怠惰の主

足立韋護

相応しい者

 翌朝、喧騒で目が覚めた。

 皆で雑魚寝をしていた部屋で一人体を起こしたが、誰ひとりとして部屋にはいなかった。廊下からざわめく声が聞こえる。何かが起こったに違いない。俺は短くため息をつき、廊下へと出た。
 何かと確認するまでもなく、それは明らかに目に見える形で姿を現していた。

 蟻塚。俺の知る中でその言葉が一番似つかわしかった。視界の中に並ぶビル群のうちのひとつが、まるで蟻塚のように茶色い物体で覆われていた。上部はまだビル部分が見えていたが、既に半分以上は残されておらず、よく見れば外壁のあたりにおびただしい量のトウテツが張り付いて、何かを外壁に何かを貼り付けている。

 何が起こったのか、理解し難かった。皆も同様に混乱しきっている。目的はなんだ。一晩でどうやってあんなものを。これからどうすれば良い。一度に様々な思考が頭を駆け巡る。

「ひ、ひとまず、みんな会議室へ!」

 山田の声に皆互いに顔を見合わせ、頷いた。
 会議室へ集まると、皆はやはりあの建造物に不安の声を上げた。せっかく安全地帯を見つけたと思えば、翌朝にはこれだ。確かに、気持ちを揺さぶられるのも無理はない。

 郡山が一歩前へと出て「みんなの意見を聞きたいよ。特にこの世界の事情に詳しい人達のね」と真っ直ぐに意見を伝えた。それはまさしく黒装束であった者達のことを指していた。

「俺達だって知るか!」

「壁に貼り付けるトウテツがあんなにいるなんて……」

 この世界の住人ですらあの光景は未知だということがわかる。壁に張り付くトウテツの個体数が少ない、その前提もこの一晩で覆された。既知の情報はあまり頼りにならなくなった。

「山田、お前はどう考える」

 俺が山田へ声をかけると一瞬肩を跳ねさせた。何かを口の中でもごもごと言いあぐねている。

「なんだ、知っていることがあるのか」

「いえ……トウテツ達が高層ビルに登ってこられない理由は、酸欠か疲労と考察していました。事実、見張りの観測でも羽の生えているトウテツも、ある地点から自由落下しているところを何度も見ています。壁に貼り付くトウテツも同様です。いずれもおよそ地上ニ十階あたりからです」

 山田は、あくまで推測だということを前置きしてから話を続ける。

「彼らは、その弱点を補おうとしているのではないでしょうか。ビル伝いであれば、わざわざ地上から登っていく必要がない。この都市部を制圧するには必要不可欠な要素であると考えます」

「一理あんな。もしかしてあの女トウテツが原因なのか」とフォルクス。

 次いで式谷が話し始めた。

「その仮説が正しければ、いずれここも陥落することになります。やはりトウテツの目が届かないエリアまで逃走を図るべきと思います。まずは郊外へ、そこからまた県外へと移動、最終的には離島あたりを目指しましょう」

 大多数の人間が頷き、各々の意見を話し合っている中、あの山田だけは難色を示していた。

「……すみません、それなら僕はここに残ります。皆さんで、どうぞ」

 山田の呟きは他の話し声にかき消されて誰も意に介していなかった。皆がざわつき始めている中、俺はしれっと山田の隣に移動して、こっそり話しかける。

「何か理由があるのか」

「御影さん、わざわざすみません。理由は……ここが安全と思うからです」

「そうじゃないな。お前には何か隠し事がある」

「ええっ!」

 山田はぎょっとして俺を見上げた。散々式谷の高度な読心術を見せつけられたのだ。その欠片程度……いや微塵程度くらいは身についていたということだ。

「ここでは、ちょっと」

「耳打ちで良い。話してくれ」

 山田は遠慮がちに顔を寄せ、聞こえるか聞こえないかの僅かな声量でその内容を話した。驚天動地、とまではいかないが、衝撃の内容ではある。なるほどこいつがここに執着する理由としては、確かに納得ができる。

 だがここで山田をみすみす置いていくわけにはいかない。能力をみても申し分ないが、それに何より、二号が────未来の俺が式谷や郡山、フォルクスに続き、こいつを見ていたのだ。
 二号を形作る上で、きっと何かがある。奴の言動の意味、理由を知るために必要な人材だ。その確信があった。だから置いてはいけないのである。かと言って山田は頑として残るだろうし、全員を残すわけにもいくまい。
 今のこの場の人間を黒装束側と異世界側とするなら、異世界側の実質的リーダーは式谷か俺のような空気感になっている。俺が残ると言えば、不要な混乱が生じるだろう。ああ面倒な状況だ。

 そもそもなぜ俺が成り行きにもかかわらず、リーダー的な立ち位置にいるのだ? 判断する場面で必ず皆は俺か式谷を見つめる。当の式谷は俺へ顔を向ける。責任感も能力も見合っていないのにだ。この呪いの力は確かに驚くべきものだが、制御ができなければ災害となんら変わらない。では俺がリーダーである理由は何なのか。そんなもの、なんとなく以外なかろう。たまったものではない。甚だ面倒かつ迷惑極まりない話である。
 こんな凡人とサイコ女がリーダーで良いわけがない。どう考えても冷静沈着で頭も切れる未来系女や、情に厚い魔法も使えるファンタジック男あたりが適任だろう。

【郡山やフォルクスがリーダーをやればいい】

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