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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

幕間: 前世、そして誓い 1

 暗い、というのが最初に抱いた感想だった。そして次に感じたのが寒いという感覚だ。
 いや、暗さも寒さも本物かどうかわからない。自分の感覚がここまで信じられないのは初めてだ。

 僕はさっきまで、黒ローブの少年────いや、青年か?────と戦っていたはずなのに、どうしてこんな場所にいるのだろうか。そういえば、戦っていた場所はどこだ?どうして戦っていたんだろうか?
 あの時の事を思い出そうとすると、頭がズキズキ痛んだ。怪我はしていないはずなのに、どうしてだ?
 いや、本当に怪我をしていないのか?ひょとしたら、頭に怪我を負ったせいで記憶が不明瞭なのかもしれない。

 そういえば、僕はさっきまで誰かと会話をしていた気がする。「来るな」と叫んだような覚えがあるが、言う必要が思いつかない。

 一体誰だろう、僕が話していた相手は。そして…

「僕が感じている心がぽっかり空いたような感覚はなんだ…」

『喪失感、じゃないか?』

「っ!?誰、だ?」

 いきなり聞こえた声に、体が臨戦態勢をとった。

『警戒しないで欲しい。僕はハルトナイツ』

「…どこにいるんだ?」

 声の主を探そうと目を凝らすが、そこに広がるのは闇だけで誰一人見えない。
 僕の視覚が駄目になっているのか、それともここが真っ暗なのか、一体どっちだ?

『知らなくても大丈夫だよ。会話できるし。それより君の名前は?』

「……ラインハルトだ。ラインハルト・ウィンドール」

 初対面────相手を見えてはいないが────の相手に気安く名字まで教えてよかったのか、と遅れて思う。
 だが、ハルトナイツになら言っても大丈夫だろうという気がした。

『初めましてだね、ラインハルト』

「こちらこそ初めましてだ、ハルトナイツ。
 質問なんだが、ここはどこなんだ?」

『済まないが、僕にもこれは答えられないんだ。僕もここがどこかわからないからね』

「そうか。じゃあいい。聞いて悪かった。それにしても、ここには僕達以外の人間はいないのか?」

『僕は人間じゃないけど、確かに僕達以外の存在はいないね』

「人間じゃない?」

『あぁ。僕は精霊だよ』

「……そうか」

 思ったよりも自分が驚いていない事に気づく。きっと、───という存在に出会ったからだろう。───と─────に会ってから、僕の今までの世界観はガラッと変わっていった。

 ……───と─────って、誰だ?

『……ハルト、ラインハルト?』

「ん、あぁ、済まない。少し記憶が不明瞭なんだ」

『そうか』

 思ったよりも淡白なハルトナイツの反応に違和感を感じる。普通、話している相手が────会ったばかりでも────記憶が不明瞭なんて言ったら、何かしらの気遣いを見せたりするはずなのに。

『それより、君の体は今、かなり危ない状況だね』

 ハルトナイツの言葉を受けて、試しに体を動かしてみる。自分の体が動いているのは、目では見えないが感覚でわかった。

「そうなのか?特に自分の体に不調を感じたりはしないが」

『それは、今の君の体が精神体だからだよ。君の肉体は、悪魔の呪いによって蝕まれている』

「………精神体?それに、悪魔の呪い……どういう冗談だ?」

『本当の事さ』

 嘘だろ、と言いたくなる。
 悪魔はあくまで伝承でしか存在しないはずなのに、どうして僕は呪いをかけられたんだ?

『懐かしいな。僕も昔、同じ呪いをかけられた事があるからね』

「……嘘だろ?」

『ほんとさ!』

 ハルトナイツが笑う。ありえないと思ったが、彼が嘘をついているようには聞こえなかった。
 というか正直、悪魔の呪いにかかったことがある事を笑えるなんて信じられない。

「どうして、笑えるんだ?」

『……最愛の人に助けてもらったからかな。彼女だけじゃない。優しい、最高の仲間達もいた』

「……」

『君にも、そういう存在はいるだろ?』

 不意に泣きそうになる。
 どうしてだろう。僕は誰かを知っているはずなのに、すごく大切なはずなのに、その人を思い出す事ができない。

 けれど、これだけは言える。僕には、僕にもそんな存在はいると。

「…あぁ」

『じゃあ大丈夫だよ。いつか君も、僕みたいに悪魔の呪いを笑い飛ばせる時が来る』

「……そうだといいな」

 目には見えないが、ハルトナイツが笑った気がした。

『ははっ、やけに後ろ向きだね。昔の僕みたいだ』

「そういえば、昔って何度も言っているが、ハルトナイツは何歳なんだ?」

『うーん、途中から数えてないからなんとも言えないけど……二千くらい?』

「………二千?」

『あぁ。二千歳。とは言っても、長い間眠っていたし、生まれたばかりの頃はちゃんとした自我がなかったんだけどね』

 急に、僕にとっての年月の流れと彼にとっての年月の流れが同じなのか不思議になる。
 普通、千年以上も生きる人がいるとは思えない。たとえ精霊であっても、千五百年前なんて昔から生きているのか?

