名前はまだ決めていません

ガオー

第一話 多分これは最初の話だと思う

 この世に生きていけば、不思議な事の一つや二つ遭遇してもおかしくはないと思います。
 
 「……」
 ここはどうやら森らしい。
 辺りを見回すと、日本では見たこともない木ばかり。
 鳥か蝉かも分からない変な鳴き声が響いていて、時々猛獣っぽい怖い遠吠えが混ざってる気がする。
 自分はどうやら森にいるらしい、と少女は再び認識した。
 別に自分がここまで歩いた訳じゃない。
 少女の記憶に遡ると、自分はついさっきまで海外行きの飛行機に乗っていたはずだった。
 そして急に視界が真っ赤に染めて、気付けば自分はここに立っていた。
 「ボ―」
 ボーと空を見上げる。
 そして少女はまた気づく、なんと、太陽が二つもある。
 あと、わ、なにかが空を飛んでいる。
 一瞬鳥かなにと思ったけど、よく見ればそういうレベルの物じゃなかった。
 日差しが眩しすぎてちょっと見づらいけど、あの高さから推測するに、あの空を飛んでる生き物は多分両翼の幅は十メートルを超えている。
 自分の目の良さにここまで恨んだことはなかった。
 なるほど、ドラゴン。
 初めて見た。
 凄いな―
 ……
 …
 「どこですかここはぁぁぁぁぁぁ――!!!???」

 このあたりに村がある。
 ホルン村と言って、東の森と西の川に挟まれて、外界との繋がりも少なく、143の村人が自給自足で暮らしている小さな村。
 「暇だ」
 とある一軒家で、少年は幼馴染の少女に呟いた。
 まずは紹介する。
 少女の方はリエル・セル、16才、空色なセミロングが印象的で可愛い女の子。
 少年の方はロイ・セル、16才、この地域ではリエルよりも珍しい黒髪をしている。
 ちなみに同じ苗字ではあるが、別に兄妹でも血がつながってることもない。
 「暇だよ、リエ何かイベントない?」
 「ないよ~それより、ローちゃん復習しなくていいの?もうすぐ入学試験だよ?」
 ベットでゴロゴロしているロイに、隣に座って本読んでるリエルは軽く苦笑いする。
 「夏休みに堅い事言わな―い、俺は今を生きるのだ―」
 ゴロゴロ。
 「ん―、じゃしりとりしよっか?」
 ページをめくって、リエルはそう提案した。
 「うわ面白くなさそう」
 「私からね、しりとり」
 「勝手に始まってるし、料理」
 「リハビリ」
 「倫理」
 「理屈」
 「作り」
 「リベンジ」
 「事理」
 「理由」
 「瓜」
 「ん…まいりました」
 「これで3敗15勝」
 勝ち誇りながら、ロイはまたゴロゴロし始めた:
 「母さんまだ帰ってこないかな」
 「サカノの仕事で今日は長くなるらしいって」
 「旅に出よう」
 「留守任されたし、お母さんが帰るまでは大人しくしてて」
 「暇だな―…ん?」
 するロイは急に動きを止めた。
 「ロイ?」
 「今、悲鳴聞こえなかった?」
 「?」
 それを聞いて、リエルも目を本から背き、耳を澄ます。
 「……私は何も聞こえなかったけど」
 「よし、見に行こう」
 「もうすぐ夕食だよ?」
 「その前に戻る」
 視線を本に戻り、リエルはベットから降りて、窓に近づこうとするロイの裾を引っ張った。
 「窓から飛び降りない、ちゃんと玄関から出て」
 「ういっす」
 「あ、それとね、森の奥にはなるべく近づかないでよ?ドラゴンを見たって掲示板に書いてた」
 「狩ろう」
 「やめて」
 「果物ナイフ持って行っていい?」
 「やめて」
 「念のため」
 「…」
 数秒考えて、リエルは軽く左手をロイの前に伸ばし、手のひらがぎゅっと握り、そしてパッと開けたら、いつの間にか手の中に小さ目な果物ナイフが握っていた。
 「ドラゴンに喧嘩売らないでよ?これもなるべく使わないで」
