怠惰の主

足立韋護

書込みと再生

 カロンは若干刀身が長いことを除けばレイピアに酷似した形状である。本来ダガーなど敵の攻撃を受け流せる武具と併用することが望まれるが、今そんな武具はない。刺突を得意とするが多対一の場合はそれを良しとしない。
 加えてレイピアは、骨を切断する強度は持ち合わせていない。故に、せいぜい肉皮を切り刻む程度。だが、カロンは異世界の武器である。式谷はトウテツらの首を幾度となく跳ね飛ばしている。刃こぼれもない。すなわち、この武器にはトウテツの骨をも切断する強度があるということだ。ゆらりと不規則に動く敵を捉えるには、卓越した動体視力が必要だ。だが、今回の場合、それは特段必要ない。

 不足している筋力を補うため、カロンを両手で持ち直し、刃を横にして肩に置いた。俺は式谷を半ば無理やり地に伏せさせ、覆いかぶさろうとするトウテツらの前で体を捻りながら勢いづけて回転した。肉を切り裂く感触があり、大量の血が滴る音が聞こえる。
 肩から伸びる切れ味の良い刃に巻き込まれたトウテツらは、上半身が切断された状態でその場に倒れていた。

「く、ふふ。また何か、やったんですか」

「おかげさまでな」

 俺はその勢いのまま、後続のトウテツらを次々に薙ぎ払っていく。だが、溢れ出るトウテツの群れは数を減らすどころか、留まるところを知らなった。

「山田! 先に逃げろ!」

「そ、そんな、御影さんは!」

「心配するな、策はある。行け!」

 山田に伝えるだけ伝え、トウテツらに視線を戻すも、その頃には、相当数に囲まれてしまっていた。

 相手の攻撃を読み切るには、相手の意図を読めば次の一手を読むことなど容易い。こいつらは人間の肉が食いたいのだ。では襲い掛かる優先順位、それは対象との距離だ。要は、すぐに食えるものに飛びついている。
 とっくに思い出していた。俺は不死である前に、この体が超回復の機能を備えていることに。死んだから傷が治るのではない。傷つけば、瞬く間に治るのである。ならば、やることは一つ。

 俺は自らの左手首を切断した。

 想像を絶するほどの激痛が走った。熱い。額に汗が滲む。だが、耐えられた。軍国デルサデルで受けた拷問の数々や、幾度となくこの体で感じた痛みの数々を克明に思い出していた。それらに比べれば、実に些細なものだ。手首などいくらでもくれてやれる。
 切断した手首は、トウテツらの群れの中へ放り込んでやった。思惑通り、何体かのトウテツらはそれを取り合い始めた。響子が言っていた通り、腹を空かせていることに違いはない。そんなことを考えている間に、俺の左手はすっかり生え変わっていた。

「ちくしょうめ」

 俺は何回にも渡って、左手首を斬って投げ続けた。
 やがて大多数のトウテツ達が俺のいくつもの手首を取り合う、異様な光景が広がっていた。俺は既に意識を失いかけている式谷を背におぶり、その場から逃走を図った。前方に目をやると、山田と響子のペアが、先のトウテツを全て撃破し、道を作っていた。

「信じてましたよ。早くこちらへ!」

 響子が化け物じみた速さで俺達のもとへ駆け寄り、式谷を担ぎ上げた。

「アンタも化け物だったってわけね。でも、見直したわ。行くわよ!」

 俺は道を走りながら、響子へと問いかけた。

「式谷は、確実に感染している。以前、トウテツになるには半日はかかると言っていたな。こうなった場合、治せる見込みはあるのか」

「ないわ。アタシにも治療法なんてわからない。アタシみたいな変異種は、時々現れるの。奇跡的にそれになるか。ワクチンでも作られない限りは、治る見込みなんてないわよ」

 当然の返答であった。そもそも治せる見込みなんてあろうものなら、こんなパンデミックは発生していないのだから。呪いによって思い出した記憶の数々を読み返しても、これを治せるであろう知識は持ち合わせていなかった。たかだかテレビ番組での紹介や医者が話していた程度の知識だ。無理もない。

「残念だけど、彼女はトウテツになるわ。殺すのかどうするかは、任せるけど」

 呪いがあれば、治療できる可能性はある。今までの経験則で言えば、一度発現した呪いは”常時発現している”か、”発現しやすい”かのいずれかに分類される。
 例えば前者は、言葉の壁を崩す能力。これは無意識であったが、最初は高校時代に発現。その後異世界リースにて、再度発現してから常時使えている。他にはマキナを動かす念動力がある。
 後者は、空間移動が良い例である。
 だが、残念ながらこの人生で”どんな病気でも治す”呪いが発現したことはない。故に、現状治療の見込みはないに等しいことになる。

 俺達は街の外へ脱出し、郊外の山々へ続く道へと出た。式谷の容態が芳しくなかったので、木陰で一時休息とすることとなった。式谷の顔色はみるみるうちに悪くなっていき、やがていつもの薄気味の悪い笑みですら、浮かべる余裕はなくなっていた。半日、となると残り約十時間程度で、式谷は化け物になる。
 俺は式谷の顔をまじまじと見つめた。それを薄目で確認した式谷は、小さく口を開く。

「トウ、テツに……なる……楽しみ、ですねぇ……」

 その歪曲し、屈折した前向きさは、何故か俺の中心にある何かを締め付けた。
 そんなもの、楽しみなわけがないだろう。意識が消失し、世界からお前は消えるのだ。

 せっかく全てを思い出したにも関わらず、肝心の呪いを発現する条件はわからない。そもそも本当にそんなものあるのかすら不明である。
 だがそれでも、ここで式谷に死なれては、俺が二号を知るための道のりが更に遠のいてしまう。それは至極、面倒である。せっかく見つけた目的、まだ諦めるには尚早というものだ。なんとか、ならないものか。

【どこかにこいつを治せる世界でもあれば話は簡単なんだが】

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