怠惰の主

足立韋護

一時の休眠

「お前ら全員ならよ、大和田一人くらい抑え込めたんじゃねえのか」

 フォルクスのもっともな発言に、黒装束の男達はうなだれた。中には涙を流している者までいる。どうやらそこまで単純な話でもないと、フォルクスは肩をすくめた。
 山田の隣に座る短髪の男が、暗い顔のまま口を開いた。

「二、三回、このチームが壊滅する危機があった。その時、大和田の知恵やリーダーシップでみんな助かったんだ。この異常な状況下で、ここまで頼りにできる存在はいない。心の支えと言っても過言じゃない。あいつがいくら無茶苦茶なことを言っても、その言葉が魔力みたいなものをもって、俺達の体に入り込んで無理やり納得させてくる、そんなおかしな環境になってた」

「一種の洗脳みたいなものだね。大和田は人心掌握に長けていたみたいだ」と郡山が頷く。

 場の空気がすっかり重くなり、一度会話が途切れた。そんな時、山田がふと俺へ問いを投げてきた。

「御影さん、でしたか。も、もし嫌だったら答えなくても結構です。あなた方は何者ですか」

 俺が山田の顔をまじまじと見つめると、緊張した面持ちで素早く瞬きをしているが、見つめ返してくる。一見、動揺しているようにも見えるが、こちらが協力する気があるかを確かめようとしている。他の皆は大和田の話で意気消沈しているにもかかわらず、一番に落ち込みそうな印象の山田が、まだ冷静な頭をしているのだ。やはりただ者ではなさそうだ。

 俺は包み隠さず今までのことを話した。複数の世界を渡り歩いていること、今回はリースの世界の住人までこちらに来てしまったこと。あの化け物をトウテツと呼称していること。そして、これはポピリスの人間にも伝えてはいなかったが、呪いにより様々な力が発現することがあるということ。隠すこともできたが、この世界ではトウテツが他者へ感染することがわかったいま、ここでは完全に信頼し合える環境構築が最善策である。この世界に来た時、ポピリスの住民達へ下手に嘘をつかなかったのは正解だったようだ。
 と、そこまで話したはいいが、呪いの話の辺りから周囲の反応は驚愕を通り越して、もはやドン引きの域に達していた。それもそうだ、隣に座る者が、「実は俺、不死で空間移動できて人を消せて時間止められて、たまに願い叶っちゃうんだよね」などほざこうものなら、もはや感情表現の引き出しが追い付かないだろう。
 俺が勝手に持ち上げている山田も、苦笑いしか出来ていなかった。

 気が付けば、日が暮れていた。皆の顔にも疲労の色が見えてきたこともあり、ひとまず今夜は寝ることになった。

────昼間の緊張のせいか、寝付けなかった俺は真っ暗な廊下へ出て、窓から街の景色を見下ろしていた。いまだにあちこちで火事の跡がくすぶっており、煙が上空へ舞い上がっている。街中は真夜中だというのにトウテツが闊歩していた。

「御影さん」

 ふと振り向く式谷がいつもの胡散臭い笑みをこちらへ向けて立っていた。

「どうした」

「気晴らしに寝込みを襲おうと思ったらいなかったので、探しちゃいました」

 物騒なことを言うんじゃない。俺が顔をしかめると、式谷は「冗談です」とくすくす笑いながら、俺の横に並んで窓越しに夜空を見上げた。

「この世界に来てから、私の様子がおかしいことが気になりますか」

「……そうだな。気にならないと言えば嘘になる。わざわざ問いただすことでもないが」

 式谷の口元は笑ったままだったが、目元は珍しく悲し気な表情を見せた。

「リースで御影さんと一時的に離れてから、私は言い様のない不安に駆られました。それこそ今までの人生で経験したことのないくらい、とてつもない不安です」

 いつも自信に満ち満ちていた式谷の姿が、今はどこか小さく感じられた。

「元の世界に帰れない不安か」

「わかりません。刺激の供給源がなくなる、とでも考えたのかもしれません。この世界に降り立って、トウテツを見た瞬間に警戒心が膨れ上がりました。人間の姿、人間の衣服を身に纏っていることから、元は人間と考えるのが妥当。何かが人へ感染して、トウテツに変貌する。ここまで想定するのに時間はかかりませんでした」

 俺は想定すらできなかったぞ、悪かったな。

「もしそれが、御影さんに感染してしまったら、御影さんの自我がなくなってしまえば、例の呪いとやらも発現しない可能性がある。その時点で治療法がない現状、救済は絶望的。そうならないために気を張っていたんです。ここまで自分をコントロールしづらかったことなんて初めてです」

 式谷は話したあと、「我ながら呆れます」と一言添えて、力の抜けた笑みを向けてきた。

 残念ながら、狂人相手といえど女性がこんな話を打ち明けているときに出せる言葉など持ち合わせていなかった。励ますべきなのか、礼を言うべきなのか、はたまた喝を入れるべきなのか。どんな力を手に入れたとしても、相変わらず凡人なのだと思い知らされる。仕方なく俺も視線を夜空へ移した。

「なんて言ったらいいかわからん」

「ふふ、御影さんらしいです」

「だが────そっちの笑い方のほうが良い、と…………思った」

 式谷はわずかに吹き出して笑った。

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