怠惰の主

足立韋護

王になりたい男

 大和田らの拠点はデパートから程近いオフィスビルの上層階であった。壁を這うトウテツや空を飛ぶトウテツであっても、酸素の欠乏か疲労によって、ここには手が届かないらしい。全くもってよくできた場所だ。
 休憩も十分に取れたところで、会議室と書かれた部屋へ移動し、大和田率いる黒装束の集団と俺達は相対した。

「オレ達の仲間にならんか」

 そう口火を切ったのは大和田本人であった。真っ直ぐな瞳がこちらを見つめる。
 だが、少々疑問は残る。俺が口を開こうとしたところで、隣の女が挙手をした。

「私は式谷といいます。仲間になる前に二つだけ教えて下さい。私達を助けた理由、そしてこれから何を為そうとしているのか。あなたは一つ嘘をついているように思えますが、私に嘘は通じませんので、本心で話して下さい」

 大和田は一瞬、キョトンとした様子で目を見開き、それから一人で大笑いした。唾が飛ぶこと飛ぶこと、豪快な男だ。それと比較して、周囲の黒装束はどこか鬱屈とした印象であった。

「そうだなぁ。確かに、何も知らないんじゃあ判断できんよな。確かに、確かに────ああ、仲間というのは嘘だった」

 大和田は立ち上がった。遠目から見ても大柄な印象は変わらず、圧迫感がある。

「オレはなぁ、この世界の王になりてぇのよ」

「お、王?」

 郡山が声を裏返らせながら聞き返す。

「そうだァ! 式谷とやら、お前は聞いたな。何故助けたのかと。オレは王になるため、強い配下を手に入れ、多くの美女を侍らせたい。そのために助けた。お前達が化け物を大量に吹き飛ばすところを見た。そして式谷、お前は化け物に囲まれてなお、表情一つ変えなかった! 女なのにだ! こんなに優秀な人材は見たことがない。是非とも引き入れたい、そう考えた次第だ」

 大和田は誰の目から見ても正直に語った。欲望の限りを尽くすことが目的なのだそうだ。

「どうせ拒否権などないのだろう。俺達は丸腰、それに対してお前達は拳銃まで持っている」

「ボウズ、よくわかったな。大丈夫だ、俺の配下になれば女を明け渡すだけで命を保障してやる」

「仲間になったら、私達女性はあなたと性行為をしなければいけないんですか?」

 デリカシーはないのかお前には。いま向こうも敢えて言葉を濁してくれていただろう。

「そうだ。まだ全員じゃあないが、ここにいる女の半数はオレの女になった」

「性行為程度で命が助かるのなら選択肢としてはアリですが」

 性行為程度とはなんだ。貞操観念バグっちゃってるのか。

 「その取引で命を保障できるほど、この世界は甘くもなければ、あなた方は強くもない。第一、性行為で取引など非合理的にも程があります。快感を得るために、性感染症になるリスクを伴うなど、愚行と言うほかありません」

「ハハーン、その調子だと。さてはお前さん、処女だな?」

「ええ、そうです」

 さっきから何の話をしている。親の腹に羞恥心を置いてきてしまったような、恥ずかしい話の数々だ。
 ただ、ひとつ疑問なのはあれだけ強い刺激を求めている式谷が、いまだに処女というのはなんだか腑に落ちない気もするが、今はそんなことを考えている場合ではない。

「だが、オレには関係ない。従ってもらう」

 大和田はおもむろに拳銃を取り出し、銃口をこちらに向けた。あまり現実に見たことがなかったが、いざ銃口を向けられると、引き金を引かれただけで命が絶たれる、そんな実感が湧いて出た。なるほど、確かにこれは脅しには効果がある。
 だが拳銃を知らないリースの人間達は、それを向けられても首を傾げるのみだ。効果は皆無に等しい。だが本当に撃たれてしまえば、誰が死んでもおかしくない。

 場が硬直した。数秒の間、沈黙が続いた。

 この会話、この対応、この時間そのものが面倒だ。これからさあみんなで生き残るために協力しようという時に何事か。もっと立てるべき作戦、確保すべき食料、強化すべき拠点がある。これらを全て無視して、こんな男の傲慢に付き合わされているのだ。不快なことこの上ない。

「お前はそうやって胸糞の悪い王政を築くために、自分より弱い人間を従わせてきたのか」

 苛立ちを覚えた俺は徐々に大和田へと近づいていった。

「フン。化け物共を前にして身動き一つ取らなかったお前が、このオレに説教垂れるのかぁ?」

 大和田は拳銃を俺へ向けると、最終警告と言わんばかりに引き金へ指をかけた。だがそんなものは関係ない。俺は更に大和田へと近づき、銃口を掴んで俺の眉間へと惹き寄せて見せた。

「そんなちっぽけな暴力では、この俺は支配できない」

「コイツ……ナメやがって。見せつけてやる」

 次の瞬間、耳一杯に爆音が鳴り渡った。強い衝撃に押され、いつの間にか顔が天井を見上げている。眉間と後頭部が熱い。スローモーションのように自らの体が仰向けに倒れていく様が見て取れた。
 ぼやけていく俺の意識は、ある地点を境に徐々に元に戻っていった。

 やがて完全に意識を取り戻した俺は眉間に指をなぞらせると、若干の血液が付着していた。
 そのまま起き上がると、さすがの大和田も呆気に取られた様子で椅子に座ったまま俺を見上げた。

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