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諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

29話: ヒロイン、ララティーナ・ゼンリル

 さて、ここでヒロインであるララティーナ・ゼンリルについてわかっている事を整理したい。

 ララティーナ・ゼンリル。十六歳で、魔法学校を卒業したばかり。

 入学当初は、ゼンリル子爵がそこまで裕福で無いため、自分より爵位の低い男爵家の子女にも笑われていた。
 けれど、持ち前の朗らかさで学校の人気者になっていく。
 今は第三王子の婚約者なはずだが、動向は不明。というか、失踪したらしい。

 貴属性である光魔法を使えるため、先生からもそれなりに大切に扱われてきた。第三王子達と一緒に行動するようになってからは、それこそ割れ物のように慎重な態度をとられている。
 今まで貧乏貴族と馬鹿にされていた彼女はそれで増長して、敵をたくさん作っていった 。その多くは貴族として誇り高い子女達だ。
 けれど彼女は、逆に味方を増やしていった。その味方というのは、お高くとまる貴族達の態度が嫌いな、地方の貴族の子女や平民達だ。
 そうして大きくなっていった彼女の派閥は、いつしか学校を掌握するようになっていた。演説会や交流会も頻繁に行っていて、どの派閥にも入っていない生徒さえ、彼女の派閥に染まっていた。

 私や由緒ある貴族の子女達はそれに危機感を抱き、一度彼女に直談判した事がある。
 …今振り返ると、これもゲーム内にあったイベントだった。

「ララティーナ様、最近よく演説を行っていらっしゃるようですが、学校側から許可は得ているのでしょうか?授業中などに行われると、学習の妨げとなるのですが……」

「それはつまり、わたし達の演説が耳障りって事ですよね?ひどいです。わたし達は、あくまで一般論を言っているだけなのに……」

「そうだ。いちいち目くじらを立てるな。俺達生徒会が許可している活動に文句を言うという事は、生徒会に文句を言う事になるぞ?」

「ララティーナちゃんは、あなた達のような権力を振りかざす貴族が態度を改め、そして色々な人と友好的な関係を築く事を願っているんですよ?」

「お前達のそういった態度が他の生徒達、ひいては貴族社会全体に影響を与えている。改めろ」

「僕としても、この国の貴族の皆さんが腐敗するような事は嫌ですよ。だからララティーナさん、あなたが先頭に立って彼らを導いてください!」

「ありがとう、みんな…!」

 私も一応副生徒会長なのだったが、彼女を庇うように攻略対象者達は言葉を紡ぐ。
 あの時私達は、これ以上何を言っても無駄だと悟ってその場を去った。

 それからは彼女達はもっと好き勝手に色々な活動をし、その中心だったララティーナ・ゼンリルは社交界…ひいては貴族の世界で
も、大きな権力を持つようになっていた。



 ……改めて整理してみると、彼女はすごく危険な存在だと思う。ましてや隣国との繋がりもあるとなると、我が国に不利益になりそうだ。

「……レイスト殿下、ララティーナ・ゼンリルという者をご存知か」

 ハーマイル陛下が低く問う。すると、レイスト殿下は驚いたように息を呑んだ。

「ララティーナ、ですか……ゼンリルという家名かはわかりませんが、その名前の少女が我が国にいるとの報告があります」

「なんだって!?」

「お兄様、うるさいですわ」

 耳元で叫ばないで欲しい。
 けれど、私も「なんだって!?」と言いたくなる 。

 探してもいなかった彼女が、他の国にいたなんて。

「彼女は、一体どういった理由で貴国に滞在しているのですか?」

 心做しかユークライ殿下の声が固い。彼女に対してよくない印象を抱いているのだろうか。

「それが……食客として、らしいのです」

 食客…?

 この世界には食客は結構存在する。ウィンドール王国にも、学者や冒険者などの食客が数人いる。しかし、大陸内でもかなりの国力を持つ我が国でさえ食客がわずかしかいないのだ。
 その理由は簡単で、あまり他国の者が国に入る事を良しとしない風習があるから。それに万が一、他の国に引っ張っていかれたり情報を自国へ持ち帰られたら危険だ。

 だから食客になる者は大抵────こういう言い方はあまりよろしくないが────滅びた国の出身者か、自分の祖国に失望した者だけ。そしてその中でも、国同士のバランスに影響するくらい能力のある者。

 ともかく、一言言えるとしたら、絶対にヒロインララティーナ・ゼンリルは食客にはなれないだろう。






 部屋には静寂が下りている。それを破ったのは、なんと私の愚兄だった。

「…………え?あの、お転婆なじゃじゃ馬が食客?いや、なんの役にも立たないよな?」

 あぁ、今頭の中で何かが切れた気がした。
 お兄様に対してではない。今まで抑えてきた気持ちのストッパーが。

「お兄様、言葉遣い!いえ、言っている事は正しいですが!ヒロインが、いえ、ララティーナ・ゼンリルが使えない事には激しく同意しますわ!どうして学校内で最も高潔であるべき生徒会で男性にベタベタするのです!どうして私達生徒を導かれる先生方にも色気を使うのです!どうして父兄の方々をも誑かそうとするのです!信じられませんわ!淑女としても、生徒会としても、貴族としても!彼女の組織を腐敗させる能力は認めますが、そんなのはどこにとって毒としかなりえません!彼女は膿です!悪役です!悪役令嬢以上に悪役で────」

