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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

32話: 大地の精霊 2

 神殿の中は光と魔力に満ちていて、かなり居心地がいい。
 のんびり歩いたら、きっと最高なんだろうな、と思いながら自分の腕にしがみついている二人を見る。

『アイカ様、それでね、エーメがね、髪を枝に絡ませて泣いてたんだよ!』

『アイカ様、違います。ラルドがわたしの髪をわざと絡ませたんです』

『嘘つくな!!』

『ついてません』

 私の左右でギャーギャー叫ぶエーメとラルドは、時折魔力を散らして相手を牽制している。実はかなり高度なのだが、彼らは無意識のうちに使っている。
 それには理由があるのだけれど……まぁ、特別言うほどでもない。精霊だったらよくある事だ。

「……アイカさん。このちびっこ達に、アマリリスとラインハルト殿下を任せるのか?」

『んぁ、あー、えっとねー……』

 ヴィンセントの懸念はもっともだ。いくら見た目が幼いからとはいえ、自分達を律する事もできない子供に大切な人の命を預けられない。
 だから説明して安心させたい。なんだけど、一つ問題がある。

『エーメ、ラルド。あの事言ってもいい?』

『アイカ様、駄目です。初対面の人に知られるなんて、末代までの恥です』

『アイカ様でも、それはダメだよ!恥ずかしいじゃん!!』

『やっぱり、そうなっちゃうか…』

 溜め息をつく。少し下がった視線を上げると、ユークライと目が合った。
 ユークライの、緑のかかった綺麗な青の瞳は、真っ直ぐに私を見ている。そこには私を安心させてくれる、不思議な力があった。

 ……話しても、別に私がエーメとラルドからポコスカ殴られるだけだ。それに、今後の信頼のためにも話すべきだし。

『……うん、話しちゃうか』

『『えっ!?』』

『この二人はね、本当は一人の精霊なんだよね。ただ、魂が未熟なのに魔力だけがやたらと多いせいで、二つの人格に分裂してる状態なんだよ』

「へぇ、そういう事か。なんか、やけに似てると思ったんだよなぁ」

 そう言うヴィンセントは、ほんの一瞬だったが目を細めてエーメとラルドを一瞥する。その時、ヴィンセントの茶色の瞳がわずかに青色に光っていた。

「……へぇ」

 ユークライはそれに気づいていないようで、エーメとラルドを驚いたような表情で見ている。
 エーメとラルドも、もちろん気づいていない。

 ……触れないでおいた方がいいのかもしれない。

「大地の精霊殿。私はユークライ・ウィンドール。この国の第一王子です。今回は、あなた…方にお願いがあり、ここに来た次第です」

『はじめまして、ユークライさん。改めまして、エーメです。こちらのちっちゃいのがラルド』

『ちっちゃいって言うな!』

『ラルド、静かにしてください。──それでユークライさん、お願いとは?』

 エーメは、自分を殴ろうとするラルドを軽くあしらいながら、ユークライの目をまっすぐ見ている。
 ユークライはさっきまでと違うその態度を見てわずかに目を見開き、そしてすぐに表情を引き締めた。

「……私の弟であるラインハルト・ウィンドール、そしてその婚約者であるアマリリス・クリストを、救っていただきたい」

『なるほど…王子様とその婚約者、ということですね』

「確かにそうですが……彼らは、身分に関係なく、僕やアイカ、それにここにいるヴィンセント、他にも多くの人にとって大事な存在なのです。どうか、救っていただきたい」


 ユークライとエーメの視線がぶつかる。それを、ヴィンセントとラルドは何も言わずに見ていた。

 実をいえば、私からエーメとラルドに命令すれば、手助けをさせることは容易だ。私はそれだけの貸しを彼らにつくったし、慕われてもいる。
 けれど、その選択肢を選ばせてくれなかったのは、ユークライの真摯な姿勢だった。
 彼はきっと、私が口を出すことを良しとしない。

『…………いいでしょう。そのお話、引き受けます。よろしくお願いします、ユークライさん』

「……よろしく頼みます」

 ユークライは差し出されたエーメの手をしっかりと握る。
 その後ろで、悔しそうに自分の手とユークライの手を代わり代わり見ているラルドに、苦笑したヴィンセントは、ラルドに自分の手を握らせた。