 「うい、んじゃ」
 ナイフを取って、ロイはそのまま部屋を出た。
 リエルは閉じたドアをジーと見つめて、足音が遠ざかって行くのを確認し、顔に軽ーい苦笑いを浮かべて、また視線を本に戻す。
 「晩ごはんはちょっと遅めに作ろっかな」

 少女は森の中で頭を抱えていた。
 「た、太陽二つあるし、ドラゴン飛んでるし、異世界?ボク異世界召喚されました?どうして?てかどうしようぉぉぉぉ…」
 頭を抱えて、しゃがんで、ブツブツと。
 「そうだ携帯!」
 そして急に思い出したかのようにポケットから文明の利器――スマホを取り出す。
 荷物は全部飛行機乗る前に託送したけど、このスマホだけはちゃんと肌身離さず持っていた。
 機内で使えないけど、持ってるとつく時はいち早くお婆ちゃんに連絡できるからだ。
 微かな希望を持って、少女はスマホの機内モードを解く。
 が、やはりと言うべきか、電波が入らない。
 「そんな…」
 希望があっさりと砕かれた。
 少女にとって、電波の入らないスマホなんてただの光る板に過ぎないのだ。
 「うう…誰か…誰か状況を説明してくださいよぉ…」
 ~~♪♪
 「わっ!?」
 電波が入ってないからか、急に鳴らす携帯に飛び上るほどびっくりして、ほぼ条件反射でかかってくる電話を切った。
 「あ~ひどい、普通切るかな―?」
 でも意味がないようで、携帯の中に元気な女の子の声が響いた。
 スピーカーモードが勝手に開いとる。
 「え、えっと…どなた様でしょうか?」
 少女は交流を試みる。
 「神様だよ―来栖伊亜(くるす いあ)ちゃん~☆」
 「あ、ボクの名前…」
 名前が呼ばれ、少女…イアは軽く驚く。
 「さって、そろそろ困ってる頃かな―って思って状況を説明しに来たんだよ、なにか質問ある?」
 「質問って…」
 ありすぎて順番に困る。
 「遠慮しないで~神様は今日すっごく機嫌いいから、何でも答えるよ~」
 ほんとにうれしそうな口ぶり。
 「じ、じゃ…ここって…どこですか?」
 「セレン王国の辺境――ホルンの森だよ」
 「セレン…?い、いや、そうじゃなくて…」
 「あ、そか、位置を聞いてるわけじゃないんだね」
 ごほん、と神様と名乗った少女は軽く咳払いして、言い直した――
 「ここは異世界だよ」
 やっぱり。
 知ってはいたけど、じかに言われるとそれなりにショックだ。
 「…なんでですか?」
 「なんでお前がここにいるのかって?」
 「……」
 「実は何を隠そう、私がイアをここに呼んだんだよ!」
 「じゃ今すぐ帰してください!」
 「あはは!無理だね」
 「なんで!」
 「だって元の世界じゃ来栖伊亜って子はもう死んだんだから」
 「――えっ?」
 一瞬、ぽかんとした。
 さっきまで滾ってきた怒りがどっと冷めていく。
 言葉だけではこんな効果あるはずもない、
 イアがぽかんとする原因は…死んだと言われたとたん、ある記憶が映像のように頭に流れ込んできた。
 機内に響く爆音、乗客たちの悲鳴の声、天地が逆転したような感覚。
 そういう記憶。
 「思い出した?…と言ったけど、思い出させたんだけどね~♪ヘタに恨まれたら面倒だから」
 「これって…飛行機が…」
 「うん、航空事故、イアを元の世界に帰しても死んじゃうから無理、あの事故で生存者は0だよ?航空事故って怖いよね~」
 「そんな……もうお婆ちゃんには会えないんですか…?」
 「そうなるね~ご愁傷様」
 「そんな…そんな…」
 事実に打たれ、悲しさが急にイアの中で湧き上がってきた。
 そのまま涙がこぼれ出し、俯きながら泣き出した。
 悲しみを全部吐き出すかのように、泣いて、泣いて…10分か20分くらい泣き続けてた。
 「落ち着いた?」
 「うぅ…くすん…う、うん…すみ…ません…」