『はいはい!アマリリス、カームダウン。焦ってもいいことないよー。っていうか、周り見な?むっちゃおもろい事になってるよー』

 アイカの声に我を取り戻した私は、周りを見て、思わずバッと頭を下げていた。非礼を詫びるためでもあるが、主に顔を隠すためだ。
 ……………穴があったら入りたい。なくても自分で掘って入って永遠に出たくない。

 陛下はすごく真面目な表情をなさっていて、イリスティア様はそんな陛下を見てうっとりしている。その隣のレシア様は、何も言わずにニコニコして私を見ていた。宰相の、鉄仮面と呼ばれているはずのその顔が歪んでいる。お父様はなぜか憤慨しているように顔を赤くしているが、お母様は納得したように(何にかしら)何度も頷いていた。ユークライ殿下は少し驚いたように目を見開いている。そしてレイスト殿下は、無言でちょっと体を引いていた。
 私の後ろで控えているアレックスとエスの表情は見えないが、「エス、おい!お前刀から手、離せよ!」という声が聞こえてくる。


…………もう帰りたい。

(くくっ……アマリリス耳真っ赤だよ?くくくっ)

(笑わないでよ!)

『まぁ、アマリリスは正しいね。あのララティーナ・ゼンリルっていう子はちょっと色々やらかしすぎだから………ちょうどいいし、ヴィンセント。調査結果の報告を』

 屋敷を出発した時ももっと親しげな様子に、私は思わず顔を上げていた。
 二人って、昔からの知り合いだったりしない…よね?

「うぃっす」

 お兄様は立ち上がると、手際よく何か書いてある紙を配っていった。

 この世界には紙が存在する。手触りは二十一世紀の一般的な紙とは違って、画用紙のようにザラザラとしていた。色も茶色っぽい。その代わりというのか、生産は割合と簡単だから市井にも普及している。
 ちなみに、印刷技術はあまり発展していない。大抵は印刷師と呼ばれる人達が原本を模写する、という方法を使っている。

「じゃあ、自分の方から説明させていただきます。えー、資料の一枚目をご覧下さい」

 お兄様は、私が思っていたよりしっかり進行をしている。ちょっと意外だ。
 私以外の方々もお兄様の方を見ている。

 よかった。皆さんの意識がお兄様に向いてくれている。これでさっきの失態がなくなるわけではないけれど。
 癪だけれど、ここはお兄様に感謝するべきだろう。

 少し安心した瞬間、頭がまた痛んだ。さっきから更に痛みが増している。
 早く、会議が終わってくれないかな。

「まず、ララティーナ・ゼンリルの生い立ちについてです。彼女の父親はマイルズ・ゼンリル子爵、母親はソニア・ゼンリル。母親はタール子爵家の出身です。んで、ソニア・ゼンリルは精神病を患っています」


 これはゲーム内でも登場していた設定だ。
 ソニア・ゼンリルは実は妾の子で、その事がバレないかと心労で精神病を患う。最初はゼンリル子爵も彼女を癒そうと色々するのだが、効き目が全く出なかったため諦めた。
 主人公は、そんなぎくしゃくしていた両親の元に生まれる。母親はもちろん娘を愛する事なんてできず、父親はちょうど領地経営で苦労していたために主人公を蔑ろにしてしまう。そのため、主人公は愛を知らずに育つのだ。

「これが、愛というものなのね。すっごく暖かくて、優しい……」

 このセリフは、どの攻略対象を選んでもエンドロールで出てくる。あの時の「私」は、何度もこの台詞に泣かされたものだ。

 そうそう、エンドロールといえば悪役令嬢の最期もエンドロールに出てくる。
 確かギロチンの前で喚いていたはずだ。
 ………やっぱり、思い出さなくてよかったかも。

 けれど、こんなふうに自分が前世でゲームで辿って、そして今世でも辿ったかもしれない世界線ルートについて考えると不思議な気分にさせられる。
 私は「アマリリス・クリスト」でも「キタガワアイカ」でもあるはずなのに、ここにいる私はどちらでもないのだ。

 じゃあこの私は、「ニセモノ」なのかしら…?