 うまく信頼関係も結べているようで、本当に良かったと思う。

 安心したからか、いつの間にか強ばっていた肩が弛緩して温かい血が巡るのを感じた。

『ほんとに良かった…』

 エーメは結構、人の好き嫌いを初対面で決めるタイプだから少し心配だったのだ。
 エーメの…エーメとラルドの二人の協力がないと、アマリリスとラインハルトの間にパスを繋ぐのはかなり危ない橋になる。私と、武器の精霊の二柱の全力でも、だ。エーメとラルド、そして私個人のツテで集めた精霊達が加わることにより、全員が全力を出し切る必要がなくなる。それでも、やはりアマリリスとラインハルトの命の安全の確証はない。
 二つの魂を繋げるというのは、それほどまでに難しく、危険なことだ。

「……アイカ?」

『あ…』

 どうやら短くない時間黙っていたようで、ユークライが心配そうに私の顔を覗き込んでいる。

「大丈夫?無理しないでね?」

『ごめん、心配かけて』

 深く息を吸うと、清涼とした空気が喉を通って肺に入る。その空気の動きに意識を集中させると、ちょっとバクついてた心臓が落ち着いた気がした。
 緊張したときや焦っているときのための、この方法を教えてくれたのは、一体誰だったっけ……

『いけない、いけない……』

 どこかに彷徨いだそうとする意識を引き戻す。

 これから行う魔法は、多分最も使い慣れている魔法だけれど、集中を切らすと恐ろしい結果になるのが魔法。変なことを考えている余裕なんてない。

『エーメ、ラルド。転移魔法を行うから、周りに影響が出ないように結界を張っておいて』

『わかりました』

『任せて!』

 結界は二人に任せておいて、私は目を閉じて視覚・・を一度遮断した。
 本当なら真っ暗になるはずだが、私の視界にはさっきまでと大して変わらない────唯一違うのは色だけ。
 現実の世界の色は、どちらかというと強い感じがする。それに比べて今私が見ている世界…魔力の世界は、水彩画みたいに優しい色だ。

『ふぅ…』

 ゆっくり息を吐くと、だんだんとぼやけていた視界がくっきりとなっていく。

 これは、魔力感知の応用だ。人間にも精霊にも、多かれ少なかれ魔力を感じる能力はある。
 私はその力を磨いて、今では遥か遠くまで、そして高い精度で魔力感知ができるようになった。具体的に言ってみると、一キロ先くらいにいる人の体格が、目の前にいるくらいはっきりとわかる感じ。

 この力を使えば、グーストから王城に視界を飛ばすことも可能だ。

『……いた』

 ハーマイル君に頼んで、アマリリスとラインハルトは王城のある一室に寝かせてもらっている。そのことは王城に住む者なら、簡単にわかる事実だ。
 だから、それを逆手にとる。

『エーメ、ラルド。結界の用意は?』

『終わりました』

『いつでも大丈夫!』

 頼もしい返事だ。

「………アイカ、無理はしないでね?」

 ユークライが微笑みながら、そう声をかけてくれる。
 …まったく、そんなふうに言われたら、失敗することも、無理をすることもできないじゃん。

『ありがと、ユークライ』

 大きく息を吸って、アマリリスとラインハルトが寝ている部屋に視界を合わせる。
 アマリリスの周りには濃い魔力が、ラインハルトの周りには濃い瘴気が漂っていた。その二つの力が互いに中和し合っている。
 一見バランスがとれているように見えるが、アマリリスの体から漏れている魔力は時間を追うごとに強くなっていた。

『これはやばい……』

 思っていたよりも進行が早い。
 すぐにでも、二人をここに連れてこないと。

『……無の精霊、ちょっと手伝ってね』

 声こそ聞こえないけれど、同意を示すように彼らは体を揺らした。予め、あの部屋に居てもらっている精霊達だ。

 無の精霊達から漏れ出す無の魔力が、部屋を満たしているのがわかる。この力を使って、二人をここに転移・・させるのが、今回の計画だ。

 ブラックダガー……いや、そのバックにいる連中の中には、王城の事情に精通している者がいる、というのが私達の考えだ。その間者から伝わった情報では、きっとアマリリスとラインハルトはあの部屋にいる、ということになっている。
 だから彼らにバレないように、転移魔法を使って二人をここに運び、治療してしまう。気が付いた時には、もう二人は完璧に回復している、というわけだ。

 アマリリスに関しては不明だけれど、ラインハルトの呪いはやつらのせいだと分かっている。
 そして、これはハーマイル君達には知らせてないのだが、アマリリスやラインハルトに対する魔法を使った攻撃もあった。全部私の知り合い・・・・が防いでくれたけどね。