 「じゃそろそろ話進もっか?」
 イアが落ち着くのを待って、神様は変わりのない元気な声で話を進めた。
 「さっきあんなに泣いてちょっと言いにくいけど…別に絶対帰れないわけじゃないよ?」
 「えええええええ!?じゃなんで早く言わなかったんですか!?」
 「いや…凄い勢いで泣いてたからさ…」
 無駄泣きになった。と理解して、イアは涙を服の袖で拭いて、慌てて顔をスマホに近づく。
 「帰れるんですか!?お婆ちゃんにまだ会えるんですか!?」
 「今は無理だよ、いま帰すと身体ないから幽霊になって自然分解されちゃう。あの世界、マナも霊子もこれでもかってくらいに少ないからね」
 「じゃあどうすれば…」
 「正直いま思いついたんだけど…イアが神様に成ればどうにかなるんじゃないかな?」
 「神様…?」
 「神格を得るって事、神格を得た魂なら肉体がなくても自力で受肉出来るから、帰っても死なないんじゃないかな?」
 「神様ってなれるんですか?どうやってなるんですか?」
 「なれるよ、知らないよ、自分で探して~」
 「そんな…」
 「この世界の神様は私を含めても七柱しかいないんだから、ま、神様目指す前にまず亜神を目指して頑張って~」
 「あ、あしん?」
 「さて質問タイム終了~そろそろ私の要件を教えておこう」
 「要件…?」
 「そそ、偉大なる神様がわざわざお前をこの世界に招き入れる理由だよ」
 「あ…」
 イアはふと気づいた、なぜ自分がここに召喚されたのかはまだ聞いてなかった。
 航空事故で遭難した乗客は三百人も下らないのに、なんで自分だけがこんな森に……
 ハッ!まさか他の乗客もこの世界に!?
 「いやいや召喚したのお前だけだから、さすがに異世界で何人も復活して召喚したら過労死ものだよ、どれだけエネルギーかかると思ってんの?」
 「心読まれた!…て言うか神様も過労死するんですか?」
 「気持ちの問題!話しそらさない!」
 「あ、すみません」
 子供っぽい声で怒鳴られて、イアはスマホに向けてぺこりと謝る。
 「ごほん!一人、助けてほしい人がいるんだよ」
 「助ける…?ボクがですか?」
 「うん、イアしかできないの」
 「どうして?」
 「さあ?」
 「さあって…」
 「詳しくは知らないけど、あの人の運命線に黒星が見つかっちゃって…ほっとくと多分やばいかも」
 「黒星…?」
 「んとね…そっちの言い方だと、占いで死相が見えたって感じかな」
 「怖い!」
 「しかも当たる確率百パーセントで神様の折り紙付き」
 死の宣告…!
 「あの…かみさま…さんはその黒星…?と言うのを何とかできないんですか?異世界召喚もできたのに…」
 「かみさまさんはやめろ、普通に神様呼べよこら。あと運命は平行宇宙より概念が一次元高いから無理」
 「えっと?」
 「異世界召喚よりむずいからから無理って言ってるの!それに私はもうあの人の黒星が見えて、見えた上で黒星のまんまだから、私自身が何しても黒星は消せないって事」
 「へ―(←まだよくわかんない)それで、どうしてそこで私が召喚されたんですか?」
 「説明聞く?」
 「お願いします」
 「決められた運命は神様でもどうにもならないけど、あくまで世界の中だけの話だよ」
 「?」
 「つまり異世界の人ならそれを覆せるって事」
 「でも、知らない運命となると…異世界召喚の事もその黒星の過程に入ってるかもしれないって事はないんですか?」
 「うげ、まともな理屈っぽい反論をされちゃった…!」
 「あ、いえ…!反論するつもりは…ただそういうラノベはたまに見かけて」
 「知ってるよ、強制力とかなんとかのやつだよね?私は運命線を観察できるんだから、そんなことくらい計算のうちだよ」
 「?」
 「なんでわざわざイアを選んだと思ってるの?私はその世界で何千万人も試してやっと探し出したのがイアなんだから」
