【旧版】諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

11話: 天災を司る精霊

 ここ、ウィンドール王国の王城は、王都のほぼ中心に位置する。 
 一面白で統一されたこの城は、外国からの観光客だけでなく、自国民の目をも楽しませてくれる場所だ。
 私も、何度かここに来たことがあるが、毎回その美しさに圧倒されてしまう。



 さて、城に着いた後、化粧室のようなところに通されて衣装や化粧の直しを軽く受けた後、私達はなぜか王城の第一会議室の、頑丈な獅子の顔が彫られている扉の前にいた。
 第一会議室は、国家レベルの議案を話し合う際に使われる、と言われている。どう考えても、私なんかが入る場では無い。

「あ、あの、なぜ……」

 なんと言っていいのかわからず、たどたどしくそう尋ねた。けれど、誰も答えてはくれない。
 第二王子とアイカは何かこそこそ話している。真剣な表情をしていたから、それを邪魔するのもはばかられた。
 扉の前に立っている衛兵の方に聞くわけにもいかないし、どうすれば良いのかしら…

「……今あなたに言える事は、あの日の出来事はあなたが考えているよりも、もっと重大な出来事だ、という事だよ。」

 不意に第一王子が、小さな声でそう言った。どうやら、誰にも話しかけられなかった私に気づいて下さったようだ。

 重大、とはどういう事だろう。確かに、ゲームの中では悪役令嬢の断罪というのは、今後の攻略対象者の好感度にも関わる重要なイベントだけれど、それが国に繋がるとは思えない。
 もし仮に繋がっているとしても、どうして私を呼ぶのだろうか。私は当事者ではあるものの、こんな王城にある会議室に呼ばれるほどのことをした覚えは一切ない。ただそこに立って、婚約破棄をされただけだ。

「あの、これは────」

「ユークライ殿下、ラインハルト殿下、アマリリス嬢、アイカ様、どうぞ。」

 会議室の扉の前に立っていた衛兵が、声をかけ扉を開く。大きな扉だったが、手入れがしっかりされているのか、あまり音が立たなかった。しかし、それが余計に緊張感を煽る。

(アマリリス、私がサポートするから心配しないでね。)

 アイカのエールが無ければ、私は倒れていたかもしれない。

 ずっしりとした大理石で出来た、会議室の真ん中に置いてある円状の机の周りには、ハーマイル陛下を始めとした王妃殿下や宰相、大臣達など、この国の中心と言うべき方々が集まっていた。何度か夜会でお見かけした方々なので見覚えがある。
 その中には、外務大臣であるお父様もいらっしゃった。そしてなぜか、その隣にはお母様も。
 どうしてこのような面々が集まっているかはわからないが、それがどういうことを意味するかはわかる。少なくとも、私なんかの、名ばかりの土地を持たない子どもの伯爵が来るところではない、と。
 私が持っている爵位は、あくまでお飾りのようなもので、実際の伯爵に比べると圧倒的に地位が低い。男爵家当主と辛うじて同じくらいの権限しか、私は持っていないのだ。

  なんて全く関係ないことを考えてしまうくらい頭は呆然としているが、私の体は貴族の令嬢として染み付いた礼を取る。

「座るがいい。」

 陛下の、よく通る強い声が響く。今代の王は、民を大切にしていて、国民からの信頼も厚い。しかも武力を軽んじていた先代までと違い、軍の強化にも努めている。
 賢王と名高い彼は、その呼び名に相応しい風格を持っていた。

 私達四人が全員着席したところで、宰相が立ち上がる。

「今回の議題は、先日の魔法学校の卒業パーティーの際の、第三王子殿下の婚約破棄についてです。」

 胸がチクッとする。過ぎた事、避けられなかった事とは言え、辛いものは辛い。
 右に座っているアイカが、机の下で私の手をぎゅっと握ってくれる。彼女の手の温かさが心地よい。

「まずは、あの件の問題点についてです。大まかに三つです。一つ目は、あの場で第三王子殿下が直接アマリリス嬢を攻撃した事。」

 その言葉に、部屋中のほとんどの人が表情を険しくした。特にお父様がすごい。いつもは柔和な顔が、怒りに染まっている。
 卒業パーティーという、外国の要人達も出席する場において、王家の一人である第三王子が武力行使したというのは、被害がなかったとはいえ、十分に醜聞になり得る。特に、相手が無力な令嬢だったとなると、外交においてそれを引き合いに出されてしまう可能性があるくらだ。

「二つ目は、第三王子殿下が『未来の王妃』という言葉を用いた事。これは身分詐称とも取れますし、婚約破棄が成立していない時に使ったので虚偽である、と解釈出来ます。」

 この国には、王位継承権を持っている人物が五人いらっしゃる。その中にはもちろん、第一王子や第二王子、そして第三王子も入っている。
 けれど、今のところ王は継承者を指名していない。なのに次期王を名乗るとなると、波乱が生まれるのは明確だ。いや、波乱程度では収まらないほどの、トラブルの山が起きるかもしれない。

「三つ目。あの騒ぎに居合わせた生徒の中に、隣国のレイスト殿下がいらっしゃいました。」

 レイスト殿下は、ウィンドール王国の北に位置する大国、メイスト王国の王子だ。メイスト王国とウィンドール王国は国交を結んでいて、レイスト殿下は国家親善の一環として、この国の魔法学校に留学をしていた。
 実は、そんな彼は類まれな才能を持っている。その才能とは、精霊と心を通わせたり、姿を消している精霊を感知する、精霊術士として最高の才能。