 ともかく、そういう事情があって、今回私達三人でグーストに来ている。
 作戦の第一段階は、グーストに無事潜入してエーメとラルドから協力を得ること。
 そして第二段階として、アマリリスとラインハルトを転移させるのだ。

『………発動』

 言う必要はないけれど、エーメとラルドにも転移魔法を発動させたことを知らせるために一応言っておく。

 細い、細い不可視のパイプを通して、私の魔力が魔法陣──王城を発つ前の描いておいたものだ──に注がれる。

『……ん』

 わずかに感じた抵抗感。どうやら、外部からの魔力を遮断する結界が張ってあったようだ。
 元々自分で張っておいたやつではないから、きっと私の行動を読んだ人が相手にいたんだろう。といっても、さすがに転移魔法を使うのは想定していないのか、それに対する結界はなかった。ほとんどが対攻撃魔法で、おそらく遠距離狙撃を警戒したんだろう。ということは、襲撃の予定でもあったのかもしれない。
 まぁ、普通に通り抜けたのだけれど。

『私を出し抜こうなんて、千年早いね』

 そもそも、魔法に対する理解の深さが違いすぎる。赤子がいくら頑張っても大学教授に知識で勝てないのと同じだ。

 そもそも、魔法というのは、実は魔素界に起こした現象が物質界にも起こることで発生する。そのメカニズムを知っているのと知っていないのでは……
 っと、世界の説明を先にするべきだった。

 この世界は…リアルワールドは、魔素界と物質界の二つの世界が重なってできている。

 魔素界とは、その名の通り魔素からできている世界のことだ。
 魔素とは世界を構成するものの一つ。全ての物質…生き物にも含まれている。
 私達は魔素に対して、魔力を使って干渉することで魔法という現象を具現化させている。簡単に言うと、魔素とは色が変わっていない箇所の紙で、私達という筆は魔力という絵の具を使って、魔法という絵を描いている感じだ。

 そして物質界は、私達が日頃目にしている世界。五感で感じられる世界だ。

 さて、魔素界と物質界は、とても密接な関係にある。というのも、魔素界と物質界は不思議な性質を持っていて、片方で起きた現象を同期しようとするのだ。
 どういうことかというと、例えば魔素界で炎を発生させたとしよう。すると、物質界でも同期作用によって同じ場所に、同じ炎ができる。これが、魔法という現象が起きるメカニズム。

 といっても、魔素界の存在に関して否定的な精霊もいる。

 あぁ、そうそう、精霊の中でも学問が存在するんだよね。
 精霊はかなり長い年月を生きているから、知らず知らずのうちに知識を貯めている。そしてその中で、自分の中で法則を発見する。それを周りの精霊に話すうちに、いつの間にか学問、というか学説ができる。

 で、それらの説の中に、この魔素界と物質界に関するものがあったりする。
 魔素界は本当に存在するのか、っていう論題。
 魔素界なんてなくて、ただ物質に含まれる魔素が世界を造っているように思えるだけなんじゃないの、という主張だ。
 これは確かに筋が通っているけれど、説明できないこともある。
 それが、転移魔法だ。

 転移魔法は、イメージとしては、魔力で魔素界にあるものを動かして、それを物質界で同期させることによって起きている感じ。つまり、転移魔法の仕組みを話すときには魔素界の存在が不可欠なんだよね。

 と、長くなっちゃったけどこれはどうでも良くて。
 魔素界と物質界の間を遮断することで魔法の発動を止める結界魔法では、転移魔法を妨害することはできないわけだ。結界が張られている王城の部屋では、魔素界と物質界の間には何も起きないわけだから。
 転移魔法を結界でどうにかするには、転移させる場所に結界を張る必要があるんだよね。

『……よいしょー』

 鈴の鳴るような涼しげな音がしたかと思うと、白い光が現れて二つの人影の形になった。
 予め用意しておいた、聖樹の力を持つ木でできた台の上に、二人をそっと下ろす。

『っ!?そんな…これは、ひどい……』

『アイカ様、僕達で、助けられるの…?』

『……助けるしか、ないの』

 ラインハルトを覆う黒い痣、そして靄はあまりにも濃く、彼の姿を隠すほどだった。
 そしてアマリリスの周りには、それに対抗するかのような白い光が満ちていて、なのにアマリリスの顔色は蒼白で、生きているように見えないほどだった。

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