 「何千万…?試すって何を」
 「運命線をあの人のと絡んでみたの、黒星に影響が出来たらビンゴ」
 「それで私を召喚すれば黒星を消せるって事になったんですか?」
 「いや、影響は出たけど消せなかった、イアの運命線を絡んでみたら黒星が灰色になった」
 「???」
 「絶対やばいから不明事項になったって事、つまり影響が出たんだよ、だから召喚したよ」
 「ええ…それってもしかして航空事故となにか関係あるんじゃ…」
 「私は何もしてないよ?あれは正真正銘ただの不幸な事故、私はそれを予知して、わざわざ死ぬの待ってから召喚したんだから。」
 「いや待ってないで助けてくださいよ」
 「無理無理、そんな事したらそっちの神様に怒られちゃう。ちなみに航空事故がなくても召喚するよ?その場合断ったら普通に送り返すけど」
 「はあ…」
 「それで、分かった?」
 「まとめると…神様は誰かを助けるためにボクをこの世界に召喚したって事ですよね」
 「うんうん」
 「あと、わざわざボクが航空事故にあった時に召喚して、退路を断って無理やり協力させようとしています」
 「うん…?」
 「違いますか?」
 「違うよ!いや状況を見ると違わないけど、私はただイアが円満な最期を迎えてから召喚したいだけだよ!」
 「事故死は円満と言えないんですけど…」
 イアは溜息を漏らして、軽く笑った。
 「でも…神様は機会をくれたんですよね、ボクが神様に成ったら帰れるって」
 「うぅ…それも考えたことなかった」
 「えっ」
 「いや、そう!私がイアに帰れるチャンスを与えたのだ!感謝なされよがははは!」
 「ありがとうございます…?」
 「がははは!……てか私が言うのもなんだけど、神様になるのって超難しいんだよ?」
 「大丈夫です、人が神になれるって事は、ボクにもチャンスがあるって事ですよね?」
 「そらそうだけど」
 「可能性がゼロじゃないなら頑張ろうと思います」
 「意外とポジティブ…」
 「それで、助けたい人って…」
 「ああ―!そう言えば言ってなかった!」
 ごほん、と神様は咳払いして、話を進めた。
 「ロイ・セル、それが助けてほしい人の名前」
 「ロイ…さん?外国人?」
 「異世界人です」
 「そうでした、あ、そう言えばさっきから日本語話していますが、この世界で通じるんですか?」
 「それは大丈夫、この世界には世界樹ってものがあって、世界にいる限りどんな言語喋っても自動通訳出来るんだ~」
 「凄い!これさえあれば高校の必須科目は一つ減ります!」
 「ふふん~凄いでしょ~…てちょちょちょ!また話しそらした!そんなことどうでもいい!」
 「あ、すみません」
 スマホにぺこりと謝る。
 「とにかく!ロイの事を助けてあげてほしいの!」
 「…そんなに大事な人ですか?」
 「うん!すごく大事!ロイが何かあったら世界滅んじゃうくらい」
 スマホに隔てても神様の言葉に一生懸命な気持ちが伝わってくる。
 …そしてマジで世界滅びそうな真剣さがたまらなく怖い。
 神様に好かれる人…どんな人なんだろ。
 「ボクはどうすればいいんでしょうか?」
 「知ってたら私が何とかしたよ」
 「ですよね―じゃ、ロイさんは今どこにいるんですか?」
 「近くまでには召喚したよ、多分五キロ近くにはいると思う」
 「ごっ…位置分からないんですか!?」
 「召喚で神力の大半を使ったからね、いまスマホにつなぐのに精いっぱいだからロイの位置を確認する余裕がないの、あとこの電話が切れたら多分しばらくは連絡できなく

なるよ?」
 「えええ…」
 「ちなみに干渉もそろそろ限界だから、後三分くらい経つと電話切れるよ?」
 「ええええええ――!?」
 言うの遅っ!
