怠惰の主

足立韋護

盲目系勘違いファンタジーへの怠惰

 俺がヤツを擁護する発言をした途端、住民の一人がこちらを指差してきた。困惑と畏怖が入り混じったその視線はやがて周囲へと徐々に拡散していく。

「そういえばこいつら、津波はもう起こらないとか言ってたぞ……!」

「あの海龍の仲間なんじゃないのか?」

「こいつらも化け物の仲間ってことか!」

 式谷が一歩前へ出て、至って冷静に皆へ声をかける。

「私達は化け物ではありません。もしそうなら、丘までわざわざ逃げては来ないでしょう」

 全くもってその通りである。

「そう言われれば、そう、なのか?」

「みんな騙されないで。私知ってるのよ、この女がこの町に来た辺りから、海の様子がおかしくなったの!」

「た、確かに……俺も知ってる! ドノーってのを教えてくれたのも、まさか俺達に取り入るためだったのか?」

「きっとそうに違いねぇ! みんなで取っ捕まえるぞ」

 住民達は俺達を取り囲んだ。式谷が俺の方へ振り向くとその眉はハの字になっていた。やれやれ、とでも言わんばかりに手を挙げて首を振っている。呆れてないで少しは警戒しろ。今にも襲いかかってきそうだぞ。

「なんだか雲行きが怪しくなってきたねぇ」

「怪しいどころじゃねぇぞ。土砂降り寸前だぜこりゃ」

 顔をしかめる郡山とフォルクスを横目に、俺はなんとか状況を打開せねばと、深いため息をつきながら、十二分に警戒しつつ住民らの前に出た。いくら説得の余地がないとはいえ、このまま捕まるわけにもいくまい。なんとか、せめて話し合いの場まで持っていくしかない。

「少し話を聞い────」

「まずは前に出てきたコイツからだ!」

「取っ捕まえろ!」

 屈強な住民らが数人、俺の上へとなだれ込んできた。押し倒された際、頭部に強い衝撃が走り、目の前が明滅した。急激な吐き気と共に、鼻腔に鉄の匂いが強く漂ってきた。
 前後感覚がわからなくなったが、なんとか式谷や仲間らを見つけるも、住民達に首根っこを掴まれていた。

 ああ、この住民らにはきっと言葉が通じないのだろう。野獣から人間になりたてホヤホヤでもなければ、説明がつかないではないか。

『この世界の人間の単純さ。それはこれまでに幾度も我々に牙を剥いてきましたが、今回も私はそれを危惧しています。津波から避難しているのではないんですよ』

 式谷の放った言葉は、このことを指していたのだ。既にこれを予測していた式谷は、住民らを見捨てて町から逃げ出すこともできたが、敢えてしなかった。たとえその行動理由が強い刺激を堪能するためだったとしても、住民らに貢献してきたのは確かである。

 そんな式谷は今、すがり付かんばかりに助けを求めてきた衛兵に羽交い締めにされ、首元に剣を突きつけられている。


 なぜ、こんな目に遭わなければいけない。


 眼前の全てが真紅に染まった気がした。イクリプスで追っ手を退治した時と同じような、冷たくも熱い激情が一瞬だけ、身体を駆け巡った。

【こいつら全員、地獄のような世界にでも行ってしまえばいい】

 次の瞬間であった。見たこともないほど巨大な次元の歪みが発生した。今までは、大きくともイクリプス程度だったはずだが、丘の上を全てを覆うようにしてみるみる広がっていった。歪みが足下にまで達した住民らは、悲鳴をあげながら中へと引きずりこまれていく。

「式谷! 郡山! フォルクス! 逃げろ!」

「うわっ、なんだこりゃぁあ!」とフォルクスは穴に足を滑らせて落ちていった。

 それに気づいた頃には、不運にも俺や仲間達の足下にまで達していたのである。

 郡山もなんとか歪みのフチにしがみついていたが、やがて何かを悟ったように苦笑いしてから「もっとこの世界を堪能したかったけど、残念だね」と言い残して落ちた。

 残る式谷を見上げると、羽交い締めにしていた衛兵らを蹴飛ばして歪みに突き落としてから、横たわる俺を見下ろしてきた。

「次はどんな世界へ連れて行くつもりなのか、楽しみですね」

 式谷は意気揚々と真っ直ぐに落下した。それを見送ってから、俺の上にのしかかる住民らと共に深い闇へと、気味の悪い浮遊感を抱きながら落ちていくのであった。



 どちゃり。

 そんな音だけが、耳元で鳴った。
 もう幾度もこんな体験をしているのだ。お次はどこに辿り着いたのか、という思考へと素早くシフトしていた。

 うつ伏せの体を起こし、地面を確認した。土でもアスファルトでもない。灰色の石材……いやこれは、コンクリート? 水たまりに落ちてしまったようだ。
 だがようやく、まともな日本に帰ってこられたか。淡い期待を胸に周囲を見渡すと、まず目に入ったのは暗い雨雲と雨粒。そして、歪みに落ちた仲間達と憎き住民達である。

 よくよく見てみると、ここはどこか建物の屋上のようであった。あの丘のスペースに集まった総勢五十名程度を収容できるほどの広さがある。周囲は更に高いビル群も並んでおり、一見するとオフィス街と言えるかもしれない。

 だが俺が立ち上がったことにも誰も気づかず、皆は一様に屋上の柵から下を眺めている。誰一人として口を開いていないのは、少し不気味だ。
 なーんだスーツ姿のサラリーマンがそんなに珍しいのか、と俺もそこから下を眺めると、信じ難い光景が目に飛び込んできた。


────人が人に、食い散らかされていた。

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