別に魔力だけを見るための手段ではない。魔力の状態は持ち主の精神状態にも左右されるため、相手の心理を読むのにも使えたりする。

 カレンがさっきから何も言わないからか、幹部と思われる悪魔達も指示を出しかねているみたいだ。
 おそらく、今この瞬間が絶好のチャンス。

 私は息を吸って、ここら辺一帯に響き渡るような声で宣言した。

『これより、悪魔の殲滅を開始する!総員、攻撃開始!』

 さっきまでのなし崩しな始め方はしない。
 私が、戦いの火蓋を切った。

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