 「だから最後にイアにあげた「能力」について説明するよ」
 「の、能力?」
 「そっちの世界だと超能力みたいなものだよ、さすがに丸腰じゃ話にならないでしょう?」
 「超能力…?ボクにですか…?」
 「使おうとしたら多分何となく使い方分かるけど…詳しい説明や他諸々使える能力はアプリとしてスマホに入ってるから漏らさずにチェック入れといて~あ、スマホは霊力

充填式に変えてあるから電量に心配しないで~」
 うわすごい速さで喋ってる!
 「と言うわけで、じゃね~数週間くらい経ったらまた連絡するから、それまでに死なないでよ?」
 「死ぬ!?ってちょっと待ってください!せめて方角を教えて!森奥の五キロってほんとシャレにならないんですよ!?ちょっと神様!」
 ……
 電話が切れた。
 「……」
 どうしよっか。
 状況は説明してもらったけど…森の中で、しかも方角も分からない状況で五キロメートル先にいる人を探すなんて無理ゲ―にも程がある。
 おうぅぅぅぅぅ――――
 狼っぽい遠吠えが聞こえた。
 そもそも人探し以前の問題で、イアにはここで一夜過ごす勇気が備わってない。
 あと寒い、一夜過ぎたら多分死ぬ。
 かと言って無闇に歩き回っても野獣に遭遇したらまず死ぬ。
 「そうでした…神様がくれた能力…スマホで見るんですよね…えっと…」
 スマホを漁る。
 そしたらなんと、ホーム画面にいるはずのアプリが全部消えて、見知らぬアプリが一つだけ画面に残っていた。
 猫ちゃんのアイコンをしてる、なんかかわいい。
 アプリ名は…
 「ゲー…マー?」
 それを読み上げた瞬間だった。
 ――!!
 「――!?」
 莫大な知識が脳に流れ込んだ。
 システムメッセージ
 「霊能・ゲーマー」が使用可能になった。
 「これが…神様からもらった能力…」
 アプリを開く必要もなく、能力についての知識が脳に叩き込まれていた。
 目に見た、身に感じたすべてのスキルをスキル欄に登録し、スキルポイントを消費して習得すれば自由に使える能力。
 スキル欄で登録したすべてのスキルについて説明が付け加えている。
 スキルポイント、略してSPはクエストをコンプリートすることで手に入れる。
 亜神権能などの亜神スキルは登録できるが習得できない、神格レベルのスキルは登録も習得もできない。
 「クエスト…スキル…まるでゲームみたい、あ、だから「ゲーマー」なんですか」
 早速試そうとして、イアはスマホをポケットに入れて、頭を上げて、空を飛んでいるドラゴンを見た。
 ディッ!
 システムメッセージ
 「異能・飛翔・ランクC」が習得可能になった。
 「わっ、本当に見るだけで登録するんですね…」
 脳内に映るメッセージを見て、イアは軽くびっくりした。
 でも飛翔か…使えるなら人探しも森の脱出も難しくないかも。
 「えっと、スキル欄は…」
 脳内でスキル欄を開く。
 別に目に映ってるわけじゃないけど、なんとなく脳内ではスキル欄をはっきりと認識できる。
 新鮮な感じだけど、扱いはまるで呼吸のように自然なものでイア自身でも驚いている。
 「あった、飛翔スキル…え」
 必要SP200って脳内に映しとる。
 所持SPは…ゼロ。
 「あ、ク、クエストでSP貰えるって言いましたっけ…えっとクエストは…」
 脳内でクエスト欄を開く。
 「わ、いっぱいあります」
 数十…いや多分数百のクエストがクエスト欄に並んでいる。
 「えっとなになに…一本の木を切り倒せ、獲得可能SP1…」
 服を二着以上持て、獲得可能SP1。
 武器を装着しろ、獲得可能SP1。
 「簡単そうなクエスト…あ、ゲーム最初のクエストってみんなそうでしたっけ」
 でも貰えるSPも少ない…200稼げる前に日が暮れちゃうかも。
 ちょっとSPが多く稼げるクエストは…と思った途端、クエストが自動的に表示された。
 魔獣ウルフの群れを殲滅せよ、獲得可能SP20。
