怠惰の主

足立韋護

留まる理由

「じゃあここに残る者と街から脱出する者で別れよう。脱出したい人は僕についてきて」

 郡山が皆に声をかけた。だが何だこの違和感。郡山は優秀ではあれど、俺と行動してからはあれほど前に出て仕切ることはなかった。皆も郡山の声に呼応するようにして、その周りに集まり始めた。その視線はどこか信頼を置いているようにも見えた。

「あの、僕は残ります。すみません」

 山田は部屋の隅に、申し訳なさそうに留まった。
 郡山の隣に立つフォルクスは、俺に声をかけてきた。

「お前は来るんだろ?」

 俺はじっと郡山とフォルクスの周囲に集まる人間の表情や視線を観察した。確信とまではいかないが、これはいつの間にか呪いが発動していた可能性が高い。俺は試しに、山田の隣に立って見せた。

「少しの間、俺はこいつと行動することにした。お前達は一足先に、郊外へ逃げてほしい」

 フォルクスは目を見開いたが、何度か頷いてから「危険は承知の上で、何か目的があるってことだろ。必ず、無事でいろよ」と話した。郡山は何か言いたげにしていたが、無理やり飲み込んだ様子だ。その周りの人間達も大して気にも留めていないようであった。ただ一人を除いては。
 式谷は首を傾げながら訝しげに、俺と郡山らをよく見比べていた。

「あれ、あれ。おかしい……ですねぇ。あれ?」

 暫し視線を落としてから、じろりを俺に視線を向けてきた。そこから邪悪な笑みを浮かべてから素早く俺の横に並ぶ。郡山は一瞬あっという表情を見せたが、半ば呆れたようにため息をついた。

「私も残ります。郡山さんとフォルクスさんで戦力としては十分な上に、そこに銃火器が加わればなおのこと安全と思います。御影さんの力の発生もランダムなので、こちらに戦力は必要なはず」

 昨晩話した通りなのだろう。俺とは原則別行動を取りたくないのだ。先程の邪悪な笑みは、お前の仕業かこの野郎厄介なことしやがって、ということだと勝手に受け取っておく。

────それから、隠していた銃などの装備を渡してやり、道順や目印の決め事をいくつか確認し合ってから、俺達は郊外へ行くメンバーを見送った。

「今度はどんな力を使ったんですか御影さん」

 式谷はくすくすと笑いながら近寄ってきた。

「知らん」と言ったが、嘘だ。おおよそ予想はできている。

「いやあなたは自分が何をしたのかわかっているはず。今回は認識偽装ですよね」

 俺の予想もその通りであった。あの場の全員が俺にある種のリーダー的期待をしなくなっていた。驚くべきことにあれだけ指揮を取っていた式谷に対しても、である。その代わり、郡山とフォルクスがそんな立ち位置で振舞っており、周囲もそれを認めているようである。まさしく偽装のふた文字がふさわしい。

「式谷には効かなかった、ということはないだろうな」

「今までに起こった出来事を考えれば、御影さんが皆を率いる空気感になることは必至。ですが御影さんが別行動をすることに私自身が反論できなかった。それが矛盾していることだと気づくのに、少々時間がかかってしまいました」

 そんな話をしている中、山田は恐る恐る手を挙げた。俺と式谷が顔を向けると、肩身を狭そうにして苦笑いした。

「あ、あの、どうして残って下さったんでしょうか。僕一人だけでも良いと思っていたんですが」

「私は御影さんが残ると言ったからです」

「仲間を置いていけない、と言いたいところだが、諸事情あって山田を生かすことに決めただけだ。山田がやろうとしていることを手伝ってやる。だから生き残れ」

「やろうとしていること……?」と式谷は首を傾げた。

 山田は何度も頭を下げながら「ありがとうございます」と繰り返し礼を言ってきた。別にお前のためじゃないんだからね、と言いたくなったが、何だか照れ隠ししている感じになっちゃうので差し控えておこう。
 それから山田は息を落ち着け、改めて残った理由について話した。

響子きょうこが、僕と仲の良かった幼馴染が、トウテツになってしまって」

「それはご愁傷様ですねぇ」

 煽りにしか聞こえんぞ。気を付けないか。
 それに、ここからが重要なのだ。

「それが普通のトウテツではなく……あなた方がデパートで対峙した、"あの女トウテツ"なんです」

 式谷は口を開けながら納得したように頷いた。
 記憶に新しい。忘れようはずもない。他の個体とは異なり、人語を話し、自我が存在し、驚異的な身体能力を持つトウテツ。あれがまさしくこいつの幼馴染だと言うのだ。

「初めに気が付いたのは、あなた方を助けに行った時です。聞き覚えのある声で、耳を疑いました。助けるのは絶望的。でも、もしまだ可能性があるのなら……それに賭けたいと決めたんです」

「荒唐無稽な話だろう。一人なら確実に殺されていたところだ。そもそもトウテツになる前の記憶があるのかすらわからないというのに」

「それでも、大切な友達です。助けに行かなきゃ」

 式谷は「面白いです。私は良いですよ」と笑ってみせた。
 厄介な話とはわかっていたが、敵勢力の幹部のような女を”助けに行く”という、やはり無謀な話である。だが、希望が見えなくはない。一つは、そいつが山田を覚えていれば仲の良い幼馴染なら心変わりも十分あり得る。もう一つは、俺の呪いでどうにかしてしまうか、だ。俺自身が願えば、どうにかなってくれないものだろうか。
 何にせよ、俺には上手くいく確信があった。

 それから身支度を整えた俺達は、くだんのデパートへ向かった。

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