怠惰の主

足立韋護

瞬刻の間

 起き上がった時点で、敵味方関係なくざわめき始めた。それもそうだ。敵はおろか、ポピリスの住民らは俺について何一つ知らないのだ。

「俺は不死身だ。拳銃程度で王になるなど笑止千万。せいぜい傲慢な行為をやめることだ」

 さあ言ってやった言ってやった。スッキリ爽快ガッツリ煽動せんどうだ。
 みるみる顔を真っ赤にした大和田は負けじと拳銃を俺へと向けてきたが、隣に立っていた黒装束の男に羽交い締めにされた。

「お、大和田さん、これ以上は……」

「山田ァ〜止めるなぁ! あの小僧は手品を使ったに違いない!」

「ですが大和田さんも見てませんでしたか。あの人の傷、みるみる塞がって……」

「ええい、やかましい!」

 山田と呼ばれた気弱そうな声の男は、大和田に一発顔面を殴られてから振り払われた。口の端から血を一筋流した山田はそれを拭って、負けじと大和田へとしがみついた。これ以上手を出せば、大和田含む黒装束側の立場が危うくなると察したのだろう。不死を敵にしては、どうあっても勝ち目などないのだから。山田という男は気弱な印象とは裏腹に、この異常な状況下でも正しい判断が下せる人間らしかった。
 しかし、やはりこの時間がかったるいことに変わりはない。嫌気が差す。



【いっそ、止まってしまえばいいのに】



 あれだけざわついていた周囲が、まるでクラシックコンサートが始まる直前のように、音の反響が消え去った。眼前で暴れ回っていた大和田が何の冗談か、写真から取り出して設置した置物のようになっていた。

「おい、どうした」

 反応がない。

「あれ? 無視かな? おーい」

 無視だ。何をしても眼中にない。いや、それどころではなく全く微動だにしないのだ。新手のパントマイムなのか? この危機的状況においてパントマイムができるほど余裕がある人間ならば、なるほど確かに王になる素質があるのかもしれない。俺は喜んで前言撤回してやる。だから頼む、動いてくれ。笑えない。
 よく見てみれば、山田の口から垂れ落ちた血液が、空中で固定されている。近寄ってそれに触れてみるが、液体は形を崩すことなく空中をスライドした。改めて周囲を見回してみると、誰一人身動き一つとっていない。式谷や郡山、フォルクスですら表情を変えることなく、置物になっていた。

 急いで窓から外を見てみると、遠目で確認しづらいが、雲やトウテツらも動いていないように見える。会議室にあった壁掛け時計を見てみると、秒針は一秒も先へ進んではいなかった。

「まさか」

 時が、止まった。

────体感で小一時間程度、暫し色々試行してみた。

 まず、誰に何をしようと皆動く気配はない。つねっても痛がらないし、頬をつつけば肌は少しへこんだままだ。
 次に、会議室の机に重量はほぼ感じられず、持ち上げればそのまま空中に固定されることがわかった。すなわち重力などはないのだろう。人も同様に空中に固定できた。
 そうなると俺が普通に歩ける理由がわからない気もするが、もともとがくもない人間がこの超常現象の原理を理解しようなどおこがましいのだ。

 有り余る時間を利用して、黒装束全員の身ぐるみを剥がし、武器はなるべく分かりづらい棚の中にまとめて隠しておいた。これで不毛な争いは回避できる。おまけに大和田はパンツ一丁にしてやった。裸の王様を地でいく男である。

 そんなことをやったあとで、ようやく重大な問題に気がついた。

 祈ってもひっくり返っても土下座しても寝ても────時間が動き出さないのである。

 この事実がわかった時、正直身震いした。

 きっと、俺一人が動ける特別な存在になれたのではない。俺一人が取り残された孤独な存在になってしまったのだ。

「そろそろ物音が恋しくなった頃合いか?」

 聞き覚えのある声に俺は即座に振り返った。服装こそ違えど、そこには別の俺が立っていた。

「何度か、俺の前に現れた奴と同じか?」

 そいつは見たことのない暗い服に身を包んでいた。どこかやつれたような、虚げな表情だが、やはりどこからどう見ても俺である。仮に二号としておく。

「同一ではない。だが、経験はある」

 経験があるならお前以外にいなかろう、などと言わせない妙な雰囲気を纏っていた。

「お前は俺なのか? なぜお前は動ける。ここに何しに来た」

「残念だが答えてやる義理はない。お前にはまだわからないだろうが、時間停止はこの世界のみならず、他世界にまで影響を及ぼしている。全ての世界の時間を動かす時計があるとすれば、その秒針に指をかけている状態だ」

「それで、お前にまで影響が及ぼされたわけだ」

「そうだ」

「だが俺には時間を動かす力はない。ここに来ても無駄だ」

 俺の話を無視するようにして、二号は式谷、郡山、フォルクスを順番に見つめていた。それから俺の方へ移動したかと思えば、続いて先ほど大和田にしがみついていた、山田という男を暫し見つめる。

「お前が時間停止中に動ける貴重な機会だったから一つ忠告に来てやった」

 二号はまともにこちらに顔も向けず、語りかけるように話した。

「忠告?」

「お前が微かに仲間だと感じ始めている連中だが、今のうちに……あまり深入りしない方がいい」

「何故だ?」

 二号は、一瞬だが、苦虫を噛んだような表情を見せてから、そっと呟いた。



「────いずれ、敵になる」

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