 ホルンの森に隠された古の遺跡を探し出せ、獲得可能SP40。
 マンドラゴラを引っこ抜け、獲得可能SP20。
 森奥に潜む魔獣エキドナを討伐せよ、獲得可能SP60。
 アイスドラゴンを討伐せよ、獲得可能SP400。
 ……
 「魔獣ウルフ…?マンドラゴラ?エキドナ?…そんなのいるんですかここはあぁぁぁ…」
 クエストを漁ってとんでもなく怖くなり、頭を抱えるイアである。
 あと、姿はよく見えないけど、空飛んでるあのドラゴンってアイスドラゴンなんだ…
 SPは凄いけど、まず討伐できるものじゃないってことはわかった。
 どうしよ、なんか必要SPが少ない初級スキルとかないかな…
 森の中で初級スキル披露してくれるいい人はいないかな…まいるわけないか。
 てかなんだこのクエスト、スキルも武器もないのにどうやって魔獣を討伐するのだろうか、序盤でプレイヤーを魔獣の森に放り込んで、武器もスキルも無し、護身するすべ

なしでパラメータ―も低い、これホラーゲームに違いない。
 「…とにかく落ち着きましょう、そう、落ち着きましょう」
 森に迷ったときはまず落ち着くのが肝心って本に書いてあった。
 とにかく、イアにはここでキャンプ出来るほどの道具も勇気もない、
 地図もない、
 森の生態に詳しくない、
 動物を狩るほどの技術もない、
 どこに人里があるのかわからない、
 持ってる道具はポケットに入れてあったスマホだけ、しかもネットが繋がらない、ググれない、つかググれてもどうしようもない。
 ……
 「死んだね」
 結論に至る。
 いやちょっと待って、考えて…神様だってきっとこの状況を予想していたはず、こんな場所に召喚した張本人だし。
 絶対何か脱出の手助けになれる手札がイアに残してあるはず。
 ほんとに頼み事があってイアを召喚したなら、イアがここで死んでも困るのは神様だ。
 何かチェックし忘れたものは…
 ……
 あ。
 そういえばスマホに入ってるあのアプリ、まだチェックしてなかった。
 「んと…」
 さっきスキル試す時ポケットに入れたスマホを取り出し、早速ホーム画面にあるアプリ・「ゲーマー」をタッチする。
 そしてにゃん~、とかわいらしい猫の鳴き声とともに猫ちゃんの絵が画面に映っていた。
 スコティッシュフォールドだ、可愛い。
 神様って猫好きなのかな。
 「説明しよ」
 「え、この声って神様!?」
 いきなり神様の声が響いてびっくりしたリア。
 「か、神様!再連絡できたじゃないですか!驚かないでくださいよ!」
 「このアプリを開けたって事は、つまり大体の状況は私から聞いたって事だよね?」
 「神様…?」
 「言っとくけどこれは録音だから、ここは森だからね、イアがあっさり死なないように最低限のキープは用意してあるから安心して~」
 「いや最初から森じゃなく人里に召喚したらこんな深刻なことにならない筈なのでは…」
 「まずはスキルだね、森の中じゃスキルもSPも取りづらいだろうから、あらかじめイアのためにスキルをいくつか用意してあるよ~」
 「え本当ですか!?助かります!」
 「それじゃ、受け取って~」
 ディッ!
 システムメッセージ
 「霊術・ファイア―」が使用可能になった。
 「霊術・ライトニング」が使用可能になった。
 あ、本当にスキル貰ってる。
 「これで雑魚魔獣に遭遇しても戦えるね、実はもっと凄いスキルあげたいところだけど、さすがにそこまで干渉するとイアが他の神様に目をつけられちゃうから、他のスキルは自力で手に入れて~あ、スキルは名を唱えるだけで使えるから」
 「あ、はい!ありがとうございます」
 録音だと知ってもつい返事をするイアである。
 「それでこのアプリ、基本的にこれで出来ることはイアの脳内でも出来るけど、主にスキルや持ち物についての解析情報とか人のパラメータ―とかが見れるから、多分役に立つと思うよ~」
 「パラメーター?」
 ステータスじゃなくて?
