劣等眼の転生魔術師 ~ 虐げられた元勇者は未来の世界を余裕で生き抜く  ~

柑橘ゆすら

校門前の事件



 それから。
 ついにやってきた試験当日。

 馬車で移動すること丸半日、山を幾つも超えた先に王都ミッドガルドはあった。

 現在、王都は大きく分けて五つの区画が存在しているらしい。

 港に面した市場と工業地帯の東地区。田園地帯も残りつつ商人や一般人たち居住区となっている南地区と北地区。貴族の住まう中央地区。そして、様々な学園や研究機関が存在する西地区。

 立派だ。 
 荘厳な佇まいで城のようにそびえ立つ学園。

 聞くところによると、このアースリア魔術学園は、ミッドガルドの中でも指折りの歴史を持った建物であるらしい。


 なるほど。
 流石は王国随一の名門校と謳われることはある。


 単に古いというだけではなく、学園の建物には、歴史と伝統の重みを感じ取れる荘厳な雰囲気があった。

 銀竜の意匠が施された城門をくぐった時、俺は不意にリリスの言葉を思い出す。


『アベル様。アースリア魔術学園は、国内トップの有望な学生たちが集う、いわゆる、エリート学校です。くれぐれも油断なさらぬようにお願いします』


 家を出るときにリリスが俺に耳打ちした言葉だ。

 流石に俺が学生たちの集まる試験に落ちることはないはずだが、用心するに越したことはない。


「おいおい。服の中に家紋が入ってないぞ。もしかして、あいつが噂の劣等眼か?」


 校門の前、学校に入るための坂を上っていると、周囲の人間たちの視線が集まるのを感じた。


「最悪だ。天下のアースリア魔術学園も地に落ちたもんだぜ」

「はぁ……。平民は大人しく畑でも耕しとけって言うんだよ」


 うーん。
 パッと見た感じだと揃いも揃って低質、もとい、現代魔術師の典型とも呼べる人間にしか見えないな。

 制服を着ている。ということは在校生だろうか。

 いや、油断するのは良くないな。
 優れた魔術師というものは、同時に自分の力を隠す能力に長けているものも多い。

 念には念を入れて警戒は続けることにしよう。

 
「どうして劣等眼がウチの学園を受験するんだ?」

「なんでも学園に多額の寄付金を送っている家からの推薦があったらしいですよ」

「へぇ。じゃあ、裏口か。っつっても試験で落ちるだろうけどさ」

「いやいや。もしかしたら試験官を買収工作しているのかもしれないぜ」


 ふう。何時の時代も『琥珀眼』の魔術師が色眼鏡で見られるのは変わらないな。

 この王国で一番知識を蓄えているはずのエリートですら、差別意識丸出しとは、困ったものである。


「好き勝手なこと言いやがって! アイツら……! 眼の色でしか人を判断できないのかよ!?」


 やれやれ。
 まさかテッドに励まされる日が来るとは。俺も落ちたものである。

 お前も少し前まで同じような考えだったろうに、ということは特別に言わないでおいてやるか。


「貴方たち! 恥を知りなさい!」


 などということを考えていた矢先であった。

 背後から、やけに勝気な女の声が聞こえた。

 茜色の空を切り取ったような鮮やかな赤の長髪。
 そしてその目は、ガーネットのように輝きがある灼眼であった

 身に付けた服には竜と剣の紋章がある。家紋か。

 はて。
 どこかで見たこと気のする家紋であるが、パッと思い出すことができないな。


「寄って集って、平民の陰口を叩くなんて貴族の風上にも置けないわ!」


 この女も在校生か?
 それにしては妙に体の発育が良い気がする。俺たちと同じ受験生には見えないな。


「……誰だ。お前は?」

「アタシの名はエリザ! 今から5年後、このアースリア魔術学園を首席で卒業して、後世に名を残すような偉大な魔術師となる女よ!」


 エリザと名乗る女は、ズンと大きな胸を張って高らかに宣言をする。


「なんだよ。この礼儀知らずの女は」

「おい。受験生。表に出ろ。今からオレたちが口の利き方を教えてやろう」


 盾突かれた上級生たちは、分かりやすくエリザに苛立ちを向けているようであった。

 一瞬、助けに行くことも考えたが、直ぐにその必要はないと思い直す。

 俺が助けに入るまでもなく両者の実力の差は歴然としているからな。
 

「さて……。礼儀を知らないのは、果たしてどちらかしら」


 不敵に笑ったエリザは腰に差した剣を抜く。

 ふむ。大した剣捌きだ。
 どうやらこのエリザとかいう女、でかいのは体と態度だけではないらしい。

 この世界を訪れてから誰かに対して感心するのは、随分と久しぶりのような気がする。


「……ひっ!?」


 訳も分からないままに喉元に刃を突き付けられた在校生は、力なく地面に腰を下ろす。

 
「今すぐアタシの前から失せなさい」
 
「「「し、失礼しましたー!」」」


 エリザの燃えるような灼眼に睨まれた在校生は、蜘蛛の子を散らすかのようにして逃げ去っていく。

 やれやれ。
 まだ試験も始まっていないというのに、とんだ災難に巻き込まれてしまったな。


「おい。そこのお前」


 別に頼んだわけではないのだが、結果的にエリザが俺を庇うような形になったのは確かである。

 このケースの場合、何か感謝の言葉をかけておくのが礼儀というものだろう。

 俺が背後からエリザのことを呼び止めようとした直後だった。


 パシーン!


 突如として呼び止めようとする手を叩かれた。


「平民風情が……! アタシの体に触れようとは良い度胸ね……!」

「んん?」


 この娘は一体何を言っているのだろうか。

 ギロリと俺のことを睨みつける赤髪の娘の眼差しからは、先程の在校生たちと同じか、それ以上の差別意識の色が垣間見えていた。


「お前、さっきのって俺を助けるつもりじゃなかったのか?」

「何を言っているのかしら? アタシは単にコソコソと陰口を叩くやつが嫌いなだけ! 平民ごときに会話を認める許可を出した覚えはないのだけど?」

「…………」


 勘弁してくれ。
 この学園にはこんなやつしかいないのかよ。


「良いこと平民! アタシの視界に入りたいのならば、誰よりも強くなりなさい。アタシは強いやつ以外に興味がないのよ」


 エリザと名乗る女はそんな台詞を言い残すと俺の前から立ち去っていく。

 やれやれ。 
 まさか今の時代にこれほどまでに負けん気の強い娘が残っていたとはな。


「師匠ー! な、なんなんスか! さっきの女は!?」

「さぁな。俺が知るはずないだろう……」


 はて。
 とは言ったものの、あの女は以前に何処かで会ったような気もするんだよな。
 
 俺は茜色の髪の毛を靡かせる少女に何処か既視感を覚えながらも、遅れて校門を潜り抜けるのであった。

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