「そしてレイスト殿下は、アマリリス嬢に宿る精霊の加護を見抜き、その危険性を指摘しました。いわく、我々は高位精霊────第二位精霊を怒らせた、と。」

 宰相が重々しく告げる。すると、にわかに部屋全体が騒がしくなった。

「高位精霊を!?」「しかし、我が国には五柱だけなのでは?」「これは外交問題に発展するかもしれん」

 周りの人々の声が、耳を叩いてくる気がする。皆の視線は私に向けられていて、それがひどく不快だった。

 ただでさえ、私はあの日の出来事というかさぶたを剥がされていたのに、その傷口をスケッチされているような、嫌な感じがする。
 今も血は流れているのに、その流れをじっと見られているような、耐えられない不快感。

「精霊の加護?」「高位精霊からの加護なのに申告されていないぞ?」「クリスト公爵、説明を!」

 私は俯いて、きつく歯を食いしばった。

 この国には、精霊からの加護を申告するシステムがある。なぜなら、加護されている者を傷付けると、加護している精霊が力を暴走させるかもしれないからだ。
 もともと、アイカのことは知らなかったけれど、私は下位精霊から加護を受けていた。しかし、私の両親は私のためを思って申告をしなかった。

 私の、せいなのに。

「というか、そもそもあの場で自決などしようとしたのだ」「我が国の品位が疑われる」「黒い瞳の化け物め」

「……や、めて………」

「黒持ちなど、この国から追い出してしまえば」「忌み子だ」「災厄をもたらす」

 今までも、私と同じように黒い瞳を持って生まれた子は、少なからずいたらしい。
 けれど、彼らが生きた時代には、常に混乱が付き纏っていた。それは時に国にも大きな被害を与えることもあったそうだ。
 だから黒持ち────瞳や髪が黒い者────は迫害され続けた。

「…………私だって、望んていたわけじゃ無いのに。」

 ポツリ、と声が漏れた。その声は他の声に掻き消され、誰の耳にも……

『お前ら一回死ね。無理なら黙れ。』

 アイカの、今まで聞いた事の無いくらい低い声が響いた。思わずアイカの顔を見ると、彼女は薄っすらと笑みを浮かべている。しかし、その笑みはいつもの優しい、楽しそうな笑みではなく、背筋を凍らせるようなものだった。

 シン、と部屋が静まる。全員が、一人の少女を見ていた。

『へぇ。静かに出来るんじゃん。』

「アイカ!?」

 思わずアイカの手を引っ張る。しかし、私が伸ばした手は、やんわりと押し戻された。
 慌てて第二王子や第一王子を見るが、第二王子はかすかに笑っているし、第一王子に至っては嬉しそうに微笑んでいる。どうやら止めくれそうにない。

「な、何者だ!いくら公爵令嬢の従者だからといえ、かのような無礼は許されんぞ!」

 白髭のおじいさん────恐らく副財務大臣のマイル伯爵だ────がそう叫ぶ。

 どうやら、アイカは私の従者と思われていたようだ。
 この世界では、公爵令嬢ともなると、割合と良いところのお嬢様を従者に付ける。まぁ、服も綺麗だし、普通ならそう考えるだろう。

『誰が、私を許さないの?そこにいるオウサマ?それともあんた?たかだか伯爵が、私を罰せると?』

 アイカの小馬鹿にしたような言い方に、マイル伯爵はその立派に蓄えられた髭を震わせる。
 他の方々は傍観者に徹していて、誰も止めようとはしない。

「こ、小娘風情が、何を言う!」

 ところどころ声が裏返りながらも、マイル伯爵はそう喚く────もう喚くとしか言いようが無い。
 きっとプライドを傷付けられて、心中荒れているのだろう。

 ……後でアイカに、あそこまで言わないように言わなくちゃ。

『ごちゃごちゃうるさいなぁ。……人間風情が何を言う。』

 アイカの纏う雰囲気が変わった。常に浮かべていた笑みは消えて、完全な無表情の仮面を付けている彼女の表情からは、人間ではない何かを感じさせられる。
 その変化に、マイル伯爵を始めとした人々が恐怖を顔に浮かべた。
 恐らく、やっと彼女の正体に気が付いたのだろう。遅いけど。

『私がくだんの高位精霊だ。天災の精霊、アイカ。』

 アイカの声が、無音の部屋の中に響く。

 誰も何も言わない。現実に打ちのめされているのだろうか。張り詰めた空気が、今この国の中枢の焦りと恐怖を物語っていた。
 彼らは高位精霊を、しかも天災を司る彼女を怒らせたのだ。国が滅ぶ可能性だって、十二分にある。
 そして他の国から高位精霊の逆鱗に触れた事で、抗議を受けたり、最悪の場合は戦争になるかもしれないのだ。その場合、こちら側が圧倒的に不利になる。

 先程まで笑みを湛えていたほとんどは、代わりに顔を歪ませている。

 天災の精霊様が、怖いから。



 実は、アイカがちょっとカッコつけすぎで、笑いそうになったのは秘密だ。

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