 「後は自分で研究して~そんじゃ、死なないでよ~」
 そして音声が途切れた。
 画面に二つの項目が浮かんでいた。
 パラメーター、そして解析情報。
 「…」
 パラメーターの方をタッチ。
 そして来栖伊亜って名前だけが映っている。
 今見れるのは自分のパラメーターだけって事?
 と思って、イアは自分の名前をタッチ。
 そしたら情報画面が映った。
 来栖伊亜、女、15歳、誕生日六月一日、身長152㎝、体重43㎏、スリーサイズ……て、
 「個人情報じゃないですか!?しかもカップがBになってます!前回身体測定の結果はCだったはずなのに…!」
 気になるとこ違うがな。
 「後は…戦闘能力…?」
 身体能力F
 反応力E
 戦闘能力評定F
 評価:戦闘力5のゴミ(笑)
 「評価!?てかやかましいです!女子中学生になんてこと要求しちゃってるんですか喧嘩売ってるんですか!?」
 スマホに向けて怒り出すイアである。
 いくら事実でもいきなりゴミ呼ばわりは怒らずにはいられないのだ。
 なんでパラメーターは評価がついちゃうのか、これは誰からの評価なのか。
 そもそも、
 「何ですかこのアプリは…個人情報ダダ漏れじゃないですか…」
 他にもいろいろなデータが見れるけど、これはまず封印しとこ。
 ホーム画面に戻し、スマホをポケットに入れる。
 そして脳内でスキル欄を開く。
 「ファイアーと…ライトニング…ですよね…」
 霊術って何だろう…能力と何が違うのかな?
 スキルの説明を見て、この二つのスキルは変化型だと分かった。
 ファイア―をたとえとして、直接ファイアーを唱えると普通に手から火が湧くけど、そのあとにボールを付け加えて「ファイアーボール」を唱えたら火玉になるらしい。
 それは一つの例えとして、とにかくイメージによって形が自由に変えるスキルらしい。
 試しておこう。
 「えっと、森で火はNGだから……ライトニング」
 手を前に伸ばして、唱える。
 そして、ビリッと。
 伸ばした手が黄色い電撃に覆われた。
 「わ、わわ!」
 本当に電撃が出た!
 てか。
 「ど、どうやって止まるんですかこれ…!」
 慌てながらも、止まれ止まれと心に念じた、そして電流の勢いが段々と弱まって、止まった。
 「そっか、止まれと思ったら止まるんですか…」
 なんだか超能力使ってるみたいでドキドキした。
 いや、超能力だよねこれ…
 「とにかく、このスキルさえあれば…」
 ……
 あれば…どうなる?
 「わああ…そういえば森に迷ったままでしたぁ…」
 頭を抱える。
 炎や電撃が使えるようになっても森脱出に何の役も立たない、
 かと言ってSP稼ぐために魔物討伐しに行っても手に入れたばかりのスキルでやるにはかなりリスクが高い。
 一体どうすれば…
 ガサッ
 「?」
 ガサガサッ
 なんか…向こうの茂みに…何かが動いている?
 「えっと…もしもし?誰かいるんですか?」
 声をかけてみる。
 ディッ
 そのまま近づこうとするイアの頭に、システムメッセージの音が響いた。
 システムメッセージ
 魔獣ウルフに囲まれました。
 「え?」
 ガサガサッ、ガサガサッ
 段々と、ガサガサの音が周囲に拡散していた。
 前に一匹…いや一体、狼に似た動物が茂みから姿を現した。
 見た目は黒いユーコン狼に似てるけど、それでも狼じゃないとイアに判断させたのはその大きさ。
 測ってないから数値までは知らないけど、四つん這いしているのに高さはイアの鼻まであって…恐らく体高は1.3メートルで体長は三メートル以上、獅子や虎よりデカい。まさに怪物だ。
 これが魔獣ウルフ……
 ガサガサッ、ガサガサッ。
 「ひっ」
 茂みの声が続いて、周りからウルフが続々と現れて、十体以上のウルフがイアを囲んだ。
 な、なんで??