『すごい不思議そうにしているけど、アイカは五千年くらい前…天地創造のその時から生きているからね?』

「……済まない、もう一回言ってくれるか?」

『え?だから、アイカは五千年くらい前から生きてるって……』

 アイカ…アイカ、そうだ、アイカ。あの性格の悪い、─────の守護精霊の…

 濃い茶色の髪と瞳。そしてその隣にいる白と黒の少女………

 思考が迷いそうになる。頭を振って気持ちを切り替えると、僕はハルトナイツに声をかけた。

「嘘としか思えないが」

『嘘じゃないよ?……あぁ、そっか。アイカは特殊だから、記憶を完璧に制御しているんだ』

「記憶を、完璧に制御?」

 一体どういう事なんだ?
 完璧に記憶する、というのは過去に数人存在したと書物で読んだ事がある。だが、完璧に制御するというのは聞いた事がない。

『アイカはね、自分の覚えたい事を覚えて、忘れたい事は忘れられるんだ。しかも記憶を知識に昇華させる事で、自分の精神年齢を弄っているらしいよ』

「なんだそれ…」

 無茶苦茶にもほどがある。そんな能力があれば、さぞ勉強や変装が楽だろう。それに嫌な記憶を忘れたり、大切な記憶をずっと覚えていられる。
 僕もできれば、同じ能力を手に入れたいものだ。

『昔どういう仕組みか聞いたら…『私の頭の中は本棚になってる。だから、好きに本を差し換えられる。それに、しばらく読まないであろう本を場所とらないように片付ける事ができる』って言ってたよ。まぁだから、年齢に比べて若い感じがするんじゃないかな?』

「なるほどな…」

 そういえば、本棚の例は前も使っていた気がする。

 というか、ハルトナイツはどうしてアイカの事を知っているんだ?

『僕がどうしてアイカを知っているか、不思議でしょ?』

「…どうしてわかったんだ?」

『………君と僕は、よく似ているからね。わかるんだ』

 ふっ、とハルトナイツが笑う声が聞こえた。相変わらず何も見えないが、ハルトナイツはきっと微笑んでいるんだろう。

『僕はね、アイカの友人だったんだ。すごく仲が良かった。一緒に人間を手伝ったり、悪魔の侵攻を退けたりしたよ。そして、リリエルとユークライもいた』

「ユークライ…?兄上の事か?」

 ハルトナイツに名前を出されて、初めて兄の存在を思い出した。
 記憶にかかっている靄が、少しずつだが晴れていっている。

『ん?あぁ、違う…とも言い切れないけど、多分違うよ。僕の知っているユークライは、君の兄の前世だから』

「………………は?」

『ついでに言うと、リリエルは君の婚約者…アマリリスさんの前世でもあるね』

 アマリリスさん、とハルトナイツが言った時、不意に胸が打たれるような、いや、胸にぽっかり空いた穴の痛みに初めて気付いたような感覚に襲われた。

 アマリリス…アマリリス、そうだ、アマリリス。僕の婚約者、サーストンなんかには勿体なくてずっと歯噛みしていて、そしてやっと彼女の婚約者という場所に立てたのに、どうして忘れてしまっていたんだ。

 澄んだ、全てを吸い込んでしまいそうな黒い瞳。舞い降りたばかりの雪のような白銀の髪。すっと通った鼻筋。華奢でしなやかな腕と脚。美しい曲線を描く体の線。彼女の全てが綺麗で…いや、綺麗なんて陳腐な言葉では言い表せない。
 常に気高く、同時に優しさと慈しみを持っているアマリリス。彼女を形容できる言葉が存在するのだろうか。そう思うほどに彼女は美しい。
 どうしてサーストンはあんなに愚かな事をしたのか、今でも全くわからないくらいだ。もっとも、婚約破棄はしてもらわないと困るが。

 と、思考が変な方向に進んでしまっていた。今話していたのは…

「ちょっと、待ってくれないか…?ユークライ兄上はユークライという人の生まれ変わりで────」

『人じゃなくて精霊なんだよね』

 もう驚かない、と願う。

「アイカは五千年生きていて」

『うんうん』

「アマリリスはリリエルという………精霊の生まれ変わりで」

『正解。リリエルは僕と同じで精霊だよ』

「…………じゃあ、お前はなんだ?」

 僕の質問に、ハルトナイツは笑ったようだ。笑い声が、暗い暗い闇の中に響く。

「どうして笑う?」

『いや、気付いているかと思ってね』

「気付くべきか?」

『…いや、いい。僕が言おう』

 ハルトナイツは息を吸うと、初めて僕に触れた。

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