 突然、頭が締め付けられるような痛みを感じた。






「以上が、ララティーナ・ゼンリルの生い立ちになります。続いては学校内での素行についてです」

 回想していた間にお兄様は彼女の出生の説明を終えてしまったようだ。まぁ資料を見る限りでは、ゲームと差異は無いみたいだから大丈夫だろう。

 と、次は学校での彼女についてか。

「さっきアマリリスが言いましたが────」

 お兄様は言葉を切って私を見た。

「彼女は生徒会のメンバーなどにかなり色仕掛けといいますか、そんな感じのかなり際どい事を繰り返していました。詳しくは資料をご覧下さい。えー、それらの行動から彼女は、貴族の子女達だけでなく商人の子女達からも軽蔑されていたようです」

「だが、そんな彼女が学校内で対貴族の世論を形成した、と」

「はい。かなり舌が回るんでしょうね。ちょっと無駄なくらい」

 本当にそうですわ!と言いたくなる。けれどさすがにまた発言するのはあれだったので、頷くだけに留めた。

 お兄様の言う通り、彼女は無駄に口が達者だ。日頃…というか攻略対象者達の前では弱々しい自分を演じているのだが、ひとたび彼らから離れると周りにいる貴族の子女達を罵倒し始める。厄介だったのは、その罵倒が言葉だけを捉えるとただの会話にとれる事だ。

「こちらをずっと見ていますよね?ちょっと視線が怖いです。わたし、何か変な事しましたか?」

 というのは、

「こっちずっと見てるけど、視線がウザイんだよ。用がないならやめてよ」

 みたいな具合で。

 当時それに不快感を覚える子達もいたが、彼女を糾弾しようとする皆はいつの間にかクラスでの序列が下がっていた。
 きっとそれも、彼女お得意の話術で攻略対象者達に頼んだのだろう。


 私が学校での事を思い出していると、お母様とお兄様が気遣わしげな視線を向けてきた。アイカとユークライ殿下も、心配そうにこちらを見ている。
 そこで初めて、私は自分の表情が強ばっている事に気がついた。

「あっ……」

 私は笑みを浮かべると一礼した。少し不自然だったかもしれないが、残念だけど確認する術はない。

 顔を上げると、依然として部屋中の視線が私に集まっていた。

「………アマリリス君、部屋に戻ってもいいのだぞ?」

 陛下が言う。

「クリスト令嬢、無理はなさらないで?」

 イリスティア様が扇で口を隠しながらコテンと首を傾げる。

「そうですわね。精神的にも疲れているでしょうし」

 レシア様が微笑む。

「アマリリス、無理していないか?」

「えぇ。皆様やお父様の言う通り、休んだ方がいいと思うわ」

 お父様とお母様が口を揃える。

 どうか、したんだろうか?

『………………アマリリス。顔色すっごい悪いけど、大丈夫?』

「……えっ?」

『気づいてなかったとか………はぁ、ちょっと手、貸して』

 アイカに手を差し出すと、ひんやりとした感触がする。頭痛が、わずかだが和らいだよいに思えた。
 しばらくすると、アイカの手から強い魔力の鼓動を感じる。それは私の体を回って、そしてまたアイカの手へと帰っていく。

『………なるほどね』

「アマリリスの体調とかその他もろもろ、大丈夫?」

 お兄様がアイカに訊ねる。

『……えーっと、かなり大丈夫じゃないかも?なーんて、あはは……うわっ、ちょっ、怖い顔しないで!………んと、人の体詳しくないから上手く言えないんだけど、とりあえず休息が必要だね』

「そうか。では部屋に戻るがいい。ミレイル、いいよな?」

 少し女性らしいミレイルというのは、確か宰相であるリズヴェルト伯爵のお名前だったはずだ。
 あれ、そういえばこの人も……

「…えぇ」

 宰相が軽く頷く。その時に、彼の藍色の髪が揺れた。

 そうだ。そうだった。宰相の息子も、攻略対象者の一人なのだ。
 名前は確か、そう、レーミル・リズヴェルト。ヒロインより一学年下のはずだから、きっと今も学校なんだろう。
 藍色の髪の美丈夫で、身長がすごく高い。確か百九十センチ以上あった。眼鏡をかけていて、いかにも真面目という感じ。しかし彼は加虐趣味持ち…つまりSだ。

 「私」は別にMじゃないがなかったが、レーミル推しだった。今の私は別にレーミル・リズヴェルトの事は好きではないが、会ってみたい。
 「私」の事を知るために…



 「私」?「私」って、「キタガワアイカ」って一体誰?そして、私は誰?

 私、ワタシ、わたし、自分、って誰?私はホンモノなの?それとも、ニセモノ?存在しないはずの、要らない存在……



「うっ、あっ、うぅ……」

 突然、頭が激しく痛んだ。
 頭蓋骨の内側をトンカチで叩かれているような、ネジを何本もねじ込まれているような激痛に、視界がチカチカとしてくる。

「くっ、あ、うぁっ!!」

 目を閉じると、眼前には地面が映っていた。そして広がる赤い何か。
 頭を振ると、また違う映像が見えた。黒い影に雁字搦めにされた、一人の女性。

「あぁっ…!!!」

 私の意識は深い、深い闇へ閉ざされた。
 出口の見えない、暗い世界へ。

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