 足が震えてる。
 体が動かない。
 十体以上の獅子に囲まれるのって多分こんな気分だろうか。
 圧倒的な恐怖に襲われ、イアは一瞬霊術を使って身を守ることすら頭に浮かばなかった。
 「あっ、あ…」
 怖い。
 そっか…これは現実だ…
 いくらゲームっぽくても、イアは生身でこの危ない場所に投げられたんだ。
 実際に死の危機を目の当たりにするとこうなる。
 当たり前だ。
 イアは一時間前まではまだ中学を卒業したばかりの中学生だ。
 じわじわと、ウルフたちは包囲の網を縮めた。
 このままじゃ間違いなく、狩り殺される。
 なんとかしなくちゃ、そうだ、霊術を!
 霊術を使って、奴らを追っ払えば…!
 「…っ!?…っ」
 体が動かない。
 なんで?なんで?
 怖い。
 怖い…!
 「ぅ…!うぅ…っ!」
 …頭が状況を理解したとしても、体が言うことを聞かない。
 これが初陣…
 初めて戦場に踏み入れた新兵の気分…
 ちょっと待って、これ本当ににやばい。
 動いて。
 動いて…!
 お願い、動いて…!
 ――動けるとして、どうにかなるの?
 なんとかする!
 ――霊術を使えるとして、あの数に対応できる?
 分からない…!
 ――
 でも死にたくない!
 「っ…!!」
 そう…自分は死にたくない。
 この数相手だとさっきの電撃を使ってももどうにもならないかもしれない。
 ヘタに刺激して怒らせるだけかもしれない。
 でも、何もしないで食い殺されるのを待つよりは何倍もましだ。
 そう思って、イアは口を開けて、犬歯で思いっきり自分の唇を噛み破った。
 いっっった――い――!?
 激痛に伴い、鉄くずのような匂いが口の中に広めた。
 痛い痛い痛い痛い!!
 でも。
 動けるようになった!
 イアは手を上げる、スキルを使い――
 「ライト――」
 「あーー悪い、勇気は褒める、でも電撃はやめろ、魔獣引き寄せちまうよ?」
 ――出そうとしている途端、若い男の声に止められた。
 「え?」
 そして次の一瞬、目の前にいたはずのウルフが宙へ吹き飛ばされた。
 「えええ!?」
 三メートルの巨体が宙に舞うのを見て、イアはあまりの驚愕に一時痛みすら忘れていた。
 「いった!!??」
 でも流石に口を大きく開けて「えええ」って声を出したら破られた唇も黙っていられなく、激痛で無理やりイアに傷の事を思い出させた。
 「そのまま動くな―」
 声と同時に、茂みから人が飛び出した。
 今度はちゃんと見えた。
 一人…多分年齢はイアとそう変わらない黒髪をしている男子だ。
 男子は森の中とは考えられない速度で一番近い位置にいるウルフに近づき、手に持った太刀っぽい刀であっけなくその頭を切り落とした。
 そして危険と判断したのか、ウルフたちは目標を男子に変えて、群れで彼に襲いかかった。
 危ない――と言いたがりのイアをなだめるかのように、男子は軽く笑い出した。
 まるで踊ってるかのようにウルフたちの爪や牙をかわし、刀でウルフを切り倒し、刺し貫き、叩き殺し、ウルフの数は見る間に減っていた。
 凄い…
 見とれていた。
 あんな巨体を持つ化け物を十数体相手に、あんな綺麗な動きで…
 こんな人がイアの世界にいたら間違いなく有名なの剣術師として名を轟かせるだろうな。
 「これで最後っと」
 ウルフの息を止めて、男子は息一つ乱さず、涼しげな顔で刀を腰についた鞘に納めた。
 周りの芝生がウルフの血で真っ赤に染めたのに、男子の服には血の一滴も見当たらない。
 「ボ――」
 イアは桁違いの強さに言葉を失った。
 「――んで」
 周りに転がってるウルフの死体を逐一確認し終えて、男子はイアの方へ目を向いた。
 さっき刀を振ってウルフ達を殺しまわったのに、男子の視線に不思議と怖くは感じられなかった。
 ディッ!
 脳内にメッセージの提示音が鳴った。
 「なんで女の子が一人でこんなとこにいんのかな~?」
 システムメッセージ
 ロイ・セルが仲間に加わった。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く